白光王女は異端少女と共に。

ティー氏

序章 愛されている子

第零話 それはきっと幸福の証で


「ルシア。こっちにいらっしゃいな」


 柔らかい声色で呼んでくれた母様に幼い私は無邪気にはしゃぐ。王城の庭園を不格好に駆けて母様が広げた両手の中に飛び込んだ。

 ふんわりと包まれてお互いに笑顔を咲かせる。母様と同じ白銀の髪を揺らし母様よりも少し濃い空色の瞳を輝かせた。

 くるくると踊るように抱擁した後、母様は私の頬に顔を寄せ合う。


「ルシア。私の可愛いルシア」


 母様の声も言葉も私の胸の中で膨らんで、歓喜の実を育ててくれた。

 一頻ひとしきり笑い合った後に視界の奥で、豪華な装飾で着飾った男性が、背後に騎士を連れて先頭を歩いている光景が映った。

 私は母様の肩から身を乗り出して身体を伸ばす。


「あっ! 父様だ!」


 母様が赤子を支えるように私を抱え直すと、父様の方に振り向いた。

 確かな威厳を纏いながらも、父様は優しい表情を浮かべている。日光に照らされ輝く金髪は煌びやかな印象を与えた。


「よろしいのですか? こんな時間に抜け出して」

「なに、ただの息抜きさ。少し経てばまた戻る」


 軽い苦笑いを浮かべる父様が大きな手で私の頭を撫でる。心の端がむずむずして、思わず微笑みが溢れた。


「これだけでまた頑張る気力が湧いてくるのだから、私達の娘は末恐ろしいな」

「あら、親バカですか?」

「そうだとも。君も、同類だろう?」


 えぇ勿論よ、と言葉を残して両親は私の目の前で挨拶の口付けを交わした。

 その行為を遊びの一環だと思っていた私は、私も! と両親に強請る。


「そして甘え上手ときた。これは一国の王をも堕とせる逸材になるやもしれんな」

「私はもう堕とされてます」


 父様は目を見開いて呆れた表情を浮かべ──君の方が重度じゃないか、と呟いて私の頬にキスを施した。

 対抗するように母様も頬にキスをして笑いかけてくれる。


「軽度で済むと思ってるのですか? だとしたら見通しが甘いのです。私達の愛娘はこの国の大輪に成るのですよ? 国王ともあろうお方が曇った眼をお持ちのようで」

「悪かった悪かった。あまりいじめてくれるな。しかし、これでは婚約者ができた時は苦悩しそうだ」

「まぁ! 婚約者だなんて! この子にはまだ早いわ!」

「……先が思いやられる」


 わざと大きな反応をしてからかう母様と、それに頭を抱えて受け止める父様を交互に見やって、辺りの空気が煌めいた。

 視界には光でできた綿のような物がぷかぷかと浮いている。他の人にはどうやら見えておらず私にしか認識できていない。けれど、それが悪いものではない事を知っている。だって楽しい事や嬉しい事が多い時しか見たことがないから。

 まるで幸せが、花の種子のように空を渡る光景を背景に私は笑う。


 いつまでもこの幸せが続きますように。

 いつまでも幸福の種子で溢れるように。

 これからも二人の愛娘で在りますように。

 私達は庭園の中心で笑顔を咲かせるのだ。



 私──ルシア・ブラン・ローゼンが三歳を迎えた数週間後、













 ──最愛の母は亡くなった。

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