後編

私は、人事部にいってこっそり彼の住所を確かめた。


遠慮しがちな彼は自分からは教えてくれないだろうし……未来のお嫁さんの私には遠慮なんていらないのにね。でも彼のそんな優しさが嬉しかったのも事実だ。


「直樹くん!私が絶対元気にしてみせるから!」



Side:直樹


地元の保険会社の仕事はそれなりに大変だった。


やっぱり営業という仕事は覚えることも多い。毎日大変な中、会社の人達は優しかった。

隣の席の田中先輩は説明も分かりやすく、自分の体験談なんかも交えて俺の苦労している部分を理解させてくれる。小さな会社だから社長も専務もとても良くしてくれる。

実は専務は彼女の、加奈子のお父さんだった。


だからこの会社に入ったと言ってもいい。


本当だったらお義父さん、と呼んでいたはずの人……そんなことを考えると少しだけ悲しい気分になってしまう。

沈み込んだその気持ちを手元の書類をみて切り替える。


「直樹くん!これ……」

すっと俺の前に差し出されたカラフルなものに包まれたもの……お弁当を両手で受け取らないように押し返す。


「あ、明子さん、お弁当はもう大丈夫って言いましたよね?」

「また遠慮して!せっかく作ったんだから素直に受け取りなさい!どうせ捨てるだけになっちゃうんだよ?」

「す、すみません。でも俺……最近ちょっと食欲が……自分のペースで食べるので、ほんとすみません」

「そう?それなら仕方ないか。体調悪いんだったら無理しないでね。何かできることあったら言ってよね。相談にのるから」

この女性は中村明子さん。この会社で唯一の女性であり、今の俺の一番の面倒事であった。


入社してから何かと気にかけてくれるのは感じていた。

最初はそれはありがたかったが、世話焼きなのか徐々に面倒なことを言ってくるようになった。明子さん、って呼んでるのも彼女はどうしても明子って呼んでとうるさいからであった。


お弁当もその面倒ごとの一つだ。

最初は遠慮しながらも気にかけてくれるのだとありがたく受け取った。でも正直あまり料理は上手じゃないようで、次の日からは断るようにした。それでも何度か押し付けられたから、それは専務にも相談した。

それとなく構わないように話してくれたようだが……効果はなかったようだ。


仕事はそれなりに順調なんだけど……明子さんのことを思うと憂鬱だ。

俺は一日の営業を終わらせ、会社に戻った後に帰宅する。


「今日は少し遅くなったな……」

少し薄暗くなった道を歩くながらため息をつく。


「ん?なんだ?」

俺のアパートの部屋、2階の角部屋の電気がついていた。


「また母さんが掃除でもしに来たのかな?じゃあ今晩がおいしいものでも食べるれるかな?」

少しだけ心が温かくなった気がした俺はアパートの部屋のドアを開けた。


「また来たのかよ、かあさ……」

「おかえり直樹君!お仕事お疲れ様。もう少ししたらできるから座って待ってて!」

「なん、で……」

俺は台所に立っていたその女性、明子さんを見て背中に冷たい汗が伝うのを感じた。


「ふふふ。びっくりしちゃったよね?最近直樹君つかれてるようだかが……来ちゃった」

恥ずかしそうに腰をくねらせそう言い放つ彼女……そしてやっとここで怒りが込み上げ拳を握り締めた。


「なんで!鍵は?そもそもどうやってここがわかったんですか!」

「鍵はね、下の階にいる大家さんにフィアンセで、って言ったら開けてくれたよ?住所は勝手に調べちゃったけど、直樹君そういうの中々言い出せないでしょ?意外とシャイなの知ってるから……」

その言葉に心がガタガタと震え、悲鳴を上げそうだった。


そんな動けぬ俺に近づき、後ろから背中を押す明子さん。

俺は初めて感じる恐怖に、促されるようにベットの上に座らせられるしかなかった。

そして「もう少し待っててね」そういって頭を撫でられる。思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。その声を聞いてもなお、明子さんは笑顔だった。


そしてまた台所に戻るとレンジから何かを取り出し皿に乗せているようだった。

恐怖から震えて動かない体を無理やり動かし、部屋の中を確認する。


テーブルの横には明子さんがいつも持っている派手で下品なバックと、近所のスーパーの袋が置いてあった。袋の中にはビールが何本か入っているようだ。

そして気づく、いつも加奈子と俺の写真が飾ってあるところ……それが見当たらない……


「あ、明子さん!写真!そこにあった写真は……」

「ん?そこの写真ならちゃんと処分したわ。悲しいのは分かるけど、いつまでも引きずってちゃだめよ?今は私がいるんだから」

そんなことを言いながら皿をテーブルにおく明子さん。さらには適当に乗せられた揚げ物やらなにやらが山のように乗っている。

台所にあるごみ箱には冷凍食品のパッケージがぐしゃりとつぶして捨ててあるようだ。


「なんでこんなことをする!お前に何がわかる!お前なんかただの会社の同僚だ!」

「もう!そんなこと言って。まあいいわ。辛い事も何もかも、全部私にぶつけなさい!全部受け止めてあげる!」

そういって腰に手をあて胸をはる明子さん。

また全身が強張るのがわかる。


「そもそも不法侵入だ!おじさんに、専務にも報告するからな!お前のことは好きでもなんでもない!もう俺に構わないでくれ!」

「そんなこと言って……まだあの女の事が忘れられないのね……いいわ、せっかく作ったけど後回しにしましょ」

そんなことを言ってこちらに近づく明子さん。

そして動けない俺をベットに突き飛ばし……ありえない行動に恐怖から声がだせなかった。


そして俺に覆いかぶさろうとした明子さんは……俺の後ろを驚いた顔をして見ていた……


「なに?なんなの?なんであんたが居るのよ!」

俺の後ろを見ながら叫んでいる明子さん。俺も後ろを見るが当然そこに何もいるはずもなく……


台所へ走り出した彼女は、包丁を手に持った。

言いようのない恐怖が復活する。


そして……玄関の方を見た明子さんはそのまま手に持った包丁を振り回し、裸足のままで玄関を出ていった。

おれは震える足を叩き起こしながら追いかける。

そしてすでに下まで降りていた明子さんを見下ろした時、包丁を振り回しながら道路まで走り出したと思うと、そのまま走ってきた車とぶつかった。

周りに人が集まってきて携帯を取り出した人を見て、ああ大丈夫そうだ。そう思ってその光景を只々見ていた。


それから一週間。

会社にも全てを報告した。


幸いなのかは分からないが、明子さんは軽傷だった。

そして今日、彼女は会社に復帰する。


意識が回復したと聞いてお見舞いに行った専務の話では、その時の記憶はなく俺から説明されたことをそのまま話すと、涙を流して謝罪したという。

釈然としない思いもあったが、なぜか俺はそれを受け入れたいと思ってしまい、解雇できるという専務の言葉に首を横に振り、復職しても良いということを伝えた。もちろんそれを彼女が望むならだが……


「安藤くん。覚えてないのはずるいと思うけど、本当にごめんなさい」

事務所の同僚たちの前でそう言いながら深く頭をさげられる。俺もなぜか知らないが「もういいか」という気持ちになってしまう。


「もう、いいですから」

そう俺が返事をすると、彼女はふわっとした笑顔を見せた。


まるで……加奈子のように……



それから3年が過ぎた。

明子さんはあれから距離を取りながらも色々と気にかけてくれた。

着かず離れず、そして時折見せる加奈子のような笑顔、加奈子のような仕草、加奈子のような励まし方……加奈子のような手料理……


そして加奈子のような愛され方……


そして今日……俺は明子さんと結婚した。


皆に祝福され、披露宴も終わって帰る道。

新婚旅行は行かないことにした。今日から3日だけ休みをとって二人だけの時間を過ごす予定だ。


帰りに寄ったデパートで「夕食は手抜き」と言って豪華なオードブルを買う。

そして明子が手にしているのは……いつか買ったあのワイン……


二人仲良く腕を組みながらゆっくりと家までの道を歩く。


「やっと約束がはたせるね」

「そうだな……」

「ナオくん……だーい好き!」

「俺もだよ……加奈子」

俺は、二人きりの時に使う名前でそう呼びかけた。


これからは二人仲良く……永遠に。





おしまい

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私が死んでもずっと好きでいてくれますか? 安ころもっち @an_koromochi

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