君とのメロディーは恋に落ちる音がした

秋桜

appassionato

 楽しくなかった。


 自分の高校の吹部はいわゆる「ガチ勢」が集まる部活だ。

中学でもやっていたという在り来りな理由で入部した自分にとっては肩身が狭かった。

毎日の合奏、パート練習、歌の時間、全てが憂鬱だった。部活の時間になる度に笑顔で音楽室へ向かう友達が羨ましくて仕方がなかった。


 楽器を組み立てる。

いつも通り重い足を動かして階段を上る。

練習部屋として借りている教室へ向かう。

毎日繰り返しているこのルーティーンもそろそろ飽きてきた。

その気持ちに対抗するように太陽のキラキラとした光に照らされた楽器が輝く。

眩しすぎて思わず目を逸らす。

中学生の頃、高校でも吹奏楽部を続ける約束で買ってもらった楽器。昔の楽しかった思い出が蘇る。いつからだろう。

部活がつまらなくなったのは。


「失礼しま〜す」

と声をかけた。返事はなかった。

どうやらパートで一番のようだ。

ため息をつこうとすると後ろから

「失礼します!!!あれ、今日早いじゃん?珍しい〜」

と脳天気な声が聞こえた。

パートが一緒の同級生の女の子。綺麗なボブカットの髪が風に揺れる。圧倒的な実力とやる気を持ち合わせたいわゆる部活大好き人間だ。

「まぁね。授業が早く終わったから。」

「ふぅ〜ん。良かったね!いっぱい練習できるよ!!!」

「そうだね。」


 いつも通り軽い雑談を終えると音を出し始める。真っ直ぐで透き通った彼女の音は思わず聞き惚れてしまう。

「自分とは違う」

その事実がより重く感じる。


 基礎練習を一通り終えたところで彼女がこちらにやってきた。

「ねぇ、久しぶりに一緒に吹いてみない?あんまり二人でやったこと無かったよね??」

「確かに。やってみるか。」

彼女の目が輝いた。

「やった!ずっとやってみたかったの!じゃあ、この曲の15小節目から!」

嬉しそうにメトロノームのネジを巻く。


メトロノームの音だけが教室に飽和する。

「じゃあ私がカウントするね」


「5、6」


驚いた。私たちの音ってこんなにも相性がいいのか。彼女は前からそれに気づいていたのかもしれない。息の使い方、音の抑揚、音色全てがピッタリとはまる感覚がした。


「うん!結構いいんじゃない?」

吹き終わった彼女が口を開く。

「あ〜でも、強いて言うなら20小節目の“appassionato”って、“熱情的に”っていう意味だからもっと感情込めれるといいかも!」

楽譜の“appassionato”の上に「情熱的に!」とメモする。


「まぁここら辺は自分なりに解釈してみてもいいんじゃないかな〜」

自分の席に戻りながら言う。


 自分なりの解釈。

彼女と合わせた時の音を思い出す。

「楽しく」?「綺麗に」?「熱を込めて」?

なんかこう、もっといい言葉あがあるような気がする。


 彼女が練習を再開させる。その姿から目が離せなかった。

太陽に照らされた楽器が輝いている。

いや、輝いているのは楽器だけじゃなくて、、



 先程書いた「情熱的に!」という文字を2重線で消した。その上に「自分なりの解釈」を書いてみる。



『恋に落ちるように』

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