21話「熾天使セラピム」だべ
シーシの話では、悪魔の砂漠を越えた海の彼方に巨人の住む島があるという。
俺はボルゲルに乗り、ツクモンは俺に乗り、
シャルとイーグはそれぞれシーシとラーラに乗っている。
たまに振り返るとファウストを探してしまう。
だけどアイツはもう居ない。少し不思議な感じだ。
いつものようにまたひょっこり現れる気がしてしまう。
潮風の香りがする。
この世界に来て初めての海だ。
深く蒼く輝く海にはイルカの様な群れが見えた。
前世で見た海と何も変わらない。
「水に碧潭の色あり。ですね」
ボルゲルが風流な事を言う。
「ああ、老子の兵法だな」
「宮本武蔵です」
「…………」
海上を飛んで行くと、はるか彼方に確かに島が見えた。
あ?何じゃありゃ秘密基地か?
巨人の牢獄と呼ばれる島は、ドーム球場の様な形をしていた…としか言いようが無い。
海の上にぐるりと高い絶壁に囲まれたクレーターの様な円形の島がある。
その巨大クレーターはドーム型の光るバリアに囲まれている。
どう考えてもドーム球場だよな?これは。
そのドーム球場のはるか高空に球形の人工衛星の様なものが静止している。
巨大な地球コマというか、ボール状の鳥籠の様な感じかな。
その球形の檻の一本一本にはオレンジ色の目玉のようなものが付いていて、
これもまたクルクルと回りながら周囲を監視しているように見える。
「おいボルゲル、なんじゃありゃ?ゼットンか?」
「あれは熾天使セラピムですね」
「シキ天使?何それ?」
「燃える天使という意味です。六つの翼を持つ炎の蛇と呼ばれる神の創った最高位の『兵器』です」
「神の兵器?!巨人の造った兵器だべか?」
「違う。セラピム造ったのは魔王だ。巨人は10000年前の大戦で魔王の造った熾天使セラピムに閉じ込められている」
シーシが淡々と答えた。
シーシは見た目は少女…いや少年だが、もう一万年以上生きている。
ラ・デやボルゲルより古いリアル古代知識を持っているが、あまり人間と会話した事が無いらしいので状況説明はイマイチだ。
まぁ早い話がシーシは一番のお爺ちゃんだ。
ご近所の長老さんが、いきなり断片的に昔を語り出していきなり止める。あの感じかな。
「なあシーシ、なぜ巨人は魔王に閉じ込められてるんだべ?」
「それは神である巨人が世界を滅ぼすからだ」
シーシがまた淡々と答えた。
イカン。聞けば聞くほど意味が分からない。
「なあシーシ、俺は巨人に会って何をすればいいんだべ?」
「魔王と共に、巨人を倒すのだ、勇者よ」
あ、イカン。ますます意味が分からない。
島に近づいて見ればかなり巨大な岩壁だ。
シーシが止まった。
「これ以上は近づけない。セラピムの光に燃やし尽くされる」
「ビーム攻撃をしてくるのか?」
「そうだ。もともとこの島は7950年前はこの様な円形では無かった。
島の周囲は10000年前の巨人とセラピムの戦いで、魔王と共に消え去ってしまった」
島の形を変えたのか!
あの丸い断崖絶壁もセラピムのビームが削ってしまったという事か。
かなりのトンデモ兵器だな。
シーシの話では、あのドームの光は、ビーム型のバリアらしい。
セラピムにより発生されている数本のビームの檻がクルクルと高速回転させ、ドーム型にしている。
そのビームの檻の一番下の方、
地面付近には人が通れるくらいのわずかな隙間ができるらしい。
という事は、そのビームの回転スピードと同じスピードで地面を移動できれば、そのビームの檻をくぐる事ができる事になる。
「その回転速度とはどのくらいなんだべ?」
「音の三倍くらいの速さだ」
当たり前のようにシーシは答えた。
ちょっとまて。
だがたしかにそんな速度でこの急斜面を走れるのは神馬人ぐらいだろうな。
「ならば、加速装置を使えばビームの檻を潜り抜けられねーかな」
「ただ早いだけじゃダメだ。檻と同じスピードで走ってもレーザーに焼かれる。
レーザーの方がスピードが早い」
そりゃそうだ。
「じゃあシーシはどうやってビームの嵐を抜けたんた?」
「分身だ」
「忍法影分身だべか?」
「あれではムリだ。セラピムは機械だ。幻影は通じない」
「あ、イーグやシャルが使う秋祭りの分身か?」
「そうだ。セラピムは光線が交わる事を嫌う。強すぎる光が島を破壊してしまうからだ。だから分身すればセラピムは迷う」
なるほど!強すぎる事が弱点なのか!
「しかし詳しいな。シーシは巨人の国に何度か行った事があるだか?」
「魔王様の命令で一度だけ行った事がある」
「え?!シーシって魔王軍だっただか?」
「違う、7950年前に突然魔王様がこの世に顕れ、そして10000年前の大戦を見た」
なんか時系列がめちゃくちゃだが…
あれ?それってラ・デと同じ事を言っているよな。
7950年前にいったい何があったんだ?
「シーシは巨人の国の中に入って何をしたのだべか?」
「入ってすぐに出た」
「へ?何しに入ったんだ?」
「分からない。魔王の命令だ」
なるほどワカラン。
ふむ…と、ボルゲルが何かに気づいた様だ。
「魔王はシーシにセラピムの攻略方法をあえて教えたのかもしれません」
なぜ??
「おそらく魔王は、我々が来る事を全て予見していたのでしょう」
「それなら魔王が直接書き残してシーシに渡してくれれば良かったのにだべ」
ボルゲルは少し考え
「我々に伝えてはいけない必然。
そして伝説の勇者がこの道をたどらなければならない必然があったと推測できます」
「?俺たちに伝えてはいけない事って何だべ」
「それは一つは敵の巨人に知られてはマズい事でしょうね。
もう一つは…」
「何だ?」
「この中の誰かが死ぬ、勇者本人か、あるいは全員が死ぬ。そういう事だろう」
イーグ師匠がズバリと問題の核心を突いて来た。
突然の死の予告にラーラとシャルは固まっている。
だが俺はこの言葉になぜかホッとした。
自分の使命を理解した気がする。
そうか、今までの旅は巨人を倒すために歩んで来た道だったのか。
たくさんの仲間ができ、巨神の3つの杖も手に入れ、そしてファウストのおかげで、この杖の使い方も知った…。
闇の中に呑まれて行くファウストとソラを思い出した。
この先、シャルとラーラは帰すべきだろうか?
だが彼女たちも魔王が選んだ運命の戦士たちだ。何か意味があるのかもしれない。
すまんが俺はもう迷ってはいられない。俺にはお前たちが必要なんだ。
「『衆を集め険に投ずる』ですか。
名将は全軍の心を集結させるため、危険を知らせずにあえて危険に投げ込むと言います。なかなか魔王は兵法上手だった様ですね」
ボルゲルが振り向いて言った。
「私たちは構いませんよ。一緒に戦いましょう」
ああ、頼んだぜ相棒。
俺たちの進む道はもう決まっている。
光線の檻の隙間。
そこにたどり着くためには、この巨大なクレーターの斜面を登っていかなければいけない
だが着地した瞬間にセラピムのビームに焼き尽くされる。
「ボルゲル、神馬人たちのスピードに付いて行けるだか?」
「スピードだけなら加速魔法で可能です。分身はスペアで事足りるでしょう」
よし、それなら決定だ。
俺たちは壁ギリに近づくと、一気に走り出した。
いきなり神馬人たちは、とんでもないスピードで走る。
上空から熾天使セラピムがオレンジ色の目玉からレーザーの雨を降らせるが、シーシとラーラは前後左右の素早いステップワークで5 体 6 体 7 体 8体と分身して行く。
吸血鬼に使ったあの技だ。
イーグが使う分身と同じか、いや、それとはケタが違う。2人の数は、それぞれ10体近い。
ボルゲルはスペアと加速魔法陣を次々と展開し、ボルゲル軍団もスピードを上げる。
セラピムのレーザーが次々に分身体に当たるが上手く直撃を躱してくれている様だ。
斜面を駆け上がりながら見れば、セラピムの光のドームはだんだん動きがゆっくりになり、ビームが止まって見えてきた。
あれが檻の隙間か!
というか風圧で吹き飛ばされそうだ。
まずシーシとシャルの分身体の群れが光の檻に飛び込む。
すかさずイーグとラーラの群れが飛び込んだ。
俺たちも飛び込もうとボルゲルが上半身を踏み入れた瞬間、スペアの一体にビームが直撃し、吹き飛んだスペアの体が俺にぶつかった。
「ぐあっ!」俺は振り落とされ、崖沿いに落下した。
「いけない!」ボルゲルが反転して俺を咥えて受け止める。
「失敗しました!撤退です!」
ボルゲルはスペアたちに上空を防がせるが、セラピムのビームが雨の様に降り注ぎ、スペアたちを次々に破壊していく。
ツクモンが魔法光線を島の岩壁に浴びせると、岩壁から巨大なゴーレムの手が現れてセラピムのビームを防いだ。
ゴーレムの腕の下の斜面に大きな穴が空いているので、必死にその穴に逃げ込んだ。
外を見ればゴーレムの腕はたちまち崩され、スペアたちが粉々に砕け散るのが見えた。
ボルゲルは変身を解き人間体に戻ると、右腕の白衣が真っ赤に染まり血が流れ落ちていた。
「おい!腕から血が!」
「失敗しました。まさかスペアを使った事が裏目に出てしまうとは、不覚でした」
「そんな事は無ぇ、もう一度挑戦するべ」
ボルゲルは少し笑いながら答える
「私はもう走れなくなりました」
「なっ……!」
俺は一瞬、声を出しそうになったが、いやこれは俺の責任だ。
「そうか、済まねぇな…ボルゲル」
「策はまだあります」
「トンネルを掘るだか?」
「無理でしょうね。
巨人が抜け出せないという事は地下にももう一機のセラピムが居るはずです。
下手に穴を掘れば、いきなりビームの壁に焼かれるでしょう」
手詰まりか…
「他の手を使いましょう」
「他の手?」
「この洞穴の中からセラピムを狙い撃ちして破壊します」
「どうやって?」
「幸い、この岩壁の中はセラピムの探知範囲の外と思われます。それを利用します」
ボルゲルは魔法書を1ページ破いて空間に浮かべた。
俺とボルゲルの中間に魔法陣のページが浮かんでいる形だ。
ボルゲルが歩き回ると魔法陣もピタリとくっついて一緒に動いて行く。
「これは標的です」
「標的?」
「この魔法陣の先に必ず私が居ます」
ふむふむ。
「私がこのままセラピムの正面に行けば、魔法陣の示す先にセラピムが居るという事です。
そこを波導ガンで撃ち抜けば、セラピムは破壊されます」
「なるほど。ん?いやちょと待て、お前はどうなるんだよ!」
「私はそこまでウスノロではありませんよ」
異次元ポケットから数十人のボルゲルが飛び出して来た。
「時間がありません、一撃で決めてください」
「え?時間が無い?どういう意味だ?」
ボルゲルたちは一斉に超高速魔法陣を展開すると洞窟の外へ飛び出して行った。
100人、200人、300人、
白虎の群れが超高速で熾天使セラピムに飛び懸かる。
セラピムのビームは機械的に白虎たちを次々に消滅さていった。
「ボルゲル!死ぬ気か、このドあほうが!」
なんてこった!ボルゲルが全て撃ち落とされる前に…
俺は洞窟に戻り、魔法陣に向かって斧と鳶口を構えた。
波導ガンが直撃したらボルゲルは吹き飛ぶだろう。
消え去るだろう。
撃つのか?…俺はボルゲルを撃つのか?
魔法陣を見つめているばかりで撃て無い。
その時、グラリと魔法陣が揺れた。
(当たったのか?!ボルゲル!)
ダメだ。これ以上引き伸ばすわけにはいかない。無駄死にさせてたまるか!
俺が!俺が!撃つ!撃つしかない!
撃ってやるしかない!
「波導ガン!!」
光が魔法陣を包んだ。
天井の岩盤を貫通して、光の竜巻はセラピムを貫いた。
この時、俺は人殺しの様な顔をしていたのかもしれない。
いや、機械のような顔だったのかもしれない。
「どうだ?!」
蒸気が立ちこもる洞窟から抜け出して空を見上げると、上空のセラピムは、ド真ん中が破損していた。
「やった!やったぞボルゲル」
壊れた鳥籠の様にバラけて、骨組みが無残に開いている。
上空を探すがボルゲルもスペアも見当たらなかった。
「…お前………」
その時、セラピムの目玉がクルリと動いた。
なにっ!まだ生きてるのか?
セラピムは鳥籠の一本一本に付いている無数の小さな目玉をクルクル動かしながら籠を開いて行く。
中央の大きく破損していた部分はシャカシャカと鉄筋が差し込まれ、格子に編まれて、空中に巨大な黒い翼の様な影が展開される。
あれが六つの翼の蛇か!
展開されたセラピムの翼から無数のビームが土砂降りの様に降り注いだ。
手当たり次第に撃ってきやがる。
とっさに洞窟に飛び込んだが、岩盤は削られ小石が飛び散りまくる。
まさか…島ごと消し去るつもりか?!
俺は神馬人やイーグの様に空は飛べない。
空間湾曲で防いだとしても、足元から崩されたら海に転がり落ちて終わりだ。
このままビームに焼かれてバラバラに吹き飛ぶか、海に落下するか。
ラーラやイーグ師匠が助けに来てくれねぇか…何か策は無いのかよ、ボルゲル………
誰もいない。
洞穴の奥で身を縮めている事しかできないのか。
チクショウ、俺一人になっちまう事が最大のピンチなのかよ!
斧を地面に叩き付けた。
ツクモンがポンポンと頭を叩いた。
あ、そうか俺にはまだツクモンが居たな。
ツクモンは地面に飛び降りポンポンと斧を叩く。
何だ?何が言いたい?俺は考えた。
斧……斧の能力…あ!影移しか!
そうか!セラピムのビームを影移しで反射して、セラピムを撃ち落とす。
まだ手はある!
シーシが分身した理由。
セラピムには超高速でゆらめくものは捉えきれないバグがある。
だから単純に数を増やしただけのボルゲルの分身体は狙い撃たれてしまった。
シャルに教えてもらった秋祭りのステップ。
素早くあの動きができれば、分身は作れるはずだ。
加速装置を使えばできるかもしれない。
やるしか無い。
行くぞ!「変身!」俺は鳶口を頭上に振り上げた。
「ぴぴるまぴぴるま蒸着招来!!」
マイクラ棒から光の輪が発生し、俺の全身を引き伸ばす。
手足はスラリと長く伸び、両手足にツクモンの金の鎧が蒸着される。
よし!これでスピードは数倍になるはずだ。
「行くぞ!加速装置!」
俺は超高速移動で走り出した。
洞窟から出れば、たちまちセラピムのビームの雨が降り注いでくる。
超高速移動が出来るなら俺にも分身の術だってできるはずだ。
「レインボー影分身! 」
重力レンズによる蜃気楼分身体が10人ほど現れる。
分身体はセラピムのビームによって撃たれて消滅する。
やっぱりだ。ただの分身では正確に狙われてしまうんだ。
「まだだ」落ち着いて素早くステップを踏みながら走り出す。
分身からさらに分身が現れ十人二十人と増えていく。
できた!シャルに特訓を受けたダンスのステップワークで分身の術ができた!
セラピムは上空からビーム砲の雨を浴びせて来る。
分身体が次々と打ち消されていく。
もっともっと分身しないと!
「加速装置!加速装置!加速装置!」
二次加速!三次加速!四次加速!
もうとっくに音速の数倍の速さで走っている。
俺の走る衝撃波で周囲の雑木や石は吹き飛び、巨大な山体は鳴動を始めた。
分身はさらにネズミ算式に増えて行き、
巨人島の周囲の岩壁を"俺が埋め尽くす"という酷い光景になった。
すでに俺の分身の数の方がセラピムのビーム砲の雨を上回っている。
行くぞ!
俺の数百の分身体が一斉に立ち止まってセラピムに向き直り、正眼に斧を構えると、
セラピムは俺めがけて正確にビームを発射してきた。
「喰らえ!影移し!」
セラピムのビームは斧に当たり、一斉に反射されて撃ち返された。
反転したビームは上空の一点に集中して交差すると、それは巨大な閃光となり、世界が光と闇に照らされた。
セラピムは自らの光に焼かれて燃え崩れていく。
青く晴れた空からはセラピムは消滅していた。
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