機甲傭兵シエラ・グレイフ

ばーすき

第1話

手脚の生えた2つの鉄塊が砂塵を巻き上げて荒野を走る。『ゴライアス』と呼ばれるそのマシンは、5本指のマニピュレータに、全高5mの機体相応に巨大化された銃器を保持していた。その2機のうち片方、ステッドファストと名付けられた、右脚のシールドに青色のバイザーが特徴的な濃緑色の機体の、分厚い複合装甲に保護された胴体の中、コクピットには正面と左右に取り付けられた3枚のメイン・モニター、自身の他にはもう一機のゴライアス、ドーントレスの存在だけが表示されている近距離用レーダー、さらに機体コンディションや周辺環境を示す多くの計器に囲まれて、耐Gスーツを着て眼鏡を掛けた褐色肌の女性、シエラ・グレイフが右手で操縦桿を握り、もう片方の手に持ったチョコバーをムシャムシャと食べながら窮屈そうに座っている。身長が2mを越す身体にはただでさえ狭いコクピットが余計に窮屈に思えた。

「ステッドファスト及びドーントレス、作戦予定領域到達。情報だと既に奴らのレーダー圏内の筈だけど……まだ敵に目立った動きは無いわ。ハーヴェイ社の連中、随分と杜撰なものね」

「杜撰な方がこっちはやりやすいけどねぇ」

2機のゴライアスの後方、作戦エリアであるハーヴェイ社が保有する基地の付近へステッドファストとドーントレスを運んだキャリアーであり、各種の観測機器から得られる戦場のデータを統合し2機のゴライアスへ送信する指揮車両でもある大型トレーラー、ヘルハウンドから女性オペレーターのメイリス・アルバリーが冷静な口調でシエラへ通信機越しに情報を伝える。

「レーダーも見れない腑抜けた奴らだとしても数はあっちが上。やる事に変わりは無いわ。クラスター・ミサイルによる火力投射、その後に2人が突入して」

「はーい」

「アッシュリーも!そもそもちゃんと任務内容はわかってる?」

「メイちゃんったらあたしが何年この仕事やってると思ってんの!ハーヴェイ社の基地を襲って防衛部隊を全部倒す、でしょ?」

「その通りだけど一つだけ条件、雇い主のフレッガ社は地下施設には手を出して欲しくないそうよ」

「変な依頼〜、なんで?」

「きっと奪い取って独り占めしたいものがあるのよ、まぁいわゆる機密情報ってやつね」

「私たちみたいな小規模の傭兵が見たら厄介ごとが増えるってところかしら」

ステッドファストとは打って変わって派手な紅白に彩られた、両肩のシールドと四角いバイザーの4方の丸いセンサーが特徴のもう一機のゴライアス、ドーントレスに乗った女性パイロット、アッシュリー・バーリッジからの通信をあしらい、シエラはチョコバーをもう一口食べようとすると、ステッドファストのレーダーがターゲットの敵基地を示す大きな赤い点を表示している。

「両機、予定エリア通過。ミサイル発射」

ヘルハウンドに取り付けられた長方形のコンテナの蓋が開き、2発の大型ミサイルが圧縮ガスの力で勢いよく飛び出す。それらは小刻みにバーニアを噴かし空中で器用に方向転換をするとメインエンジンを点火、白色の尾を空中に描きながら飛翔し、ハーヴェイ社基地の上空に達すると大量の子弾を撒き散らして、派手な爆発が目標である基地を襲った。

「たはっ!来た来たぁ!」

爆発を見たアッシュリーが興奮してフットペダルを大きく踏み込むと、ドーントレスが両脚と背中のスラスターを吹かして大きく跳ぶ。

「ちょっとアッシュリー!先行しない!」

シエラは慌てて一気にチョコバーの残りを頬張り、包装を座席の後ろに投げ捨てると、ドーントレスに追従しようとフットペダルを踏み込みステッドファストのスラスターを吹かす。4基のスラスターがオレンジ色の閃光を放ち、30トン近い重さの機体を跳び上がらせた。クラスター・ミサイルによる爆撃に襲われたハーヴェイ社の基地にサイレンが鳴り響き、被害を免れた格納庫から、グレーに塗られいかにも軍用という雰囲気を放つ、曲面が主体の外装が特徴的なハーヴェイ社のゴライアス、フリガーレが出撃する。

「正面に4機、半分はプラズマライフル持ちよ。油断しないで」

「へっ、あたしとシエりんなら楽勝よ!」

メイリスの冷静な報告に対してアッシュリーがレーダーを見て舌なめずりしながら答える。フリガーレの真正面に跳び上がったドーントレスが左手でプラズマ・ブレードを引き抜き、落下の勢いを利用して青色のプラズマ刀身をフリガーレの胴体上部に突き立てる。

「ひとつ!」

コクピットを貫かれたフリガーレが黒煙を上げて倒れ込むのを横目に、アッシュリーが叫ぶ。目の前のマシンガンを連射するフリガーレに向けて右手のプラズマ・キャノンを連射する。ドーントレスが分厚い正面装甲でマシンガンを弾いたのに対し、フリガーレはマシンガンごと右手を破壊され、体勢を崩したところにさらに3発のプラズマ弾が胴体に直撃し爆散する。

「ふたつ!……危なっ!?」

ドーントレスが爆風の中から飛び出した赤色のプラズマ弾をスラスターを吹かして避ける。2機のプラズマライフルを持ったフリガーレが、ドーントレスにさらなる追撃を仕掛けようとした所に、ステッドファストの背部に取り付けられた大型ミサイルランチャーから2発のミサイルが放たれ、片方のフリガーレに命中する。

「シエラ!遅いよ!」

「あなたが早いの!」

シエラは下半身だけになって倒れたフリガーレには見向きもせずに、もう一機のフリガーレに対してステッドファストが持っているマシンガンを撃ち込む。フリガーレは30mm口径の弾丸の雨に耐えきれず、頭部の特徴的な単眼センサーやチャージ中だったプラズマライフルが吹き飛び、やがて黒煙を上げて機能を停止した。さらに大型ミサイルを放ち、事前のミサイル攻撃に運良く被弾していなかった基地司令塔を吹き飛ばす。

「2時方向に追加で5機、さっさと終わらせましょう」

「りょ〜かい」

2機のフリガーレのプラズマライフルによる支援を受けながら、残りの3機がマシンガンを連射しながらステッドファストとドーントレスとの距離を詰める。

「私は奥のをやるから、アッシュリーはこいつらをお願い」

「ラジャー!」

ステッドファストがプラズマライフルを持ったフリガーレ2機へ向かうのを見ながら、ドーントレスは両手でプラズマ・ブレードを引き抜く。一方前衛のフリガーレはマシンガンが効かないと見るや各々プラズマ・ブレードを引き抜き、赤色のプラズマ刀身が光る。

「まずはお前!」

右肩に赤いラインが入った隊長機へドーントレスが切り掛かり、剣戟が始まる。それぞれのプラズマ・ブレードがぶつかり合うとバチバチとプラズマが飛び散る。そして何度目かの鍔迫り合いの時に1機のフリガーレがドーントレスの背中へプラズマ・ブレードを振りかざす。

「甘い!」

ドーントレスの両肩の盾が大きな腕に変形し、右腕でプラズマ・ブレードを持つフリガーレの右腕に、左腕で顔面に掴みかかる。分厚い形の3本指のマニピュレーターが唸りを上げ、フリガーレの単眼カメラがメキメキと音を立てて砕ける。無残に破壊されたフリガーレの頭部を引きちぎり、フレームが露出した首元にマニピュレーターを突っ込むと、横から斬りかかろうとしていた3機目のフリガーレへ投げつける。

「あたしに接近戦を挑もうなんて!」

空いた両肩の副腕で目の前のフリガーレの両手を握り潰しプラズマブレードを奪い取る。

「100億年早い!」

ドーントレスはさっきまでフリガーレが持っていたプラズマ・ブレードの刃をフリガーレの胴体に突き立てた。そのまま機体は力無く倒れる。

「みっつめぇ!!」

一方ステッドファストは破壊された施設を壁にしつつプラズマライフルを持ったフリガーレ目掛けて背部の大型ミサイルを撃ち尽くすと、コンテナをパージして機体を軽くする。

「さっきのよりは上手みたいね……なら!」

大型ミサイルを避けられたのを見たシエラは一気に機体のスラスターを吹かして比較的距離の近い方のフリガーレ目掛けて突撃する。その勢いのままシールドの付いた右足を胴体へ叩きつけ、倒れ込んだフリガーレの脚部を踏む。身動きの取れないフリガーレは、ステッドファストにマシンガン下部のグレネードを撃ち込まれ爆ぜる。シエラは距離を取ってプラズマライフルのチャージをしていたもう一機のフリガーレをロックオンして操縦桿のトリガーを引く。ステッドファストの両肩前面のハッチが開き、中から8発の小型ミサイルがフリガーレ目掛けて襲いかかる。右腕がプラズマライフルごと吹き飛び、各部の装甲が剥がれ落ちたフリガーレは左手でプラズマ・ブレードを引き抜きステッドファストに斬りかかろうとするが、シエラは冷静に距離を取り、マシンガンで蜂の巣にする。

「こっちは終わった、アッシュリーは?」

「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!いつつ!!!」

3機目のフリガーレのコクピットに2本のプラズマブレードを突き刺し、右副腕で引きちぎった頭部を握りつぶしながらアッシュリーが雄叫びを上げる。

「アッシュリー?」

「ん?ごめんごめん、こっちも終わったけど……これで終わり?物足りないなぁ」

「今日の仕事はおしまい。さっさと帰りましょう」

「待って!地下から何か来る!警戒して!」

「何かって……なっ!?」

シエラたちがメイリスの叫び声に反応する間もなく、基地の地下へ続くハッチを突き破って1機のゴライアスが飛び出す。標準的なゴライアスよりも二回りほど大きな体格、さらに肥大化した両腕と背部の巨大なブースターユニットが目を引く。黒く塗られたその異形のゴライアスはガリガリと舗装された地面を砕きながら着地し、無数のセンサーが詰まった赤色に光る複眼でステッドファストとドーントレスを睨みつける。

「この機体……データに無いわ、警戒して!」

「逃がしてはくれなさそうね」

「面白え……!」

思わぬ強敵の予感にシエラとアッシュリーが高揚感を覚える。ステッドファストとドーントレスが武器を構え、それに対して、異形のゴライアスは両腕のガントレットに内蔵されたプラズマ・カノンを乱射しながら全身のスラスターを噴射し2機へ襲いかかった。

「速い!?」

「あんなデカブツが!シエりん!援護よろしく!」

「了解!」

ステッドファストの両肩のミサイルによる援護を受けながらドーントレスが2本のプラズマ・ブレードで異形のゴライアスへ斬りかかる。しかしミサイルはスラスターを使った激しいマニューバに避けられ、ブレードは右腕のプラズマ・カノンの銃口から発振されたプラズマ刀身によって阻まれてしまう。

「洒落臭ぇ!!」

ドーントレスが鍔迫り合いを続けたまま左肩の副腕を展開し、3本目のプラズマ・ブレードを掴んで異形のゴライアスのガントレット目掛けて突き刺す。軽い爆発が起こりプラズマ刀身の発振が止まると、異形のゴライアスは右腕のガントレットを放棄してドーントレスと距離を置く。そこへステッドファストがマシンガンで追撃をかけるが、装甲に阻まれてしまう。

「やっぱり効かないか……アッシュリー!?」

「があぁ!」

異形のゴライアスがドーントレスの胸部を掴み、地面に叩きつけるとそのまま背部ブースターを噴射して引き摺り、基地格納庫の外壁へ投げつける。

「アッシュリー!」

「いってえ…クソが…」

コクピットの中で激しく揺さぶられたアッシュリーが呻き声を上げる。ステッドファストはマシンガンを異形のゴライアスの背中に射撃するがやはり決定打とはなり得ず、それに反応して異形のゴライアスは振り向くとステッドファスト目掛けて突撃する。ステッドファストはマシンガン下部のグレネードと両肩のミサイルを一斉に射撃するが、異形のゴライアスは残った左手のプラズマキャノンを放ってそれを迎撃し、爆炎が広がる。異形のゴライアスはステッドファストへプラズマブレードを振り翳しながら接近する。

「その隙なら!」

シエラはステッドファストのマシンガンを投げ捨てて、姿勢を低くしたままスラスターを噴かして爆炎を潜り抜け、プラズマブレードを振り下ろされる前に異形のゴライアスへ激突した。激しい金属音が響きわたる。シエラは衝撃に耐えながら操縦桿のトリガーを引く。ステッドファストが右手で腰から引き抜いたハンドキャノンは銃口が異形のゴライアスの胴体下部に接触したまま155mm口径の砲弾を放ち、ハンドキャノン自身を巻き込みながら爆発する。左の脇腹が抉られた異形のゴライアスが倒れ、無数の赤い瞳から光が消える。右手首が吹き飛んだステッドファストの中でシエラが一瞬安堵のため息を吐いたが、異形のゴライアスに叩きつけられたアッシュリーのことを思い出す。

「アッシュリー!?大丈夫?」

「まだ色んなとこが痛い……」

「今度こそ周辺に敵反応は無し。任務完了、帰還して……と言いたいところだけどもう一つ仕事よ」

「ええーっ!?」

「フレッガの連中、そのバケモノの残骸を買い取ってくれるそうよ」

「マジで!?追加報酬!?」

報酬が増えることに気をよくして、痛みに唸っていたアッシュリーの表情が一気に明るくなる。

「迎えに行くからそれまでにコクピットから中身を引き摺りだして。アッシュリーは身体痛めてるしシエラ、よろしく」

「え〜」

「早く帰りたいんでしょ?」

「はいはい、やればいいんでしょ」

機体の外へ出ることへの面倒臭さを感じながらシエラはステッドファストの首の後ろにあるコクピットハッチを開け、のそのそと外へ出る。日差しが全身に突き刺さり、エアコンが効いたコクピットとの温度差にシエラはより不快そうな表情を浮かべる。

「そもそもソイツ、人間乗ってるの?」

「脳みそしか乗ってなかったりして」

「2人とも怖いこと言わないでよ」

そんなことを話しながらシエラは倒れた異形のゴライアスのコクピットハッチの付近を探り、ハッチの緊急解放用レバーを見つけるとそれを捻る。ロックが爆砕ボルトによって破壊され、ハッチが開く。シエラは鼓動の高まりを感じながら、ステッドファスト等の標準的なゴライアスよりも小さなコクピットハッチから中を覗き込むと、自身よりも二回りかそれより小さなパイロットが手足をだらりとさせて、狭小なコクピットに座っている。反応はない。シエラはホルスターに拳銃をしまうと右手を伸ばし、そのパイロットを引っ張り出した。コクピットの機器類から生え、パイロットスーツやヘルメットに繋がれた何本ものコードが引き抜かれる。まだ暖かい。息もある。シエラはそのパイロットを抱きかかえながら、頭を丸ごと覆っているヘルメットを優しく脱がせる。青い髪。どこか小動物らしさも感じさせる、可愛らしい少年。

「どうだった?中身生きてる?」

「か…」

「何?」

「可愛い…!」

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