第7話 孤独な闘い
まさしく断崖絶壁というべき急傾斜の下まで降りてくることが出来た。
急斜面でも小さい子供の体は細いパラコードを伝って降りることが可能だったが、大人の体だったら途中から転げ落ちたに違いない。
上から下の状態を見ていた時には、木や茂みの葉が邪魔をしてよく分からなかったが、予想通り小さな沢が水を伴って流れている様で水のせせらぎの音がする。
獣道を伝って沢の近くに移動してみるのが良さそうだが、今の幼女の姿では筋力的に荷物を持って移動するのは厳しそうだ。
かなり密集した茂みの中に入ってきて変身を解くためにぷぷるんに声を掛ける
「ぷぷるん、変身を解いてくれ!」
一瞬で大人の体に戻り、服装も変身前の姿に戻っているが、薄汚れていた膝の泥はねとか、汗臭さが無くなって洗たく仕立ての様に綺麗だ。
体を確認すると変身前には確かに有った手の豆も無くなっているし、幼女の姿に成って痛みが無かったので忘れていたが、変身前の筋肉痛や軽い腰痛や擦り傷も回復している。
首の後ろにいるぷぷるんに話しかける。
「ぷぷるん、擦り傷とか手の豆が無くなっているのだが何で?」
「変身の際に肉体は纏っていた服ごと一旦魔法的情報に変換されます。
そして情報が異世界に送られて再構成されるのですが、こちらに戻るときにまた同じような事が起きていて、その再構成プロセスのどちらかで、異物やエラーの排除が実施されていると思われます。」
「向こうの世界でも、おっさんの姿で出現しているってこと?」
「本来はあちらとこちらの世界間で互いに干渉出来ないのです、向こうの世界の状態を観察する事はできませんが、あちらの神様が齟齬の起きない様に処理されていると思います。」
「魔人はその本来干渉できないことを別の方法で曲げて何かしているって事だな!
それを神様同士で情報のやり取りをしながら事に対処してるって感じか!」
成るほど複雑な処理をしているようだが、原状復旧特性が働いていて傷が治るなんて、これってうまく使えば無敵なんじゃないの?
どこまでの傷なら完全回復できるとか、徐々に範囲を確かめていこう。
リュックに結んだパラコードを少し独立した木に結んで、ここにも目立つように的を取り付けておく、崖上の的を目指して近くに来れば、この的が目につくと思う。
突然のイノシシとの出会いが怖いので、ラジオのスイッチを入れるが、電波の感度が悪いのであきらめて、以前入れておいた音楽データーを再生すると、懐かしいJ-POPがテンポよく流れてくる。
リュックを背負って足元をよく見ると獣道が何本か通っている。
恐らく頻繁に使われている道は水場に続いている気がするので、幅が広めで落ち葉の堆積が少ない道に足を踏み入れる。
獣道はそこを通る動物の肩幅ほどの横幅と、角を含めた高さ分は空間がある。
この道は高さが有るので鹿が通っているのだろう、所々頭を屈めなければ成らない場所もあるが、基本的には歩きやすい。
傾斜の急な所を避けて、地盤のしっかりした場所を通っているが、獣道は目的地がどこなのかが分らないのが不安だ。
イノシシも鹿も二本の爪跡が判で押したように交互に続く、粘土質の土の上でよく見ると後ろに少しだけ小さい蹴爪跡が付くのがイノシシ、蹴爪跡がない二本だけなら鹿だで、この道はイノシシと鹿が両方使っている様子だ。
鹿の糞が時々落ちている。直径1cm位の球状又は豆の様な粒で、濃い緑又は黒っぽい色をしている。表面が艶々な時は最近のお通じだ。
ガサゴソと茂みの先で音がしたと思ったら、ピーッと汽笛の様な音がして、数匹のシカが逃げて行くのが目に入った。
女性の悲鳴のような音で「ピーッキッ!」と直近で鳴かれると、ドキリとして心臓に良くない。茂みの薄い傾斜地を登って行く鹿は、尻が白くてハート型に見える。
それらがぴょんぴょん跳ねながら遠ざかって行く。ああいった大型の動物が数メートルまで接近していると少し恐ろしいが、基本的に野生動物は臆病なので向こうが先に逃げてくれる。
イノシシの中には、突撃してくる気の荒いやつもいる。イノシシは猪突猛進なんて言葉から、突撃が主な武器だと思っている人も多いが、すれ違いざまの短い牙がとても危険だ。10cmほどの牙は、剃刀の様に鋭く研ぎ澄まされていて、大人の体だと高さが丁度太ももあたりに当たって切り込みを入れてくる。
これが大腿部の太い動脈を切断して致命傷に成ることが多い、山の中で大量出血してしまうと、近くに誰もいなければアウトだし、誰か居ても止血や搬送を適切に行わないと助からない、日本でも毎年数名の命が失われている。
今は狩猟が目的ではないので、杖代わりに長い枝を持って周りの藪を盛大に突きながらガサガサ音を立てて歩いて行く、音楽プレーヤーの音以外にも存在感アピールして進む。
森の中ではダニも怖い、噛まれると感染するウイルスがあり、ダニには注意して長袖長ズボンで肌の露出を控えている。
下生えの草が少ない所に出ると、沢が流れていた。大雨のときは川幅が広がって、土を流してしまうので、沢の両岸は草が少なく、石や岩がゴロゴロしている。
沢は水が流れていて透明度が高い、石や木の葉を退けると沢蟹が取れそうだ。
水深は深いところで10cmほどで、ひとまたぎで渡れてしまう幅だ、魚の姿はは見えない。少し広めに水が流れている場所に空のペットボトルを差し込んで、水を入れて頭上にかざして透明度を見てみるが、どこぞの天然水と変わらないクリアーな感じだ。
だが、上流で鹿やイノシシが糞便をしているかも知れないし、沢蟹には寄生虫がいるので直接飲むのは控えたい、寄生虫の旋毛虫に脳や内臓を食われたりC型肝炎に成るのも怖い、湯を沸かして加熱してから利用する目的で採取していく。
昔よく登っていた山に、天然水の湧水が岩の割れ目から流れている所が有って、観光客とか通り掛かった人が、ペットボトルや水筒に汲んでありがたがっていたが、その上流の沢では病気で死んだ鹿が腐っている状態を見たことがある。あの腐汁エキスが湧き水に含まれていると思うと恐ろしい、山での飲食は慎重に行きたい。
森林限界線より上なら安心できそうだが、この辺は動物が多いので気を付けなければ成らない。本当の天然水は寄生虫も細菌もウジャウジャなのだ!
水は確保したし、ずんずん進んで昼頃にもう一方の尾根に到着した、岩がちな斜面は、足場に気を使って登れば、ボルダリングよりも楽な感じだ。
垂直な斜面なんて自然状態ではあまり見かけない。
足元の石が体重を掛けても動かないか確認しながら傾斜面を登っていく。
目標にしていた尾根の上に出て双眼鏡で周囲を確認すると、向こうの尾根に的紙が見える。酒とかスナック菓子の白い段ボール紙をスーパーでもらってきたものだ。
太い油性マジックで三重丸と十字線を描いただけの簡単な図柄だが、一番大きな円が直径50cm位の大きさに成っている。
的紙5枚が双眼鏡で確認できる、300mの距離だと目視ではかなり小さい。
神様謹製あのスナイパーライフルの倍率はどの程度だろうか?
この崖の反対側は広葉樹の雑木林が途中まで続いた後は、整然とした杉の林に成っており、こんな山奥にも人の手が入っている事が伺えた。
木材の搬出を考えた林道が林の下に通っているかもしれない。
平らな場所にベースとなるテントと寝袋や火おこしのための枝葉を集める作業を開始する、こういった作業は日のあるうちに終わりにしておきたい。
キャンプストーブに火を起こして、ラジオに充電しつつ湯を沸かしてラーメンの準備だ、ラーメンとカ□リーメイトはかなりの量を持ってきているので、飢えは暫く凌げると思う。
雑木林は、ブナやナラ系統のドングリを付ける木が大きく茂っており、倒木や蔓などがゴチャゴチャと茂っている。下草にはシダ類や笹が点々と茂っているが、尾根の上は岩が転がっていて植物は少ない。
杉の林は下草が無く全体に暗い、枝打ちがされていない放置林の様で、倒木や割れた枝が散乱している。荒れた杉林はスギ花粉が多く飛び散るらしい。
立木の少ない尾根先で変身すると遠くからも目立つので、雑木林の窪地に笹の密集している当たりは、どこからも見えない感じだ。
「ぷるりん、パラリン、ぽよぽよリン、るるりん、ぱららん、ぽよぽよぴー、ミラクルチャットで美少女戦士ファンシーりなになーれ~!」
体が光に包まれて、体の大きさ幼女の姿に変わりピンクのブーツ、スカート、ベストが体に装着され、ライフルが手元に浮かぶ。
それを手に取ると光が消えていく。
「ぷぷるん、早速迷彩服にジャングルハット、 ジャングルブーツにギリースーツに変身!」
一瞬で長さ10cmの緑や茶色の麻ひもに、びっしりと覆われた緑の茂みの様なギリースーツ姿に変身した。ライフルはその辺の草をパラコードで巻き付けて擬装しよう!この姿で、地面に倒れこんだら、真横を歩いても発見するのは困難だ。
ギリースーツは体の輪郭を無くすため草木に溶け込む、短い距離だからこの状態で匍匐前進して、テントの横に移動する。
寝そべって前を見るが肉眼では的を見分けるのも難しい。
腹腰足は地面にべったりと押し付け、足は肩幅よりも気持ち広めに開く、左手は銃の下を通してストックをつかむ、そこに自分の頬を当てる。
台尻に肩をピッタリと当てて、グリップを軽く握る。
ライフルはリュックの上に軽く置いて、伏せ撃ちの体勢でスコープを覗く、スコープを覗いた直後は、肉眼とさほど変わらない風景が見えただけだが、クロスラインを的の位置に合わせると、やがて拡大された像に修正される。
さらに五枚の的紙のうち一番端の的の中心に合わせると、さらに拡大されて行く。
ズームイン、ズームアウトは自分の見たいと思う意志に連動しているようだ。
像の変更に連動してオートフォーカス対応で、ピントも瞬時に修正されてクリア―な像が見て取れる。
しばらく対岸の五枚の的紙を見ながら、ズーム調整を繰返して感覚がつかめてきたところで、クロスラインを的の中心に合わせ、ズームしていくと呼吸に合わせてラインが微妙に上下しているのが分る。
大きく呼吸すれば大きく動き、呼吸を小さく続けていても、ゆっくりとクロスラインが動く、呼吸を止めると少し動きが止まるが、その後呼吸を再開したときには、しばらく動きが大きくなる。
呼吸と脈拍による体の動きは止められない、こちら側の動きは数ミリの変化でしかないが、300m離れた直線上では数十センチスパンのブレとして、大きく影響しているようだ。
時折左右にクロスラインの像が動く時がある。
それは、まったく予想も付かずに像が動いて行く。
「ぷぷるん、このスコープ時々像が動くんだが、どんな自動修正が掛かっているのか分るか?」
『ズームは貴方の心に連動して画像を調整しているようです。
ピントはズームーに応じて自動で最も見やすい物に調整されます。
風による着弾位置の補正も行われています。
重力による弾道補正も入っているようです。
また、昼夜間の赤外線画像や、ナイトスコープ切替もあります。
追っている標的に応じた画像に最適で切り替わり、 着弾予想位置にクロスラインの中心が表示されているようです。』
急な風向きの変化で、着弾位置が変わるために像がぶれる様だ、遠くなれば成るほど風や重力の影響を受けて、ズーム画像のブレが大きくなる。
このスコープに慣れるまでには時間がかかりそうだ。
ゆっくりと的にクロスラインを合わせて、トリガーに指を当てると、以前のようにカチリと何か小さな感覚が指先に感じられる。
トリガー上の右手の人差し指をゆっくりと、グリップと共に握って行く、ほんの少し力が掛かった所で、長すぎたシャーペンの芯が折れた時の様な、ポキリといった軽い振動と、カキッーツと金属質の音がして、的紙の中心から10cmほど上に直径1cm程の穴が開く、僅かに肩を押された感覚は有ったが、音も振動も極めて静かだ。
射撃の感覚をつかむ為に、何発も射撃を繰り返す。
硬くなってカチコチに身構えてトリガーを絞ると、弾の出る瞬間にズレが起きることがわかった、射撃の瞬間はリラックスして、ターゲットを狙うと目的の場所に命中させることができる。
始めの的紙は、穴だらけのボロボロに成るまで使い、ようやく射撃の感覚がつかめてきた。
神はサイコロを二度振る @ho7838
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