看病をしに来てくれた幼馴染に夢だと思って告白してみたら現実だった

久野真一

看病をしに来てくれた幼馴染に夢だと思って告白してみたら現実だった

 風邪を引いた。まだ厳しい暑さの残る九月のはじめに、おもいっきりクーラーを効かして寝てたのがいけないのかもしれない。


「熱は……38.5度。結構あるなあ」


 これはさすがに学校休むしかない。ただ、共働きの両親はもう仕事中だ。となると。スマホを取り出して見慣れたアイコンをタップする。


優美ゆうみ。悪いけど風邪引いたから、学校に連絡しといてもらえるか?」


 こんなときに頼れるのは幼馴染の柳原優美やなぎはらゆうみだ。小学校から無遅刻無欠席の健康優良児で、年に数回は体調を崩す僕とは大違いだ。


「もちろんいいよ。でも大丈夫、まーくん?」


 電話越しに聞こえるのは気づかわしげな声。

 まーくんとは僕、花咲雅史はなさきまさしのことだ。

 高校生になって「まーくん」もないと思うんだけど、気にしても仕方ないか。


「少し熱はあるけど、寝てればなんとかなるよ。平気平気」


 努めて元気な声をアピール。

 寒気もしてて辛いけど、彼女を心配させたくない。


「本当に?まーくん、よく強がるところあるから心配だよ」


 伊達に長い付き合いじゃない。見抜かれてる、か。


「本当に大丈夫だって。とにかく連絡だけ頼んだよ」

「うん。後で看病行くから」

「いいって。そこまでしてもらうほどのことじゃない」

「でも……」

「大丈夫だって」

「うん。わかった」


 優美は結構頑固なところがあるから、看病に行く行かないで押し問答になるかと思ったけど、幸い、折れてくれたらしい。


(とにかく、寝よう)


 リビングにある買い置きの風邪薬を飲んで、僕はとにかく寝ることにした。


「風邪なんていつぶりだっけ」


 年の夏頃に同じように体調を崩したか。

 あのときは39度くらい熱が出てきつかった。


(ああ……寒いなあ)


 布団を被って暖かくしているはずなのに、身体はぶるっと寒気を感じている。

 それでも。

 風邪で身体が疲れているせいか。気がついたら意識は闇の底に沈んで行った。


◇◇◇◇


(ああ、身体だるいなあ)


 薄っすらと意識が闇の底から這い上がってくる。

 体全体が熱を持っていて、動く気力がなくて、ベッドに縫い付けられているような感覚。


 ふと、トントン、トントン、トントン。ノックの音が聞こえる。

 優美が僕の部屋をノックするときの癖だ。

 薄ぼんやりとした意識の中で僕はといえば、


(夢か)


 漠然とそう思った。優美は今頃学校で授業の真っ最中のはずだ。

 僕の家にいるはずなんてない。


(夢は願望を投影するとかいうけど……はあ)


 僕は実は優美に看病して欲しいなんて思っていたんだろうか。


「まーくん、だいじょうぶ?」


 扉の向こうから聞こえるのは優しくて気遣いに満ちた声。

 無駄に再現度の高い夢だ。


「少し頭がぼーっとしてるかも」

「入っても大丈夫?」

「いいよ。どうせ寝てるだけだし」


 どうせ夢だ。せっかくなら甘えさせてもらおう。


「じゃあ……お邪魔しまーす」


 入ってきた優美は学校帰りのせいか制服だった。

 健康的な肢体とショートヘアに夏服のセーラーがよく映えている。

 夢だから僕の願望か。

 僕は制服フェチだったんだろうかと少し愕然としてしまう。


「……大丈夫?熱、結構ありそうだけど」


 ベッド脇の椅子に座った彼女は僕のおでこに手を当ててくる。

 少しひんやりとして気持ちいい。

 こんなことされたのはいつぶりだろうか。懐かしいな。


「朝測ったら38.5度だった」

「高熱じゃない!どうして朝は平気そうなフリしてたの?」


 泣きそうな顔をして見つめられてしまう。

 心配性なところまで再現するなんて、やけにリアルな夢だ。

 付き合いが長ければ、夢の再現度も上がるのかもしれないな。


「優美に心配かけたくなかったんだよ」


 これは本音だった。

 彼女は優しいから、高熱だなんて言ったら学校を早退して看病に来るだろうと思った。


「ほんっと身体強くないのに強がりなんだから……待ってて」


 階下へ降りて行ったかと思うと、氷嚢ひょうのうとバナナ、パウチタイプのゼリー飲料、経口補水液を持って二階に戻ってきた。


「食べられそう?」

「ありがと。ゼリーだけもらうね」


 ちゅーちゅーと吸い出してゴクリと飲み込む。

 食欲がなくても身体は栄養を欲していたらしい。

 少しだけ気分が楽になった。

 

「水分補給も大事だから、補水液も少しずつ飲んでね」

「助かるよ」


 相変わらずぼーっとした頭で経口補水液のペットボトルを受け取って、こくりと一口分を飲む。


「冷たくて気持ちいい。でもさ。氷嚢なんて家にあったっけ?」

「家から持ってきたの。まーくんはどうせ無理してるだろうから」


 仕方ないなあ、といういつもの顔。

 優美の家は隣だから持ってくることは造作もないけど、用意がいいなあ。


 昔からそうだった。いつも元気な優美に体調を崩しがちな僕。

 僕が体調を崩して休めば学校帰りに部屋に来てくれるのが常で。

 僕と彼女の関係は姉弟のようでもあった。


 でも、本当に都合のいい夢だなあ。

 できればずっと覚めないでいてほしい。


「実はさ。一人で家にいるのちょっと心細かった」


 普段なら吐かない弱音だけど、夢なら言ってしまってもいいだろう。


「わかるよ。熱出たときって人恋しくなるもんね」


 優しげな視線を向けながらうなずく仕草も可愛らしい。

 そんなところも好きになった理由だった。


「優美は昔から無遅刻無欠席だったはずだけど?」

「小学校の頃かな。夏休みに一度だけひいたことがあるの」

「付き合いも長いけど初めて聞いたね」

「言う機会もなかったし」


 これも夢の設定だろうか。

 

「とにかく、ありがとうね。優美。大好き・・・だよ」


 気がついたらその言葉は自然と口から漏れ出ていた。

 たとえ夢でもやっぱり彼女の優しさがとても嬉しかったから。


「まーくん、照れるんだけど……。て、大好き!?」


 照れから一点、目を白黒させている。

 いきなりついでのように告白されたら驚くか。


「うん。好きだよ、優美のこと」


 現実だと怖くて言えないこともすらすらと出てきた。


「友達として、じゃ、ないよね?」


 確認の意を込めてじっと見つめてくる。


「もちろん。関係を壊すのが怖くて言えなかったけどね」

「そ、そっか……」


 氷嚢を当てられながらベッドで寝る僕に椅子に座って見下ろす優美。

 彼女は何を考えているんだろうか。

 どっちにしても夢だから仕方ないことだけど。


「まずはありがとう。いきなりでびっくりしてるから、返事、少し待ってもらっていい?」


 目を閉じたり開いたり、こめかみや指を弄ってみたり。

 せわしない反応の後に来たのはそんな返事だった。


(返事までリアルでなくてもいいのに)


 どうせ夢なんだから。「私も好きだったよ」って即座に返ってきたら良かったのに。


「大丈夫。好きなだけ待つよ」

「ごめんね」

「いいよ。それより、眠くなってきた。ふわぁ……おやすみ」


 夢でも眠くなるもんだね。

 束の間の夢だったけど、彼女と談笑できて悪くなかったかな。


「ちょ、ちょっと!寝ちゃうの……!?」


 夢の中の彼女は何やら不服そうだけど、眠いんだから仕方ない。

 どうせ起きたら告白もなかったことになってるんだから。


 おやすみなさい。


◇◇◇◇


 目がぱっちりと開いて意識が覚醒したことに気がつく。

 随分と意識がはっきりしてる。熱はだいぶ下がったんだろう。

 ふと、ベッド脇に眼球の焦点を当てるといるはずがないモノ……人がいた。


「あれ?ゆ、優美!?」


 枕元の椅子に座っているのは、本来いるはずのない幼馴染その人だった。


(ちょっと待て)


 さっきの夢……あれってひょっとして夢じゃなかった?

 やけにリアルだなあと思ってたけど。


「お、おはよ。まーくん」

「う、うん。おはよう。優美」


 考えてみれば寝る前に僕は何をした!?


(やらかした……!)


 風邪の看病に来てくれたときに告白とかない。

 その証拠にさっきの優美は戸惑ってたじゃないか。

 夢と思い込んで告白するとか馬鹿過ぎるだろ、僕。


「あのさ、優美。さっきの告白なんだけどさ……」


 気が重い。でも、聞かずにいるのも後が怖い。


「う、うん。本気でいいんだよね?熱で浮かされて、とかじゃなくて」


 熱どころか夢だと思っていました。

 

「それはそう。本気のつもり」


 気持ちは決して嘘じゃない。それは本当だ。


「なら……オッケー、かな」


 その声は消え入りそうに小さかった。


「え?聞こえづらかったんだけど」


 難聴主人公になったわけじゃない。

 本当に聞き取りづらかったのだ。


「オッケー!って言ったの!」


 俯いた彼女の顔は真っ赤なりんごのように熟れていた。


「さっきは待って欲しいって言ってたのに、いいの?」

「大丈夫。いきなりでびっくりしただけだから」

「ごめん。さっきのはいきなり過ぎたよね」

「ううん。私もまーくんのこと、気になってたから」

「ほんと!?」

「嘘は言わないよ」

「ま、優美のことだから信用してるけど」

「でも……これで私たちも恋人同士かぁ」


 優美は微笑みながらため息をついて感慨深げだ。

 こうやって笑ってる姿もいいんだよなあ。


「そういえば、風邪はもう大丈夫?」

「どうだろ。熱はだいぶ引いた感じはするけど」

「はい。体温計」

「ありがと。気が利くね」


 脇に入れて測ってみる。ピピピ、ピピピ、と直ぐに結果はでた。


「36.5度。だいぶ下がったみたい」

「良かった。と、ところで恋人同士になったわけだけど」

「うん?」

「何かして欲しいことない?バナナとかあーん、できるけど」


 真っ赤になりながらとんでもない申し出をしてきた。


「う、うん。それじゃあ、お願いできるかな」


 さっきまで平気だったはずなのに。

 あーん、なんて言われると意識して、顔がかーっとなってしまう。


「まーくん、顔、凄く赤くなってる」

「優美もだよ。まっかっか」

「だって、照れるんだもん」

「僕も同じだよ」


 少しくすぐったい。


「じゃあ、はい。あーん」


 剥いたバナナをぷるぷると震えた手で僕の口に近づけてくる。

 どんな顔をしているんだろうと見れば、俯いていて、そしてどこかニヤケていた。


「あーん……うん。美味しいよ」

「良かった。あーん、て照れるよね」

「言われると僕も余計照れるんだけど!?」


 熱がようやく引いてきたのに身体中が熱くなってきてしまった。


「ね。一つ聞いて良い?」

「僕に答えられることなら」

「私のどこを好きになってくれたの?」

「……言わないといけない流れ?」

「彼女としては知りたい」

「それは……色々あるよ。気遣いが細かいところとか、照れ屋で褒めるとすぐ赤くなるところとか。あとは……僕、小学校の頃、よく風邪引いてたでしょ?」

「一ヶ月に一回くらいは熱出してたかも」

「放課後、優美はいつも訪ねて来てくれて。優しさに絆されたのはあるかも」


 そんな時間は母さんも父さんもいないことが多かったから。

 部屋を訪れて僕のことを見守ってくれたことは本当に心の支えになったのだ。


「まーくんってちょっとマザコンの気があるよね」


 ぷっと笑って、からかうような声色で言った。


「仕方ないでしょ。母さんも昔から家にいないことが多かったから」


 だからこそ。

 気遣ってくれた優美に母性を感じてしまって、好きになったのかもしれない。


「逆に優美は?」

「……言わないといけない流れ?」

「彼氏としては知りたいな」

「うーん……どこか放っておけないところかな?」

「子ども扱いみたいで微妙な気分だけど」


 そりゃ彼女にしてみればそう見えるのも仕方ないけどさ。


「ごめんごめん。それと、素直で優しいとこ」

「素直で優しい、ねえ……そうでもないと思うけど」

「私がそう思うんだから、それでいいの。クラスの女の子からも、まーくんのそういうところ、評判いいんだよ?」

「そういうところ?」

「クラスで体調の悪い子がいたら、すぐ気がついて保健室に連れて行ってあげたり」

「昔は風邪よく引いてたからね。なんとなく目につくんだよ」

「他にも、家庭環境がフクザツな子の話聞いてあげたり」

「話聞くくらいならね」

「そういうところ、地味にポイント高いんだよ?」

「ありがとう。しかし……こうやっぱ照れるね」

「そういう風に私の言葉を素直に受け取ってくれるところも。だから、私も嬉しくなって、まーくんのために色々してあげたくなっちゃうんだよ?」

「そ、そうだったんだ。僕としては本音を言ってただけのつもりだったけど」


 でも、改めて恋人になって言われると……恥ずかしい。

 しばし、静寂が場を支配する。でも、不思議と苦痛じゃない。


「まーくんが風邪治ったら、一緒に登校したいな」

「僕も言おうと思ってたとこ」


 せっかく家が隣同士なんだ。一度経験してみたかったんだ。


「あと、かーさんにも言いたいな。まーくんが彼氏になったよ、って」


 優美は特にお母さんと仲がいいから。一番に報告したいんだろう。 


「でも、おばさんたちか……」

「駄目?」

「駄目じゃないけど、色々言われそうな」

 

 子煩悩なおばさんのことだから、それはもうきっと大はしゃぎだろう。


「うちの娘をお願いします、みたいな?」

「そうそう。あとは夕ご飯に呼ばれたりもありそう」


 小学校の頃はときどきあったけど、この機になんてのもありえる。


「嫌?」

「そういうわけじゃないけどさ……少し恥ずかしいかな」

「私も恥ずかしいよ。でも、とっても幸せだから」

「僕もその、幸せ、だよ」

「幸せ同士だね」


 目を見合わせてクスクスと笑い合う僕たちだった。


「ね。キス、してみない?」

「き、キス!?」

「いきなり過ぎたかな」

「病み上がりだから風邪移しちゃうかも」

「それならそれでいいよ」

「わかった。キス、しようか」


 そのために身体を起こそうとすると、


「いいからいいから。まーくんは寝てて」


 可愛らしい顔がずいっと近づいて来たかと思うと、くちゅ、と水音がした。

 ああ。これがキス、なんだ。


「ふふ。キス、しちゃったね」

「風邪移っても文句言わないでね」

「初キスの感想がそれ?」

「いやだって。感想と言われても……なんか気持ちよかったけど」

「私も気持ちよかったよ」


 やっぱり風邪がぶり返したかもしれない。 

 だって、身体全体がこんなにも熱いんだから。


「もう一度、今度は僕からもしていい?」

「う、うん。お願い」


 身体を少し起こして彼女の端正な顔を寄せて、ちゅっと唇と唇をあわせる。

 なんか変な感じだけど、気持ちいい。


「私もこれじゃ風邪移っちゃうかも」

「そのときは僕が看病するよ」

「いつもと逆だけど、それもいいね。もう一度、キスしていい?」

「う、うん」


 まだまだ残暑の厳しい夏の夕方。

 妙に気分が盛り上がった僕たちはといえば。

 日が暮れるまでお互いについばむようなキスを繰り返していたのだった。


「じゃあ、そろそろ帰るね」

「うん……」


 熱が下がったばかりだからだろうか。

 それとも、恋人になれたばかりだからだろうか。

 むしょうに名残惜しく思える。


「そんな寂しそうな顔しないでよ。明日また来るから」

「うん。待ってるから」

「ふふ。こういうのも姉さん女房って言うのかな?」

「優美には頭が上がらないから好きにして」

「もう。適当だなあ。別にいいんだけど。それじゃ、また明日」


 と部屋をでていくかと思った彼女は急に振り向いたかと思えば。

 ちゅ。唇にさっきまでの柔らかい感触。


「今度こそ、また明日ね。今夜は暖かくして寝ないと駄目だよ?」


 とたたた、と階下に降りていった優美を見送った僕は。


(幸せってこういうことを言うのかもな)


 なんてひとり噛み締めていたのだった。

 

 後日談。やっぱりというべきか。

 風邪を移された彼女を今度は僕が看病するハメになったのだけど、

 それはまた別のお話。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

ちょうど昨日から熱が出てたので、これはちょうどいいと「風邪」をテーマにした短編をしたためてみました。


お楽しみいただけたら、★レビューや応援コメントいただけると嬉しいです。


それではまた。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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