第5夜 友人Aのバーテンダーの彼女の話3

Aは少し項垂れながら、ロックの焼酎の氷に口を当てた。


「こないだあなたが夜中に出かけた時にさー」 と、AはAの彼女の口調の真似をしながら話始めた。


僕は、夜中に彼女を置いてどこに行っていたんだ思った。




Aの彼女は、Aの部屋でテレビを見ながらうたた寝をしていたそうだ。


深夜の2時頃だったか、部屋の電気は消えており、テレビの光だけがチカチカと部屋を照らしていた。玄関のドアをガチャガチャする音で、Aの彼女は目が覚めた。


目を凝らすと、ドアノブが動いている。


Aの彼女は、まだ夢うつつの中


『ああ、Aが帰って来たのか』


と思ったそうだ。


そして、ドアはガチャリと開いた。




ドアの前に立つ男は、Aではなかった。




『誰?ヤバい知らない男だ』




と臨戦態勢をとろうと思った時、もう体が動かなくなっていた。



男はどんどんAの彼女に近づいて来る。



『殺されるかもしれない』



Aの彼女はもがこうとするが、全く動かない。声も『う……あ……』と言葉にならない。


男は、顔が見えるくらいまで近づいて来た。その男の顔は、能面の様に無表情で焦点も合っていなかったそうだ。


Aの彼女は、恐怖の中、その男が何かを持っている事に気づいた。



『あれは、黒い……毛の塊……?』



Aの彼女は男の出で立ちと、その何だか分からない物体に震えが止まらなかったそうだ。

でも体は動かない。



そして男はその黒い毛の塊の様なものを、Aの彼女の顔に押し付けてきた。



『うわ、あわわわわ』



それは、毛が柔らかく、材質も柔らかい肉の様だった。



『あ!これは…猫だ』



Aの彼女は、無表情の知らない男に、黒猫を押し付けられていたのだ。  

頭が混乱する。


『やめて、やめて』


と声にならない叫びを訴え、そしてそこで意識がなくなったらしい。




「カッパの次は猫かよ」




と僕はその時思わずAに突っ込んでしまった。




朝に目を覚ましたAの彼女は、部屋を見て驚愕したそうだ。


Aの彼女の周りには、黒い毛が散乱していたのだ。



Aの彼女は、「最悪だわ」と思いながら毛を片付け、その後Aに別れを告げたそうだ。




「『訪問者が多過ぎて、私には無理』だってよ」Aはニヤニヤしながら、彼女の口調で言った。




「ちょっと飲み過ぎたから、帰るわ」と言ってAは席を立ち、カウンターにお金を置いて店を後にした。


Aの後ろ姿は相変わらず丸く、サンダルを引き摺りながら出ていった。



僕はあと少し残ったビールと、タバコを吸いながら一息ついた。



ああ、またAについて何も聞けなかったな。


今度で良いか。








そして僕も家路に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友人Aの彼女の話 華子 @miyagen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ