第6話

 翌朝、研究室に来た一記は水晶を孝男に見せていた。



「どうですかね……これまで光るなんて事無かったのでちょっと心配で……」

「うーん……まだよくわからないな。状況を改めて確認するんだけど、字井君が合歓木君に対して決意を新たにしていたら、その水晶が光って、合歓木君が突然眠り出した。そうだったね?」

「はい。それでその後はベッドまで運んだら寝ぼけて抱きつかれたのでそのまま眠る事にしたんですが……」



 そう言いながら一記が入り口に視線を向けると、そこには顔を赤くしながら一記を見る紅葉が立っていた。



「あの……合歓木さん、俺は別に気にしてないからもう少し近くに来ても……」

「わ、私が気にするんです……! 寝ぼけていたとはいえ、異性に抱きついてしまうなんて……」

「寝かせられた事については恥ずかしさは無いのかい?」

「それは申し訳なさの方が勝ってるというか……それで、昨夜私が眠ってしまったのはどうしてなんでしょうか……?」

「それに関しては確証はないけれど、一つだけ仮説は立てているよ」

「仮説……?」



 一記が不思議そうに言う中、孝男は静かに頷いた。



「ああ。その水晶がどんな物かはわからないが、もしかしたら漢字人の力を吸収して、自由に使える物なんじゃないかと思うんだ」

「漢字人の力を……あ、そういえば合歓木さんは“眠”の漢字人だし、その力を吸収してそのまま使ってしまったという事ですね」

「そういう事だね。だが、そうだとしたらその水晶は中々貴重な物だよ。今後、字井君には様々な漢世界を巡ってもらうから、そこで出会った漢字人達の力を我が物としていけるわけだからね」

「漢字人の力を自分の力に、か。でも、それを俺は自分のために使う気はありませんよ。今の合歓木さんの力だって強力なのに他の力まで手に入れてそれを自分の力として使ったら、今度は俺が漢世界を危機に陥らせてしまいますから」

「私もそう思うよ。だから、その水晶でまた漢字人の力を手に入れた時は十分に注意してくれたまえ。良いかな?」

「はい」



 一記が返事をした後、孝男はコンピューターを操作し始めた。すると、様々な機械が独りでに動き始め、やがて研究室の中心には銀色の扉が現れた。



「これが……転送装置、ですか?」

「その通りだ。仕組みなどについては簡単にするけれど、ここにエネルギーに注ぎ込む事でこの扉が指定した漢世界と繋がるようになっていて、扉を開けてそのまま進んでいく事でその漢世界に踏み入れる事が出来るのだよ」

「……なるほど」

「ん、どうしたかね?」

「いや、この扉が桃色じゃなくて良かったなぁと思っただけですよ」

「ああ、あのアニメーションの扉に少し似せてはいるが、流石に色までは止めたよ」

「そうですか……」



 一記が安心したように息をつき、それを見た紅葉が不思議そうにしていると、その光景に孝男はクスクスと笑った。



「後で君達の部屋に色々なアニメーションや映画作品のDVDでも置いておくか。さて、それではそろそろ行ってきてもらおう。字井君、合歓木君、準備は良いかな?」

「はい」

「私も……大丈夫です」

「わかった。では、二人とも転送装置の前に立ってくれ」



 その言葉を聞いて一記と紅葉が並んで立つと、紅葉はそっと一記の手を握った。



「合歓木さん?」

「……やっぱり少し不安だったので」

「そういう事なら良いよ」

「ありがとうございます。それじゃあ行きましょう、字井さん」

「ああ」



 頷きながら答えた後、一記は扉のドアノブに手を触れた。そして軽く回してそのまま押し開けると、一記と紅葉は扉の向こうから溢れだしてくる光に包まれていった。

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