第5話 人目を避けて


電車を3本乗り継いで無人駅に降り立ち、日に数本の田舎のローカルバスに揺られている。地方の自治体が限界集落を維持するために運航しつつ、ハイキングやキャンプの時期に観光客が少し来る雰囲気の路線バスだ。


リュックサックに食料とテント、コンロにコッフェル、LEDライトに寝袋、変身して活動する予定なので、着替えは1着のみ、連休に行楽に向かうハイカーの様な軽装のいで立ちで、ジーンズに長袖シャツと近くのシューズショップで購入したトレッキングシューズを身に着けたにわかハイカー姿だ。


本当は魔法少女の状態で移動したいが、山奥に向かうバスに幼女が一人で居たら、いくら服装をそれっぽくチェンジしていても、迷子認定間違いなしだし、一発で保護案件に成ってしまう。

そもそもスナイパーライフルを持ち歩くのにも目立つ、誰が見てもピンク色のおもちゃで身長よりも長い、自分以外には撃てないので銃での問題には成らないと思うが、幼児の姿は何かと問題が有る。


警察に保護されたからといって引き取りに来る人は居ないし、外国人ぽい容姿だから国際犯罪とか、人身売買案件で大事に成ることは容易に想像できる。

保護施設から一人で居なく成れば大騒ぎに成るであろうし、おっさんの姿で逃走するのもさらに倍増しで危険極まる、何処で監視カメラに写っているのか分かったもんじゃない。


変身した姿は絶対人に見られる訳にはいかない。

仕方ないので大人の姿のまま移動して、無人地帯で変身するしか方法がない訳だ。


今回はこのローカル路線バスの終点を目指している。

人気の無いハイキングコースだが一応バスが通っており、だからといって完全な素人向けでも玄人向けの場所でもなく、無名でこれといった見せ場の無い所を狙ってきた、新緑や紅葉の季節だけ少し人が来るような緩くて人気の無いコースだ。


車窓からの風景はくねくねと曲がった道を縫うように進んでいき、バス停の有る周辺に数件の家が建っている以外に人の気配が無い、畑やシイタケの栽培をしている場所をぽつぽつと見かける感じだ。

道沿いの電柱と外灯、交通標識以外は人工物が無くて山奥に来たって実感する。

すでにかなり前のバス停で、田舎のおばちゃんがバスを降りてからは、バスには運転手と自分だけで何だか気まずい、平日の昼過ぎにハイキングや登山客は居ない。


そういった健康志向の人間は早朝に移動していて今は帰る時間だ。

買い物とか色々準備するのに手間取って、こんな感じの時間に成ってしまった。


買い物で一番懐に響いたのは、何気なく覗いた高級中古品を取り扱うリサイクルショップの売り場で見つけた双眼鏡、しかもレーザーレンジファインダー機能付きの優れものだ。

電池を入れたら手元のボタン操作で対象のポイントの距離を測定してくれる。

濃いダークグレーのラバー素材で覆われた軍用双眼鏡みたいな雰囲気のやつだ。

測定距離は最長650mまで計測可能で、昼夜関係なく無色のレーザーで測定し、双眼鏡で対象を見ながら、ヤード又はメートルで距離をレンズ内に表示してくれる。

新品の定価は20万円近かったはずで、一目で気に入り衝動的に買ってしまった。

自然の中で目標までの距離が測れるってとても重要だと思う。


バスはこの辺では高くも低くも無い山の登山口バス停が終点だった。このバスはここで折り返しで戻るらしく、ぐるりと来た方向に頭を向けて停止するとアナウンスが流れる。「登山口、登山口終点です、お降りのお客様は忘れ物が無い様にお願いします。」そして、降車口の扉が開くのだった。


運転席横の精算機に料金のコインを入れていると、年配の運転手さんが話しかけてきた。


「お客さんハイキング?このバス折り返しで1時間後に出発するけど、これが今日最終だよ!この道真直ぐ行くと登山口で、登山口の右がキャンプ場だけどこの時期キャンプ場に人居ないよ!」


運転手のおじさんは自分よりも年上と思われる人の良さそうな感じで、心配そうに一気に口を開いた。


しかし、こんな時のためにセリフは考えてある。


「ソロキャンプが趣味なもので、適当にいい感じのところでキャンプします。

 Yoチューブにも画像アップするんで景色のいい所や珍しい感じの木や岩を探しながら適当に行きます。」


運転手さんは心配そうにしていた顔をホッとしたように緩めると。


「最近流行っているよね!動画配信やってるんだ頑張ってね。」


真直ぐの道は幅3mの砂利道で2kmほど行くと車が通れなくなり、登山口の入り口の立て札もあると教えてくれた。


思い詰めて首括ちゃう人とか居るから、一人の人には声かけているんだとか・・・。


今回無理してキャンプ装備を購入してきて正解だった、背広姿の革靴だったら通報されていたかも?


まさか人気が無い場所で、スナイパーライフルの射撃したいからなんて、言えるわけが無いが・・・。



この辺は熊は出ないけど、イノシシや鹿が出るので注意してと言われた。

イノシシは出会い頭に突進してくることが有るので要注意だとの事。


注意ったってどう注意すれば良いのか分らんが、携帯ラジオをスピーカーで、周りに音駄々洩れしていく事にする。


ぷぷるんにはリュックに入ってもらっている。


誰にも見られない場所に行ったら出てきてもらうつもりだ。


バスから降りて砂利道を進んでいく、この辺は植林された杉の木が植えられていて下草も刈り取られていて人の手が定期的に入っている様だ。


バスが見えなくなった所で、ぷぷるんをリュックから出し背負ったリュックの上に乗せる。


肩車してるみたいな感じでシャツの襟につかまってもらうと、

何だかぬいぐるみと旅行して写真に撮ってる系の人に見えるかもしれない?


この年齢でそんな感じに見られたら、少し恥ずかしい。




「ぷぷるん、これから1時間後には最終のバスが出るので、それを目指して山を下りてくる人に注意すれば、それ以降は人に会う確率が減ると思う。だが自分たち以外に偶然キャンプに来ている人が居ないとも限らないから要注意だ!」


スピーカーモードでラジオを流しておくから、喋っていてもぷぷるんの事は気付かれないだろう。


「わかりました・・・。」


それからのんびり30分ほど歩いて登山口と書いてある小道の前に来たが、人とすれ違う事は無かった。


ぷぷるん曰く、変身中は防具としてダニや蚊などの虫に刺されにくくなるように出来るらしく、消費カロリーや新陳代謝などのコントロール機能も有るため、寒さや暑さなどと共に、食事の必要量も抑えられるとのことだった。


山ってダニとかヒルとか虻にムカデとか毒虫が多くって、その辺が心配だったけど、早めに変身しといた方が良さそうだ。


しかし、どこで見られているか分からないので、洞窟とか木の洞とか谷筋の岩陰とかで変身したい。


自分に気合を入れるために声に出してから動き始める。


「先ずは衣装チェンジの試着室を探しに、山に入りますか!」


普段から運動していないから仕方ないが、山道に入って10分で息が上がる。


傾斜地で木の根や倒木の上に落ち葉が積もっていると、滑ってとても歩きにくい。


途中からコースを外れて、茂みの中の獣道に分け入っていく、笹の茂みに天井まで覆われたトンネルの様な場所を発見した。


ラジオを付けて移動しているからか、鳥の鳴き声は聞こえるが、野生動物には出会わない。


笹のトンネルは明らかに獣が居たと思われる場所で、どこからかイノシシが現れそうな雰囲気だ。


最悪、この場所で変身しても良いが、変身後に大きなリュックを持って行くのは体力的な事よりも身長の関係で無理そうな気がする。


中央の比較的広い空間からは、四方にトンネル状の獣道が繋がっていて、それなりに複雑な形状の迷路と成っている。


まだ、変身前なのでダニとかイノシシの突進とかが怖いので、この場からサッサと立ち去る事にする。


使われている獣道は葉が積もっていない、石や枯れ葉が無くて比較的通りやすく足元がしっかりとした所を通っている。人が近づいて来るような道路や町などの目的地からは遠ざかっていく、起伏を避けて水平に道が通っているので歩きやすくはある。


獣道は必ず獣の寝屋(寝床)か水辺か食事場所に通じている。

しばらく歩いていると斜面に穴を掘った泥水の水溜まりを発見する、ぬた場という獣のお風呂だ。泥水を体に擦り付けて、ダニやシラミ等の寄生虫を取り除く場所で、かなり派手に泥水をぶちまけるので、この水溜まりの周囲の枯れ葉や木の根元に、飛び散ってはねた泥がカピカピに乾いている。


水溜まりの泥はどこも攪拌されて泥パックの泥の様に滑らかに見える。


周囲の木の幹には体を擦り付けた拭い取ったように同じ高さの場所に泥がこびり付いている。


この山は獣が活発に活動している様子で、狩りとかできるかも知れないが、野生動物を狩ることができるのは、狩猟免許の取得と、猟期での狩猟登録が必要である。今の時期の狩猟は基本NGだ!警察に職務質問されても良い様に、ナイフや鉈などの刃物は持ってきていない。


ぶらぶら獣道を歩いていると、突然視界が開ける。

尾根筋を伝ってきたがこの尾根の先端に出たようだ。


下は崖の様な急斜面に成っていて10m以上の落差と成っている、昼過ぎにも関わらず暗く落ちくぼんだ谷筋は木々に覆われて視界が悪く、石や岩の礫や植生の雰囲気からして小川が流れているかもしれない。


向かい側にもこの谷筋を挟んで別の尾根が見える。


双眼鏡で対岸をのぞいてみると、向こう側は平らなガレ場が有って、双眼鏡で見た所植物が疎らな場所が有りそうだ。


ここからの距離を測定した結果は300mで、ライフル射撃練習の距離設定としてはちょうど良いと思われた。こちら側の地面は主に泥系のウエットな感じで岩が少なく湿った葉っぱや泥が多くて湿気が多い。


対岸に立った時に見通しが良さそうなこちら側の斜面の下草や枝が少なくて目立つ樹木に、段ボール紙で作った的紙を画鋲で張っていく。


A4サイズの紙に的を書いて厚紙に張り付けて作った手製だ。


対岸からこちらに向かって射撃の練習ができるかもしれないし、迷った時の目印にもなる事請け合いだ!

しかし、もう16時前だというのに、谷筋は夜の様に真っ暗だ。


今日はこの尾根でも乾燥していそうな辺りを探して、そこににテント張って、その中で寝ることにする。


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