第5話
「ふう……まさかの一日になったな」
夜、寝巻きに着替えた一記が自室で独り言ちていると、それを聞いていた寝巻き姿の紅葉は苦笑しながら頷いた。
「私にとってもそうでしたよ。バディになる話は聞いてましたけど、同室になる事までは流石に聞いてなかったので。字井さんは女性と一緒に眠った経験っておありですか?」
「いや、ないな。異性の幼馴染みがいるような奴だったり彼女がいたりすればそういう事もあるだろうけど、俺にはどっちもいなかったからさ。合歓木さんはどうだ?」
「私もないです。だからか、緊張もしてますけど、それと同時にワクワクもしてるんです」
「ワクワク?」
一記が首を傾げると、紅葉はクスクス笑いながら答えた。
「私、お父様が少し厳しい方なので異性と接する機会を持った事がこれまでほとんど無かったんです。お手伝いさんも皆さん女性でしたし、基本的にはお城の中、それも自分の部屋くらいでしか過ごさないので数少ない兵士の皆さんとも会った事はあまりありませんでしたし」
「え……それじゃあ合歓木さんってお姫様なのか!?」
「そういう事になりますね。でも、だからと言って接し方を変えるような事はしないでください。ここでは私はただの“眠”の漢字人で、合歓木紅葉という存在に過ぎませんから」
「わかった。でも、そうなると本当に不安だろ? 自分の故郷を含めた漢世界が大変な事になっていて、どんどん自分の故郷の人達がいなくなってるのは」
「はい……初めは本当に何が起きてるのかわからなかったですし、どうして私達がこんな目に遭わないといけないんだとも思いました。でも、起きてしまった以上、解決しないといけないのはまだ無事で博士や字井さんと出会えた私です。だから、精いっぱい頑張りたいと思います。私に出来る事、私にしか出来ない事を」
「合歓木さん……」
紅葉は微笑むと一記に手を差し出した。
「字井さん、突然の事で本当に申し訳ありません。けれど、字井さんの力が必要なんです。どうか私達の世界、漢世界を救ってください」
「……はい、もちろんです。俺も帰りようがない状態にはされてますし、話を聞いた以上、放ってはおけませんから。もっとも、俺にどこまで出来るかはわからないですけどね」
「そんな事──って、あれ……? 字井さんのその水晶、なんだか光ってませんか?」
「え?」
紅葉の言葉を聞いて一記は水晶を取り出した。すると、水晶は紫色の光を放っており、驚きながら一記達が見つめている内にその光は静かに消えていった。
「な、何だったんだろう……」
「うーん……よく、わから……ない、で……す」
「ね、合歓木さん?」
紅葉の様子に一記は不思議そうな顔をしていたが、紅葉の体がグラリと揺れると、ハッとしながらその体を急いで支えた。
「合歓木さん! 合歓木さん、大丈夫か!?」
「す……」
「す?」
「すぅ……」
「……え? ね、寝てる……?」
すやすやと寝息を立てる紅葉の姿に驚きながらも一記は安心すると、起こさないように気を付けながらお姫様抱っこをし、そのままベッドの上に寝かせた。
「ふぅ……これで何とか一安し──」
「うーん……」
「え……」
紅葉が伸ばした両腕は軽く前屈みになっていた一記を捕まえると、そのままベッドへと引きずり込み、力いっぱいに抱き締めた。
「ちょ、合歓木さん!」
「えへへ……丁度いい抱き枕だぁ……」
「俺は抱き枕じゃ……はあ、まったくもう……」
一記は諦めた様子で呟くと、枕元に置かれていたリモコンに手を伸ばした。そしてそれを使って明かりを消すと、一記は自分を抱き締めている紅葉を見ながら優しい笑みを浮かべた。
「おやすみ、合歓木さん」
そう言うと、一記は目を静かに瞑り、紅葉の寝息を聞きながら自身も静かに眠り始めた。
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