22話「悪霊の島」だべ

まるでゴーギャンの絵画の様な、のどかな原色の森だった。

熾天使セラピムを破壊した俺は広大な島の中を歩き回っていたが、巨人なんていやしない。


本当は巨人なんかよりシャルたちがどこに行ったのかが気になっていた。


今まではドワーフの我が家で親父たちと酒呑んで騒いで寝て、

旅立ってからはいつも隣にボルゲルが居て

シャルがいつも元気をくれて、

ラ・デが行くべき道を示してくれて、

ラーラとシーシが突き進んで、

ファウストがこっそり準備してくれて

イザとなればイーグが守ってくれていた。


今はただヘトヘトになりながら仲間たちを探し回っているだけだ。


だから真後ろにヤツが居た事に気づかなかった。


深い渓谷があった。

険しい岩場が続いている。

川が見える。

人がいるかもしれない!

魚も獲ろう

あ!


俺は川に転落した。

覚えていたのはそこまでだ。


全身が濡れていた。眠っていたらしい。

一人の褐色の少女が横にしゃがんで俺を見ていた。

南国の褐色の肌に青く光る瞳。

長い銀の髪にフワリとした古代のワンピースの服を身につけている。不思議な人種だ。


「お前ぇ現地の娘だか?」


少女は黙ってこちらを見ていたが、口を開いた。

「何に見える?」

無表情で少女が聞いて来る。


?…何だ、変なことを聞く娘だな?

こういう風習の部族なのか?


「小さな娘っ子だべ」


「そう…」

少女は無表情に答えた。

青く光る瞳は微動だにしない。

まるで機械のようだ。


「お前ぇ、エルフを見なかったか?あと馬の姿というかヒラヒラした派手な服の娘…というか男の」


「…知らない」


そうか。

いや、まて

「人形は居なかっただか?このぐらいの大きさの動くぬいぐるみ」


少女はまた機械の様にジッと見ているだけだった。


ツクモンを探さないと。

斧が無くなっていたが、腰に差していた鳶口とソラの杖がある。

金の鳶口を引き抜き上に掲げると斧が飛んできて鎌にカキン!と掛かった。

よかった斧は無事だ。


斧が来た方向にツクモンがいるはずだ。

俺は立ち上がり歩き出す。

ふと少女を見ればツクモンを手にしていた。


「おい!ツクモン!」

少女はツクモンを両手に挟むと粉々に握り潰し、ツクモンはサラサラと砕けた砂に変わり、流れ落ちた。


「え?」


俺はもとの崖の上に居た。

目の前には渓谷が広がっている。

何だ?夢か?幻覚でも見てるのか?


いや、まだ全身は湿っている。

一度川に落ちたのは間違い無い。

頭上を探るがツクモンは居ない。

(これは夢じゃ無い?!)


まさか悪魔に幻覚を見せられているのか?

いや、巨人かもしれない。もしや魔王かもしれない。

この島も、川も、空も、あの少女も、誰かが操っている幻覚なのかもしれない。


いや…

もし敵なら、最初にこの斧を取り上げるはずだ。

斧を振り下ろし、傍らの大木に伐り付けてみると、金の斧はザクリと切り込み大木は倒れた。

良かった斧は本物だ。

樹木も本物に見える。


「変身!ぴぴるまぴぴるま蒸着招来!!」

巨大化してみたが、ツクモンの鎧が無い。

やはりあの時破壊されたのは本当にツクモンだったのか?


崖を飛び降り『あの少女』を探す。

どこにも居ない。

(敵かもしれない)

いや、ツクモンを破壊したという事は、あれは敵だ。

悪魔か巨人…いや、巨人の配下の夜叉かもしれない。倒さないと。

だがもう少女の姿は無かった。


そう。俺はヤツが真後ろに居た事にまだ気が付いてなかった。


さすがに疲れた。メシにしよう。

川の中へ鳶口と斧を差し込み触れ合わせる。

チュボーン!

鈍い爆発音と共に衝撃波で魚がプカプカと浮かんでくる。

魚を拾って塩を振りかけ斧を赤熱化させて焼く。

うん、うまい。


ヤバい時こそ平常心だ。

頭を切り替えよう。

最悪の状況なら俺以外もう全員やられたと考えるべきだ。


ならば俺一人で戦う。戦いぬく。何年かかってもな。

だから今はメシを食う。

とにかく生き抜くんだ。


「ドワーフ流で生き残ってやるだべ」

俺は親父の火酒を飲み、五本目の焼き魚を食い始めた。


しかしあの少女。ツクモンですら無抵抗で破壊された。

ひょっとしたら彼女は夜叉より強いのかもしれない。巨人や魔王とか、いったいどれほど強いんだろうか?


だが、あの少女が巨人か魔王の手下ならこの三本の「魔王の杖」をなぜ奪わない?

この杖が無ければ俺はただの無力なドワーフ美少女だ、何もできない。

敵が何を考えているのか、いろいろ分からない。

七本目の焼き魚を食い終わった。

まぁいい、彼女は俺を殺す気は無いようだ。

今は眠ろう。


翌朝、俺は再び外周部の山に登ってみた。

ここなら周囲を見渡せる。

盆地の様に丸く切り取られた大地。

森林の所々にセラピムの残骸が突き刺さっている。地上で見ると相当にデカイな。

あれが10000年も空中に静止してビームを撃ち続けていたのか。

前世の科学でもちょっと信じられない。


たしか「大戦の後に魔王は消えた」とかシーシが言ってたな。

ならば魔王はもうこの世に居ない事になる。

それでもこんな膨大な魔法が1000年も効き続けるのだろうか?スケールが違いすぎて想像がつかない。


とりあえずセラピムの残骸をランドマークにして地図を作ろう。渓谷から山までのルートは分かった。この島の五分の一ぐらいだ。


森をかき分けて仲間を探すのも、もうヤメだ。

俺流にこの島を改造して、もっとスッキリ見やすく管理できる構造に造り直す。

巨人でも悪魔でも魔王でも迎え撃てる要塞を創ってやる。

新しい巨大建造物を見ればきっとシャルたちはここに来る。


土建業を、いやドワーフをナメんなよ!


翌日から道路整備だ。

セラピムの残骸をベースキャンプにして道路を四方に伸ばす。

ジャングルを区画整地して、渓谷にダムを造り、高速道路で島を縦横に縦断させる。


開発のコンセプトは「とにかく俺一人が便利に生活して島を管理する」

これだ!


波導ガンで山を削り、海に道を開き、簡単な港を作った。

王武刈り刃で岩盤を整形し、ソラの杖でジャングルの巨木ごと地面を整地して、マイクラで山から渓谷へ高速道路を通す。

渓谷にはダムを造り道路沿いに用水路を掘り、水を島全体に行き渡らせる。

さすが魔王の杖だ、たった数日で原生林がどんどん開発され整地されて行く。


中継点にマイクラタワーのピラミッドを作成する。

コンクリート製で高さは100m近い。

上に登れば島全体を一望できる。

頂上で大木ごと燃やして狼煙を上げ、夜は灯台にする。

これなら誰かが生き残っていれば、島中どこから見ても見つけられるはずだ。

港にも灯台を造り、航海する船を受け入れよう。

水や食料が欲しいなら交易しても良い。


ベース基地の側には池を造り食えそうな魚を放り込む。

ピラニアっぽいから、さっき捕まえた猪の肉でも食わしときゃいいだろ。

周囲のジャングルもマイクラ壁で囲いこんで丸ごと野生動物の養殖場にする。

鹿や猪、鶏っぽいのは食糧にする。


森にライオンに似た野獣が居たのでさっそく捕まえてに飼い慣らす事にした。

人間を知らないのか、猛獣のくせに意外とおとなしくて人懐っこい。


「とりあえずお前の名前は『トラキチ』だ」

ライオンだけどトラキチだ。

コイツに乗って高速道路をカッ飛ばすんだ。

移動は虎に限るからな!


長期戦の備えだ。

なんとしても生き延びて仲間を探し出すんだ。

俺はライオンと一緒に焼き豚を食って寝た。


あれから一月、すっかり懐いたのかトラキチに乗って高速道路を巡回する。

お〜早い早い。

「なぁトラキチ、満潮になると港の北側が沈んでしまうが、どうすべ」「なぁトラキチ、ダム湖を拡大して舟を浮かべたいだが、どうすべ」

トラキチは首をかしげている。

なんか最近ひとりごとが増えた。


だから俺は気づいて無かった。

ヤツが真上から見ていた事を。

そして、あの事件が起きた。


「今日も暑いなトラキチ、一雨来るだべか」

相変わらず独り言を言っている。


トラキチは急に立ち止まり、ただならぬ唸り声を上げ始めた。


「ん?何だ?…いやあれは」

道路の彼方から誰かが歩いてくる。

「シャル!イーグ師匠!」

俺はトラ吉から飛び降り走り出した。

「ラーラ!シーシ!生きてただか!」

俺は夢中で走り、走り…そして立ち止まった。


みんなニコニコ笑いながら手には剣を持っている。みんな傷だらけで服もボロボロだ。


え?敵か?何があったんだ?


シーシが剣を抜いた。

「君、君もボクたちと戦おうよ」


ええ?何言ってんだ?シーシ?


突然トラキチが走り出し、咆吼しながらラーラに飛びかかったがラーラのパンチがトラ吉の胸を貫通した。

「トラキチ!!」

トラキチは一瞬俺の方を見て血を噴いた。

無表情にラーラはトラキチを投げ捨てた。

高速道路からトラキチは落ちてジャングルに消えた。


「何やってんだよラーラ!」


「戦争遊びに決まってるじゃないか」

ラーラも背中の剣を抜いた。

何言ってんだ?おかしいぞ??


シャルが微笑みながら剣を振って来る。

「ああっ!」

二の腕が斬られ血が吹き出た。


「そうよ君も私と戦いましょう」

シャルは笑いながら近づいて来る。


いや…お前はシャルじゃ無い。

俺は斧を構えた。


イーグが笑いながらフラフラ歩いて来る。

「戦うのかい?いいよ。遊ぼうよ」

お前はイーグ師匠じゃない!


「さあ遊ぼうかお嬢ちゃん」ラーラが笑った

お前はラーラじゃ無い!!


何が起きているんだ。

知らず知らずジリジリと退がってしまっていたようだ、イーグに背後に回り込まれ、いきなり斬り付けられた。

しまった!


だがその瞬間、背中に差していた「ソラの杖」が光り、イーグを弾き飛ばした。

衝撃波が空間を走り、イーグは転がって倒れたまま動かない。

ソラが守ってくれたのか?


「ほら、ちゃんと戦って」

シーシとラーラが斬り付けて来る。

俺は斧を振り回して弾き返したが、

あっ!シーシを切ってしまった。

シーシは腕から血を吹き出しても意に介さず笑いながら剣を振ってくる。

痛く無いのか?


斧と鳶口で応戦するが、まるで人間と戦っている感覚が無い。

どちらかと言えば夜叉と戦った感触に近い。

なんだこれは悪魔が化けてるのか?


空中に斧を放り投げ、鳶口の鎌に装着する。

「真空斬り!」

爆風と共に三人は吹き飛んだが、血まみれになりながら起き上がって来る。

シャルが悪魔の様な笑みでこちらを見ている。

まるで人間じゃない妖気を含んだ笑みを浮かべている。

悪魔か!

三人は立ち上がり、再びヨロヨロと向かってくる。


突然怒りがこみ上がってきた。

悪魔が化けているのか

「シャルたちに化けるなんて許せねぇ…ダブルトマホウク!」

俺は全力で斧をブン投げた。


「ベロン!彼女たちは本物です!」

「何っ?!」


突然白虎が目の前に飛び出して斧に体当たりして防いだ。

白い身体に血飛沫が飛び散り白虎は目の前に墜落した。


「ボルゲルか!」

俺は白虎に走り寄った。

「ボルゲルか!ホントにボルゲルか?」


「全員本人ですよ…」

ボルゲルは回復魔法をかけた。

いつもの魔法陣の光が流れ、身体を復元していく。やはりボルゲルだ!

だがこれほどの重傷を負ってしまったら、いくら身体だけ回復させても無事なはずが無い。


「いったい何が起きた?洗脳か催眠術だべか?」

「そういうものではありませんね。心が別人格に入れ替えられてます」


「別人格?」


「強いて言えばその杖のラ・ソラの能力と同じです。魂を飛ばして『あいつら』の魂に入れ替えている」


「どこに飛ばされたんだべ?」


「彼らの心がどこか別世界に封じ込められているとしか…」

「戻せねぇのか?」

「いや…あるいは」


「手が有るのか?!」

「悪魔王ゴウルならば…」


なんてこった!いや仮にゴウルが居たとしても俺たちを助けるはずが無い。


「もう遊ばないの?」

一人の少年が立っていた。

銀色の髪、褐色の肌、古代人の様な白い服。真っ青に光る瞳。


「?誰だお前は?」


少年は全く答える気もなくつぶやく。

「そろそろこのオモチャたちにも飽きて来たんだ」

シャルとラーラたちが微笑みながらお互いに向かい合い、剣を取り、ゆっくり剣を突き刺し合った。

三人の肉に刃が食い込んで行く。


「あ!や、止めろ!」


その瞬間、バシっと激しい電光が走り、シャルたちがバタバタと倒れ、手にしていた剣がガラガラと左右に散らばった。


雷光弾!

振り向くと地に膝と片手を着きながら剣を差し向けているボロボロのイーグがいた。まだわずかに剣先から放電している。

「師匠!」


「ソラの杖を使え!勇者ベロン!」


杖?…そうか!

俺はソラの杖を背中から引き抜き、シャルたちに向けた。


「みんな起きろ!霊波光線!!」

杖が光り光線が浴びせられると三人は飛び起きた。


「びっくりしたぞ!子どもよ」と、叫んでまたパタリと寝て、もうスヤスヤと寝息を立てている。

あ、シャルだ…間違い無い。


少年は手を伸ばしシャルを指差した。

あれはまさか!


少年の指先から霊波光線が発射された。

「影移し!」とっさに斧をブン投げると間一髪で斧が光線を反転させ霊波光線を少年に浴びせ返した。

だが少年は平然としている。


やはりコイツ、人間じゃ無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る