江の島の海

ふさふさしっぽ

江の島の海

 私は江の島の海が嫌いだ。

 海水が汚いから? 

 それもあるけど……。


 海に変なものが浮いているんだ。

 変なもの。

 そこにあるはずのないもの。


 最初は……五歳のとき。

 私は初めて両親と江の島の海に行った。

 浮き輪で波に揺られていたら、波間に、当時大事にしていたお人形が見えた。

 毎日のように服を着せ変えたり、髪をとかしてあげたりしてた。

 背中のボタンを押すと『おはよう。いい天気だね』とか『今日は何して遊ぶ?』とか話し出す。


『今日は何して遊ぶ?』

『今日は何して遊ぶ?』

『今日は何して遊ぶ?』


 そう言いながら波間をぷかぷか私の方にお人形が迫って来たときは本当にびっくりした。

 どうしてここにお人形があるんだろう?

 私は近くにいた両親を呼んだ。「ママ! パパ!」


「お人形なんてどこにあるんだい」

「貴方のお人形はちゃんと家にあるわよ。そろそろお昼だから一旦上がりましょう」


 ママとパパにはお人形が見えなかった。お人形はたしかに、目の前にぷかぷか浮いているのに。


『今日は何して遊ぶ?』


 お人形の声が、聞こえないの? お人形を助けなきゃ。

 まだ何か言おうとする私の浮き輪をパパがつかんで、陸に強制送還。

 お人形は、それ以上追っては来なかった。



 次の年の夏、また江の島に行った。

 私はイルカの浮き輪に乗って、パパと一緒に遊んでいた。

 ママは海に入らず、砂浜にビーチパラソルを立てて、日光浴。

 お人形のことは悲しかったけれど、私は子供だったし、代わりにお姫様のなりきり衣装を買ってもらったので、そのことはもうほとんど忘れていた。


 だから、海にピータが浮かんでいたときは子供ながらに「まさか」と去年のことを思いだした。

 ピータは半年前から飼っているインコで、もともと鳥が好きだったパパがペットショップで買ってきた。


「パパ、ピータが波に浮かんでいるよ!」

「まさか。ピータは家でお留守番だよ。別の鳥だろう」


 パパは「ははは」と笑い、相手にしてくれない。

 どう見たってピータだよ。ほっぺに赤い丸がある。ピータは臆病なんだよ、助けてあげなきゃ。

 私はピータに手を伸ばし、イルカの浮き輪ごとひっくり返ってしまった。

 パパが慌てて助ける。またしても、陸に強制送還……。


 次の年、その次の年は江の島に行かなかった。箱根の方に行った。

 その次の年は同じクラスの友達、まりんちゃんが、一緒に海に行こうって言うから、仕方なく、ママと、まりんちゃんのパパとママと一緒に、江の島の海に行った。パパは仕事で行けなかった。

 私は小学三年生になっていた。


 本当は気が進まなかったけれど、まりんちゃんしか私は友達がいなかったから……。


 まりんちゃんと、砂浜でビーチボールで遊んだ。

 ボールが遠く海の方へ飛んで行って、私は取りに行った。思いのほか、ボールは波に揺れ、流されていく。ボールを取ると、波の向こうに、まりんちゃんの顔が見えた。

 顔だけを出して、波の中に浮いている感じ。だけど溺れているわけじゃない。顔は笑ってる。笑いながら、まりんちゃんの顔が、こっちに近づいてくる。


 あれ? まりんちゃんは砂浜の方にいるんじゃないの?

 後ろを振り返った。

 まりんちゃんのパパがいた。


「大丈夫? さ、陸に戻ろう」


 ボールを取りに海に入った私を心配してくれたらしい。まりんちゃんのパパの後ろに、まりんちゃんがいた。砂浜で、手を振っている。「ごめんー。飛ばしすぎたー」


 まりんちゃんが二人? みんなには、見えていないの?


 海の方を見ると、やっぱりまりんちゃんがにっこり笑いながら、波間に浮いている。さっきより、こっちに近づいて……。

 もう足がついているはずなのに、まりんちゃんは顔だけ出して、浮いている。


「大丈夫です、戻りましょう」


 私はとっさに怖くなって、まりんちゃんのパパにそう言うと、砂浜へ急いだ。

 もう振り向きたくなかった。


 まさかと思った。

 まさかピータのようにならないでと思った。

 だけど。

 思っていた通りになった。


 それ以来、私は江の島の海には行っていない。というか、江の島だけではなく、海と言う海が怖くなってしまった。

 プールすら嫌だった。その後のプールの授業はすべて欠席した。両親も理解してくれた。



 海から家に帰ったら、お人形は失くなっていた。

 どこを探しても失かった。


 海から家に帰ったら、ピータは鳥かごの中で死んでいた。

 あんなに元気だったのに。


 海から家に帰る途中、まりんちゃんのパパの車が事故を起こした。

 まりんちゃんは亡くなった。

 私と私のママ、まりんちゃんのパパとママは無傷だった。


 もう海には行かない。

 もし、波に浮かぶ、何かが見えたら。


 もしかしたら、私が海に行かなければ、まりんちゃんは死なずに済んだのかもしれない。


 もう二十年以上前のことだけれど、今でもテレビやネットで江の島の話題があると、反射的に消してしまう。


 私は江の島の海が嫌いだ。

 海に変なものが浮いているんだ。

 変なもの。

 そこにあるはずのないものが、浮いていたら……。


(完)


♦♦♦


 締め切り一日勘違いしていて、ギリギリセーフでした。

 ちゃんと投稿できているでしょうか?

 あぶないあぶない(笑)

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