第6話 夜のしじま


山の日暮れは早い。


まだ夕方とはいえないような街中では明るい時刻でも少し日が傾くと、谷筋や山影でなくとも草木の陰によって地表に射す光量が激減する。

街中ならばまだ2~3時間は明るい時間だが、山ではそうはいかない。

木々の密集する下草の茂みなどは、完全な暗闇となり少し恐ろしいのだ。


急ごしらえだが、地面が水平な場所を確保し、テントを張って中に荷物を入れる。

ぷぷるんは肩車の要領で頭の後ろに乗っかっている。

今回は焚火の熱で発電するキャンプストーブを持ってきた。


これは小型のストーブで、自分のバッテリーでファンを回転させて送風する事で、火の勢いを持続させつつ、火の熱で発電しバッテリーに充電、余剰に成った電気をUSB経由で給電できる優れものだ!


火を絶やさなければ、これでスマホやラジオの充電ができる。燃料になる松ぼっくりや小枝が有る限り電気には困らない。

USBの5V電源限定だが、今どきUSBの電源があれば大概の事ができるから山に入っても文明的な生活が送れる。


震災で防災グッズが盛り上がっていた時に確保したものだが、山では燃料が無限と言っていいほど有るので実に心強い。


まずはよく乾いた松ぼっくりと松の枯れた葉、大きめの広葉樹の枯れ葉と、小枝を周囲からかき集めて準備する。自己流だが着火剤代わりに松の枯葉を広葉樹の葉っぱで包んで太い葉巻を作ってから、キャンプストーブの電源を入れると、残っていたバッテリーの電源でファンが回り始める。


葉巻にライターで火を付け、燃えて手で持てなくなる前にストーブに投げ入れる。

火の勢いがあるうちに燃料として松ぼっくりを何個か投入する。葉っぱや松ぼっくりに湿り気が有ると煙が酷く出るが、乾いていればそれほど煙も出ない。


煙が酷いようなら、電源ランプを操作して風量を増してやる。

この機体は少し古いが、最新型は操作方法とか能力が向上しているのだろうか?

松ぼっくりに火が燃え移って十分に炎が上がったら小枝を投入する。

火を絶やさない様に徐々に枝を太くして行けば、ストーブの内側の金属壁が赤熱してくる。


この状態に成れば、入れる燃料が多少湿っていても燃えるようになる。


刃物を持ってこな来なかったので、ストーブに投入できる長さに枝を折る必要がある。あまり長い木を投入すると、ストーブに入りきらなかった部分が燃え落ちてくるので危険だ。


直径1cm位までなら両手でへし折るのに苦労は無いが、太い枝を折るには工夫がいる。どこかに枝を立て掛けて置いて足で踏み倒しても良いが、長さは思い通りに成らない。経験からストーブに入れる枝は直径2~3cm程度の枝までにしておいた方が良い。


火が入って安定してくると電源ランプの色が変わって、USBでの充電が可能に成ったことを教えてくれる。USB給電式のライトを良い感じの枝にぶら下げて準備完了だ、水を入れたコッフェルをストーブにかけて湯を沸かす。


このストーブは直火でチロチロと炎が見えるのが良い、木の枝を燃やすから煙が立つが、この木の燃える匂いも格別だ!この効果で野生動物の接近も防げる様な気がするし、電源が取れて二度おいしい!


ただ炎が踊っているのを眺めているだけで心が安らぐ、癒しの関係か夜通し暖炉の火を映している番組もあるが直接炎を眺めながら贅沢な時間を過ごす。


今日は、カップなしのカップ麺だ、お椀とかマグカップに入れて食べるやつだが、コッフェルに入れた水が沸騰したら麺を投入してコッフェルから直接すすって食べるつもりだ。腹が減っているので水量を調節して2個投入したい!


ぷぷるんを荷物の上に腰かけさせて、ストーブを挟んで向かい側に腰かける。


「山に入ってから生きいきしていますね。」


「そうかもしれないな、学生の頃は山岳部に居たんだ!

 社会人に成ってからは、山とは全く縁が無くなってしまったが、

 こっちの方が性に合っているのかもしれない。」


会社勤めなんかしているよりも、こんな感じで気ままに暮らしてみたい。

ところで神の使徒には、お供えが要るのだろうか?


「ぷぷるんは何か食べたりしないの?インスタントラーメン食べる?」


「何も食べなくても神様の力とあなたの魔力で動けるのです。」


やはり魔力を糧に寄生されているのだろうか?


ラーメン啜りながら神の話も何だが、神様って慈愛に満ちた崇高な存在から、見ただけでSAN値が削られる存在まで、神にも色々有るから質問には気を付けたい。


「ぷぷるんの神様ってどんな存在なの?」


「この世界を守っている存在です。しかし強大で絶大な能力のために、今回の様な案件では直接手を出すことができないのです。

あまりに強い力ゆえに、この世界の秩序を壊してしまう恐れが有ったので、私の様な使徒を使わしたのです。」


「ぷぷるんは、神様の代理人兼スカウトマンな訳だな!

 スカウトマンから見て俺って見込み有りそうなの?」


今更駄目だしされてもどうにも成らないが、評価は気になる。


「優秀ですよ!今現役の三人はネットゲーム感覚な世界感で協力してもらっていますので、彼らに付いている使徒は、一般人に被害が無いように苦慮しています。」


「彼らにも俺にとってのぷぷるんみたいな存在が居るわけだな、彼らの使徒と連絡は取れるの?」


「はい、彼らが変身中以外ならメール的なもので、連絡を取ることができます。」


スピリチュアルな世界の話だが、実際に変身や武器の創造を見た限り、超文明的な技術や法則が有ることは間違いない。子供の体に変身したり、空間から3Dプリンタよろしく俺が考えてた武装を作り出すとか、ぷぷるんたちとは仲良くしていきたい!

今は無職だし時間は有る、できる限り良い関係で行こう。


それに敵という存在がどんなものか、よく見極めて対処する必要があるだろう。

孫子の兵法曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからずだ!


魔人にいきなり出会っても困る打てる手が思い浮かばないので、手っ取り早くまずは自分の能力を確認して、それから敵を調べるのが順当な感じだろう。





明け方は冷えるが、シャキッと気が引き締まる。

朝日が差して霞掛かった大気がボンヤリと明るくなってきている。

寝袋で寝るのは久しぶりだ、俺はテントで寝るときにマスクをして寝る。

テント内に結露するのを抑えられるし、喉の渇きも防止できるからだ。


夜通しラジオの音楽番組を付けていたので、何かが近寄ってくることは無かった。

ぷぷるんも手触りが良いので、一緒に寝袋に入って抱き枕代わりにしてしまった。


「ぷぷるんおはよう!」


「おはようございます。」


キャンプストーブに火を起こして朝食の準備だ、コッフェルで湯を沸かす。

昨夜ラーメン食べたコッフェルは食べ終わった後に水で流しただけだ、水は節約して湧水が有ったらそれを優先して使うつもりでいる。


山の朝は清々しい、空気が新鮮で全身にマイナスイオン浴びてますって気分だ。

湯にインスタントのコーヒーを溶かして、モーニングコーヒーを飲むと、何だかやる気が湧いてくる。


キャンプストーブの給電プラグに携帯ラジオのUSBを繋いで充電しながら、カ□リーメイトのチョコ味を食べる。


さっと食べて、コーヒー飲んでテントと寝袋を畳みリュックに詰めていく、食器も何もかも片づけて、少し湿り気の有る地面に深めの穴を掘る。


この穴にキャンプストーブの燃え殻を投入して、土を山盛りに掛けて踏み固める。

ストーブが冷めるまで、周囲の景色をぼんやりと観察する。


ここは尾根の先端で、急斜面の崖が10mほど下に降りている。

途中ここよりも低い尾根を挟んでさらに先に、ここと同じぐらいの標高の尾根が見えている。一旦山頂側に戻って谷筋を迂回するコースか、谷底まで降りてから登って行くコースが取れそうだ。


目標と成る尾根とルートを観察しながら、昨日仕掛けた的の向きを調整する。

向こう側から射撃するときに見えるようにしておかないと、戻ってくるのが大変だ。

そして、この的が迷った時の目標としても使うのでしっかり固定する。


谷底の方は、植生が密集していて見通すことが出来ないが、地形的に枯れ沢もしくは実際に水が流れている沢に成っているような感じがする。どちらのコースを辿っても半日仕事に成りそうだが、水の確保を考えると沢まで下りてみたい。


ロープが無くても昇り降りは可能だが、滑って転んだら一気に下まで滑り落ちそうな急斜面だ。


「どうしたものか・・・」


「どうしましたか?」


ぷぷるんを見る、リュックにはパラシュートコード100m巻を二本持ってきているので、これにリュックを括りつけて、斜面に生える椿の幹に引っ掛けてゆっくり下ろしていく事にする。一番下まで下ろしたら、解けない様に頑丈な幹にパラシュートコードを結んで、これを伝って下りて行く方針だ。


帰りは荷物を逆の順番で引き上げて回収する事ができるだろう。

昇り降りは子供の体に変身したら楽かもしれない。


「良いこと思いついたから一仕事終わったら変身したい。」


「了解しました。」


斜面に生えた椿の幹は根元で直径15cmほどの太さで、斜面に大きく根を張って斜めに突き出している。こんな傾斜地で長年の風雪に耐えてきたので重厚感がある。

その低い枝の中でも大人の腕ほどの太さで、ここで首吊ったら見晴らしいいだろうなって感じの枝にパラコードを掛ける。


短い方のパラコードの先端をしっかりとリュックに縛り付けて、右手に軍手を二重にはめて、さらにタオルを巻きつけておく。この手でパラコードの勢いを消しながら、リュックをズリズリと崖下に降ろしていく、やはりと言うか予想通り手に豆が出来た。


辛うじて豆はつぶれなかったし、割れ物とか入っているから慎重にやったが、あれなら合格点だろう。パラコードを枝から外して、登ってくる時に入りやすそうな所に移動させて、太いミズナラの根元にしっかりと括りつけた。


茂みの奥のくぼ地に移動し、首の後ろの定位置にいるぷぷるんに声を掛ける。


「変身って、あのセリフ絶対必要なの?」


「はい、魔法の呪文でマジカルな力が使えるように成るのです。」


仕方ない、これ見られたらとても恥ずかしいが、ここは山奥の森で茂みの中だ。

覚悟を決めてやってみよう!


「マジカルリリカルぷるぷるりん、ミラクルぱらりんロリポップ、ぽろりんラジカルりりぱっと、ミラクルチャットで美少女戦士ファンシーりなになーれ~!」


一瞬辺りが光に包まれて、体の大きさがどんどん縮んでいく!

服やズボン、トレッキングブーツも光の中で崩壊していき、手や足がほっそりとして、髪の毛が伸びてさらさらヘアーが肩や背中に流れる。素材不明のブーツ、スカート、ベストが体に装着され、目の前にライフルが漂う。ライフルを手で掴むと、光が消えていく。


「これが定番の装備なんだな!」


ちょっと自分の姿を見まわして見るが、山の中でこのカラーリングは目立つ。


「ぷぷるん、迷彩服にジャングルハットでジャングルブーツ姿にチェンジだ!」


一瞬で迷彩服姿に変身した。体が変わるとき以外は光のエフェクト掛からないから、目立たなくていい。この格好は昔見た スクワッド 栄光の鉄人軍団って映画を思い出す。


ベトナム戦争の広域偵察小隊でR・リー・アーメイ演じる、ハフナー上級曹長ってカッコよかったな。


しかし、ライフルのピンク色目立つな~!


「ぷぷるんこの銃色変えられないの?」


『これは神様の武器なので、使徒の自分では何ともできないのです。』


「服の一部として銃を納めるバッグとそのスリングならできるか?」


『それなら出来ます。』


迷彩柄のスリングが左の肩から右の腰に掛かって、ライフルバッグが背中に背負われる。このバッグ中にライフルを収納したら両手が空く、武器は神様謹製、服装はぷぷるんが変身ってイメージなんだな。


先ずはパラコードを頼りに斜面を降りて先に進む。


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