19話「吸血鬼ターミ」だべ

吸血鬼ターミは地上に降り立つと黒いドレスに銀色に輝くロングヘアをなびかせながら真っ直ぐ歩いて来る。

その金色の瞳を見た瞬間、背筋が凍り身の毛がよだった。

「ダブルトマホ…

すでに目の前にターミは居た。

目の前に金色の瞳が凝視している。


ターミは斧の刃を掴み、バチンと砕いた。

何っ?!鉄を握り潰しただと?

足元に鉄塊の破片が落ち、斧の柄だけが残っていた。

ドワーフの神器が一瞬で破壊された。

吸血鬼は無表情の冷たい金色の瞳がこちらをジッと見つめている。


「く!加速!…

その瞬間、俺の身体はパーンと吹き飛んだ。

変身は解除されドワーフの美少女がゴロゴロと転がっていた。

吸血鬼ターミは俺の鳶口を持ち歩いて来る。

いつの間にか奪われていた。


ダメだ!全く歯が立たない。

とっさに跳ね起きて、斧…だった棒きれを構える。


吸血鬼ターミはこちらにゆっくりと歩いて来て、鳶口でムチの様に俺の足を打った。

「ぐあっ!」

また俺は地べたに転がった。

足の骨は砕けて折れ曲がり。鳶口の鎌で足の肉がちぎれて裂け、血が吹き出た。


吸血鬼ターミは血を見て口が裂けたほど微笑んだ。

「なんだい、意気地の無い声を立てて、情けないじゃないかえ」


こんにゃろ…

俺が顔を上げると片手で首を掴まれ持ち上げられる

「グボっ」

息ができない。

足をバタつかせると血が吹き出た。

吸血鬼は足の血を掬い舐める。

「ドワーフの血はどれも酒臭いわい」

テメぇ!ドワーフを食ったな!

ダメだ呼吸ができねぇ。目の前が暗くなる。

斧だった残骸が俺の手から落ちて、カランと乾いた音を立てた。


「おらあ!」

シャルを乗せたラーラが突っ込んで来た、が、

「バシッ!」

鳶口の一撃でラーラは弾き飛ばされ、折れた翼と羽毛が飛び散り舞った。

凄まじい打撃力で破壊された鳶口の鎌は消し飛び、こちらもただの杖に戻っていた。

ラーラは腕が折れ曲がり、片方の翼はもぎ取られ人間体に戻ってしまった。

乗っていたシャルも落馬して投げ落とされている。

「シャル…ラーラ」

シーシが駆け寄る。

来るな!逃げろ!もう声が出ねぇ…


急に冷たい雪が顔に当たる。

上を見上げると頭上にイーグが黒雲を呼んでいた。

空一面に稲妻が走っている。


「おやアイツはお前ごとアタシを消し去る気だねぇ」

吸血鬼はニヤリと微笑んだ。

口元が耳まで裂けている。化け物め!

それでいい、やれイーグ!コイツを倒せ!

数十の雷光がイーグの剣先に集まり、イーグが雷光弾を発射した。


だがターミが鳶口を投げる方が速かった。

鳶口は雷光弾を消し飛ばし、イーグの腹に突き刺さり、イーグは血を吐きながら地上に落下した。


イーグまでやられたのか…


「まだまだお前は殺さないよ」

金色の瞳が近づいて俺の首を絞めながら、俺の顔に爪を立てる。

「ぐおお…」吸血鬼の五本の赤い爪が俺の顔、頭蓋骨に食い込んできた。

吸血鬼の金色の瞳は喜びに満ちていた。

「どう?このまま引き剥がしてやろうか?」


その時、ドスっ!と、足元で音がする。

「うわあああ!」と叫び声を上げながら、片足のワッフがナイフで吸血鬼の腹を突き刺していた。

何をしているワッフ!止めろ、逃げろ!

ドワーフたちが集まり斧やハンマーで吸血鬼に切り付けていた。


みるみる吸血鬼の表情が怒りに変わった。

「ドワーフは馬鹿だとは思っていたけどさ」

銀の髪がなびき、金色の瞳が睨む。

「アタシのドレスに触れるんじゃねぇよ!虫ケラが!」

吸血鬼の銀色の髪が逆立った。

ヤバい!


その時、巨大な白い塊の集団が吸血鬼を弾き飛ばした。まるで津波の様に吸血鬼を飲み込み押し流して行く。

これは?!…

数百匹の白虎の群れが吸血鬼を埋め尽くしていた。

「ボルゲル!」


「はいはい、ここに居ますよ」

ボルゲルは、いつの間にか俺を咥えて空中に居た。全身血まみれだぞお前!

「じゃあ、ついでにあなたも回復させます」

テルテル坊主の様にぶら下がっている俺を魔法陣がグルリと取り囲み、全身を復元していく。

「復元とは言っても、あくまでも止血して骨を仮に復元しただけです。痛みは残るし失った血液は戻らない。魔法はそこまで万能ではありませんからね」

すまねぇ、助かったぜボルゲル。


吸血鬼は銀色の髪を振り乱し、金色の眼を剥き出し、次々と白虎を薙ぎ払う。

血や毛皮が飛び散った。

だが白虎はバラバラにされながら稲妻を走らせ、まるで磁石でくっ付け合う様に繋がり、吸血鬼の手足を食いちぎる。


血まみれの白虎と吸血鬼の再生力の果てし無いマラソンの様だ。

「このケダモノ野郎があ!」

ターミは罵りながら虎を掻きむしる。

アイツだんだんサミンと似た口調になって来たな、あれが吸血鬼どもの本性か。


「超電磁放電圧殺陣。地下では50匹ぐらいでしか攻撃できませんでしたが、ここなら全700匹で一斉放電できますからね」


「そんなに居たのか…あれ?スペアは1500とか言って無かったか?」


「地下で800ほど使い切りましたので残りはあれだけです」


あの吸血鬼はボルゲル800匹より強いのか?!

「地下が狭くて一斉攻撃ができないので消耗しただけです」

「ホントかなあ?」

だが吸血鬼は銀色の髪を振り乱し、次々と白虎を薙ぎ払って行く。

必死の様子ではあるが、このペースでは虎キチ軍団の全滅は時間の問題だ。


「なあに、足止めできれば十分ですよ、ほら」

ボルゲルは俺を咥えたまま下に向ける。


地上では金の盾を持ったファウストが俺の斧だった棒きれ…いや魔王の杖を拾い上げていた。

ファウストはこちらを向いてニッコリと微笑むと、ただの棒きれを頭上高く構える。


左手の盾が光の粒子に分解し、渦を巻きながらファウストの杖に再集結され、金色の大剣に変わった。


ファウストは大剣を担ぐとニコリと笑って吸血鬼ターミに爽やかに挨拶する。


空中でボルゲルを必死に捌いていた吸血鬼ターミは黄金の大剣を見た瞬間、目をむき出し顔色が変わった。

「お前は、勇者ファウスト!」


ファウストは剣を真横に構えながらスラリと立ち詠唱を唱えた。

「無限閃光剣」


ファウストが軽く剣をフッっと振ると、一瞬世界が薄く暗くなり黒い稲妻と共に巨大な光の刃が天空まで伸びた。

光は吸血鬼ターミの身体を二つに分断し、

ボルゲルの群れを吹き飛ばし、

背後のドワーフ連山の山頂を削り落とし、

はるか遠くの雲まで分断されていた。


「今の攻撃で326体のスペアが巻き込まれました。相変わらずアイツは下手くそです」

俺をぶら下げながらボルゲルはつぶやいた。

細かいねお前。


吸血鬼ターミの身体はクルクルと舞い地面に落ちる。

ゴゴゴゴと山鳴りが聞こえ、切り裂かれた山頂が轟音をたてながら崩れ落ち、

膨大な岩と土砂が吸血鬼ターミとサミンたちの体を埋めていった。


「スゲぇ。これ宇宙まで切れちまったんじゃねーのか」

これがファウスト…伝説の勇者たちの無限力か。


だがファウストは表情を曇らせている。


「失敗しました」

「え?」


「再生する時間を与えてしまった様ですね」

血まみれのボルゲルが着地しながら様子を見ている。


イーグは腹に刺さっていた杖を引き抜き、自分で回復魔法をかけて、剣を杖代わりに地面に突き立てながらフラフラと起き上がり、再び剣を構えた。


イーグ師匠が構えを解かない。これは…アイツはまだ生きてるのか?


土砂が鳴動を始めた。

あ、このパターンまたかよ。

崩れた山体が吹き飛び、中から異形の怪物が出てきた。


二つの身体は合体し、二つの顔、巨大な赤い翼、逆立つ髪、6本の腕、四つの足、全身は赤と黒の模様で埋め尽くされていた。


ラーマヤーナに出てくるボスキャラみたいだな。


ボルゲルが見上げながら語る

「夜叉(ヤクシニー)。

人を喰らう太古の神の姿ですね。吸血鬼などかわいいものです」


人を喰う神だと?

これがあの吸血鬼の正体か!


金色のデカい手裏剣の様な物がヤクシニーに向かって飛び込んで行く。

「ツクモンロボか!」

だが一撃でヤクシニーに粉砕されてしまう。

金銀の光の破片は再集結してまた戦うが、また粉砕される。ダメだ、これでは時間稼ぎにしかならない。


「勇者ベロン!」

イーグの声に振り向くと、血まみれのマイクラ棒が投げ渡された。

もうすでに鳶鎌は無くなってしまい、ただの棒きれになってしまっている。


「あなたが戦うのだ!」

イーグが叫ぶ。

え?俺?


「そう、もう戦えるのは、あなたしか居ませんからね」

ファウストは斧だった棒の残骸を渡す。


魔王の杖…

二つの杖を触れ合わせるとバシッと衝撃波が走った。

波導ガン!まだ使える!


「最後の戦いですねぇ」ボルゲルが淡々とつぶやく。

「ああ…」

振り返るとドワーフのみんながいた。


俺が負けたらこの世は終わる。みんな悪魔に喰われる。

「俺が行くしか無えべ」

よろよろとボルゲルの上に乗ると白虎は空へ飛び上がった。


ダメだ風圧に耐えられない。

乗るというよりしがみ付くだけだ、もう力が出ない。

こんな状況で波導ガンを撃てるのか?


ガシっと背中を掴まれた。

「任せろ!オイラたちが支えてやる」横から血まみれのラーラとシーシが飛びながら俺を支えてくれた。

いや、お前もボロボロじゃねぇか…

ラーラは重症だ、飛べる状態じゃ無いはずだ。

ラーラは死にそうな声で叫ぶ。

「ぜったい負けるな!オイラたちが居る、アイツをブッ飛ばすんだ!」


分かった、俺にはお前たちが居る。

俺は全力でアイツを撃つ!

俺は神馬人に支えられながらフラフラとボルゲルの上に立ち上がった。


「変身!」

血まみれのマイクラ棒を、天空に向けて突き上げる。「ぴぴるまぴぴるま超力招来!!」


魔法詠唱するとマイクラ棒から光の輪が発生し、俺とボルゲル、左右のラーラとシーシを包み込む。

光が俺の全身を引き伸ばす。


同時にボルゲルと神馬人たちの残像が一つに重なり光る魔獣が現れた。

なんじゃ?!虎?馬?まるで竜の顔だ。

金色に光るタテガミに、竜の顔、枝分かれした巨大なツノ。額には赤い目玉がある。

胴体は緑の輝く鱗に包まれ、周囲には6つの球体が、人工衛星の様に丸く取り囲んでいた。

「ドドンゴか!」

「麒麟です」

ボルゲルは呆れた口調で答えた。

「まぁ白沢(ハクタク)とかイロイロ混ざっている気もしますが、かなり高位神獣の様ですね」


「お前ぇらには合体能力があっただべか?」

「無い」ラーラの声が聞こえた。元気になってるので安心した。


「おそらくマイクラ棒の空間合成能力でしょう」ボルゲルの解説が聞こえる。

なるほど土砂をコンクリートに変えるアレか。

まさか生物まで合成変質できるとは考えても無かった。


ツクモンロボ金銀の光の破片がこちらに飛んで来て俺の身体にまとわりつく。

左右の棒きれが金の斧と鳶口に変わり、俺の手足にプロテクターの様なものが装着される。

身体が軽い。パワーアシストか。


「勇者の鎧ですね。神話の武具ですよ」


「わかった!蒸着だな!銀のコンバットスーツ!」


「どう見ても金ですが…」


夜叉ヤクシニーの全身から無数の口が開き、口内が光り、全身から無数のギャオス光線が発射された。

うげっ!あれ全部発射口かよ!


麒麟のツノが光ると光の衝撃波が奔り超音波メスを弾き返した。


「お返しだよ」シーシの声が聞こえる。

両脇の六つの宝珠が回転しながら電光を発射する。夜叉は両手足から超音波メスを発射しながら相殺した。


夜叉ヤクシニーが数百に分身した。サミンと同じ技だ。

空一面が夜叉だらけで真っ黒になり、その全身から光る口を一斉に開ける。


こっちも分身だ!

「身外身法!レインボー影分身!」

俺と麒麟も上下左右に数十人にも分身した。

スゲぇ…というか分身ができるなら、あれもできるんじゃねぇのか。

「加速装着!」

夜叉の動きが止まった。

夜叉より早いのか!


「行くぞ!王武刈り刃!」

俺たちの分身体が前後左右一斉に刈払いを構える。

金色の斧が高速回転して巨大な青白い光のリングが現れる。


「シン・八つ裂き光輪!!」


俺たちの分身体が一斉に刈払いを振ると光のリングが四方八方に一斉発射された。

リングは空中でさらに分裂し、数百の光の輪が四方に広がった。

夜叉たちは次々とバラバラに分断されて行く。


「チクショウが!」一人の夜叉が飛び出した。

「居ましたよ、あれが本体です」

「ホントかよ?」


「ホントだよ。この額の白沢の瞳は真実が見えるんだ」

シーシの声が聞こえる。

シーシがそう言うならホントなんだろう。

「気に入りませんね」ボルゲルがスネた。


「追えるか!アイツを撃ち落とす」

「任せろ!」ラーラの声が聞こえた。

まるで時間が止まったかの様に音も風も無く空を移動し、たちまち夜叉に接近する。


夜叉は振り向きざまに数十本の手足を長く引き伸ばし、膨大な量の超音波メスを一斉に発射してきた。


白沢の瞳が回転しながら電光を放射して光線を相殺し、麒麟の口から火炎が発射され、炎の爆風が夜叉に浴びせられた。

「ギャッ!」と焼け転げた夜叉は、叫びながらメチャクチャに逃げ回る。


「終わりだ、悪魔」

俺は金の斧と鳶口を差し出して構えた。

「波導ガン!!」

世界の光が一瞬消え、黒い稲妻が荒れ狂い、巨大な光の竜巻が飛び走った。


夜叉は「ギャアアアア!」と狂った様に逃げ回るが、光の竜巻はどこまでも追いかけて来る。

夜叉は泣き叫びながら逃げ回る「チクショウが!チクショウが!」


他人の命は虫ケラぐらいに扱っていたのに、

自分の命は大切なのか。

お前は…今までいったいどれだけの泣き叫ぶ人を喰ってきたんだ!


夜叉は黒い稲妻に撃たれ、狂った様に悲鳴を上げながら、やがて光の竜巻に呑まれて消えた。

夜叉の悲鳴だけが美しいドワーフ山脈に木霊している。


悪魔の力も神の力も変わりはしない。

俺もこのドワーフ山に生まれなかったら、あんな悪魔になっていたのかもしれない。


青く澄んだドワーフ山脈の彼方へ、光る麒麟は帰って行った。

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