20話「悪魔王ゴウル」だべ

「ぎょえあああいああぁああわおおぉ!!!」

森の魔女の拷問…いや治療が続いた。


「魔女ではない、森の魔術師じゃ」青髪の美少女(8000歳)が無表情に答えた。

いや、無表情のフリをしてるが、ぜったい楽しんでいやがる。


「ぜんぜん楽しんで…ない…ぞ…ぷっ」

魔女の手が震えている。

笑ってんだろーがっ!!

毎日ゲロ苦い薬草やらゲテモノ料理やらをムリやり食わされ、極太の鍼治療やら、山盛りモグサでお灸やら、寄生虫療法やら、治療法が毎回違う。

ドワーフでなければとっくに故障してるところだ。

というかなんでエルフが東洋医学なんだよ!


「倅(せがれ)のファウストが持ってきたこの秘伝書に書いてあったのじゃ」

魔女はボルゲル秘蔵の『なんでも医学』をババーンと持ち出す。

あんの野郎〜魔女にインチキ民間療法本を売り付けやがったな!


「次はどんな治療をしようかのう、感謝しろよ…ぷっ」


あああっ!今笑っただろ!チクショウ!いつか仕返ししてやる。


「さすが魔法司書室長だけあって、なかなか面白い本であるな」


「よく言うよ。この前までボルゲル殺そうとしてたくせに」


「はて?何の話でしょう」ボルゲルが神殿に入ってきやがった。ラーラとシーシ、イーグも一緒だ。

というかラーラはもう元気だな。


ラーラは自慢げに腕組み仁王立ちになり

「あの時は川の向こうの花畑に1522年前に死んだお爺ちゃんが見えたが、もう平気だ」


お前、臨死体験ばっかしてるな。

しかし呆れたタフさだ。


後ろに居るイーグお爺いちゃんはかなり重症だ。復帰にはしばらくかかるらしい。まぁ見た目は変わらず、平気で働いているのだが…いいのかねぇ。さすが昭和一桁は鍛え方が違う。


シャルたちは村の祭りが近いらしく、友人たちとキャッキャと楽しそうにダンスをしている。

奥にいるのはシャルの親かな?

ということはイーグの息子か!

「あの親」「あの祖母」の子供にしては…意外と優しげな人だね。

きっとシャルは愛されて育ったんだな。


しかしシャルさんの相手をしてるお姉さんも美人だなぁ。

シャルより少し年下、216歳くらいかな?


魔女がニヤりと笑う

「あれはイーグの嫁で5800歳じゃ」

シャルの婆ちゃんかよ!


「コヤツめ、ストイックなフリをしておるが1000歳も年下の嫁をゲットするとは、なかなかやりおるわいのう!」


そういう所だけ母親ゆずりか。

「聞こえておるぞ!」


すいません。


エルフの年齢はメチャクチャで理解できない。

「そういや、あのラ・ソラというエルフとも兄弟なのだべか?」何気なく聞いてしまったが、

魔女の手が止まった。


「ソラはエルフの娘では無い」

魔女は少し厳しい表情になった。


え??じゃあ誰の娘なのよ?


「アヤツの父親は魔王様じゃ」


なんですと〜?!


「まだ長女のソラが生まれる少し前。7950年ほど前であったか。

その頃のワシはまだ穢れも知らぬ純情、純真、純潔、清純、無色透明の清らかな美少女じゃった」


ホントかよ…


「聞こえておるぞ!」


すいません。


「そこにいきなり魔王めが現れて、あんな所やこんな所をくすぐりまくり、このワシをくすぐり地獄に陥れて危うく笑い死にさせられるところであった」


…は?ひょっとして魔王って変態なの?


「さらには口では言えぬような、あんな事やこんな事や、それはもう思い出しただけでも身体が火照るようなアレコレナニコレをしまくったのじゃ!」

魔女は顔を赤く上気させながら身を悶えている。


…なんか…喜んでないっすか?

というか魔王も酷い趣味だな。


「貴様っ!大魔王様の悪口を言うか!」


なんでやねん。


「いや、と!に!か!く!じゃ!

あれ以来、我には神通力が備わり、髪色まで青く変わり、我が子孫たちには驚異的な魔力が備わる様になった。

間違い無く魔王様がお与え下された御力によるものじゃ」


強引に話を戻したな。

すると、シャルやヤールおじ様も魔王の子孫

なのかな?


「あれらはエルフの子じゃ。魔王様の御子はソラだけじゃ」


なるほど彼女にだけ“ラ”の尊称が付くのはそのためか。


「その話をソラに教えたら、自分は魔物の子なのかと大泣きされたわ」


教えたのかよ!

ソラが聖職者の道に進んだのもそのせいかもしれないな。


しかし言われてみればソラは、髪の色や雰囲気がイーグやおじ様とはかなり異質だった。

むしろ魔族に近い。

ひょっとして…ゴウルがソラを攫ったのは。


「そう、おそらくソラを魔族にするためじゃ」青髪の美女は口を固く結んだ。


もし彼女が悪魔になってしまったら、魔法で無限に魂を喰う怪物が誕生してしまう事になる。

とても俺たちの手に負える相手ではない。


魔女は厳しく美しい眼で俺を見据えて言った。

「だがな。そなたに戦ってもらうしかないのじゃ。伝説の勇者ベロンよ」


そうか…それしか無いのかもな。

勝算は全く無い。だが今ゴウルと戦えるのは俺たちしか居ないんだ。


「ヨシ!その心意気じゃ!後は特訓あるのみ!よろしく頼むぞイーグ」


「はい、母上」

「え?」


と…いうワケでイーグ教官の鬼指導が始まった。

指導というより立花藤兵衛も真っ青の特訓地獄である。


「まず身を立てて中心を知覚しろ」

「分身は目くらましでは無い」「分身でも実体と同じ攻め気を出せ」「高速で動き回るだけではダメだ」「相手の虚実を引き出せ」「もっと相手の眼を捉えろ」「足を動かしたいなら身体を使え、身体を動かす時は足を使え」「足の引き付けを早く」「上に引き伸ばせ、膝から下に落ちろ」「左に動くなら右に動け」…………………


何か武芸の極意を言われている気はするのだが、何が何を意味しているのかがトンチンカンプンだ。

というかドワーフにエルフの動きは無理がある。

脳がヤバい。身体もガタガタで毎日ボロ雑巾の様になる。


さすがに見かねたかボルゲルが指摘してきた

「イーグ、いきなり極意から入るより、もっと単純な所作を抜き出して学ばせた上で技術をステップアップさせるべきでしょう」


ひい〜ありがたい。そうしてほしい。


シャルが不思議そうに聞く

「単純な所作とは何だ?軍師ボルゲル?」


「術の動作を分解し、一動作ごとに分けるのです。

例えば今のステップは、右の踵を左に半歩捻り出し、次に左足を後から右踵の脇に半歩差し出し、最後に腰から上を回転させて爪先でターンする。

腰から回るには上半身は真っ直ぐ立てて引き上げるのがポイントですね」


ボルゲルは、いとも簡単にステップをやってのける。ずるいぞ。


「この様に所作の流れを一動作づつ分解して教えれば、

あとはチェックポイントを並べるだけで所作の再現が可能なのです。

これなら相手の知能が足りなくても理解は進むものです」


なるほど、分りやすいが…なんか引っかかる言い方だな。


シャルも鼻歌まじりに、軽々とステップを踏む

「なんだ、秋の村祭りの踊りと同じ動きだぞ。簡単じゃないか。子どもよ」


そりゃアンタは簡単でしょうけどね!


イーグは少し考えたが、何かに気づいたらしく

「シャル、これに秋祭りの踊りを教えてやれ」

イーグはそう言い残すと、そっけなく去って行った。

いや師匠、俺が知りたいのはダンスじゃなくて…


「ハイ!おじいちゃん!よし特訓だぞ、子どもよ!」シャルはメチャクチャ嬉しそうだ。


「いやなんでやねん」


「がんばって下さい。勇者さん」

ボルゲルまで去ってしまった。


いや意味わかんねぇよ。


というワケで、シャルとのダンス特訓が始まった。

「右足を左前に差し込んで、右の腕は上だぞ、顔の位置を動かさずに正面に向けたまま、ほら、背中が曲がっているぞ。背中で腰を引き上げ、指の先まで意識するのだぞ」


いやダンスってムチャクチャ難しい!

しかし言ってる内容は、なんとなくイーグと同じことを言っている…気がする。


「いやシャルさん。もうちょっと分かりやすく簡単に…」


「こうバッと構えて、サッと来たらスッと入ってパッと行ってカキーンなのだぞ!」


簡単の意味が違う!

というか、なんでミスター長嶋なんだよ!


そもそもエルフとドワーフでは身長が違い過ぎて歩幅が合わない。


「ならば大きくなると良いではないか?なのだぞ!子どもよ」


あ、そうか巨大化すれば良いか。

「ぴぴるまぴぴるま超力招来!」


「おお!すごいぞ子どもよ、オッパイ大きいな!」シャルは遠慮なく俺の胸を揉みまくる。

いや、アンタの方が大きいやろ!

…いやしかし君が揉むんなら俺も揉んでもイ・イ・の・か・なっ!と!


「キャハハハ!くすぐったいぞ、子どもよ!」

うおおお!スゲぇええ!ヤバい。なんか目覚めそう。

そういや魔女もくすぐりには弱いとか言ってやがったな。

…これはひょっとしてっ!!


シャルをメチャクチャにくすぐりまくる。

イャヒャハハハハハ!とシャルさんは地面を転げ回った。

やった!ついにエルフに勝った!


おやおやシャルさん、そんなに足を広げていると…もっと広げちゃおうかな〜

「あっ!そこはヒャハハハハヒハハ!」

シャルは赤面しながら大笑いしている。


うわっナニこれ可愛いなあ、オジさんスピードアップしちゃうよ〜

それそれそれそれ!うっヒッヒッヒッ

俺は全身あちこちをくすぐりまくる。

そう『全身くまなく』だっ!

シャルはギャハハハハハハハハハハハハ!と笑い転げていた。


遠くの木陰からジッと見ていた魔女とイーグとボルゲルが長いため息をついた。


その日から巨大化してシャルと楽しい特訓を続けたのは言うまでもない。


変身解除すると疲労はするが、謎の気合パワーで再び変身して特訓する。

フラフラになるけどまた変身だ!

全然疲れてないぞ!変身だ!

とにかく気合で変身だ!


そして日に日に変身時間が伸びてきたぞ!不思議だ!

よし!今日も特訓だ!!特訓だ!!特訓だ!!


あ、なんか最近ダンスもできるようになってきた。不思議だな。


21話「決戦!悪魔王ゴウル」だべ


エルフの神聖魔女ラ・デの神殿前。

巨大樹の王宮広場にはエルフの各王族や高位シャーマンたちが集められ、エルフ女王ラ・デの元で御前会議が開かれる運びとなった。


北方周辺国を探っていた獣王国の忍者部隊のリーダーのゴモンさんや、教皇庁のエリート神官であるファウストたちが戻って来たので現況報告と作戦会議だ。


エルフの王族とは言っても全員女王ラ・デの御子

みこ

たちだ。

さすがイーグ師匠の弟妹たちなので、みんな精悍で美形な面構えだな。

…もっともヤールおじ様の兄姉でもあるけどな。


いや、しかしエルフの戦士はコレで全員なのか?

横に居るボルゲルをつついた。

「なあなあボルゲル、魔女の子供は300人居ると聞いただが、ずいぶん少ないだな」

「1000年前の悪魔王ゴウルとの戦いでエルフの聖戦士もだいぶ減りましたからね。

今や直系の皇子や皇女

ひめみこ

は80人ほどしか居ませんよ」


何っ?!イーグやシャルレベルの能力を持った戦士たちが、半分以上やられてしまうほど悪魔王ゴウルの力は強大なのか。


ボルゲルは少し気の抜けた声で答える。

「悪魔王ゴウルとまともに戦えるのは『金ピカ野郎』のアイツと、ラ・ソラ様だけです」


ラ・ソラか…

あの霊魂を直接攻撃できる能力ならば悪魔王にも有効なのかもしれないが、そのソラはもう居ない。

果たして俺にゴウルを倒す事が可能なのか?


ゴモンさんたち獣人忍者部隊の報告が始まると会議はいきなり荒れた


「北部諸侯国が陥落しただじゃと!」

魔女ラ・デが言葉を荒げた。


エルフたちがどよめく。

「こんな短期間でか?」


ゴモンさんの報告は恐るべきものであった。

「どの城も前線から城内まで、ほぼ抵抗する事も無く陥落しました。国内は悪魔だらけで、周辺には難民が溢

あふ

れていました」


エルフの長老でもあるイーグ師匠が静かに口を開いた。

「難民の数は?」

「約5万人。どんどん増えております」


悪魔王国の動静を探っていた教皇庁のファウストも事務的に報告する。

「法皇庁も周辺の国々や傭兵砦のトンネル群、そして「人喰い森」のキャンプに難民を収容させています。

法皇庁本隊のほか傭兵隊やゴブリンや獣人たちまで使って周囲を固めさせていますが間に合いません」


少し疑問がある。

「侵攻部隊トップの悪魔将軍はもう三人も倒してるのだに。まだ強力な魔将が居るんだべか?」


ボルゲルは少し首を傾げている。

「大魔城の中には近衛

このえ

の深沙大将

じんじゃだいしょう

サージェが居ますが、アイツが城から出るとは、ちょっと考えられませんね…」


ゴモンさんは報告を続ける。

「高空から偵察していた鳥人たちが一瞬で撃ち落とされました。

生き延びた斥候

せっこう

の話では、相手は一人の女性だったそうです。緑の髪の」


一瞬、場が凍り付いた。


ラ・ソラか!

また厄介な相手だ。しかも戦術も能力も今までの悪魔とは全く違う。

そもそもソラの能力は距離もパワーも関係ない。高空を飛んでいたラーラですら一撃で撃ち落とす相手だ、目視した時にはもうやられてしまう。

獄炎将軍ジャセや吸血鬼とは全く別次元の脅威だ。


青髪魔女は目線を落とし、イーグ師匠は目をつぶった。

彼らからすれば親子姉弟で戦う事になる。

そして神聖神子ラ・ソラの恐ろしさを一番知っているのも、このエルフたちだ。


「ん〜まずいですね」と、ボルゲルが顔に手を当てる。

「今回の相手であるソラ様はどこから出現するか私にも計算できません。

そして北方が陥落した今、悪魔軍はあらゆる方向からエルフの森に攻める事が可能になりました」


魔女ラ・デが鋭い眼で地図を指差す。

「ヤールに命じて恐竜どもに森の北側を守護させる」

なるほどモフモフ恐竜なら大き過ぎて霊波光線が効かない…かもしれない。

だがそれはラ・ソラが以前と同じ戦闘力だと仮定した場合の話だ。


以前の彼女は敵のオークや獣の命までは奪わなかった。彼女の戦い方からは、なんとなく争いを嫌う優しさが感じられていたものだが、今や悪魔に取り憑かれてしまい、わずか数日で北方数カ国を滅ぼしてしまった。


この先リミッターを解除した『大魔王の娘』はどれほどの災厄になるのだろうか?見当もつかない。


「ムリですね防衛すると言っても北方の国境全てでは範囲が広過ぎます」

ボルゲルが背もたれにのし掛かる。

女王の青髪魔女が睨むが、黙って目を閉じたままのイーグが「続けろ」とうながす。


軍事に関してはイーグがエルフ界の大将だ。

いくら女王君主といえども大将軍イーグの決定に口を挟む事は許されない。


ボルゲルはうなずいて続ける。

「どれほど防御を固めても、相手がどこに現れるか?戦力と地形を絞り込み、予測できなくては必ず後手後手となります。

こうなっては現状の数倍の兵力でもまだ足りない。『後に備えを設くる者は上聖にあらず』ですね」


「どういう意味だべ?」


「相手の動きを見てから動いていては、こちらの戦力が分散してしまうという事です。

戦は常に2手3手先を考えて先手を打たないと」


「策は無ぇだべか?ボルゲル」


ボルゲルは顔に手を当てたまま言う

「ん〜ひとつだけあります。

敵の勢力が北方に急拡大しているのであれば、本拠地が手薄になっている今が最大のチャンスとも言えますかね」


「奇襲攻撃か」イーグが眼をつぶったままつぶやく。


ボルゲルはようやくいつもの魔物の笑顔を浮かべ、テーブルの上に両手を広げた。

「そうです。

相手を弱めたいななら強くさせよ。

衰退させたいなら肥大化させよ。

縮めたいなら伸ばせ

奪うならば与えよ。

戦線が拡大すればするほど兵力は分散し、勢いは鈍るものです。

敵の勢力が北方に急拡大しているのであれば本拠地が手薄になっている今が最大のチャンスであるとも言えますね」


「なるほど敵の本拠地を直接狙うだべか、孫子の兵法だな!」


「老子の教えです」


「…………」


イーグが眼を開いた。

「悪魔王ゴウルとの直接対決を開始する!

各自、北方国境より兵を退き、この渓谷に全防御戦力を集結させよ!

断崖部の森林を防衛ラインとして獣人部隊を散開し時間を稼げ。

姿を見せるな。戦闘は極力回避せよ。

悪魔城への突撃は旧『黄金の翼』のメンバーと勇者ベロンで実行する。

出発は明日の朝未明。決行は死霊の活動が鈍る昼間とする。

明日の夜明けまでに準備!以上解散!」


総大将であるイーグの号令で一斉にエルフや獣人たちが持ち場に戻った。

さすが師匠。まさにエルフの大将軍だな。


悪魔城に突撃か。

そうだな、今はそれしか無い。

休める時に休もう。

食える時に食い、寝れる時に寝る。それが『現場』で生きる者の仕事の内だ。

俺はヒョウタンを開けてドワーフ火酒を一杯ひっかけて寝る。

いや、もう一杯飲んでおこう。

いや、念のためもう一杯。


早朝。

まだ薄暗い早朝の空。太陽はまだ出ていない。

雲のシルエットが薄明るく広がっていた。

なぜか二日酔いで頭痛が痛い。


我々は少数で直接悪魔城へ不意討ちを仕掛ける事にした。

もうエルフたちの軍勢は全員集まっている。


夜の篝火

かがりび

を炊いた薄暗い神殿の前では、一晩中神聖女王ラ・デの祈祷が続いていた。

諸星仮面のシャーマンたちの奥にエルフ女王のシルエットが見えた。


祈祷が終わると神馬人たちは、エルフの神聖女王ラ・デより大魔王の黄金の「降魔の剣」を渡される。

神馬人たち二人は畏まって「降魔の剣」受け取った。


今回は神馬人のシーシとラーラにもツクモンの黄金の盾が渡され、エルフの降魔の剣を背中に差している。

悪魔王との決戦だ。そして神馬人たちにしてみれば一万年前から予言されていた戦いでもある。


ヨシ!俺も決戦に備えて戦の準備せのばな!


備品点検ヨシ!服装点検ヨシ!安全保護具ヨシ!器具点検ヨシ!弁当ヨシ!むかえ酒…いや水分補給ヨシ!

あとはラジオ体操だな!ご安全に!


さてファウストはと言えば、金糸の刺繍

ししゅう

が施された教皇庁神官の礼服をまとい、ニコやかに手を振りながら歩くと、エルフの婦女子がキャーキャーと追いかけている。

アイドルかよ!


「ハイハイみなさんお静かに。ではツクモさん頼みますよ」

とファウストが手を挙げると、空から黄金のツクモンロボが飛んで来て、ファウストの身体に合体して黄金の鎧となって装着される。

まばゆい金色の光が広場を照らしエルフの戦士たちからも「おお〜」と感嘆の声が上がる。


荘厳な教皇庁神官の礼装の上に黄金の鎧。

黄金に輝く盾と剣を持ち、さらに背中には金のツクモンロボの翼が広がる。

まるで黄金の天使というか、絵に描いた様な聖戦士だな。


これが伝説の勇者『黄金の翼の戦士』か……

一人だけカッコ良くてズルいぞ!


エルフの娘たちは黄金の翼を装着したファウストの周りに群がりキャーキャーと騒いでいた。

シャルとラ・デまで一緒になってな!

まるでビートルズかGSのコンサートだ。


同じ勇者なのになぜか格の違いを見せ付けられた気がする。

まぁ俺は美少女だけどな!


「ではみなさん参りますよ」

ファウストが声を掛けるとエルフ総大将のイーグがうなずいた。

「出陣!目標は東方悪魔城!神聖大魔王尊のご照覧あれ!」


イーグが叫ぶとエルフの戦士たちが一斉に剣や槍を振り上げ鬨

とき

の声を上げた。


ファウストが黄金の翼を広げ、先行して飛び発つ。

俺はボルゲルに乗り、

シャルとイーグ師匠は神馬人のシーシとラーラに乗り、ツクモンは俺の頭の上に乗る。


俺たちは、まだ薄暗いエルフの渓谷を飛び立った。

上空に昇ると金色の朝焼けにドワーフ山脈の黒いシルエットが浮かぶ。

さらに高空の雲を超えると朝陽の光に染められた赤茶けた砂漠が広がっていた。

この砂漠の中に悪魔たちの城があると聞く。


「なあボルゲル、なんで悪魔は砂漠の中に住んでるんだべ?」


「古代都市国家の跡地ですよ。もともとそこで信仰されていたカルトの悪霊たちが巨人の力で実体化したものだからです」


「悪魔大魔城って古代都市だったのか?」


「ええ、人間たちは巨人に滅ぼされ砂漠になってしまいましたけどね、それによって新たに巨人に創られたのが悪魔王ゴウルです」


巨人が都市を滅ぼして、悪魔王を造ったのか…


「巨人は神でもあり悪魔どもの創造主でもあります」


そういえばシーシたちも同じ事を言ってたな。

都市を滅ぼすという意味なら理解できるが、

悪魔を創造したってどういう意味だ?

悪魔を実物にしたという意味か?

いったい巨人とは何なんだろうか?


すっかり太陽が昇って来た。日差しが暑くなって来る。もう砂漠の中ほどまで来ただろうか?


先行するファウストから合図が来た。

「もうすぐ悪魔城の都市に入ります!頭上から来ますよ!低空へ!走って!」

ファウストの指揮で、総員超低空飛行に移る。

ボルゲルや神馬人は地上を走った。

前方に何かドーム状の砂嵐の固まりの様なモノが見える。バビルの塔かな?


だんだん砂嵐の様な黒雲へ接近して行く。

デカいな!都市が丸ごと砂嵐のドームに覆われているみたいだ。


「先行する!」と言ってイーグとシャルが飛び出した。

二人を乗せた白馬のシーシと黒馬のラーラが一気に前方に駆け出す。


「来ましたよ!頭を下げて!」ボルゲルがさらに低く走る。

左右前方からポツポツと黒い陽炎の触手の様なものが迫って来る。

いや陽炎ではない!あれ全部が湖で見た人の魂を喰らう「幽鬼」だ!

都市を覆う砂嵐のドームの様なモノは全て幽鬼のバリアだったのか。

いったい何万匹居るんだ?!


「陰風

いんぷう

防壁(※)ですね。あれに取り込まれると魂を喰われて死にます」

ウゲっ!最初からトンデモねぇ防御壁だ。


(※)陰風

いんぷう

:不気味な風、亡霊などの出現のさいに発生する風のこと)


イーグとシャルは左右に別れ、疾走する馬上からエルフの降魔の剣を振るって幽鬼の大群を次々と消滅させる。


ファウストが前方に飛び出し誘導する

「あの隙間を駆け抜けてください」


「こっちだ!我に続け!」

イーグが先行して幽鬼を斬り飛ばしながら俺たちを呼び寄せる。


俺たちも突入しようとすると、シャルとシーシたちは真横に走り出して幽鬼の群れへと斬り込んでいく。

「おい!シャル!方向が違うだぞ」


ボルゲルが静かに答える

「囮

おとり

は彼女たちに任せて、我々は城に突入します」


「シャルが囮

おとり

だと!シャルを置いてく気だか!」


俺たちがが走り抜ける横ではシャルとシーシたちが黒煙の様に渦巻く幽鬼の群の中を走り回り、剣を振るっているのが見える。


俺はとっさに腰の瓢箪

ヒョウタン

を投げた

「シャル!これを使うだ!」

親父からもらった酒が溢

あふ

れる魔法の瓢箪

ヒョウタン

。俺たちドワーフの宝だ。


シャルはヒョウタンを受け取るとこちらを向いて笑った。

シャルが瓢箪

ヒョウタン

を振り回すとドワーフ火酒が溢れ出る。


「赤熱!」俺は斧をブン投げるとドワーフ火酒が燃え上がった。

その酒をシャルが操作すれば炎の竜が暴れ回る。

水のエレメンタラーであるシャルならこの炎の竜を自在に扱えるはずだ。


赤い炎の竜は踊る様に次々と幽鬼を消滅させて行った。

シャルは優雅なダンサーの様に剣を振るい炎の竜を操っている。その姿はエルフたちの村祭りのダンスに似ていた。


やがて赤い炎は薄暗い大気に飲まれて行き、シャルたちは黒い陽炎

かげろう

の中に消えて行った。


頼んだぞ親父!長老!ドワーフの仲間たち!

シャルを守ってくれよな!


俺は振り返るのをやめた。

「進め!ボルゲル!」

俺たちは幽鬼の防壁を突破した。


先行するファウストが叫ぶ。

「城壁が見えます!」


前方に赤茶色に燻

くす

んだ高い壁に囲まれた古代都市が見える。

その奥の中央にマヤ文明のピラミッドに似た巨大な石造りの神殿がそびえていた。

「あれが悪魔の大魔城!」


一人先行するイーグがラーラの鎧

あぶみ

の上に立ち乗りになって、振り向きもせず叫んだ。

「城壁を破壊し、直接魔城へ突入する!我が後ろに続け!」

イーグは金色の剣を振り上げ、真っ直ぐ壁に向かって走って行く。


イーグが金色の降魔の剣を天空に振り上げれば、たちまち空が白く輝き、黒雲が現れる。稲妻が走り、空から白い竜巻が大蛇の様にウネリながら降りて来た。


「冷気召喚!夜光雲剣

やこううんけん


大気中で最も低温の中間圏界面からマイナス100度の冷気を呼び込む。

巨大ゴーレムを破壊し、ドラゴンを落としたあの大技か!


白い竜巻は我々の前方の地上を舐める様に進み、城壁から奥の市街地にかけて真っ直ぐ凍らせて行く、

さらにイーグが悪魔城に向けて金の剣を振り下ろすと、天空から無数の砲弾の様に、巨大な雹が高速で撃ち込まれた。

たちまち城壁や市街地は巨大な雹により粉砕され、堀割りは瓦礫と雹で埋め立てられる。

一本の真っ直ぐな氷の棒道

ぼうみち

が通った。


氷で埋められた堀と城壁を飛び越え、悪魔城壁内の市街地に突入する。

「敵の反撃はありませんね」

ボルゲルが様子を見る

「城塞の脇腹から直接突入されたため伏兵を仕込む余裕も無かった様ですね」


「うむ、孫子が言う『後に備えを設くる者は上聖にあらず』ってやつだべ」


「それは六韜

りくとう

の教えです」

「あ、そう…」


突然、道の中央に立ち塞

ふさ

がるように巨大な青い魔人が一人立ちはだかっている。


青い巨体に、炎の様に逆立った白い髪。黒いツノ、首には髑髏

ドクロ

のネックレスをしている。

腹にも白い少女の顔があり、白い顔には真っ黒な目に赤い瞳がこちらを見回していた。


ボルゲルが身構えた。

「出ましたね深沙大将サージェ、悪魔王ゴウルの近衛

このえ

であり、この砂漠を守護する人喰いの魔将です」


あれが吸血鬼のボスキャラか!


「変身です!」ボルゲルが叫んだ。


「おう!雷神んぐ超変身!」

俺は腰の鳶口

とびくち

を引き抜いた。

「ぴぴるまぴぴるま蒸着

じょうちゃく

招来!!」

金色のツクモンロボが現れて光の粒子になって飛び散り、俺たちを光が包んだ。

マイクラ棒から光の輪が発生し俺とボルゲルを包む。

俺の全身は引き伸ばされてナイスバディになり、両手足にツクモンの金の鎧

よろい

が蒸着される。

ついでにボルゲルにも金色の鎧が蒸着

じょうちゃく

された。

「ライガーゾイドか!」

「虎ですが…」


「行くぞライガー!ムラサメソードだ!」


「ハイハイ」ボルゲルの両脇から、銀の刃の付いた翼が広がる。

ホントに有るじゃねーか。


この金の鎧、雷神んぐフォームは常時「ぴぴるまON」の加速状態だ、スピードもパワーも数倍の威力がある。

俺は翼の上に立ち上がり、金の斧を振りかぶる。

今度の金色の斧はツクモンロボのボディでできている。これで斬られた夜叉や吸血鬼は再生できないはずだ。


「ダブルトマホウク!ブーメラン!」

高速回転する斧がサージェに飛ぶ。

深沙大将サージェは矛

ほこ

を振ってガードしたが、金のダブルトマホウクは矛

ほこ

ごと切り割り、サージェの両腕をはね飛ばした。


サージェが無防備になる瞬間、すれ違いざまにボルゲルの翼がサージェの両脚を斬り落とす。

俺たちが踵

きびす

を返して振り返ると、サージェもまたこちらを振り返った。


その瞬間、背後からファウストがサージェの首を切り落とした。

アイツまたおいしい所を持って行きやがる。

どっちが勇者だか分からないわな。


サージェの青い巨体が倒れ、首に巻いていた髑髏

ドクロ

のネックレスがバラバラに転がった。


やったか…

あれ?


サージェの腹部の白い顔が起き上がり、首がグルリとこちらを向き、口から光線を吐く。

「超音波メスか!」

とっさに斧を構え「影移し」で反射する。

跳ね返された超音波メスはサージェの青い巨体ごと白い顔も切り裂いた。


だが白い顔はすぐ復元し、サージェの青い腹から白い裸体の少女が分離して立ち上がった。

黒い長髪に白いツノ、黒い眼球に赤い瞳。

白い裸体からは数本の手足が生え、全身に黒い模様が描かれている。

白い顔がニヤリと笑うと

全身にある無数の眼球や牙の生えた口が開いた。


「ヤクシニー(夜叉)!」


さらに転がっていた髑髏

ドクロ

から半透明の手足が生え、九体の骸骨

ガイコツ

がユラユラと立ち上がり八方から一斉に光線を発射される。

ギョエエエ!光線の嵐かよ!


「オラあ!」イーグを乗せたラーラが剣を抜いて走り込んで来た。

ラーラは馬人から人間体に変わり走りながら骸骨

ガイコツ

を薙ぎ払う。さらにその背後からイーグが飛び出し、夜叉の首を刎

はね

た。

エルフの降魔の剣で斬られれば夜叉とはいえ回復できないはずだ。


だが夜叉は自分の首の髪を掴み持って振り向く。

白い首がニヤリと笑う。

「首を切り落としても死なないのか?!」


夜叉

ヤクシニー

の首の切り口からさらに数個の顔が現れた。

胴体にも小さな顔や口が現れ、さらに背後から数本の手足が生えてくる。


(ウゲっ!なんちゅう化け物だ!)

白い身体に大量の頭と手脚がうごめく。

そこには無数の口が開き悪魔の笑い声をたてる。

ラーマヤーナに出てくるボスキャラに似ているな。


夜叉は全身の十数個の笑う口から一斉に光線を吐く。


骸骨

ガイコツ

たちもまた一斉に口から光線を浴びせる。

イーグは素早く回避するが、さすがに相手が多すぎる。


「イーグ!使いなさい!」

ファウストが金の盾を投げ渡した。


「急ぎましょう」

ファウストは現場をイーグに任せて、さっさと先に行ってしまう。

ボルゲルとラーラもそれに続いた。


イーグは4体に分身して金の盾を身構える。

いつもなら5、6人になれるのに…まだ傷が完治してないのか。


思わず叫んだ。

「負けんな!師匠!」


俺の声にイーグは少し微笑んだ。

イーグが笑うのを初めて見た。


俺たちは都市の中心目指して走り、巨大ピラミッドのど真ん前の広場に出た。


ファウストが叫ぶ

「正面!真正面です!あれが悪魔城の中心線です!」


「よっしゃ!」

俺は走るボルゲルの上で斧と鳶口を構える。

「波導ガン!」

巨大な光の竜巻が悪魔城をサクッと貫通する。

暗いトンネルの向こうはポッカリと砂漠の地平線が見える。

やっぱ宇宙の果てまで貫通してるのかなコレ?そう考えると恐ろしい兵器だ。


貫通したトンネルを進むと霊廟

れいびょう

の様な広間がある。中はかなり広く暗く、古

いにしえ

の王たちの像と古代紋様で埋め尽くされていた。


「悪魔の紋様に似ているだな」

「古代の悪魔礼拝の神殿ですよ」

ボルゲルが解説した。

なるほど、ここがゴウルの本拠地か。


その時、横に居たラーラが青い光に撃たれて突然倒れた。

これは…霊波光線?!


俺はとっさに斧を正眼「影移し」に構えた、光線はこれで反射できる…たぶんな。


ボルゲルがラーラに向かって咆吼

ほうこう

一喝

いっかつ

するとラーラは飛び起きた。

「川の向こうの花畑に…」

とりあえずラーラの方は臨死体験から戻ったようだ。


暗闇に目をこらすと奥に白く輝く人影が見える。

やはり…

そこには悪魔化されてしまったラ・ソラがいた。


緑の美しいショートヘアからは赤いツノが生え、露出度の高い白いドレスを着ている。

右手には杖を持ち、全身は金の装飾や宝飾で着飾っていた。

だが全身や顔には悪魔の紋章が浮かび、

深い神界の宇宙を写していた瞳の色は真っ赤に光っていた。

魔物!

以前の貞淑

ていしゅく

で物悲しげな聖女の姿からほど遠く、そして痛々しくもあった。


ソラはニヤリと笑うと右手の杖を振り下ろす。

突然、全面の空間が歪んで跳ね回った。

身体が浮き上がり、足元の地面は跳ね上がり、俺たちは空中に弾き飛ばされる。

地面がめくれ石畳は吹き飛んでゲンコツ大の石が飛び回る。

これじゃあ上か下かも分からない。


「これは空間振動波!あれは「魔王の杖」の魔法です!」ボルゲルが叫んだ。

なぬっ?あの杖はハンマーか!

ゴウルの野郎ドワーフの神器を勝手に改造しやがったな。


俺はなんとか宙返りして着地したが、その瞬間に霊波光線の青白い光を浴びてしまった。

「しまった!」これを狙っていたのか…

意識が遠のき目の前が真っ暗になり、上空に光が見えてきた…あ、花畑だ…

ドスン!!と体当たりで弾き飛ばされ俺は転げ廻った。


「うぎゃああああ痛ててて…あ?意識が戻っただ」

というか全身がクソ痛い。


「しっかりしなさい!勇者ベロン!」


ボルゲルか!

とっさに体当たりして意識を戻してくれたらしい。

危ねぇ〜あやうくお花畑に行く所だった。

「つかツクモン鎧で体当たりするんじゃねぇよ!死ぬかと思ったべ!」

とりあえず八つ当たりしながら斧を正眼に構え直す。


ソラが再び杖を振ると、また空間の歪みが津波の様に押し寄せて地面や内壁を激しくバウンドさせる。

重力の方向が上かも下かも分からない。とても体勢を維持できない。そこへ霊波光線が飛んで来る。

「ちょっ!」

俺たちは左右に転がり回って避ける。これでは斧を構えてるヒマが無い。


ファウストがヒラリと地面を蹴りながら空中から指示する

「空間湾曲です!勇者ベロンあなたも同じ武器を使えるでしょう」


あ!そうか!

「ディバイディング!」 

前方の空間一面に空間湾曲の壁を造ってソラの空間振動波を相殺する。

境界面の向こうでは空間がグニャグニャに歪んでいるが、こちら側では空間の跳ね回りはピタリと止んだ。


悪魔ソラは霊波光線を発射し続けるが空間湾曲がバリアになって霊波光線を屈曲させる。

よし、このまま押し返せば…


ソラは杖を頭上に振り上げ、左手を正面に差し出して構えた。


「ん?何をする気だ?」


ソラは左手で光の壁を造り始めた。それはだんだん分厚く巨大になり、霊廟全体を包んで行く。

目の前は一面全て光る壁になって押し寄せて来る。


うゲゲっ!こんなのどうやって防御するねん!

斧で反射してどうこうできるレベルの大きさではない。


ソラはコツコツと静かに歩き出す。

光がジワジワと押し寄せ、空間湾曲バリアから光線が浸透し始めて来た。

「ち、ちょ!ちょっとまてっ!」


空間湾曲バリアを浸透し始めた光が、だんだんこちらに漏れ出して来た。

この光に触れると、あっという間にお花畑に直行だ!

今度はこちらがジリジリと押されて来る。


クソっ!いや!こんな時こそ俺には仲間がいる!きっと背後から逆転イッパツの!と…思ったらボルゲルもラーラも、ちゃっかり俺の背後に逃げ込んでいやがった。

コラっ!お前ら!


そりゃそうだよな、魔王の杖相手に戦えるハズも無ぇよなっ!


「うギギギギギ!」

気合でなんとか持ち堪

こたえ

ようとは思うが、気合でどうこうできる相手では無い。


ソラがもう目の前まで迫って来た。

手を伸ばせば届きそうな距離だ。

目の前に居るソラが赤い瞳を光らせ、微笑みながら杖を振り上げるのが見えた。

ええっ!ヤバい!こちらの空間湾曲バリアをハンマーの魔力で相殺する気だ!

どうすりゃいい!!


ソラが杖を振り下ろすと黒い稲妻が亀裂の様に走り回り、俺の空間湾曲バリアはバチン!と弾けて消え去った。

俺たちの周りはゆっくり光の“ぬりかべ”に飲み込まれて行く。


あ…死ぬ…

と、思ったその時、ファウストの両腕が背後からソラを抱きしめていた。

ソラは驚きの表情とともに、赤く輝いていた瞳がもとの透明な世界の色に変わる。


その瞬間、ファウストの黄金の剣がソラの胸を刺し貫いた。

剣は背後に居たファウスト自身の身体も貫通し、背中から切っ先が突き抜けて血が滲み出ている。


あっという間だった。

あいつ自分ごとソラを刺し貫いたのか!


ファウストが黄金の剣を引き抜くと二人の血が吹き出した。

ソラの白いドレスとファウストの白い法衣が真っ赤に染まる。

魔王の杖はソラの手から落ちてカランと軽い音を立てる。


ソラは虚空を見つめ涙を流しながら、手探りでファウストの手を握り、ゆっくりと瞳を閉じた。

二人は抱き合ったまま地面に膝を着いた。


ファウスト、お前、こんな形で…

一言の言葉も交わす事無く二人は去って行った。

俺たちはファウストとソラの最期を見送る様に立ちつくした。


突然、ソラの身体から真っ黒な幽霊の様なものが激しく噴き上がっていく。


ボルゲルが叫んだ。

「来ますよ!本体です」

「何っ?!」


巨大なツノと無数の長い翼。

薄黒い魔物の影に二つの赤い光がまばゆく光っている。


「悪魔王ゴウル!」


真っ黒の巨大な影から二つの赤い眼が光る。悪魔王はギャァアアアアアア!と悲鳴の様なおぞましい咆吼

ほうこう

を発した。


俺はとっさに斧と鳶口を構えた。

「波導ガン!」「波導ガン!」「波導ガン!」光の竜巻が次々と奔

はし

り、悪魔城の壁をボロボロに突き抜いて行く。

だが悪魔王ゴウルは平然としている。


「全力で波導ガン連射してるのに効かねぇだか!宇宙空間をも破壊する大魔法なんだぞ?!」


「無駄です!」

ボルゲルが叫んだ。

「あそこに見えるゴウルとは時空間の歪みの影です。本体は別時空に同時に存在し、一方的にこちら側に干渉し続ける存在なのです」


何そのインチキ設定。


「悪魔王ゴウルはソラの肉体から離れて弱体化はしましたが、今倒さないと、いずれまた強力な魔法使いに受肉して復活してしまいます!」


そんな事言っても悪魔王ゴウルには熱も光も衝撃波も空間破壊も通用しないじゃねぇか!

どうすりゃいい!

ちくしょう!なんちゅう化け物だ。


悪魔王ゴウルの赤い目が光り、腕をこちらに振り出した。

巨大な腕の影が遠近法を無視してこちらに向かって伸びて来る。


「真空斬り…」

必殺技を詠唱する間も無く、ドスン!と体内に強い衝撃を感じた時には、俺もボルゲルもラーラもまとめて吹っ飛ばされて壁に叩き付けられた。


壁に叩き付けられた拍子にマイクラ棒がカランカランと転がり落ちる。

(しまった!)

空間制御による変身が解除されてしまい、

俺はちんちくりんのドワーフ美少女に戻ってしまった。

変身解除とともに光る鎧も消え、頭の上にはツクモンが居た。


悪魔王ゴウルの影は再び腕を伸ばして俺に掴みかかって来た。

ダメだ、避けきれない!


ゴウルの巨大な爪が目の前に迫ったその時、悪魔王ゴウルは青白い光のオーロラに包まれ動きを止めた。


(何が起きた??)


輝くオーロラの中を見上げれば、そこにはまるで天使のような姿に変わったソラが宙に浮かんでいた。

光の聖衣をまとい背中から光の翼が広がり全身から光を発して幻想的な光景だった。

あの姿は…神聖大魔王尊天の膝に座っていた天使の少女の像。

あれが神聖神子であるラ・ソラの本当の姿なのか。


悪魔王ゴウルは霊波光線のオーロラに捕まって動けない。


(いやまて、ソラはさっき…)


見回せば、地上にソラは居た。

血まみれのファウストとの前に赤いドレスのラ・ソラが静かに両手を組み、祈る様に横たわっている。

ソラが二人居る??

ならばあの天使は…

そうかソラは自分で霊波光線を浴びて魂を分離させたのか。


よし今だっ!

俺はとっさに立ち上がり斧を構えようとしたが…あれ?

いつの間にか手元から斧が消えていた。


あわてて見回すと金色の斧が空中に浮かび、ファウストの方へ飛んで行くのが見えた。

血まみれのファウストは立ち上がり、ハンマーを使ってマイクラ棒と斧を引き寄せたのだ。


「ファウスト!生きてたのか!…いや返せコラ!」


ファウストはこちらに微笑みながら言った。

「勇者ベロンよ。なぜ大魔王尊様がこの世から消えてしまったのか教えてさしあげますよ」


ファウストは両手の斧と鳶口

とびくち

を悪魔王ゴウルに差し向けた。

二本の杖の間で激しく電光が光り、黒い稲妻が走る。


波導ガン?いや違う。

身体の中を振動が通過していくのを感じる。だがこれはただの振動ではない。

この空間自体が鳴動している感じだ。

いったい何が起きているんだ?


ソラの杖がファウストの足元から浮き上がり、クルクルと光の筋を描きながら回り出す。

まるで光る球体の様だ。


「見たまえ、これが大魔王様の杖の本当の力です」

斧と鳶口

とびくち

を近づけると、さらに激しく電光と黒い稲妻がきらめいた。


「大魔法!ブラックホール!」


空間が激しく振動して俺たちの身体の中を別次元の空間が通過する。

激しい光が飛び散り、同時に周囲から黒い稲妻が発生した。

空間が歪み、破れ、重なり、破けた空間から黒い稲妻がはしり回る。

やがて黒い稲妻は杖の先端に全て吸い込まれて行き、次の瞬間、光とともに黒い球体が出現してファウストたちを飲み込んでいった。


ボルゲルが叫んだ。

「マズい!力場崩壊です!すぐにこの場を離れるのです!」


なんじゃそりゃ?


「マイクロ・ブラックホールですよ!地獄の穴が開いたのです。呑まれると永遠に宇宙の闇の奥に堕

おち

続ける事になりますよ!」


ボルゲルは俺を咥

くわえ

ると外に向かって駆け出した。

俺はあわてて頭上のツクモンを押さえる。

ラーラも馬人体に変身して全力で走り出した。


黒い球体からさらに黒い稲妻が奔り、真っ黒な空間がズンズン広がっていくと、

悪魔大魔城は空間鳴動とともに崩れ始め頭上からはピラミッドの悪魔像を掘り込んだ支柱や梁の巨石が崩れ落ちて来る。


ボルゲルに咥えられながら後ろを振り返えれば閃光と黒い稲妻の中で、闇に飲み込まれていたはずのファウストとソラの姿がある。

ソラは元の姿に戻っていた。

あの異世界を映す美しい瞳が俺を見て、優しく微笑んでいる。

二人は光る法衣を身につけて、寄り添いながら穏やかな表情でこちらを見ていた。


「ようやく一緒になれたのか…よかったな」


彼女が微笑むのを初めて見た。

不思議だな…二人は幸せそうに見える。

ソラの光る法衣は花嫁衣装にも見えた。

そして二人は闇の中に消えて行った。


俺たちは崩れる古代都市を走り抜け、城壁の残骸を飛び越えて、砂漠の中に飛び込む。

着地の勢いで俺は放り出され砂漠の砂の中に頭から突っ込んだ。


ゲホっ

全身砂まみれだ。

振り返ると地鳴りと共に悪魔城は崩れながらもうもうと砂煙を舞い上げている。

そしてピラミッドの中から巨大な黒い球体が膨らんで廃墟の古代都市を飲み込んで行くのが見えた。


あれに飲み込まれたらヤバそうだ。

俺たちは間一髪、砂漠に飛び出して助かった様だ。


あ!いやちょっと待て!あの古代都市には深沙大将サージェと戦っていたイーグが居る!

それに幽鬼の大群と戦っていたシャルとシーシは!


「三人とも無事ですよ」白虎のボルゲルが目線を送る。

振り返ると砂漠の向こうから白馬のユニコーンに乗ったシャルとイーグが駆けて来るのが見える。

みんな無事だったか、よかった。


ユニコーンのシーシからイーグ師匠が飛び降りる。

「勇者ベロン。ゴウルの消失と共に夜叉も幽鬼も消え去りました。悪魔は滅びたのです」


消えた?


巨人に創られた者…か

配下の悪魔もまたゴウルの影だったのだろうか。


轟音とともに大魔城は崩れ落ち、闇の球体に飲み込まれていった。

時々激しい閃光と黒い稲妻が見える。

闇の球体は、音も無く全てを飲み込みながらゆっくり消えはじめ

そして突然、空中の一点に闇が収束し、全てが荒野になった。


何も無い…

砂漠の地平線と空だけが広がっている。

むき出しの平らな地面の上に、金色の斧と鳶口とハンマーがきちんと並んで置かれていた。


ボルゲルは調べる様に魔王の杖の周りをゆっくり歩いている。

「ブラックホールを使った時空破断です。悪魔王ゴウルは永遠にこの世から消え去りました」


永遠にこの世から消え去った…これがファウストの『大魔法』なのか。

俺は斧と鳶口を拾った。


「ファウストは?」


ボルゲルは目をつぶり首を振った。

「彼らもまた因果地平の二次元データとして永遠の闇に堕ち続けるのです」


「永遠の闇…」

寄り添いながら闇に包まれて行った二人の姿が浮かんだ。

そしてラ・ソラの最後の笑顔。


ファウストたちは地獄で永遠の愛を誓ったのだろうか、それとも…


晴れた雲ひとつ無い青空の真ん中に砂漠の地平線がカッチリとどこまでも広がっている。


俺にはあの二人が別な世界に旅立って行った様に見えた。

あの彼方。あの空の向こうに彼らの行った世界があるのかもしれない。



つづく!だべ





あとがき

 【ボルゲルのファンタジー用語解説】

さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。


⚫︎ GS(グループサウンズ)

ビートルズやベンチャーズなどの海外のアイドルグループや、それを模倣した男性グループバンドですね。

ドリフやクレージーキャッツは含まれません。


⚫︎ 老子の教え

まさにこれを縮めんと欲すれば、必ず之を張る。

まさにこれを弱めんと欲すれば、必ず固く之を強くす。

まさにこれを廃せんと欲すれば、必ず固く之を興す。

まさにこれを奪わんと欲すれば、必ず固く之を与う。

これを微明(びめい)という。(老子第三十六章)


⚫︎ 深沙大将(じんじゃだいしょう)

砂の中から現れ青黒い顔、ドクロを首輪に巻き、蛇を掴み、腹には女性や子供の首が付いている仏教の守護神と言われます。

ちなみに西遊記の沙悟浄のモデルは、この深沙大将の事です。


⚫︎ ラーマヤーナのボスキャラ

「ラーマーヤナ」に出てくる羅刹王「ラーヴァナ」ですね。

10の頭、20の腕で山のような巨体だとか。

しかし毎回思うのですが、これでどうやって動くのですかね?


皆さんもぜひお試しください。ではまた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る