最終話「魔王」だべ

俺たちは分身を解いて一人に戻る。


もう悪魔は出ない。これでようやく元の暮らしに戻れる。

俺もまたドワーフの山に帰って酒呑んで騒いで寝て、元の美少女らしい生活に戻れるのだ。


「ふつうの美少女はそんな事しません」


うるさい。


「お前はどうするんだ?ボルゲル。お前もドワーフ村に帰るんだろ」


「………」


なんで黙るんだよ。


「オイラたちの島に来い、魔将ボルゲル。虎が居た方が面白い!」

変な馬だな。


「ふふ、私はまた気ままに世界を歩き廻りますよ。いつでも会えます」


「そうか…そうだな」


だがその時、いきなり巨大な手が現れ、魔王の杖を掴んだ。

「ええ?!」

ソラの杖はバラバラに折り砕かれ、細かな光の粒子となって散らばる。


俺たちは、いきなり巨大化が解除され落下する。

空間合成されていたボルゲルやシーシとラーラは全員別方向に弾き飛ばされた。


「何いいいっ?!」


雲と風が巻き起こっている。

これは元の地球の空だ。

このままでは地面に激突してしまう。


「くっ…そ」斧で引っ掛けて空中のマイクラ棒を掴んだ。

よし、これで…


再び巨大な腕が現れた。

「あっ!」

巨大な手が俺を掴むと、そのまま地面に転がした。

「ここは…」

この風景は巨人の島。俺が作った高速道路。

いつの間にか巨人の島に戻っていた。


「驚いたよ。本当にアイツの杖を復活させるとはね」

一人の青年が立っていた。

褐色の肌に黒い髪、真っ白な古代の衣装を身につけている。

エジプトの壁画から出てきたかの様な品のある佇まいだ。


「何者だ?」

「ただのソーマセーマだよ」


俺はとっさに波導ガンに構えたが、今度は両脇から腕が現れ、斧と鳶口を握り潰した。

「あっ?!」

砕けた欠片は光の砂になって散らばり、魔王の杖は、ただの棒切れになった


あまりの事態に俺は棒切れを構えたまま立ちつくしていた。


「ムダだよ勇者ちゃん。君では魔王のヤツにすら遠く及ばない」


「魔王?なぜお前が魔王を知ってんだべ!」


「僕は創造主だからさ」

ソーマセーマと名乗る古代人の青年は気さくに答えた。


まさか巨人…


青年は軽く笑った。

「そうだよ。理解したみたいだね」


「じゃあ今倒したのは?」


「ネフィリム(巨人)か、あれはゴウルと同じ、僕が創ったただの影だよ」


「あれが影だと?!」


「10000年前、僕は魔王のヤツを虚世界に閉じ込める代わりに、魔王は僕を実体のソーマセーマ(肉体の牢獄)に閉じ込めてしまった。

今ではお互いコインの裏と表の存在だね」


「裏と表?」


「そう裏も表もお互い干渉できないだろ。

裏で動けるのは表の影だけだ。

つまりボクの影である悪魔たちと、

魔王の影である君の杖だけが活動できるのさ」


なるほど少し分かってきた。

もともと

巨人の本体は虚数世界にあって、

魔王の本体は実世界にあった。


巨人は魔王の本体を虚数世界に閉じ込めた。

それに対して

魔王は巨人の本体を実体化させ実世界に封じ込めた。

だからお互いの世界から出る事はできないし魔王も巨人もお互い直接の干渉ができない。


そのためお互いに本体の「影」を実体化させて世界を干渉しあっていた。

それが悪魔ゴウルであり、この魔王の杖だ。


巨人ソーマセーマがこちらに歩き出した。

「セラピムが無くなった今、僕はもう自由に世界を回れる様になったけど、残念ながら実体としてしか存在できない」


「だから魔王の杖が使える君の実体を、悪魔に入れ替えて、ボクの僕(しもべ)にしてあげようかと思うんだ」


悪魔と入れ替えるだと?そうか、それでソラの杖を先に壊したのか。


「波導ガン!」

俺は両手の杖の切れ端から光の竜巻を発射したが、青年の手前の空間で消滅してしまう。


「まさか?!」波導ガンを消し去る事なんて可能なのか?


「怖い怖い。でもムダだよ。どんな超エネルギーだろうと虚数時空に飛ばしてしまえば同じだよ」

青年はニコやかに手を払った。


エネルギーが転移してしまうのか!

なんてヤツだ!


突然巨人が炎に包まれた。

上空から白虎が火炎陣で攻撃している。

「ボルゲル!」


巨人は平然としている。

「彼って君のお友達だろ?早めにお別れを言った方がいいよ」


「何っ?」

巨大な手が白虎を掴んだ。

血が飛び散りバキバキと骨が砕ける音が聞こえる。


「ああっ!ボルゲル」


白虎は血を吐きながら叫んだ。

「勇者ベロン!あなたにはまだファウストの…」

鈍い音と共にボルゲルは砂に変わって流れ落ちた。

ツクモンと同じくボルゲルも砂になってしまった。


「ボルゲル…お前…」

俺は何もできず呆然と見送ってしまった。


ボルゲルは最期に言った。ファウストの…何だ?


「もう終わりかい?勇者ちゃん」

巨人は少し楽しげに声を掛けて来る。


俺は一瞬後退りした。

(波導ガンが通じない相手なら悪魔王ゴウルも同じだった。

…そうか!ファウストのあれか!)

俺は足を止めた。


巨人は笑いながら近づいて来る。


俺はもう退がらない。

「まだあるだべ」

俺は両手の杖の残骸を巨人に向けて差し出した。


「その技は効かないよ」

巨人は手をかざす。

霊波光線を撃つつもりだろう。

そうはさせない。


俺は両手の杖の魔力をフルMAXに引き上げる。

両手の杖は振動を始め、光の粒子が俺の正面に集まり出した。

ソラの杖とツクモンの斧の砂つぶが光の粒子に変わって集まって来たのだ。


やがて光の渦から黒い稲妻の渦が発生し、俺の周りを疾り回る。次元断層だ。


巨人は笑いながら霊波光線を撃った。

だが光線は光の渦に散乱して消えてしまう。

巨人は少し表情を険しくした。


「ムダだべ。次元断層で覆われているからな。

三次元の存在となったお前にはもう、これを破る事はできない」


次元破断が他の次元空間と共鳴し始めた。

多次元共鳴振動

時空間の亀裂が体内まで走り回る。

断層から発生する衝撃波で全身がちぎれそうだ。

握っている魔王の杖にも亀裂が入って行くのを感じた。


なぜ魔王は最後に杖を三本に折ったか?

なぜ魔王は最後に消えてしまったのか?


その答えは、魔王が虚数世界に飛ばされる寸前、自分自身の本体をこの大魔法に飲み込ませて自分自身を封印させたからだ。


自分自身をも飲み込む魔法。それは…


『大魔法!時空断絶』


左右の杖を光の渦にぶつけると魔王の杖は粉々に砕け散った。


空間圧縮と次元振動、二つのフルパワーをぶつけて全時空を崩壊させ、この一瞬を切り取る。

伝説の巨神、魔王の力だ。


そして時間が静止した。


三次元空間では一瞬の出来事だったのかもしれない。


光が静止し、世界が闇に包まれた。

俺はもう動く事すらできない。

俺と巨人は因果地平の彼方の二次元データに圧縮された時空の中で永遠の落下を続ける様に見えた…が


闇の中から平然と巨人が歩いて来る

「無駄だよ、閉鎖した時間に閉じ込めたつもりかもしれないけど、虚数存在のボクにとってはマイナスもプラスに変えられる」


「それは予想していただべ。だがなプラスをマイナスにできてもゼロはゼロだべ。お前にゼロを変える事はできねぇ」


巨人の表情が一瞬険しく変わり、言葉が途切れた。


俺の手にはもう魔王の杖は無い。

粉々に砕け散ってしまったからな。

ヤツもまた永遠にこの空間から抜け出せない事を覚ったようだ。


巨人は無言で手をかざし、俺に霊波光線を浴びせた。


急に全身が軽くなる。

寝ているドワーフの少女の姿が目の前に見えた。

全身は傷つきボロボロの姿が闇の中にポツンとあった。

俺の魂は身体から分離したのか。


「勇者の最後だ。お前の魂は永遠にこの闇の中で彷徨い、消え去るが良い」

吐き捨てる様に巨人は言った。


これで俺も最期のようだ。

だが巨人もまた永遠にこのゼロの時間に閉じ込められる。それで良い。


いずれこの意識も無くなり、俺はこの世界で消滅していくのであろう。

それでいい。


その時、目の前を巨大な何かが通過した

『それ』は、いつの間にかそこにあり、動いていた。

巨大な白い骸骨に白いツノが生えた様な姿の仮面の影が見える。


『魔王!』


間違いない。森の魔女が飾っていた魔王の姿と同じだ!


魔王の巨大な虚像は、ゆっくりと俺を包み込み、さらに手を伸ばして、巨人を掴んで握り潰し、そして静かに消えた。


また再び闇が戻った。


俺は長い眠りについた。

闇の中にはもう何も無い。

あの魔王は何だったのだろう。存在していたのだろうか?それとも最初から何も無かった様にも思える。

そして何も無い静寂が続いた。

無限の…


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


青空…ソラか。

俺は何も無い地平に立っていた。

風ひとつ無く、雲が浮かび、ぽっかりと青空が晴れわたっている。


巨人の島は消えて無くなった。

平らな地面だけが遠くまで続く。

緩やかな波がきらめき、美しい空が水平線の彼方まで広がっていた。


俺の目の前にはボロボロになったドワーフの少女が寝ている。

「これは…俺じゃねえか」

まだ肉体と魂が分離している様だ。


動いた。呼吸をている。生きてる。


ドワーフの少女はうっすらと目を開いた。

「おっ母あ…」

「え?!…」


ゆっくりとドワーフの少女は上体を起こし、眠そうな眼で呆然と彼方を見ていた。


そうか。お前も元のドワーフに戻ったのか。

ふつうのドワーフに戻れたのか…良かったな。


だがここは周囲には何も無いただの荒野だった。

不安そうにドワーフの少女は何か金色の板を握り締めている。


あ、それはツクモンの破片じゃないか。

そうだ、それを持っていろ。

きっとツクモンがお前を守ってくれる。


「そもそもツクモはあなたが創った人形ではありませんか」

いつの間にかファウストが微笑みながら横に立っていた。


ああ、そうだな。

もう時間も空間も関係ないんだったな。

俺にはもう実体も存在も無い。


ドワーフの少女が一瞬身を固くした。

何だ?

地平の彼方から白虎が歩いて来るのが見えた。


「ボルゲル!生きていたのか!」


白虎はゆっくり近づいて来る。

ドワーフの少女はおびえた表情をしていた。

白虎は目の前で立ち止まり、少女に顔を近づけて、目をつぶった。

頭にタテガミがある。


「あ、トラキチ!お前か…」


ドワーフの少女は恐る恐る白虎に触れた。

白虎は静かに目を開けた。


少女は白虎に触れながら、その眼を見つめ、

何かを思い出したかのように、よろよろと立ち上がり、

そして白虎に乗って飛び去っていった。


「ありがとうボルゲル」


白虎に乗った少女の姿を俺はいつまでも見送っていた。


そうだ、きっとあの空の向こうにはシャルやイーグが居て、シーシとラーラに乗って迎えに来てくれる。

海を越え、砂漠を行けば美しいドワーフ連峰がそびえている。

さらにその向こうには人間たちの国があり、強面で気さくな傭兵たちの砦があり、

エルフ女王の森が広がりエルフたちはダンスを踊る。その向こうにはゴブリンさんたちやビーバーに囲まれた獣人たちの大地が広がり、神馬人たちの湖と緑の大地がある。


ドワーフの少女よ。

お前はドワーフの国で笑って泣いて恋をして、子供を育て、孫に囲まれて、幸せになってくれ。

俺の知らない未来の世界で、いつまでも。


少女を乗せた白虎は青空の彼方へ消えていった。


「では我々もそろそろ参りますか」

ファウストは魔王の仮面と黒い法衣をズイッと差し出した。

白骨にツノが生えた仮面は、膨大な魔力で満たされている。


「へえ。良くできてるじゃん」


「ゴウルに造らせました。『前回より』だいぶ上達しております」


「悪魔王ゴウルか、あいつ今どうしてるの?」


ファウストはニヤリと笑った。

「今は私めの中に居ります」

赤い瞳が光った。


「ふふ、アイツ『また』お前に捕まったのか。懲りないねぇ」


俺は笑いながら仮面をかぶり、漆黒の法衣をまとった。

もう俺には実体が無い。この時空にすら存在してない。

だが全ての多元時空にも俺は存在している。

そんな俺がこの世界で存在できるのは、この仮面と法衣のおかげだ。


しかし「この実体」は悪魔王がデザインしてるせいか毎回毎回、悪魔風の姿になっちまうんだよな。

まぁ贅沢は言えないけど。


「よくお似合いですよ」

「そお?」

なんかファウストが言うと少し疑ってしまう癖がついてしまったな。


「お久しぶりでございます偉大なる大魔王聖下」

うやうやしくファウストが敬礼をする。


「うん…そうだな。ずっと忘れていたよ」


俺は巨人によって時空が過去に向かって閉鎖循環するマイナス進行の世界に閉じ込められていた。

そこは未来へ向かって流れるプラスの時間流から断絶されている世界だ。


ならば俺は絶対静止したゼロの時空に留まり、

未来世界の俺が杖を使って過去とゼロ時空を繋げればいい。簡単な話だ。


もっとも実体の杖を使って時空を繋げるには、この世界に肉体を持つ俺の転生体がやらないといけない。

俺の転生体はもう魔王でも無く、ただの魂に過ぎない。

魔王としての意識も無く、記憶も無く、全てを運命に任せてあらゆる世界に転生を続け、そしてこの杖に再び出会い、やがて魔力が復活する。


もちろんそれはファウストの働きがあってこそだが。今回は一万年ほどかかった。

でも振り返れば一瞬だ。


俺は腕を振り上げた。


その瞬間、俺たちはすでに別な空間と飛んでいた。

そこは宇宙の様でもあり、雲上の極楽浄土の様でもあり、明るくもあり薄暗くもある。

あの雲に見える粒子一つ一つがマルチバースの宇宙である。


特異点。

それは点であり、線であり、無限の空間であり、超次元的存在であり、無であり全てでもあった。


禅の教えだったかな。不為侶者は大河の水をも一口で飲み干すという。

大きさにも時間にも制限は無く全世界と一体となった、全世界そのものの存在。

一切の無でありながら無限の全次元宇宙。それが俺である。


右の手を差し出すと光が集まり、粉々になったはずの杖が復活する。

まだ折れる前の一本の杖と同じだ。

左の手のひらをフワリと返すと、そこにはツクモンが居た。


この魔王の杖には一万年の間に人格が発生した。

付喪神(ツクモガミ)という霊だ。

それを実体化させたのがこのツクモンだ。

そう。ツクモンは俺がこうして造った。

魔王の杖の有った時間。それは遥かな過去であり未来であり今現在でもある。


ツクモンを頭の上に乗せると、いつもの様にポンポンと頭をたたいた。

「はいはい、わかった、わかった」

相変わらずツクモンには急かされる。


そうだな後の世に魔王大戦と言われる運命か。俺がアイツを倒さないとな。


俺は横に控えているファウストに言った。

「では行くぞ。一万年前のあの場所へ」


「はい、大魔王聖下」


俺とファウストは神界から外の世界へ足を踏み出そうとして、ふと足を止めた。


「いかがなされましたか?」

ファウストが笑いながら少し呆れた顔で聞く。


「いや、その前にさ、7950年前に行って『あの魔女』に仕返ししてやるんだ…ふっふっふ。エルフの弱点はバッチリ研究してきたからな!

あんな事やこんな事とかやってやるんだ。

魔王大戦なんてぇのはその後だっ!」


あれ?なんか俺って悪魔っぽくなってね?

ゴウルの法衣のせいかな?


「ぜひそうしてください」

ファウストは笑顔で答えた。


あ、止めないのね?

びみょうに違和感を感じつつ神界の風景を眺めていて、ふと思い出した。

この風景は…


「そういやさ、君と一緒に消えたあのラ・ソラって今どうしているの?」


ファウストは一瞬驚いた顔で俺を見たが、

イタズラっぽくニヤリと微笑んだ。


「もちろんここに居ますよ。お会いになりますか?娘さんに」

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土建屋の俺が転生したらドワーフ美少女だったので今日も酒のんで勇者をめざすだべ! 矢門寺兵衛 @Yamonji

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