第8話 大団円
石橋は、街の状況を落ち着いて、し,かも客観的に話すことができた。それを聞いた陰陽師は、
「先ほどの男よりも、理解力のある男のようだわい」
と思ったようである。
その予想はズバリ的中していて、ただ、訳が分かっていないだけだということも分かった。
ただ、陰陽師の方とすれば、客観的な話を聞きたいのだ。下手に理屈が分かっていると、自分の主観で話をし始め、話に抑揚ができてしまう。陰陽師のような商売に、余計な感情は不要なのだった。
その感情というのも、程度を考えるという意味では、必要な時もある。
状況は分かっていても、大きさやその範囲が漠然としていては、ダメだという時、相手の感情のブレや、その距離が分からないと、いかに陰陽師でも、的確なアドバイスはできない。
つまり、陰陽師といっても、判断する力と、アドバイスを与える側の主観的な感情が表に出てこないと、アドバイスにはならないということだ。
鈴村の場合もアドバイスらしいものは与えたが、果たしてあの鈴村で理解できるかどうか、疑問であった。
「ところで、石橋さんは、他の街でも、いろいろな連鎖反応が巻き起こっているのをご存じかな?」
と言われて、
「よくは知りませんが、自分の街で起こっているのだから、他で起こっていても無理もないとは思います。原因が、パンデミックから、今回の戦争に至る、不可思議な連鎖から来ているのだとすれば、それを解消するのは、至難の業かと思っています」
と、
「よく分かっていない」
といっているわりには、主観としての意見もちゃんと持っているようだ。
それを最初から表に出すのではなく、ゆっくりと小出しにしていくところなど、いかにも相手のことを思いやっている態度に思えて、陰陽師は好感が持てたのだ。
陰陽師はそのうちに、この石橋という男と話をするのが楽しくなってきた。
仕事上は、こちらが優勢であるのに違いはないが、実際には、腹を割って話せる相手がいれば、それに越したことはない。
そう思うと、石橋と、先ほどの鈴村とを思わず重ねて見てしまっていることに気づいたのだった。
鈴村という男、決して悪い男ではないが、どうも、相手を疑ってかかるところがあるようだ。
主観的に話すくせに、こちらを決して受け入れようとしない、頑なな態度が見て取れるようで、そんな様子に、陰陽師も、いささか、ウンザリしたところがあった。
要するに、
「この男も、その他大勢だ」
ということだった。
だが、
「この男は少し違う」
と思わせたのが、石橋だった。
冷静そうに見えるが、しっかりと相手との距離を保っていて、相手に近寄らせたいという気持ちを起こさせる力を持っているようで、それに気づいた陰陽師も、
「ハッ」
と我に返ったくらいだった。
「危ない危ない」
と、少し我に返る場面もあったが、それも、この石橋の計算ではないかと思うと、どこか末恐ろしさを感じた。
「しょせん、陰陽師も人の子」
ということなのであろう。
陰陽師は鈴村という男と会った時、何か、一瞬ゾッとしたものを感じた。
「初めて会うはずなのに」
という思いがあったのだ。
「誰かにイメージが似ているのだろうか?」
と感じたが、実はゾッとしたというのは、他の人手あれば知らないことを、この男が知っているというよりも、思い出させてくれたような感じである。
まったくのオフレコで、このことが発覚すると、ただの社会問題では済まなくなるし、政治家一人や二人の首ではすまず、政権交代になりかねない。
もし、今政権交代などすれば、世の中がどのようになるか、想像もつかない。もし、今の政府のやっていることをすべて否定して、ひっくり返しでもすれば、一か月もしないうちに、日本の国は滅亡してしまうだろう。
それがどういうことなのかというと、この陰陽師の男は、表は陰陽師を名乗っているが、裏では、影の組織と結びついているのだ。
しかも、その影の組織というのが、まさに、今回石橋が持ってきた案件である、
「スパイに関わる」
ことであった。
自分でスパイをしているわけではないが、スパイ養成の組織があることは前述で話をしているが、そこの講師と、親しいのである。
そもそも、政府に、
「スパイ活動を活発にすれば、世間の目をごまかすこともできるし、政府の都合がいい組織を作ることができる。他の政党がのし上がってきた時などに、役に立つのではありませんか?」
という、入れ知恵をしたりしていた。
もちろん、陰陽師は金が目的ではなく、彼には彼の思惑があった。政府に取り入って、今の立場を政府の中で深めていこうと思っているのだ。
「こんな風に、人にアドバイスをするだけでは、何も始まらない」
と思っていた。
何を始めたいとかいう確固たるものがあるわけではないが、その始めることが、自分たちのこれから、それは政府がどうのではなく、これからできるであろう組織の足固めをしておくということが必要だった。
そのために、スパイを養成する必要があり、そんな金があるわけもないので、政府に取り入って、政府にそのお金を出させ、裏では我々が暗躍することで、今後の組織の基礎を作ろうとしていたのだ。
実際に、そのスパイが、今、石橋の街で暗躍しているというのも、実は計算済みであった。
彼の計画の中にあるものであり、ちょうど石橋の街は、
「モデルコース」
だったのだ。
つまりは、モルモット。実験台ということである。
計画は、順調に進んでいた。暗躍はするが、それが問題になることはない。自治体とすれば、そんな怪しい組織の存在は気持ち悪いと思っているだろうが、だからと言って、彼らの暗躍をむやみに攻撃もできない。
下手に攻撃すると、取り返しのつかないことになってしまわないとも限らない。
彼らもしょせん、
「市民のため」
とは言っているものの、しょせん最後は自分が可愛いのだ。
「何とか、騒ぎがない間に、任期を終えたい」
と思っていることだろう。
さすがに、この日本で、お隣、韓国の大統領のようなことはないだろう。
「大統領を務めた人間の末路は悲惨なものだしな」
ということである。
建国以来、一人を除いて、ほとんどが悲惨な目に遭っている。
暗殺された者もいれば、死刑判決を受けて。拘留された者がどれだけいるか。
恩赦になって出てくる人もいるが、それでも、何年も刑務所暮らしである。
ちょっと前まで、国家元首だった人間がである。
それを思うと、
「それでも、どうして大統領になりたいというのか?」
ということである。
実におかしな国ではないだろうか?
こちらも、ある意味で、
「連鎖反応」
だといっていい。
特に政治のように、極端な話、誰がやっても、やり方は違えど、政治は政治である。そういうものが、繰り返し行われ、連鎖反応を引き起こすのではないだろうか?
例えば、ブームというのは、一定の期間の間に繰り返すという。そう、ここでも、キーワードとして浮上してくるのが、
「一定期間」
というものであろうか?
一定期間、スパイが暗躍するのは、繰り返しが絡んでいて、そして、そこから、時代の先を見つめるということでの暗躍だとすれば、一定期間をいかに短くするか長くするか、そのちょうどよさを見つけようとしているのかも知れない。
「そのために、養成所が必要なのではないだろうか?」
と、陰陽師は考えた。
正直、陰陽師といっても、神様ではない。万能の力を持っているわけではないが、ある一定の力を持つことが許されているのだとすれば、その力とは、
「何かと相乗効果を持つことができる」
ということなのかも知れない。
普通であれば、絡んだとしても、力が倍になるようなことは人間ではない。せめて、相手のことが分かるようになり、そこから自分の悟りが開けるというくらいであろう。
しかし、陰陽師は、それを力に変えることができる。それが、
「絡む相手との相乗効果」
だったりする。
最近、陰陽師は、その相手を、例の
「スパイの養成を行っている人」
ということであった。
鈴村を見た時、その人とのかかわりを感じたのだった。
「最近の、スパイの先生は、会っていないな」
と、陰陽師は思っていたが、その男は、スパイから抜け出して、隠れているのだった。
その理由は、正直、今の仕事が怖くなったというのと、この仕事をしている間、国家に対しては、絶対服従であった。
「抜けたい」
などというのは、御法度で、逃げ出すとしても、どこに逃げていいのか分からなかったが、実際に逃げてしまうと、追手がくるわけではなかった。
ただ、
「もし、うっかり秘密を洩らしでもしたら、命はないからな」
といって、脅してきたのだ。
脅しを掛けられているわりには、簡単に抜けられた。
もっとも、こんなことを他の人に話しても誰も信じてくれるわけもないし、自分にメリットがあるわけでもない。そうなると、黙っているだけでいいのなら、それに越したことはないわけで、政府もそんなことは分かっている。
当然、政府は見張りは着けているだろうが、余計なことを言わない限り泳がせておくことにした。
何も言わないのに、事を荒立てることはしないということだが、これもうっかり口を滑らさないとも限らないので、見張りは外すわけにはいかない。
そんなこともあって、養成所の講師は、まんまと抜けることができた。その男が何をやっているのかということは、陰陽師も分かっている。
しかし、会ったりすることはない。
本当は、会って、その気持ちを聞いてみたいという意識はあるのだが、そこまでしなければいけない理由は、どこにもないではないか。
そんなことを考えていると、
「陰陽師と、鈴村という男、講師の男を、それぞれに別の意味で知っているのではないだろうか?」
ということを、誰が気づくのだろうか?
陰陽師か、それとも。鈴村という男のどちらかが気づいて、そして、相手がそれを証明してくれるような気がした。
ただ、このことをもう一人知っている人がいた。
それが、石橋だったのだ。
石橋は、その講師を知っている。知ろうとして知っているわけではなく、ある意味偶然ということであった。
そして、石橋は、陰陽師を見た時から、何となくであるが、今のスパイの暗躍、そして、陰陽師とスパイの講師が繋がりがあるということなどから、大体のことが分かった気がした。
そう、彼が、
「何となくと感じる」
というのは、彼が、鈴村という人間を知らないからだ。
鈴村の父親が、スパイの講師だということが分かっていれば、
「何となく」
ということが、もう少し鮮明に分かってくるのだろう。
鈴村の父親が仕事を辞めて、そして講師も辞めて、ホームレスになった。ホームレスの方が、
「気が楽だ」
というのもあるが、それは、時代を動かす上での気楽さと、やりやすさということであろう。
「別にスパイの暗躍が悪いことでも何でもないんだ」
と、石橋は感じてきた。
そうなると、先ほどの人柱というのが、果たして誰のことなのかということになるが、考えられることとしては、
「陰陽師本人なのかも知れない」
と思った。
まさか、生き埋めにするわけにはいかないが、陰陽師という上にかぶったものを生き埋めにすることで、世の中がハッキリしてくるのではないかと思った石橋は、
「陰陽師と、講師である、鈴村の父親に合わせる必要があるのではないか?」
と感じたのであった。
連鎖反応を繰り返すのは、
「まるで、しゃく取虫か、将棋の桂馬の動きのように、それぞれが飛び石のような形にならなければいけない。それが、一定の期間というキーワードに結びつくのではないだろうか?」
と考えたのだ。
不倫であったり。スパイ行為というものは、一定期間暗躍をすることで、
「世の中にあたらしい風を吹き込んでくるような気がする」
と感じるのだった。
その時最後に、陰陽師がふと、おかしなことを言った。
「連鎖反応の鎖という字は、鎖国の鎖という字と同じなのだよな」
とである。
その時、石橋と陰陽師には、何か恐ろしい気持ちが湧いてくるのを感じるのだった……。
( 完 )
連鎖の結末 森本 晃次 @kakku
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