別れ

 日が昇り店に帰ると少年は身を抱えて眠っていた。

「起きろ、少年」

 と、俺は出来る限り優しく肩を揺らした。

「おはようございます」

 と、少年は眠たそうに言った。

 俺は一人勝手にソワソワしていた。妙に誘う様な目をした少年だ。と、俺は改めて思った。

「身支度したらここを出て帰れ」

「お金が……」

 と、少年が言ったので俺は財布から一万円札を少年の手の中に押し込んだ。

「こんな、申し訳ないです」

 と、少年が言った。

「昨日も言っただろ。優しくなければ生きる資格はない。これは俺のための金だ。後はお前が好きに使え」

 と、俺は言った。

 俯いて、そして上目遣いで少年は俺を見た。

「ありがとうございます」

 と、少年は言った。

 襲うか。と、俺は思った。

 少年を突き飛ばし唇を奪う。そして、あの鹿の様にしてしまおうか、という思いが過った。

 左手で右手を抑える。

「少年、何があったか知らないが強く生きろよ。男はタフでなければ生き残れない。そして、優しくなければ生きる資格がない。」

 何度も口にした言葉。フィリップ・マーロウの有名なこのセリフは男の訓戒であると俺は思っている。

「お世話になりました」

 と、少年は言ってビルから出て行った。俺はそれを目で追ってしまった。あの柔らかい感触がした尻を。

 それからしばらくして、だから俺は童貞なんだ、と改めて思った。タフではないと。襲わなかったのではない。襲えなかったのだ。

 山に戻りたい、と俺は思った。なんのしがらみもなく俺が男でいられる場所は、この世界には山の中しか残されていなかった。

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一宿一飯 あきかん @Gomibako

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