第26話 瑠璃、もやる

 異常事態だった。


 ダンジョン内では、人間同士のいさかいも日常茶飯事で起こる。魔物の攻撃で錯乱した探索者が暴れたことや、魔物を標的にした感染作用のある病毒がばら撒かれた末、無関係な探索者を巻き込んだこともあった。


 であるなら、人が狂うこともあるだろう。


 過去のそれらは魔物が原因であったり、悪質なダンジョン犯罪の結果であったりする。探索者たちは基本的に覚悟の内だダンジョンにやってきており、ダンジョン内の治外法権を認めるダンジョン特例法によって、自己責任の下に処理されるのだ。


 であるならば、詠歌が式神。病病を使い昏倒させた探索者たちが今こうして地面に伏しているのも自己責任と言えるのだが――


「信っじられない……っ、この武器、魂喰たまばみの呪法が刻んであるよ! この人たちのこと殺すつもり!? こんな危ないなもの、どうして」


 詠歌の眼がつり上がっていた。

 探索者たちが持っていた剣呑な瘴気を纏わせる武具を見とがめたからだ。


「――それはなんじゃ。陰陽師どもがこやつらに持たせたものか?」


 着物の裾を直しながら瑠璃は聞く。

 

 土埃を払い、衣をなおす。強く引っ張られたせいで衣が乱れてしまった。また掴まれた腕にも痣が出来ていた。本来なら人間が掴んだぐらいで鬼の肌は傷つかない。だが、今は痣になった。


 これも彼らが持つ呪物の力だろうかと瑠璃は考える。


「人間風情がよくも妾に……」


 瑠璃は苛立ちを覚えた。首をそっとさする。絞められた感覚がまだ残っている。


 視線を下にを向けると、先ほど瑠璃に圧し掛かり首を絞めていた中年男がいる。ぐぅぐぅと眠りこけ、だらしない顔を晒していた。


「くそが」


 それを、瑠璃は蹴り飛ばした。


 んぎゃ、みたいな声を出し鼻血を噴き上げた男はそのまま転がって壁にぶつかった。だが起きてこない。蹴り飛ばされてもなおぐうぐうと眠り続けていた。


 詠歌の術が効いているのだ。

 こんな術、瑠璃には使えない。


 また、男たちが放っていた瘴気は、瑠璃にいつぞやの悪鬼となった鬼を思い出させた。


 確かに人は妖よりも生物的に弱い。だが、人間の業、悪意、呪い、術そのようなものは妖のそれを上回ると瑠璃も認めざるを得ない。


「本当にクソじゃな」


 嫌悪感を隠さず、瑠璃は男の背をげしげしと何度も足蹴にする。状況が悪かったとはいえ、人間などに後れを取った。またしても好敵手と自分では思っている詠歌に助けられた事も気に食わなかった。


 つまるところは、八つ当たりである。


「……気はすまぬがもう良いわ。――つまり、詠歌よ。こいつらのおかしな行動はその呪いの武器のせいだというのか?」


「うん、瑠璃ちゃんこれね、道具に刻むことで使用者の精神を蝕んで操っちゃう奴なんだよ。一度手に取っちゃうと使用者の意思とかどっかにやっちゃって、ひたすら闘争と殺戮を好むようになるんだよ」


「なるほど? それでこのありさまか」


 長い洞窟には延々と人々が倒れ伏している。すべて詠歌の術によって昏倒させられた人間たちだ。


「陰陽師どもが本気を出して来たと言う事か」


「うーん……。でも、これ禁忌の術なんだよ。私のいた星奏流陰陽寮では禁呪指定されていて誰も使えないようになってたんだよ。知らないと対策もうてないからって私は一応教えてはもらったんだけど――」


「では犯人はお前じゃ」


「え?」


 瑠璃が放った戯言ざれごとに、詠歌はぽかんとした顔を見せた。


「冗談じゃ。忘れよ」


 バツが悪い瑠璃はそのまま横を向いた。


「――だが、今までと手口が違うなァ。陰陽師どもにしちゃ悪意がつえぇな?」


 次に声を上げたのは、詠歌の肩に乗った乙だった。


 妖を魔物に落とし、ダンジョンという場に押し込める。そこに自分たちの技術を与えた人間たちに攻略させて金を得る。それが陰陽寮の方針だったはずだ。


 組織のための金稼ぎと妖の管理を同時にできる優れた構造。それをぶち壊すような今回の攻撃、奴らの既得権益を損なう行為を始めた理由が分からない。


アタマァ、変わったか」


「どういう事?」


「テメェも良く知ってるオババども。三星雲母さんせいまいかどもが、陰陽師の元締めだァ。だがその上に、何かが現れたかもしれねェってこった」


「経営方針の転換ってやつ……?」


「難しい言葉知ってんなお前」


 陰陽寮のダンジョン管理は正しい意味で経営だ。利益が出るからそれを行う。それを自らぶち壊すとするならば、より上位の存在が 別の意図をもって介入した時。


「目的は分からねぇが、庭を荒らされるのは気に食わねぇな」


「うん。それにこの術ほっておけないよ。自己責任の域を超えてる。人もたくさん死んじゃうだろうし、せっかく復活させた妖たちもただじゃすまないよ」


 狂った人間が暴れているのは阿頼耶識全体で起こっている事である。


 ☆★☆彡


 阿頼耶識 40層。

 鬼の里のすぐそばの区画で妖たちは防御陣地を構築していた。


 瑠璃と合流した詠歌がやって来たそこには、多種多様な妖がひしめいている。


「他の妖どもと連携して事にあたっております。詠歌殿に開放してもらったものどもが協力的でしてな」


 陣頭指揮を執るのは、ライ信である。


 詠歌に開放された妖の数は増している。鬼を筆頭に、牛鬼、化け狸と化け狐。一つ目入道に、火車に付喪神と、場は百鬼夜行もかくやと言える状況だ。


「旗色は悪いですが。善戦はしています。例のおかしな武器を持った奴らに加え、銃器で武装した一団がいましてな。彼らは前々から集団でダンジョン攻略をしていた一団です。非常に統率が取れており、かつての陰陽師どもよりもやりにくい」


「ぶももん、ぶももーん!(我が何人か玉を潰してやったがな、ふははは!)」


 ライ信の足元で猛るのはカタキラウワのチジン丸。例のTS騒動ののち、男に戻ったライ信ともなぜか意気投合した彼は部下のカタキラウワを率いて戦線に加わっている。


 そんなメンツで話しているのは『エクスカリバー』と呼ばれるランカー探索者グループへの対応だった。

 

「その集団は無軌道に突撃してくる探索者たち――、詠歌殿の言われる危ない呪術武器を持った者どもですな。それを巧妙に囮として使っています。陽動だけならまだしも、時には肉の盾として、あるいは自爆特攻的な使い方をする。同じ人間を盾にしたり囮にしたりと信じられませんな。妖の方が人道的に見えるほどで」 


 そう話している間にも、遠くから銃撃の音や、爆発音が聞こえている。


「タタンタタンとまるで太鼓の音じゃな、囃子のようじゃ」

「今も銃撃されてるんだよ瑠璃ちゃん」

「知っとるわ」


 そっぽを向く瑠璃に詠歌は困った顔を見せた。


 瑠璃はどうにも詠歌の顔がまっすぐ見れないでいた。一度生まれてしまった劣等感は不甲斐ない自分を自覚すればするほど、強く意識させられた。


「おい、詠歌ァ、そこの鬼姫どうしたんだァ?」

「うん、さっきおかしくなった探索者さんたちに襲われてから落ち込んでるみたいなんだ……」


「はーん、なんだ裸にでも剝かれたかァ? 鬼の姫がかわいらしい事じゃねェか」

「ええ、そんな事されてない……と思うけど」

「トラウマってやつだァ。カハハ、鬼でも娘は娘。怖いもんは怖いんじゃねぇか」


「おい、聞こえておるぞそこのピンク肉と能天気」


 ぎろりとにらまれた詠歌は、ごめんね瑠璃ちゃんと謝った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひきこもり陰陽師Vtuverがダンジョンマスターになったら攻略しにきた探索者が全滅したっぽい? 式神ダンジョンにようこそ! 千八軒@瞑想中(´-ω-`) @senno9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画