第25話 スタンピード! ただし暴走してるのは人間さんっていう
それはダンジョン内で発生する魔物の集団暴走状態を指す言葉だ。魔物たちが狂乱状態に陥り、倒される事を
それと似た状況が『阿頼耶識』内で起きていた。似ているだけだ。通常の
そもそも、詠歌によって解放された魔物はめっきり数を減らしている。代わりに増えた妖たちには、大暴走を起こす習性はない。
であるならば、何が暴走しているのか?
答えは人間である。
呪いの武器を身に着けた探索者たちが、狂ったように襲い掛かってきているのだった。
☆★☆彡
「貴様ら眼を血走らせおってどういうつもりだ! ワラワラワラワラ湧いてきおって!」
探索者たちに
だが、探索者たちは止まらない。吹き飛ばされた探索者たちを踏み越え、後から後から新たな男たちが迫る。その表情は誰も彼も虚ろである。
「うぉのれ、触るでない!」
金棒を振るう、振るう、振るう。
ゴミのように弾き飛ばされる。しかし男たちは攻撃に怯むことなくまた戦線に戻っていく。その姿は亡者の群れのようだった。
「き、気色悪いっ」
日々ダンジョンの最前線に立ち、探索者たちとの闘いに明け暮れていた瑠璃であったが、今日ばかりは人間たちに押されている。勢いもさることながらその不気味な様子の為だ。
だが、多勢に無勢という言葉もある。
戦意無限の
どこにこれほどの人間が居たのかと思うほどの探索者たちが投入されていた。殴っても叩きつけても跳ね飛ばしても、後から後から湧いて来る。痛覚など最初から無いように振舞う。
そんな彼らは、みな黒い瘴気を纏った武具を身に着けていた。操られているのだ。武具が放つ瘴気は、詠歌が以前改造した鬼のそれと似ている。
(と言う事は、陰陽師どもの仕業というわけじゃ。
一人一人は弱い人間。だがこのようにわらわら群れれば、瑠璃とて旗色が悪い。技を繰り出し、ぶちのめし、炎であぶってなおその勢いは減らない。
「くそっ、貴様ら死ぬことが怖くないのかっ!? 妾とていつまでも手加減できんぞ」
人間たちは答えない。
人間たちは
人間たちは
ただただ亡者の群れのように、瑠璃の身体に手を伸ばす。
「くっ」
ついに男たちの手が瑠璃に届いた。
瑠璃のまとう深紅の着物の端を血だらけの男がつかんだ。男の頭は割れている。たいそうな出血だ。今すぐにでも治療をしなければ命に係わるかもしれない。
だがそんな事も、気に留める様子はないのだ。
「い、異常じゃぞお前らぁ!?」
少しだけ怯んだ瑠璃に男たちが大挙し押し寄せる。
『
その声は、瑠璃に組み付いた男の口から発されたものだった。呪の籠った低い声。それを聞いた瑠璃の背筋に寒気が走る。
「
半透明の呪いで出来た黒縄が、瑠璃の肢体を拘束していく。それは陰陽師が対象の動きを止めるために使う術である。
「こんなもの!」
瑠璃はそれを振り払った。瑠璃ににわか仕込みの術など効かない。だが、それは一対一であればである。
『
一斉に展開しだした男たちの術が二重三重にも瑠璃を襲う。霊力で出来た黒縄が瑠璃の身体を縛る。
同時に人間たちの手がわらわらと鬼の乙女の身体に伸びた。あるものは二の腕をつかみ、あるものはモモに爪を立てた。またあるものは、馬乗りになり細首を絞める。
「うぐ、うぁ――」
単純な力比べであれば負けるはずが無い。どうやら冒険者たちは筋力的にも強化されている。
「ああ、クソ、力が――」
『
男たちの詠唱は続く。次々に新しい呪いが追加されていく。並みの妖であれば縛鎖呪だけで潰れてしまうような呪いが降りかかる。
地に縫い留められた瑠璃の側で、ある探索者が太刀を振り上げた。
瑠璃の首を切ろうというのだ。
「クソがっ――」
妖であれば基本的に存在は不滅である。『
(だが、そこにあ奴はおらんっ)
「え、詠歌――」
瑠璃の脳裏に詠歌の顔が浮かんだ。そこに刃が振り下ろされ――。
「眠らせて、
そこに割って入ったのはやはり詠歌であった。
鋭い声と共に、半透明の淑女が戦場に舞い降りる。それは式神である。
詠歌の破軍巫女
病病は詠歌の扱う直轄式神の中で唯一の人型。その姿は主に仕える侍女のそれである。たおやかな仕草で
吹きかけた吐息が洞窟中に広がり、男たちの鼻孔から侵入。脳に働きかけ眠りにいざなっていく。
男たちが次々と倒れていく中、詠歌は瑠璃に駆け寄り、抱きおこす。
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