第3話

「浦野さん……あの、その漢字人って何なんですか? それに、俺がここに連れてこられた理由って……」

「それについてはゆっくり答えるよ。まず漢字人についてだが……漢字人というのは、その名前の通りで漢字の力や意味をその身に宿した種族だ。もっとも、彼らは漢字人達の故郷、漢世界に住んでいるんだけどね」

「漢字の力や意味を……たとえば、“無”っていう漢字の漢字人なら、色々な物を消したり無かった事に出来たりするってことですか?」

「そういう事だね。因みに、ここに来て何か気づいた事は無いかな? 具体的に言うと、忘れていた何かを思い出したような」

「……あ」



 一記がハッとすると、孝男は静かに頷いた。



「今、君が気づいたようにここでは以前のようにあらゆる漢字を口に出したり書いたり出来る。それも漢世界とこの研究所を繋いでいるからなんだけどね」

「漢世界と……でも、どうやってそんな事を?」

「ちょっとした偶然の産物だよ。私も初めは漢字を忘れていてね、どこか不便さを感じながらもそれを受け入れていた。そんな時だったよ、適当に作り上げていた装置が異世界と繋がる装置になったのは。

そしてその瞬間に私は漢字を思い出し、その謎を探るために同じように漢字を覚えている人間を探すと同時に偶然繋がった漢世界の調査を始めたよ。ここにいる“ねむり”の力を持つ合歓木ねむのき紅葉くれは君の力を借りながらね」

「力を持つって事は……君も漢字人なのか?」



 その言葉に紅葉は笑みを浮かべながら頷いた。



「はい。字井さんを連れてくる時に眠らせたのも私の力で、眠らせようという意思を持ちながら歌を歌ったり視界を隠したりすれば相手を眠らせる事が出来るんです」

「スゴいな……」

「それが漢字人の力だよ。因みに、合歓木紅葉という名前は私がつけたんだ。漢字人達はどうやら固有の名前を持たないようで、全員がその漢字で呼ばれるようだったからね。

そして、漢字人達は同じ漢字を宿す者は一人しかおらず、その漢字人が寿命で死んだ際にはそれを宿した新たな漢字人が生まれ、またその力を持ったまま生きていくという形を取っているそうだ。もっとも、転生とは少し違うから記憶までは引き継がれないがね」

「なるほど……合歓木さんはどうやってここに来たんだ? 浦野さんがここに連れてきたのか?」

「あ、いえ……私は……」

「彼女の故郷、“目世界アイールド”から迷い込んできたんだよ、漢世界と繋がった時にね」



 少し困ったような顔をしながら孝男が言うと、一記は首を傾げた。



「目世界……?」

「そうだ。漢世界も実は一つではなく、幾つも種類がある。漢字には部首やつくり、冠などがあるだろう? そんな感じで漢世界もそれぞれの世界に分かれていて、それによって生まれる漢字人も違うようだ。そして、合歓木君は目部に属するから目世界の出身になるわけだね」

「そういう事ですか……それで、どうして俺を連れてきたんですか? というか、漢字が無くなったと感じてから家族との間でしか話してないのに、どうやって漢字を知ってる事を知ったんですか?」

「ちょっとハッキングさせてもらったんだ。こう言ったらなんだけど、ハッキングはいたって簡単だったよ。漢世界と繋がるきっかけになった転送装置の仕組みを使って作り上げたワープマシンを作るよりは遥かにね」

「そ、そうですか……」

「さて、君に来てもらった理由だけど、それは一言で済むよ」



 孝男は椅子から立ち上がると真剣な顔で口を開いた。



「君には漢字を取り戻すために各漢世界を巡ってきて欲しいんだ」

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