第弐拾肆話 野外活動以上、生存術未満
当日は良い天気で、若干日差しがきついような感じがするけど、暑い、まではいかないから丁度良いかも。
スカっと晴れ渡った空、というのでもなく、雲も多少あるから良い感じ。
鳥も飛んでるし、長閑だなぁ。
そんな空の元、荷馬車に乗せられゴトゴト……つーか、ガッコンゴットン? そんな感じに揺らされて移動中。
荷台に乗っているのは、オレとザジ嬢。
前部に備えられてめ御者台には引率の先生と、教習施設で必需品の荷を運ぶ用務員的な仕事してるオッサン。このオッサンが馬を御してくれてる。
因みにオッサンの名前はハッサン。笑いそうになったのは内緒だ。
それで引率の先生は
長い金髪を三つ編みにした女の人だ。ぱっと見は二十歳くらいに思えるんだが、下手したら
何しろルーヴァって不老っぷりが凄いんだし。
それと優し気な雰囲気に反してちょっと
まぁ、身内が荒くれ家族だったオレからすれば別に大した事ない。マジギレした時の姉さんズはなぁ……ま、まぁいい。思い出したくない。
手荷物は数日分の野営する為の道具と、持ち慣れた武器。それと食料と水。
ただ水に限り、水源探すの手間取ったら横にいるザジ嬢に
え? 他力本願? 頼れるものには頼るんだよ。水無いと話にならんし。
因みにザジ嬢も同じような荷物を持ってる。
何時ものよーに二人しての実習だから当然なんだけどな。
場所は何と塀の向こう。
……何か塀の向こうとか言ったら何か犯罪者にでもなった気分になるけど、この王都を囲む壁の向こう側って意味ね。
こうして改めて見渡しても圧倒されるほどの存在感があるのな。
そのお陰で、この都は護られてるって強い説得力があるんだけどさ。
しっかし、売られてゆく可愛い
高が荷車に
実際、この荷馬車の荷車部分は、ほんっと最低限の作りしてる。
台+車輪=荷車というね。簡素極まりないの。
あーでも、車軸が台の部分と違う揺れ方してるし、車輪の部分は何か厚く樹脂で塗り固めてあるから、ひょっとしたら見えない所に仕掛けが施されてるかもしれん。
それでも、
だからこそ草詰めた
まぁ、自分は住んでたとこの経験で結構慣れてるからいいけど。
ザジ嬢は……あぁ、大丈夫そう。環境適応能力とかクッソ高い民族だし。
前に乗った衝撃緩和機構付きの幌馬車の方がきつそうだったのがまた……。
で、その彼女なんだが、今めっさ機嫌良さそうである。
前日からウッキウキで野営地の情報集めてたしなぁ。
ホント楽しみにしてたのが分かるってモンよ。
アレだ。遠足を楽しみにしてた子の浮かれ方だこれ。
それでも今現在は舌を噛みかねないから喋らないところは評価しよう。ウン。
つか、そうじゃなけりゃあ色々と話振られて大変だったと思う。普段、ずっと一緒にいて会話してるのにネ。
オレの横で、ザジ嬢は偶に手にしている袋の中から何か取り出して口に入れてる。
最初の時と同じで豆を食ってるんだ。
別に合わせた訳じゃないが、実はオレも切った干し肉を噛んでたりする。
ふと、視線に気づいたかザジ嬢がこっち向いて目が合ってしまう。
やっぱり嬉しそうな彼女は、オレにニッと笑みを返してきた。
思わず目をそらしてしまったが、何か後頭部に視線を感じる。
コイツ~……ずっと笑って反応楽しんでるだろ。
こっちは
でも、ま……・
な~んか、これからもずっとこんな感じに二人で行動し続けるような気がしないでもないんだ。
まぁ、悪い気はしないけどさ。
***
***
***
「はいよ、到~着」
手綱を操り馬を止めさせつつ、備えられている柄を引いて荷車にもブレーキを掛ける。
ブレーキ、と言っても車輪部に分厚い皮を押し付け、摩擦で止めるという簡易的な代物であるが、これでも十分に役に立っていた。
「ありがとよハッサン。助かったよ」
御者の隣に腰を下ろしていた女性が席を立って礼を言った。
「なぁに、これも仕事の内さ。
何時もより楽だったくらいさ。
ほら、お前らも降りた降りた」
ハッサンが荷台に乗っていた二人にそう声を掛けるが、その二人既に手荷物とを持って下りる所だった。
うん確かに何時もより楽だ。と改めて思う。
何しろ馬車にせよ荷車にせよ、あえて乗り心地を省いている為、道中の文句は多いし、悪ければ嘔吐してへたばっているのが常だった。
そのお陰で、送り迎え後には荷台洗いが必須となっていた訳だ。
しかしこの二人、あれだけ揺れていた荷車の上で、到着まで大人しく座っていただけでなく、軽く口に物を入れる余裕すらあったらしい。
「のぅ、儂にも一枚いただけまいか?」
「改まって言わずとも……。」
「忝い。代わりにこの豆を進呈しよう。」
「頂こう。」
等と持ち合わせていた軽食を交換しているほど。
というか、旅慣れた旅行者のそれにしか見えない。
「やれやれ。
何時もとは別の意味で大変そうだな、おい。」
「さてな。
ウチの爺婆どもが可愛がってるらしいし期待はしてるさ。」
「そうかい。」
お前さんより年下だろーに、とはうっかりと口から零さずに、荷物を下ろしてゆく。
モーリアは降ろされた荷の一つをほどき、中から折り畳み式の背負子を取り出した。
背負子で荷物を乗せさせるのは、期間は短いとはいえそこそこの荷があるというのに、両手を塞がせる訳にはいかないからだ。
彼女が二人に背負子を手渡すと、彼らは礼を言って受け取り、割り当てられている荷物…主に食材や実習用であろう幾つかの薬瓶、携帯用作業道具等をずれたりしない様に積んで固定してゆく。
そういった物を貸してくれる事に小さく笑みを浮かべるところは年齢相応に見える。
しかし、生存術に長けたモーリヤが少なめの荷物量になるのは良いとして、二人には少なくない荷物が渡されていた。
言うまでもなくこれも実習の一つであり、必要なものを効率的に持ち運ぶ為の勉強だ。
実際、この実習に向かう者の大半はここで躓き、荷を均衡のとれない積み方をして足元をふらつかせながら歩かされる羽目になる。
そしてモーリアはそんな実習生達の苦労を背中で受けつつ、ニヤつきながら目的地までの行程を遠回りして進む訳だ。
お世辞にも良い性格とはいえない。
尤もこの二人、直ぐに使う道具…得物は兎も角、使わない物は纏めて袋にテキパキト仕舞っているし、重いもの軽いものの積む順も心得ているようで戸惑いが見られない。
革ひもでキッチリと固定するのも様になっている。傍目にも分かるほどの手慣れさだ。
二人のも装備武器を除けば荷物の量はほぼ同じ。
これが年ごろの娘ならば月のものの所為で多少荷が増える事となるが、ザシにはまだ早いらしい。
先にも述べたように少々多めの荷である事もあって、少年少女の背の低さからえらく荷物が大きく見えてしまうが、二人とも特に気にせず荷を纏めてゆく。
そんな二人の様子を見てハッサンは顔には出さなかったが、少しばかり呆れていた。
何時も実習地に着いた時から疲弊している教習生を見てきた彼であったが、あれだけ揺らしに揺らせた荷馬車に乗せられていたのというのに、顔色一つ変えず楽し気に荷物を整えてゆく様子を目にするのは初めての事なのである。
「送迎、感謝する。」
「世話になったのぅ。」
纏めた荷を背負うと、二人はハッサンにそう礼を告げた。
実はこれもめったにない事で、極偶に神職の者からしか聞かない言葉である。
下手な大人よりできているようだ。
「これも仕事さ。
じゃ、実習がんばんな。」
「じゃあな、ハッサン。
また飲みに行こうや」
「勘弁してくれ。懐も身体も死ぬわ。」
そう返すハッサンを笑いで見送り、その背が小さくなるころモーリアは二人に振り返った。
「んじゃあ、実習地に向かうぞ。
方位はここより真南だ。
日が暮れる前に水場の確保と野営準備。ホレ、急げ。」
彼女の先輩教官であるニケが若く見えて結構なお歳であるように、ルーヴァという種族は他の種族よりも長い寿命を持っており、凡そ300年は生きるとされている。
されている、というのはある一定以上の歳を越えるとふらりと旅に出て音信不通になるという妙な習性の為だ。
この習性によって調査もままならず、またそこまでついて行けるほどの熱量を持つ民俗学者もいない事もあって、里に留まる数少ない長老格の話から計算する他ない。
だから今のところ想定できているのが300年という訳だ。
種族的な特徴として、野外狩猟生活に特化している事が挙げられる。
視力聴力は勿論、危機察知能力も高く、気配の消し方も上手く自然精霊魔法との親和値が高いのもそれ所以であろう。
かと言って都会で暮らす事を不便と感じる訳でもなく、環境の変化にも柔軟に適応できる頭の柔らかさもある。でなければ王都の
同じくランボルト教習所で教官を務めているニケとは里こそ違え、同種族という事もあって結構話が合う方だ。
しかし、教える指針は似て異なっている。
ニケが野外狩猟による調査捕獲に寄っている教官で、モーリアが
モーリヤ当人も歳は若いが中々に荒々しい経歴を持っている狩猟人で、その経歴の半分以上は魔獣狩りに明け暮れたものである事も大きいだろう。
生きて帰る、という
よってそんな彼女の指導によるこの実習は、かなり初期教育であるとはいえ結構本格的な野外活動実習という事となる。
尤も、教育課程としては少々段を飛ばしている事も否めない。
野外活動の実習を行うと言われて、ほいほい準備ができる者などいないからだ。
しかしこの二人は、明後日に野外実習に行くぞと言われても、文句ひとつも言わず必要な荷物を纏めるほど手慣れている。
それに行先を聞いて直ぐ、施設の図書室で行先の情報を集め、この季節で現地で調達できて食用に向くもの、近隣の危険生物や周辺の気候、植生等の情報を書き出して頭に叩き込んでいる。
行先や日程、施設側から野営に必要な物の用意こそしてくれるものの、それ以外の準備は全て自前というかなりシビアにものである。
が、少年は傭兵としての経験から、少女は山奥での隠遁生活という特殊環境から、こういった事に慣れているようだ。
先導をするモーリアは普段よりやや早歩きなのであるが、大荷物を背負っているにも拘らず、その後をしっかりとした足取りで付いて来ているし、息も乱していない。
周囲の風景を楽しむ余裕すらあるほど。
「や? 水気のある風が吹いておるな。」
「これは……川、の匂いじゃないな。湖か。」
「の、ようじゃの。」
成程。
「おう。その湖を拠点にするんだ。
ほれ急ぐぞ。」
夕暮れにはまだあるが、二人の歩みを早めさせる。
野外活動をどこまで学んでくれるか楽しみになって来たからだ。
無論、何はともあれ拠点づくりからであるが、別に彼女は心配はしていない。
《実り多きタルキュワ》という名前はその植生の豊富さからつけられた名前だとされている。
タルキュワは、林と森林の中間ほどの密度で木々か生い茂っており、その木の実も食用可なものが多く、それらを糧にする獣がうろついてはいるが、どういう訳か凶悪な肉食獣がほぼ見られないという、比較的安全な環境が広がっている不思議な土地だ。
食物連鎖が無い訳ではないというのに、何故か大型の肉食獣はおろか魔獣の影すら見せない理由等は未だ研究中ではあるが、その土地の大方の範囲は調査済みという事もあって、野外実習には最適であるとしてランボルトで利用されている。
偶に
つまりそれほど危険が少ない代わりに、嫌厭するほど金になる獲物がいないのだ。
しばらく進むと、二人が水気を感じたように湖が見えてくる。
木々が途切れ、少し意外なほ開けた場所にそれはあった。
一言で称するのなら、太めの三日月と言ったところだろうか。
そして流石は湖というだけはあって水は青い色を見せている。
その上、湖面が周囲の木々を見事に逆さに映し出すほど澄んでいた。
「濾過された湧き水…か?
こんな平地で?」
その美しさに目を奪われるより前に、その湖の澄み方に少年は驚きを見せる。
相方の少女は彼の言葉を素直に受け取ると、水に直接触れられるほどので近寄り、自分の道具袋の中から白い陶器のカップを取り出して、水を掬い上げた。
そのカップの底には太さの違う目盛りの様な線が幾つか刻まれていて、上からその線を目視する事で透明度を確認する事に用いている。
「……確かに。
儂も滝の落水かと見紛おうたが、正にこの清さは湧き水ほどじゃの。」
確かに澄み渡ってはいるが、二人は水辺を再度調べに入った。
そう時間を掛けず生息している貝類や甲殻類を見つけ出し、それが良く知られている水辺の二枚貝と小蟹である事を確認する。
「水辺の周りに獣の死骸も見られぬし、周囲の木々も異常はないようじゃの。」
「植生の波動に魔力の変異も感じられない。
まぁ、念の為に今日は煮沸して使うか。」
そう判断し、水辺から距離を置いて地面に余り湿気ておらず、尚且つ周囲に立っている木々より低めのものの根方を野営地に選び、天幕を張る作業に入った。
二人の様子を見守っていたモーリアは、その用心深さに苦笑する。
いや確かに初めて来る土地で、前情報だけを頼りに湖水を直ぐに口にするよりかはずっと良いのであるが。
実際、この実習地であるタルキュワには害意のあるものの方が少ない。
その不自然且つ不思議さは伝えてあったのだが……まぁ、そういった用心深さはあるに越した事はないだろう。
本来であれば
あぁ、確かに爺さん共が可愛がる筈だ。
ちゃんと目上に敬意を持っていて、それでいて自立心もあるが、若年者特有の珍妙な過信もない。
この調子なら、今回は自分も骨休みにもなるかな、とモーリアは内心で笑みを浮かべつつ、自分も天幕を張る作業に取り掛かった。
――尤も、
その予想は遥か斜め上から裏切られるのであるが。
SWORD & EDGE 西上 大 @balubar
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