リンゴ

凪 志織

 リンゴ

 太陽は赤いクレヨンで描く。


 僕はそう決めている。

 

 前に画用紙に太陽の絵を描いていたら、父さんが「太陽は黄色だろ?」といった。


 僕は黙って赤いクレヨンで太陽をぐるぐると描き続けた。


 だって、黄色にしたら満月と見分けがつかないじゃないか。


 リンゴを宙へ放り投げる。


 僕の手から離れたリンゴは徐々に速度を落とし、ついには一瞬空中に静止する。


 雲一つない真っ青な空にピタリと止まるその瞬間「太陽」とつぶやく。


 この瞬間だけはリンゴじゃない。僕だけの太陽を空に浮かべて遊ぶ。僕は何度も空高くリンゴを放り投げた。


「コラ!何しとる!食べ物で遊んだらいかんとあれほど言うとるじゃろうが!」


 振り返ると、おばあちゃんが箒を持って仁王立ちしていた。


 おばあちゃんは食べ物のこととなるといつも鬼のように厳しい。

 

「お前は何度言うてもわからん子じゃのう!」


 おばあちゃんが箒を振りかざした。


 僕は慌てて走り出した。


 こうなったらもうおばあちゃんは止められない。


 捕まったら最後、箒でボコボコにされるまで止まらないのだ。


 僕は全速力で草原を走った。


 振り返ると、おばあちゃんが箒を振りかざしながら追いかけてくる。


 おばあちゃんは足が速い。


 魔法でも使ってるんじゃないかと思うほど、おばあちゃんはいつも元気だ。


 僕とおばあちゃんとの距離は少しずつ近づいていく。


 このままでは追い付かれてしまう。


 僕は振り返り、おばあちゃんに向かってリンゴを思いっきり投げた。おばあちゃんは反射的に箒を落とし、スパンッとリンゴはおばあちゃんの両手に収まった。


「何するんじゃ!」


 僕はおばあちゃんの足元にダイブし、地面に落ちた箒を奪った。そして、再び走り出した。


「あ!コラ!」


 おばあちゃんが背後で叫ぶ。


 僕は振り返らずにそのまま走った。


 箒を奪ってしまえばもうこっちのもんだ。金棒を持たない鬼なんて怖くない。


 僕は箒にまたがり草原を駆けた。


 体が軽くなっていく。


 このまま走り続けたら、いつか体が浮いて空を飛べるような気がした。


 足はどんどん加速していく。


 気づいた時にはもう遅かった。いつの間にか草原は下り坂になっていた。


 足はもつれ、態勢を崩し、僕の身体は前方に転がった。


 世界がぐるぐると回る。


 空の青と、草原の緑が交互に訪れる。


 ぐるぐるぐるぐる上が下になって、下が上になって、僕の体と空と地面が入れ替わり、やがて世界は、青だけになった。


 僕の体はもう止まっているのに、世界だけがまだ回っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リンゴ 凪 志織 @nagishiori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ