23話「巨人」だべ
シーシとラーラが元気に立ち上がった。
二人とも血まみれだが元気だ、さすが神馬人。
(もっともシーシを斬ったのは俺だが…)
褐色の少年は青く光る眼でジッとこちらを見ている。
化け物め。
しかし今、コイツと戦ったらシャルやイーグが危ない。二人とも限界だ、動けない…どうする。
いきなり森の中から白虎が飛び出してきた。
ん?ボルゲル?…は、ここに居るよな。
白虎だが、頭に少しタテガミの様なものがある。
白虎モドキは俺の方を見て咆吼した。
あ、その声はトラキチじゃないか!生きてたのか!
ボルゲルは座ったまま、いつもの調子で答える。
「私のスペアをライオンと同化させて、破損した内蔵を補充しました。まさかこんな事に最後のスペアを使わねばならぬとは、いやはや」
ボルゲルは口では冗談めかしているが、そうとう苦しいはずだ。まさかトラキチのために自分の命を分け与えてくれたなんて…すまねぇ。
トラキチはシャルを咥えるとイーグの元に向かう。イーグはシャルを抱き抱えるとトラキチに乗る。
さすがイーグ師匠、判断が早い。
「トラキチ!地下要塞に逃げろ!」
トラキチはこちらを見た後、イーグとシャルを乗せて飛び去って行った。
「すまねぇボルゲル…」
「どういたしまして」
俺たちのやり取りをジッと観察するかの様に少年は無表情にこちらを見ていた。
美しい姿とは裏腹に、まるで生きた死体の様だ。
「何者なんだお前ぇ!」
俺は斧を構えた。
少年は再び無表情に笑った。
「ねえ、何に見える?」
青く光る瞳が虚ろにこちらを見ている。
?!…まさか!………
この言葉を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走った。
「悪魔王!!」
間違い無い!コイツは悪魔王だ!トンデモねぇ邪悪な大魔物だ!
身体が硬直した。息が詰まる。動けねぇ…
「ねぇ、君が虫を叩くみたいに、ボクも君を叩き潰してみようか?」
空中に巨大な手が現れて上から叩き潰しに来る。
「危ねぇ!」
間一髪で避けたが、地面にはデッカい手形がついていた。
間違いない、あの遠近法や物理法則を無視した巨大な手。
あれは悪魔王ゴウルと同じ技だ。
今度は違う声がいきなり聞こえてきた。
「それとも昨日君が食べた魚みたいに齧っちゃう?」
「え?」
今度は急に巨大な少女の顔が目の前に現れて口を開く。
あの崖の上で会った褐色の少女だ。
「何だ!こりゃあ?!」
俺は転げ回りながら巨大な少女の顔から逃げた。
「それとも踏み潰す?」
今度は少年の身体が消え上空から巨大な足が下りて来る。
とっさにボルゲルが俺を咥えて翔んだ。
振り返るとすぐ後ろに巨大な少年の顔がありこちらをジッと見ていた。
膝から下はジャングルにあり、巨大な姿が悪夢の様に空に広がっている。
虚ろな作り笑い。明るく輝く空虚な眼差し。その瞳は無限の透明な水の底に引き込まれてしまいそうな。
あ!あいつは…あいつは!
あの眼!あの眼!間違い無い!
アイツが『巨人』だ!!
俺は直感した。コイツが巨人だったんだ。
消えた。
巨大な少年の姿が消えた。
「ねえ」
え?
真上から声がした。
上を見ると巨大な少女が逆さまに立っている。
えええ〜ありえねぇだろ!!
少女は、まるで虫でも叩くように俺たちを飛ばした。
ボルゲルごと俺たちは吹き飛ばされたが、空中から落下する俺を馬人体のラーラが空中でキャッチしてくれた。
「助かったぜラーラ…ちょ!お前出血してるぞ!
「いやさっきさぁ、川の向こうの花畑でさ」
…ああ本物のラーラだわ、間違い無い。
白虎のボルゲルも飛んで戻って来た。
「空間の概念がメチャクチャですね。
彼らには上も下も前も後ろも距離も時間も関係無い。存在自体がメチャクチャです」
「そんな事ありうるだか?」
「空間、距離の概念が我々と違う…としか。
我々から見れば巨大ですが、本人は変わって無い。ただ空間や距離の方が変わっているだけなのです」
なるほどメチャクチャだ。だから子供であって巨人なのか。
「うわっと!」
油断すると正面に巨大な少年あるいは褐色の少女が現れ、巨大な手の平が飛んで来る。
笑っている。
遊んでいやがる。
シーシも翔んで来た。白いヒラヒラゴスロリミニスカが血まみれだ。
まぁ斬ったのは俺だけど。
「巨人はそこに居ない。二つが一つなら逆の世界に巨人は居る。表が表なら裏になる」
…またシーシが禅問答を言い始めた。
ボルゲルが何かに気づいて叫んだ。
「シーシ!『表と表で裏』『逆の世界に巨人は居る』それは神聖大魔王様の予言ですか!」
「そう。7950年前」
大魔王?そうかシーシは直接大魔王から巨人の秘密を聞いているのだが…『表と表で裏』って何やねん?
「それは虚数のイメージですよ!
同じ時空を重ねるとマイナス側に作用する存在。
プラスでありながらマイナスにもなる存在。
実でありながら虚であり、全ての次元に存在しながら、全ての次元には存在しない」
あれ?それってどこかで聞いたような…
「悪魔王ゴウル。アイツのさらに上位の創造主である『虚人(きょじん)』です」
なにっ!コイツが悪魔王を創り出していたのか。
そうか!シーシが言っていた『巨人は創造主にして神にして悪魔』とはそういう意味だったのか!
「そういう事です」
ボルゲルが答えた。
ん?
あれ?いやちょっと待て。
というかお前なんで今、俺の考えが分かったんだ?…まさか
「ええ、私は心が読めますので」
なぁにい!
あ〜っ!そういえば青髪魔女とは敵同士だったはずなのに、いきなり和解して仲良くしてたが…お前ら、最初からお互いに情報共有しやがってたのか。
「やれやれ今まで気づかなかったのでしょうか」
なぜかボルゲルが呆れていた。
知るか!このドアホうが!
「しかしこれは重大なヒントです。
表と表で裏。という事は同じ時空間を重ねて反転させれば、我々も『虚人』と同じ存在になれるかもしれませんね」
「時空間を反転させて重ねる?どうやって?」
「波導ガンの力場破壊で破断させた断層に、マイクラの空間制御を加えれば、同じ時空間を重ねて時間流をグルグルと循環させられるかもしれません。循環の逆流方向に乗れれば、現在と過去が重なり、過去が現在になる。プラスとプラスでマイナスになるワケです」
「なるほどワカランが…いや、ちょっと待て!それ波導ガンを自分で浴びる事にならねぇだか?!」
「それに賭けるしか無いでしょう」
「む…」
そうだ、今できるのはそれしか無い。
もしこの巨人が第二第三の悪魔王を創り出してこの島から抜け出し、世界を巨人が飛び回るならば…
いずれ世界は終わる!
「よし!交代だラーラ」
俺はボルゲルに飛び乗った。
「変身だ!巨人を倒す!」
「やりましょう」
「おう!」
「うん…」
ボルゲルを中央にシーシとラーラが左右に着いた。
俺は斧とマイクラ棒を交差させ、同時に頭上に振り上げた。
「合身(がっしん)!ぴぴるまぴぴるま超力招来!」
マイクラ棒から光の輪が発生し、俺とボルゲル、ラーラとシーシを包み込む。
光が俺の全身を引き伸ばす。
同時にボルゲルと神馬人たちの残像が一つに重なり、金色に光るタテガミに、竜の顔、麒麟(キリン)に変わる。
空間合成現象「ぴぴるま空間」今だ!
「ぴぴるま空間」が重なったその瞬間、俺はマイクラ棒に斧を交差させてブチ当てた。
「波導ガン!発動編!」
空間合成の青いオーロラの中に、力場崩壊の黒い稲妻の渦が走った。
全身に時空の歪みが発生している。
ヤバい、このままだと時空間ごと俺たち全員吹き飛ぶ!
その時、背中に差していたソラの杖が共鳴して、緑の光を放った。
そうか!魔王の杖の真ん中はパワー制御と増幅を司る。
頼むぞソラ!プラスとプラスをマイナスに変えろ!
ふと魔女ラ・デの言葉を思い出した。
全世界の流れを我が力に変える。
それが…大魔法!
わかった!!
「大魔法!時空反転!」
ソラの杖の光が全世界を包んで行く…
その瞬間、光と闇が弾けた。
俺たちは虚像となり不思議な空間に浮かんでいた。
その世界は宇宙の様でもあり、
雲上の極楽浄土の様でもあり
明るくもあり、薄暗くもある。
近くにも見え、遠くでもある。
どこかで見た光景だな…
そうだ!ラ・ソラの瞳に似ている。
麒麟からシーシの声が聞こえた。
「ここが神界だよ。魔王様が居た世界」
「神界?」
「あの雲に見える粒子一つ一つがマルチバースの宇宙です」とボルゲルが解説する。
なるほどたしかに神界というべき場所か。
そう、俺たちの虚像は今、マルチバース三千世界に存在している。そしてどこにも存在していない。
鳶口(とびくち)からは黒い稲妻が走り回り、
斧からは波導ガンの光の渦巻きが円を描いていた。
「時空破断の力を手に入れましたね。次元を超えて多次元の敵を攻撃できます」
ボルゲルの声が聞こえる。
波導ガン常時発動編か!そりゃ凄い。
俺の全身は光の鎧に覆われ、各所に光る目玉の様なモノが付いていた。
これは…セラピムの瞳!
魔王が作った最強兵器セラピムが全身に装着されているのか!
「上だよ」シーシの声が聞こえた。
見上げると目の前に巨人は居た。宇宙に広がっている。とてつもなく巨大だ。
これが巨人の本体なのか!
「勇者ベロン!我々も巨大化です」
「え?……」
「我々も虚像なので同じ状態になれるはずです」
「あ!そうか!二段変身か!」
俺はもう一度鳶口を頭上に掲げた
「シン・ぴぴるまぴぴるまゾーンファイト!シュワッチ!」
鳶口からフラッシュビームが焚(たか)れ、100万ワットの閃光と共に巨大化する。
巨人と同じ大きさになった。
「同じ大きさなら負けねぇだべ!」
少年の全身に悪魔の紋様が現れ無数の目玉と口が現れた。
あれは夜叉の…そうか悪魔も夜叉もこの巨人が分け与えた能力だったのか。
「それは『夜叉(ヤクシャ)王クーベラ』の力です。日本では…そう、毘沙門天と同等の鬼神です」
「毘沙門天と同等って…ぶっ!上杉謙信レベルじゃねぇだか!!」
巨人の目玉が一斉に霊波光線と次元破断波を放つ。
今までの夜叉の超音波みたいな生やさしいレベルの攻撃じゃねえ。『夜叉(ヤクシャ)王クーベラ』の攻撃は時空ごと消失させる光線だ。
「危ねぇ!」
避けようとした瞬間、俺の全身のセラピムの瞳が、自動的にビームを発射して夜叉王の光線を相殺する。
『夜叉(ヤクシャ)王クーベラ』は無数の手足を伸ばして多方向からオールレンジ攻撃を仕掛けて来るが、麒麟は光線の嵐を的確に察知して回避する。
スゲぇ、よく回避できるよな。
ボルゲルの声が頭に響いてくる。
「勇者ベロン『白沢(ハクタク)の瞳』を使いなさい」
「何じゃそりゃ?」
「今、そちらに『白沢(ハクタク)の瞳』をリンクさせます」
うわっスゲぇ!いきなり視覚が全方位に広がった。
「『白沢の瞳』は邪悪を見抜き悪魔を祓います」
なるほど、そいつは助かる。
俺は鳶口(とびくち)を正面に指し示すと黒い稲妻が奔(はし)り出て、巨人の光線を相殺した。
巨人はデタラメに分身して光線を放つ。
麒麟の周囲にある六つの「白沢の瞳」が的確に光線を見抜き、セラピムの瞳が光線を防ぐ。
今度は巨人の分身体から無数の手足が伸びてこちらに向かって来る。
「波導旋風!」
右手の斧を振ると波導ガンの光の渦が自由に飛び回り、巨人の手足を引きちぎる。
時空破断の黒い稲妻と波導旋風で巨人を消し去るが、巨人はすぐに復活してしまいキリがない。
そうか、魔王はコイツとこうして戦い続けて来たのか。一万年もの長い間。
そしてこの杖を今に残した。
…それならば。
俺は背中の「ソラの杖」を引き抜くとダブルトマホウクの上に繋いだ。
やはり杖はくっ付いた!
この『虚像世界』では三次元の物質的な破損なんて関係無いんだ!
この世界全てが、魔女の言っていた大魔法の世界。全てが虚像であり現実なんだ!
俺はさらに鳶口を繋げる。
三つの杖が一つとなって光り出し、ツクモンの金色の斧や鎌が光の粒子に分解し、また再集結すると、三つの杖は光の剣の形に変わった。
魔王の杖が復活した…まるで『光の剣』だ。
それは勇者の剣そのものに見えた。
「それが『魔王のツルギタチ』だよ。勇者ベロン」
シーシの声が聞こえた。
ツルギタチ?万葉集の言葉だ。
そうか『魔王の剣太刀(ツルギタチ)』が今、復活したんだ。これなら巨人を倒せる!
「身外身法(モンキーマジック)!レインボー影分身!シュッ!」
数百人の「俺たち」は球形に 360度丸く並んで分身した。
この『白沢(ハクタク)の瞳』なら全宇宙の隅々まで広がった巨人の幻影を察知できるはずだ。
俺の分身たちは麒麟の上に乗り『魔王のツルギタチ』を一刀両段の脇構えに構えて、目を閉じる。
『白沢の瞳』が全世界の悪魔を捉えた。
見える!
「魔王剣!ドワーフ斬り!」
『魔王のツルギタチ』を振ると閃光が周囲一面に広がり、数百の眩(まば)ゆい光が走り回り、やがて消えた。
静かな宇宙が戻ってきた。
「消えたか…」
巨人は消滅した。
麒麟から声が聞こえる
「しかし酷い名前の必殺技ですねぇ」
「そうだね」
「うん…」
ボルゲルのツッコミも三倍になった。
お前らうるさい。
つづく!だべ
あとがき
【ボルゲルのファンタジー用語解説】
さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。
⚫︎ 虚像
巨人とは「虚像人」の事です。
実体も時間も空間も無く大きさもデタラメに巨大でありミクロでもあります。
そして現実でありながら過去にのみ居る存在します。
なので現在での全ての攻撃は『過去には存在しなかった』事になります。
⚫︎ 魔王の剣太刀(ツルギタチ)
万葉集に「劔刀(ツルギタチ) 斎(いは)ひ祭れる 神にしまさば」などの歌がある様に、剣は神を祀る神聖な武具を意味しました。
神聖大魔王尊天の御業(みわざ)ですね。
⚫︎ 波導ガン発動編
みんな星になっちゃう技ですね。
⚫︎チート技
ようやく異世界転生ファンタジーの勇者っぽくはなりましたが…次回最終回です。
皆さんもぜひお試しください。ではまた。
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