第弐拾参話 教育者ノ苦労
単に資格を取る施設は他に無い訳ではないのだが、このランボルトは設立に当たって国同士の助成があり、狩猟人の同じ資格でもここの出身ならばと、高く信用してくれるのは大きい。
同等級でも同じで、魔獣討伐等の任務でも個人に対して指名依頼が来る事すらある。
そんな施設の教習であるから、当然ながら野外活動の実習は多い。
狩猟人、という名前からして分かるように、害獣や魔獣、場合によっては魔物等を狩るのが主な仕事である。場合によっては洞窟探索や、森林捜索の仕事すらあるのに卓上だけで済むのなら世話は無いのだ。
初等部の二人、ダインとザジはその生まれと生活環境によって野外活動は放っておいても出来てしまう訳であるが、初年度からいきなり放置しても合格を与えてしまうといった前例を作る訳にはいかない。
確かにあの二人は、子供らしい素直さに加えて大人顔負けの律義さもある。目を離した隙にさぼる様な真似はしないだろう。
しかし、ここに来てその好ましい人柄により、奇妙な問題が起こっていた。
「……ってもよ。あの二人にどうさせるってんだ?
まさか周りを睨みながら行動しろって訳にもいかんだろう」
カッツェが顎を撫でつつそうぼやきを零す。
「そーなのよね……。
他所様に迷惑かけないように行動してるのが悪いって言うようなものだし」
ニケも頭を痛めている。
中食休憩の時間、人気の少ない教官の詰め所ででっかい爺と若い娘が頭を突き合わせるようにしてうんうん唸っている様は、傍目からすれば滑稽かもしれないが当人らはかなり真剣だ。
相手は子供ではあるが、今すぐにでも何かしらの仕事を任せられる半玄人。
おいそれとそこらの犯罪者にどうこうされるとは思っていない。
が、それは、きちんと相対しているから分かる事であり、それなりに人と接してきた教官だからこそ分かる実態で、そこいらの犯罪者にとっては見てくれは単なる子供に過ぎないのだ。
「気持ちは分からんでもねーが……。
幾ら冗談でも普通、子供に殺気飛ばすか?」
だから直ぐに変なちょっかいを掛けられる。
二人は真面目にやっており、地道に自力を上げている為に余裕があるのだが、それをぬるい練習だと思われて。
一度でも一緒に修練をやらせれば否が応でも理解できるだろうが、そうなると今度は妬み出す事は視るまでもない。
「普段の態度悪くなかったから、一応は厳重注意で済ませたけどね。
二人の地元でやってたら小剣が飛んでたと思うけど」
「あぁ、確かにやるな。あの婆やクソ爺なら」
ここの食堂で遊び半分に殺気を向けられたり、街に出て人攫いに遭遇したり。
ザジに至っては、この王都ランダールに来る道中でも良からぬ事を考えていた犯罪者に、ついでとばかりに誘拐されかかっている。当然、簡単に鎮圧したらしいが。
しかし、それはそれで問題だ。
ある意味、ただ歩くだけで犯罪を助長している。
妙に粋がったり、感情の振り幅が大きい年頃だというのに、件の二人が持っている性根は、落ち着いた成人のそれだ。
だが、悲しいかなその落ち着きがあるが故に、ぱっと見が大人しい子供二人に過ぎない。
その中身が一端の戦士に届いている等と誰が分かるというのだ。
「まぁ、目端が利いた奴なら分かんだろうけどよ」
「そんな奴がごろごろいたら警邏隊が過労死してるわよ」
「違いねぇ」
カッツェもそう軽口を叩きはしたが、それなりに焦ってはいる。
彼ら二人を健全に鍛え、これから続く筈の後続の為に悪い前例を作らないようにするという難題をこなす為の切っ掛けになるものが思いつかないのだ。
そもそも、何で急に初等部をつくるという話が出てきたのかも分からない。
確かに言い分は分かる。最近の
そういった者達が徒党を組んで行ったやらかしの始末に出た事も一度や二度ではない。
お陰で一部の者に
これ状況を打破したいという上の思惑も分かる。
分かるのだが、何というか取って付けたような理由に思えてならない。
前々から構想を練っていた、というのなら話は別であるが、何もかもが急に進められていて、その為にここでの受け入れで苦労させられたのだ。
唐突に設立されだが故に、年齢差による確執や軋轢といったものの備えが全くできていない。
かなり微妙な年頃の少年少女らに教育を施せる人員を真面に集められてもいない。
確かに教官としてかなり優れた人員でまとめられてはいるが、それも偶々ここに所属してくれていたから、に過ぎないのである。
「な~んか臭うのよねぇ……。
素人に戦い方を教える地盤を作ろうとしてるような。
それも焦って」
「あぁ、ワシもそう思う。
そうでなければ受け入れ枠に無制限何ぞ付けんわ」
余程の考え無しでなければ、そんなおおきな風呂敷を広げたりはしない。
しかしそれでも増員すればその分の予算がきちんと下りるようにされているのだから余計に怪しい。
話が逸れ、上の思惑に想いを馳せていた二人のところに、教科書を乗せた台車を引っ張ってミルティアが詰め所に戻ってきた。
「おや、何頭突き合わせて悩んでるんだい?
カッツェの禿がうつるよ」
「誰が禿だ! ワシゃ剃ってるだけじゃい!」
おやそうかい、とケラケラ笑って彼女は自分の席に腰を下ろす。
台車に積まれた教本を机の本立てに戻しつつ、
「あ、そうだ。
あの二人の今度の野外研修なんだけど、南郊外はどうかねぇ?」
と持ち掛けてきた。
南郊外は、この場合城壁の外という意味だ。
とてつもなく巨大な壁に囲まれているランダールであるが、その壁の外に出る事は容易い。というか、監獄でもあるまいしそれを規制していたら閉じ込めだろう。
ただ出入りできる門の数が少なく、人家からもけっこう離れ過ぎている為に壁沿いとはいえ遭難する事も多々あるのだ。
ランダールの城から丁度南東の位置にある森、《実り多きタルキュワ》。
その名が示すように食用にできる草木が多めに生えているし、森とはいえ森林とまで行かないほどの密度なので迷う事は少なく、《ランボルト教習所》の野外実習でよく使われている場所であった。
「まぁ、採集能力も普通にあったし、目利きも出来てたしねぇ。
ちょっと段階飛ばす事になるけど……。」
「他の若造から遠ざけるって理由もあるんだけどね。
手を掛けないと甘やかすってほざくし、集中したら贔屓だって文句垂らすし。
なんなのさと言いたいね」
「は、ははは……。」
げんなりとするミルティアに、ニケも変な笑いしか出せなかった。
先ほどまで二人が悩んでいた事が正にそれになのだから。
しかし、そう言われてみると南郊外は良い場所かもしれない。
そこそこ脅威があり、自然から学べるものも多いし、
「大丈夫な気がしないでもないけど、流石に二人だけで行かせられないわよ?」
「私もそこまで無責任じゃないさ。
モーリアに予定作ってもらってるよ」
「あぁ、あの娘か。なら……。」
モーリアとは、ニケの後輩にあたる
まだ若い(二十五)事もあって少々乱暴な口の利き方をするが、根が真面目なので二人とも合うだろう。
「それにしても南郊外か。
また一気に段階飛ばしたなぁ」
「まぁ、多少はね。
あの子らなら特に問題ないだろうし、郊外の方が気を使わせずに済むってもんさ」
ニケの頭に、「子供に気を使わせるとか、どうなの?」という言葉が浮かんだが、飲み込んだ。
「南郊外といやぁ、魔法局の連中が大規模な間引きやったとか聞いたぞ?
獲物になるもの残っとるかなぁ」
「さぁね。
いないならいないで、安全に野外実習ができるだろうさ」
「ま、確かに」
何はともあれ、二人が野外実習に出る事は決まって行った。
そんな中、ふとニケの頭を、何で唐突に南郊外で大規模な間引きが、それも
無論、覚えていたとしても当時のニケに、その裏の思惑なぞ想像できる筈もなかったのだが――
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