第53話 さぁ、リベンジしましょうか
極大の炎の柱が周囲を燃やしている。逃げ惑う人と、それをどうにかしようとする人たちで周囲は混乱に陥り、リノと共にやってきたリゼスはその惨状に暫し言葉を失ってしまっていた。
逃げ遅れた人々だろうか、ほぼ炭となった人型のそれがいくつも転がっている。辺りには肉の焦げたようなニオイが充満し、市民の多くがそのニオイに耐えきれずえずいている。
「これは……ッ!」
誰がやったかなんて考えるまでもない。リゼスは憎悪を隠すこともせず、息と共にその怒りを吐き出す。その様は恐ろしく、なまじ一人の少女が見せていい物ではなかった。だが、その怒りを誰よりも知っているリノだからこそ、グッと奥歯を噛みしめ、その柱を睨みつける。
「奴はどこにいる」
憎悪で冷え切った声でそう呟いたリゼスが辺りを見回す。だが、元凶は見つからない。絶対近くにいるはずなのに、一体どこにいるんだ。
リノも一緒になって探しながら、その柱をどうにかしようといくつもの魔法を放ってみるものの、全く効果なく、周囲の物を燃やし尽くしていく。いずれここも炎の海になることだろう。王国騎士たちがどうにかして避難誘導を進めるも、うまいように進んでいない。
「リゼス、ヤツは後回しよ。まずは、避難させないと! あれは私でもどうにもできない!」
いくつもの水の魔法兵を創ったリノはそれを使って住民を急いで避難させる。暫し、柱を睨みつけていたが、すぐに歯をかみ砕く勢いで奥歯を噛みしめると、住民の避難を始めた。
「大丈夫?」
泣いている子どもを抱き上げたリゼスはその子の顔を覗き込む。どうやら、母親とはぐれてしまったらしく、その大きな瞳からボロボロと涙が流れ落ちている。リゼスはできるだけ不安を取り除けるように笑顔を見せる。
それでいくらか安心を得た少女がぎゅっとすがるようにリゼスの手を握る。
「怪我はない?」
「うん。でも、お母さんがいないの」
「そっか。一緒に探してあげたいんだけど、ここは危ないんだ。だから、まずは安全なところに行こう。きっと、お母さんもそこにいるはずだよ」
「……うんっ」
グシグシと涙を腕で拭った少女が精一杯の笑顔を作る。リゼスは頷くと同時に、こんな幼い子どもにこんな顔をさせる状況を作り上げた元凶に怒りが止まらなくなる。そして、同時にそれを防ぐことのできなかった自分自身に嫌悪でいっぱいになる。
必ず見つけ出して、今度こそぶち殺してやる。その思いを胸に子どもを抱いて立ち上がったその時、ゾワリと背筋を撫でるような悪寒に振り向くと――
「よぉ、探したぜぇリゼス」
ケタケタと楽しそうに笑うコンゴウがそこに立っていた。リゼスは今にも飛び掛からん気迫で彼を睨みつける。本当であればすぐに殺してやりたいところだが、腕の中の子どもが優先だった。
「お前にはしてやられたからよ。絶対に仕返ししてやろうと思ってたんだ」
「なぜ生きている。あの時、確かに首を落としたはずだろう!」
「ああ、あの時は確かに一度死んださ。だけどな、俺は特別な存在でな“残機”ってやつがあんのよ。まぁ、簡単に言ったら命を二つ持ってるってことさ。だから、今ここに立っている」
そう言いながら、胸の傷から流れる鮮血をそっと掬う。そんな彼の首筋には赤いみみず腫れの様な跡が走っている。蘇っても傷がすべて治るわけではないようだ。いや、蘇っても必ず殺すというオルガの強すぎる気持ちによるものなのだろう。
コンゴウも似たようなことを考えているらしく、塞がらぬ傷に「あのクソ女め」と悪態をついている。
「さて、と。無駄話は終わりだ。リゼス、この俺をコケにした罪は重い」
ゴウゥッと音を立てて彼の背後にいくつもの炎の柱が立ち上がる。それはすさまじい熱気で当たりの物を燃やし溶かし尽くしていく。長時間ここにいれば、町の中央の炎の柱に燃やされる前に目の前の存在に燃やされることであろう。
リゼスは咄嗟に剣を構えようとして、腕の中に少女を抱えていたことを思い出す。
「っ……これじゃあ、戦えない」
下手に戦えば少女を危険にさらしてしまう。これがシーリであればうまく戦ってみせるのだろう。だが、リゼスにそこまでの自信はない。それに、少女を戦いの中に巻き込むなんて……絶対にそれだけは避けなければいけない。
「そのガキ抱えて戦うのは無理だろう? さっさと捨てちまえよ。そんで俺と戦え。今度は完膚なきまでに叩き壊して、お前を喰らってやるからよぉ」
大口を開けて笑うコンゴウ。リゼスは少女を放すものかと言った風に強く抱きしめると、彼を憎しみの篭った眼で睨む。そのグレー色の瞳にエメラルドの光が宿る。
「下衆が。お前みたいなクズは私が殺す。必ず殺してやる!」
そう叫んだ時だった。
「――そうですね。アナタのような化け物はこの世に存在するべきではない」
「え……?」
ずっと聞きたくて堪らない声にリゼスは反射的に振り返る。そこには、鎧を身に纏い、銀色に輝く剣を持ったシーリが立っていた。彼女はアクアブルーの瞳で鋭くコンゴウを一瞥した後、リゼスへと優しい眼差しを向ける。
「リゼス、遅くなってすみませんでした」
「シーリ、さま……そ、の、もう体は、大丈夫なのですかっ」
「ええ、もう心配ありません」
安心させるような彼女の笑みにリゼスはその瞳に涙を貯める。
「リゼス、その子を安全なところに。その間、コレの相手は任せてください」
「シーリ様! ですが……」
脳裏に浮かぶ光景。また、シーリが大怪我負ってしまうのではないのか。今度は本当に殺されてしまうかもしれない。そんな不安に心臓がじくじくと痛む。シーリはスッと柔らかく目を細めると、心配ないと言うように剣を構えた。
「あの時は後れを取りましたが、二度目はありません」
剣の切っ先をコンゴウへと向けたシーリは挑戦的な目を向ける。
「異世界人、私と勝負をしましょう。魔力が欲しくてたまらないあなたにとって、私は格別なごちそうかと思いますよ」
挑発的な言葉にコンゴウは目を鋭くさせるも、彼女の言う通り、リゼスよりもずっと上等な魔力を持っていることに気が付くと、にやりと見下すように腕を組む。
「……ふむ、確かにあの時は興味が湧かなったが、確かにお前の魔力の質はかなりよさそうだ。いいだろう、お前の思い通りになるのは癪だが……」
去って行くリゼスの背中を見下すようにした彼はニヤリと言葉を続けた。
「早く戻ってこいリゼス。そしたら、お前の前でこの女を殺して喰らうところを見せてやるからよぉ」
背後から聞こえるその言葉にリゼスは振り返って戦いに加わりたい気持ちを押し殺して、少女を安全な場所まで急ぐのだった。
「……さてと、異世界人。あの時受けた借りは返させてもらいますよ」
「はっ、ただの人間ごときが俺を倒せるとでも? いいだろう、この俺様の恐ろしさをその魂に刻んでやろう」
両手を広げてコンゴウは背後に無数の属性で作られた魔法の球を作り出す。その一つ一つが濃密な魔力を含んでいることを見ずとも肌で感じ取ったシーリ。だが、その表情が変わることはない。至って冷静な挑戦的な目を向けたままその剣に魔力を流す。
「私、かなりイラついているんですよ。アナタのような下等な存在が、私の大切なリゼスを傷つけたことを」
ヒリと肌を焼くような熱がコンゴウを撫でる。それが、目の前の存在から放たれていることは明白。彼は彼女からオルガと同じ気配を感じとり、先ほどまで浮かべていた余裕の色を落として、警戒心を持って彼女を見据える。
だが、その心の奥には確かな油断があった。所詮はただの人間。あの頭のおかしい炎女とは違うと。
「くだらない。俺は破壊者だ。そこにあるものを破壊する! お前も、リゼスも、この国も全部全部ぶっ壊してやる!」
彼が手を振り下ろす。そうすれば、背後の魔法が一気にシーリ目掛けて放たれる。シーリは雨のように降り注ぐそこへとあえて飛び込むと、目にも止まらぬ動きで襲い来るそれを次々に切り裂いていく。
「なにっ!?」
彼が驚愕の声を上げるのも無理はなかった。あの魔法は、かつての戦いでオルガの仲間たちの多くを反撃も許すことなく葬ったものなのだから。故に、あの時の頭のおかしい戦士ではないただの騎士ごときがああもあっさりと捌けるものではないのだ。
なのに、目の前のあれはなんだ。数の暴力で押しつぶそうと倍の量を打ち込もうと、無傷でこちらに迫ってくるではないか。彼はありったけの魔力をつぎ込んで巨大な火球を作り上げると、それを彼女へと叩き落とす。
「これで燃え尽きろやぁぁぁぁぁっ!」
「その程度で、私は殺せないッ!」
水の魔力を纏った剣が身の丈ほどもある火球を切り裂く。真っ白な水蒸気が立ち込め、シーリはそれを飛び越えてコンゴウへと剣を振り下ろす。
「ハァァァァアアアアアアアッ!」
全力で叩きつけられた一撃。それは、コンゴウが魔法壁を張る隙さえ与えず、肩口へと突き刺さりそのまま振り抜き地面へと吹き飛ばす。肉体を切り裂くことはできなくとも、硬い大地を砕くほどの衝撃に彼は呻き声を上げる。
だが、彼女の攻撃はまだ終わらない。叩きつけてせき込む彼の髪の毛をつかんで無理やり立ち上がらせると、オルガの付けた傷口へと剣を突き刺す。
「――グァァァァアアアアアアッ!?」
真っ赤な鮮血が噴出す。シーリは確かな手ごたえを感じると、より一層深く突き刺さんとする。が、その前に化け物染みた怪力で彼はシーリを振り払う。
トン、と着地した彼女は剣についた血を振り払って彼を鋭く見据える。ダクダクと血が流れ続ける傷口を押さえながら、コンゴウは荒い息でシーリを睨む。そのロイヤルパープルの瞳はグツグツと憎悪が煮えたぎっており、常人であればその眼に正気を削られていただろう。
「フゥーッ! フゥーッ! 貴様ァ……ッ」
「あの方が付けた傷は相当痛いようですね」
ハッと鼻で笑うシーリに、コンゴウは思い切り歯ぎしりをする。その様はまるで獣のようだ。
「クソが、クソがァッ! アイツめ! いつもいつも俺たちの邪魔ばかりしやがって!」
そう叫び地団太を踏む。硬い大地は砕け、地震が起こり始める。シーリはその様を静かに見据えている。その冷静な態度にコンゴウの怒りはどんどん湧き上がっていく。
「テメェは殺す。それで、お前を大切にしているリゼスの前でお前をぐちゃぐちゃに引き裂いて殺してやる!」
「……それしか言うことはないのですか?」
「あ?」
「殺す殺すと馬鹿の一つ覚えのように、そればかり口にして寂しく思わないのですか?」
あたりにどろりとまとわりつくようなグツグツと空気が燃えていくような熱気が立ち込める。
「もう、我慢の限界だ……このクソガキが。これは正直使いたくなかったが、お前らを殺すためだ」
それは黒い炎だった。コンゴウはその身にどす黒い炎を纏う。明らかに空気が変わっていく。それは先ほどまで彼が纏っていた殺気とは全く別物。
そうそれは、まるで死が姿かたちを取った――まさに死神と呼べる存在がそこには立っていた。
「ひひっ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
ゆっくりと人型の黒い炎が両手を上げる。そして、聞いたこともないような言語を口ずさむ。それは、何かの歌のようだがあまりにも不協和音過ぎて聞いていると頭がおかしくなってしまいそうだ。
ゴロゴロと途端に空に黒い雲が立ち込める。それは雷雲なんて生易しく感じるほどに恐ろしい気配を感じたシーリは鬼気迫った眼を一瞬だけリゼスが去っていた方向へと向ける。
「全員死ね、地獄を味合わせてやる」
コンゴウはそう高らかに笑った。
「……なんだ、あれは」
少女を安全な場所へと送り届けたリゼスは全速力でシーリのもとへと駆け抜けていた。その時、不穏な気配を感じて空を仰ぐ。すると、寒気がするほどのおぞましい気配を持った暗雲が空を覆っていた。
あれはなんなんだ。明らかに危険であろうそれは王国全体を覆っている。見ているとジクリと心臓が痛みを訴える。そして、あれがコンゴウが作り上げたものなのだろうと確信する。
「シーリ様……」
早く彼女の元へと向かわなければ……だが、もし、あの暗雲が何かをすれば王国に危険が及ぶだろう。
「だけどあんなもの、私がいったところで……」
どうにかすることはきっとできない。だが、危険を知らせることはできるだろう。
「クッソ、どうすれば……」
考えずともシーリのもとに行くべきだ。元凶を倒せばすべて終わるのだから。だがそれでも……わかっていてはも気持ちはそう簡単にはいかない。
どっちに行くべきなのかと葛藤していたその時だった。
『リゼス』
「え……まさか……」
唸り声のような呼び声に振り向くと、そこには何十体もの獣となったかつての戦士たちが立っていた。
人喰いと少女 鮫トラ @sametora0619
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