最終話 聖女と英雄

 ……結局、最終的に私は皇妃にはならない事になった。


 ルドワーズの言う「英雄は、皇帝よりも既に地位が高いので、皇帝になる必要は無い」という理屈が採用されてしまったのである。


 かつての英雄サズリード様は、正確には皇帝陛下よりも偉かった、という訳ではなかったみたいなんだけどね。皇帝陛下から独立した存在であると見做されていただけで。


 ただ、男性でフェレミネーヤ神とお会いして魔力を授かった存在というと、もう一人太祖帝アガルージャ様がいる。帝国を創り上げたと言われる偉大な大帝だ。つまりルドワーズは太祖帝と同程度の権威を持つと考えれば、それは確かに皇帝陛下よりも偉い。


 言い方を変えれば、ルドワーズは今すぐ皇帝陛下に取って代わるべき程の権威を持つ存在だという事になるのだけど、ルドワーズはこれを否定した。


「英雄や聖女は、帝国の枠外の、その上にある存在と見做すべきです。ですから、私は皇帝にならず、エルファニア様は皇妃にならず、帝国を後見する地位である『聖皇』の地位に就くのが良いでしょう」


 そんな地位は歴史上には当然無く、ルドワーズが勝手に考えたものだ。


 ルドワーズの意見に皇帝陛下や元老院はもの凄く困ったらしい。確かに英雄と聖女が同時に出て、その二人が結婚するというのは前代未聞の出来事だったからね。私も何度も何度も意見を聞かれたけど、私としても困ったのよね。


 私が皇妃なんて務まらないと思っていたのは本当だし、同時に魔力的な意味で私は皇妃になるべきだと諦めていたのも本当だったから。なのでルドワーズの企みには乗りたいと思う反面、そんな事をしても良いのか? という思いもあって、私はこの件についてあやふやな態度で終始するしか無かった。ただ、私はもうルドワーズと結婚する。それだけは強く主張しておいたわよ。


 そして結局、皇帝陛下の裁定で、英雄と聖女の夫婦は皇帝夫妻と並び立つ権威を持つ存在である、と認められたのだった。ルドワーズの提唱した「聖皇」の称号は採用されなかった。そんな大仰な呼ばれ方嫌だったから良かったわよ。


 その結果、私とルドワーズは皇帝、皇妃にならず、皇帝陛下の裁量外の存在となった。皇帝陛下と言えど命令する事が出来ない存在となったのである。そして、皇帝陛下に匹敵する存在なのだからという事で「帝国の根本」への魔力の奉納も認められる事になったのだ。これは結構重要な事で、私とルドワーズの魔力を帝国のために役立てるには必須の事だった。


 ルドワーズが皇帝にならないのだから、次期皇帝は自動的にカトライズ殿下がなり、その妃にはイルコティアが内定した。


 この決定には、帝国の貴族達は概ね納得してくれたようだった。まぁ、感覚的には皇帝が二人いる感じよね。役割分担的には皇帝が帝都で政治を行い、私達は遠征して混沌を回復したり魔力奉納をして土地を癒やし、余裕があれば隣国の土地も回復させる。まだ帝国の魔力が足りない現状だと、隣国にまで遠征するのは随分と後の事になるだろうけど。


 もっとも、そんなにあっさりと全てが決まったわけではなく、お披露目式から半年後くらいに決まったのはせいぜい私とルドワーズが皇帝と皇妃にならないと決まり、ちょっとよく分からないお偉い身分になった、事くらいだった。前例がないから決めようが無かったのである。


 しかしこれで次期皇帝争いは終了し、私の結婚相手は決まり、ついでに言えばイルコティアの嫁ぎ先も決定したおかげで公爵家同士の関係も上手く収まった。公爵家も増えることは無く、私とルドワーズは言わば帝国の権力構造から外れた存在になったから、ヴェリトン公爵家が帝政に対して影響力を拡大し過ぎる事もなく、三大公爵家のバランスはいい具合に保たれる事になった。


 ルドワーズの提案が受け入れられたのは、この皇族にとって受け入れ易いアイデアだったというところが大きい。ルドワーズがそこまで計算してこの事を言い出したのだとしたら凄いことなんだけど、多分彼はそこまでは考えていないでしょうね。


 あの人の行動原理は常に私のため、私にとって良いかどうかだからね。私が皇妃になんてなりたくない事を察して、そのために動いてくれているだけなのだ。


「それだけではありませんよ」


 ある時ルドワースは笑って言った。


「私は自分にも皇帝は務まらないと思っていましたし、もちろんニア姉様にも務まらないと思っています。こんな皇帝と皇妃を持ったら帝国は不幸になってしまうでしょう?」


 ……否定が出来ないのがちょっと悔しい。ちなみに、ルドワーズは婚約が内定してもしばらくは私の事をニア姉様と呼んでいた。


 なんで婚約が内定に留まったのかというと、彼がまだ未成年だったからだ。来年の冬に成人のお披露目をしないと彼には婚約を紋章院に届け出る権利は無い。私はそれまで待たされる事になる。


 ただし、ルドワーズが成人したら、婚約式はすっ飛ばしてすぐに結婚する予定だった。そうしないと帝国の根本への魔力奉納が出来ない。


 帝国の根本への魔力奉納は、皇帝陛下、皇妃様で行っていたものが、これからは皇太子殿下となるカトライズ殿下と皇太子妃予定のイルコティア。そして私とルドワーズの四人掛かりで出来るようになる。ずっと多くの魔力を帝国の大地に注ぐ事が出来るようになるから、帝国の魔力的な危機は回避出来るでしょう。


 その帝国の根本は、ルドワーズの「英雄」認定が行われた日に、皇帝陛下にこっそり見せていただいた。帝国の秘中の秘であり、お父様お母様ですら見た事が無いというものだ。私とルドワーズは皇帝陛下の後に続き、帝宮大神殿の地下への扉を潜った。


 二階分くらい階段を降りて、厳重に施錠された扉を潜る。古い形式の礼拝堂がその奥にはあった。帝国創世時に築かれた礼拝堂のようだ。その奥の祭壇に、奇妙なものがあった。


 それは礼拝堂の床を突き破って伸びている緑色の大岩だった。これが、帝国の根本らしい。


 混沌の中心にある黒い大岩に似ている。多分だけど同じものなのではないかと思うわね。混沌では黒い岩にフェレミネーヤ神の魔力を流し込んで満たすと、混沌が女神の世界に回復した。


「この岩から帝国全土に網の目のように魔力が広がって、帝国全土に行き渡るのだ」


 と皇帝陛下は仰った。ちなみに年二回の大祭における儀式で大貴族が大神殿で魔力を奉納すると、それもこの根本に流れ込んで帝国中に供給されるらしい。なかなかよく出来ているわね。


 ただ、それでも魔力は足りないらしい。あんな人数でかなりの魔力を年に二回も奉納しているのに足りないというのは、随分と大食いね。この帝国の根本とやらは。


「この帝国の根本は、フェレミネーヤの魔力で出来ているため、緑色の魔力しか受け入れぬのだ」


 大食いなだけではなく贅沢でもあるらしい。三色の魔力の中から緑色の魔力のみ選別して受け入れるのでは、それは元々珍しいとまで言われている緑色の魔力だもの、不足しがちで当然である。


 この帝国の根本が厳重に秘され、護られている理由なのだけど、皇帝陛下曰く「この帝国の根本を奪われると帝国は滅びる

」という初代皇帝以来の言い伝えがあるからだそうだ。


 多分だけど、この根本に過大な他の色の魔力を流し込むと、混沌を回復した時のように岩が砕けてしまうか、他の色に染まってしまうんだろうね。そうするとそこはフェレミネーヤ神の領域では無くなる。


 この帝国は人間に代わりに広げさせているフェレミネーヤ神の領域だ。おそらく赤の女神ウィンリーザ、青の女神アルセラージャの三大女神で領域の広さを競っているんだと思うのよね。あの性悪女神のやりそうなことよね。


 私はこの時に自分の魔力を奉納してみた。結構な魔力を流し込んだけど、流石に帝国を網羅するというだけあって物凄い容量で、とても満たし切らなかった。まぁ、気長にやりましょう。


  ◇◇◇


 カトライズ殿下は、私のお披露目式の直後にイルコティアとの婚約を決めた。それはすぐさま発表され、来年には挙式する事になっている。おそらく、同時に立太子される事になるだろう。


 これにはアルベルト兄様もヴィルヘルム兄様も安堵して喜んでいたわね。この二人はカトライズ殿下と親しいから。二人ともカトライズ殿下が皇帝になっても重要な側近として帝政に関わって行く事になるでしょう。ヴェリトン公爵家の未来は明るいと思う。


 イルコティアは社交で会った時には無茶苦茶嬉しそうで幸せそうだった。結局は彼女の希望が全て適ったのだから当たり前だけどね。ヤックリード公爵家の方々の私への態度もすっかり良くなって、私とルドワーズの事も祝福して下さった。


 ただ、カトライズ殿下の事については、私はまだ色々吹っ切れておらず、イルコティアが幸せそうにしているのを見るとなんだか心が騒いだ。人には言えない感情で心が胸がモヤモヤした。


 そんな状態だったから、私はカトライズ殿下とはお披露目以来会わないようにしていた。殿下も会いたくないだろうと思ったのもある。


 それがある日、カトライズ殿下から招待状が届いた。帝宮で面会、というかお茶でも飲まないかという軽いお誘いだった。私は戸惑ったわよね。殿下は私に逢いたくないのだろうと思っていたから。


 私は一応、ルドワーズにも相談した上でこれを受けた。ルドワーズは苦笑して「そんな事、私に相談する事じゃないでしょう?」と言ったけどね。私はそれでも悩んだ挙げ句、カトライズ殿下の招待を受けた。


 帝宮の庭園にある東屋で、カトライズ殿下は私を待っていた。


「ニア」


 カトライズ殿下は東屋に上がる私を屈託の無い笑顔で出迎えた。その華麗な笑顔を見ると、私は心がときめくと共に、傷口に塩をなすったような痛みも同時に覚えてしまった。つまるところ私はルドワーズを選んでおきながら、カトライズ殿下に未練たらたらだったのである。


 もしも私がカトライズ殿下を選んでいたならば、私は多分ルドワーズにこれほどの未練は残さなかったと思う。もしもルドワーズは私の結婚相手でなくなっても、弟であるという関係が残る。弟として親しく付き合うことが出来ただろう。しかし、カトライズ殿下は他人である。既にイルコティアと婚約して彼女のモノになってもいる。私は完全に彼を、未だにこんなに愛情を感じるカティを失ってしまったのだ。


 私は何とか貴族笑顔を浮かべて一礼した。カトライズ殿下は苦笑した。


「なんだ、その顔は。ニアらしくない」


 カトライズ殿下は言いながら、そういう殿下も以前なら気易く私をハグして、手を引いてくれたのに、私の椅子を引いてくれるだけだった。私もそこにただ腰を下ろした。私が砂糖菓子よりも果物が好きだと知っているカトライズ殿下は、いつも通り遠方から取り寄せた珍しい果物を勧めてくれた。


「やっと色々落ち着いたからな。ニアと話をしておきたかったのだ。また混沌の回復に出るのだろう?」


 混沌の回復任務にはヴィルヘルム兄様が来てくれる事になっている。兄様はこの春に結婚してアライバーム侯爵家を興し、公爵邸から引っ越してしまっていた。


 ルドワーズは来られない。英雄とはいえルドワーズは戦闘経験が無い(訓練は十分積んで、結構強いらしいんだけど)からね。ただ、ルドワーズの希望は私と混沌回復や魔力奉納の旅をしながら帝国辺境を巡る事だから、徐々に遠征の機会は増えると思うけど。


「私も結婚式や、立太子式の準備で忙しくなる。ニアとゆっくり話す機会は今後あまり作れぬかも知れぬ。だから今日招いたのだ。大丈夫だ。イルコティアの許可は取ってある」


 私と同じく、パートナーの許可を律儀に取ったらしい。如何にもカティらしくて、私は笑ってしまった。私達は近況などを静かに話した。やっぱりカティとのお話は楽しくて、いつの間にか私は自然な笑顔が浮かべられるようになっていた。


「……ルドワーズは、あれは皇帝にならなくて良かったかも知れないな」


 カトライズ殿下はそう仰った。


「あの器は、帝国には収まるまい。冗談めかしていたが、あれは大女神様のため、君のために隣国を切り取るつもりだぞ。下手をすると一代で帝国以上の国を創り上げてしまうかも知れぬ。恐ろしい奴だ」


 私がやって、といったらそれくらいの事をしでかすかも知れない。あの人は。でも、私がやらないでと言えば絶対にやらないから、心配は要らないと思うけど。


「……カトライズ殿下の方が、皇帝に相応しいのは確かだと思います。本当に……、そう思います」


「……カティと呼んでくれないか。君には、そう呼ばれたい」


 子供の頃ならいざ知らず、今の私は男女が愛称で呼び合う事の意味を知っている。何時の頃からか、素敵な貴公子であるカトライズ殿下と愛称で呼び合えるのが嬉しく誇らしかった。今の私には、もう彼を愛称で呼ぶ権利はないと思う。


 それでも、彼が私に愛称で呼ぶことを許してくれるのなら、私はどうしても言わなければならない事があった。


「……カティ。ありがとう。私は貴方が好きでした。愛していましたよ。でも、それでも、私はルドワーズを選びました。貴方が私を愛してくれている事を知っていて、それでもルドワーズを選んだのです」


 堪えても涙が出てしまう。彼の愛に、誠実さに、応えるために私は必死に言葉を継ぐ。


「自分でも、なぜ貴方を選べなかったのかは分かりません。でも、確信をもって私はルドワーズを選びました。でも、私は貴方を愛していました。だから……。ごめんなさい……」


 愛の女神の魔力が溢れ出る。その暖かさを感じながら、私は悔し涙を流していた。カトライズ殿下を選べなかった事が、私は悔しかったのだ。素敵な人で、誠実な人で、ずっと真っ直ぐに私を求めてくれた。


 出来る事なら彼を選びたかった。でも選べなかった。私にはルドワーズが必要だという事が分かったから。ルドワーズを選ぶべきだと思ったから。私は自分の想いをカトライズ殿下から引き剥がさなければならなかったのだ。


 顔を覆ってすすり泣く私に、カトライズ殿下は優しく声を掛けた。


「大丈夫だ。ニア。私には分かるから。ニアが、ルドワーズを選んだ理由が分かる。だから、大丈夫だ」


 涙で歪んだ視界の向こうでカトライズ殿下は少し寂しそうに笑っていた。


「ルドワーズの言葉で気が付いた。ニアは、皇妃になりたくなかったのだと。皇帝になる事こそがニアと結婚する方法だと考えていた私は根本的に間違っていたのだ。私にはニアの本心が分からなかった。これでは、君に選ばれなくても仕方が無い」


 そんなの、カティに分かる訳がない。私だってもう何年も、自分が皇妃になるものだと諦めていたのだ。ルドワーズが頑張ってくれなければ、私は皇妃になっただろう。


「結局は、私はニアの事がちゃんと見えていなかった。ルドワーズの方が見えていたのだ。ニアの目は確かだ。あいつの方がニアをちゃんと見ていたし、ニアに相応しい男になるにはどうしたら良いかが分かっていた」


「そんなことない! カティが、相応しくないなんて、私はそんな大層な女じゃない! 私は……」


 カトライズ殿下は皇帝になるために懸命に努力してきた事を、私は知っている。混沌回復に付いてきてくれた事だってある。彼の努力が、私への想いがルドワーズに劣っていたなんて事はなかった。


 カトライズ殿下は私の言葉を聞いて、少し痛そうに顔を顰めたけど、再び明るく笑って言った。


「君と結婚することは出来なかったが、私は皇帝になって聖女と英雄の行く末を一番近くから見守るよ。ニア。これからもよろしく。良い友人でいてほしい」


 私は泣きながら頷くしか無かった。


 ……私とカトライズ殿下、後に皇帝カトライズ様は、それからもずっと良いお友達だったけど、これ以降私と彼が二人きりで会う機会はついぞ無かったし、私が彼を愛称で呼ぶことも彼が私を愛称で呼ぶことも、二度と無かったのである。


 ◇◇◇


 混沌回復の遠征に出る直前、私はルドワーズとお屋敷のサロンで会っていた。ルドワーズは今回の遠征にこそ出ないけど、来年冬に成人して私と結婚したら、混沌の回復と地方への魔力供給の旅に一緒に来る事になっていた。


 そのために今年と来年は色々準備をするそうだ。英雄として帝政にどの程度関与するかを決めたり、地方を回る時の為に当地の領主と話を付けたり、隣国に入るかも知れないのであらかじめ隣国にその許可を求める書簡を送ったり、私達を護衛する騎士を選抜したりするのだとか。相変わらず頭が良く回るわよね。


 他にも、私とルドワーズの結婚式の準備もお父様お母様と一緒に始めるとの事だった。それと、新居の準備だ。


 私達の新居は帝宮の離宮の一つになる予定だ。帝宮の敷地の中にある離宮。英雄と聖女の住まいであれば、帝宮の中にあるべきだという話になったのである。これには権威的な意味合いの他、帝宮大神殿の地下にある帝国の根本にすぐ行けるという意味がある。帝国の根本を守る者が帝国の主、帝国の皇帝なのだ。私とルドワーズには皇帝に匹敵する権威が与えられるので、帝国の根本にほど近い所に住むことになったのである。


 結婚式と新居の準備はお母様とケティレイが随分張り切って進めているそうで、ルドワーズは自分は出る幕が無さそうだと笑っていたけどね。


 そういう話が一段落して、お茶を一口飲んだ私は、ルドワーズに聞いてみようと思っていたことを尋ねてみた。


「ねぇ、ルディ。貴方フェレミネーヤ神とお会いしたって、本当?」


 以前に聞いた時には「会っていない」と言い切っていたのに、お披露目式の時に突然「会った」と言い出したのだ。疑って当然よね。確かにルドワーズの魔力は私よりもやや少ないくらいだから、フェレミネーヤ神の関与があった事は間違い無いんだけど。


 するとルドワーズは済まして答えた。


「嘘ですよ」


 私は唖然とする。しかしルドワーズはこう続けた。


「正確には、覚えていません。会ったかも知れないとは思います。実際に魔力を授かっているのですから。でも、私は小さかったですからね。それに溺れていましたから」


 確かに、私がフェレミネーヤ神とお会いしている時、ルドワーズは力なく水中に沈みつつあったからね。あれでは意識が無くてもおかしくない。しかし、それを言ったらあの時の私は意識があったのかどうなのか。実際、目が覚めた時には何がどうしたか岸辺に打ち上がっていたのだし。


「覚えているのは、ニア姉様が私の手を引いてくれた事だけです。でもね。思えばアレはニア姉様では無くてフェレミネーヤ神だったのかも知れない」


 ルドワーズは不意に面白そうに笑った。


「いえ、私は思うんです。ニア姉様はあの時からフェレミネーヤ神と一心同体になったんじゃ無いかって。ニア姉様はフェレミネーヤ神の化身。だから、私は姉様から魔力を頂いたんだと思います。姉様が私を助けて下さった。魔力を下さったんです」


 何を言うのかこの子は。と思いつつも、混沌を回復した時に感じた、フェレミネーヤ神と自分が同化して、全てのお力をお借り出来たあの体験を思い起こすと、私は自分とフェレミネーヤ神が非常に近いところに「いる」という事が否定は出来ない。私が助けたいと強く願ったルドワーズを、私がフェレミネーヤ神の魔力を与えて癒やして助けたのだと言われても、全面的に否定はし難いのよね。


「だから嘘ではないですね。私は女神に会っています。今もね」


 なんか上手く誤魔化された感があるのは何故かしら? あの素直で可愛いルドワーズはどこへやら、今では私はルドワーズに口では全然敵わない。頭の回転も敵わないわね。もちろんだけど、昔は私の方が足が速かったのに、今ではルドワーズの方が全然速いことだろう。ルドワーズは私と遠征する時のために、ヴィルヘルム兄様に大分鍛えられているみたいだし。


 ちょっと寂しいと思う反面、将来の旦那様としては頼りがいがあって良い事だとも思うのよね。複雑な気分だ。


 むーっと自分を見詰める私をフワッとした笑顔で眺めながら、ルドワーズは言う。


「私はもっともっと頑張って、早く大人になってニア姉様と並びたい。早く追い付きたいです。一緒に、並んで歩いて行くために……」


 その気持ちは嬉しい。嬉しいんだけど。


 私は立ち上がって、座るルドワーズの後ろに回り込んだ。そして彼の頭をぎゅっと胸に抱え込んだ。


「生意気言わないでよね。ルディ! まだまだ子供の癖に」


 金色の頭を強く腕で抱え込んで左右に揺らす。ルドワーズは困ったように笑っていたわよね。私も笑ってしまう。全く姉弟の振る舞いで、婚約者(予定)同士の二人がするようなじゃれ合いではないかも知れない。でも、今の私達にはまだこういう距離感で良いのでは無いかとも思う。私達は直ぐに大人になる。そうしたら色々なことが変わって行くだろう。変わらないではいられないだろう。


 でも確かな事は、私はルディが必要であり、ルディには私が必要なのだという事。それさえ忘れなければ、私達はきっと大丈夫。ルディが私の事を考えてくれるように、私も彼の事を考えよう。彼の事を想って、私も頑張ろう。あの日、ルドワーズに伸ばした手を、ルディは掴んでくれたのだ。その手を離さないようにしよう。


 いつの間にか、私はルドワーズの頭を抱き締めて、その金髪に顔を埋めていた。お母様に似た、暖かな匂いがする。ルドワーズが、私の手に自分の手を添えてくれていた。


「……私から離れないでね。ルディ」


「約束しますよ。ニア」


 そして私とルドワーズは、静かに口づけを交わしたのだった。



 

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神様に脅されて聖女になりましたが皇妃にはなりたくありません! 宮前葵 @AOIKEN

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