ばはむーちぉ

矢武三

๛Σ゜𐑟 ര𐑟ᝐ

「やーいやーい、激辛童貞! 激辛童貞!」


 小学校の帰り道。

 クラスメートから、あざけり笑われるのを尻目に……

 タツオは手の甲で悔し涙をぬぐいつつ、小銭を握りしめコンビニへと走っていた。




 激辛スナック『ガラむーちぉ』の期間限定バージョン『ハバむーちぉ』が大ブームを起こしている。


 商品名通りハバネロをたっぷり利かせた、当社比50倍辛をうたうチップス状の超辛スナック。それを一枚舌の上に乗せて辛さを目いっぱい表すべく〝変顔〟をするTikaToka動画は、連日テレビやインターネットを賑わせていた。


 やがて変顔が大好きな小学生───特に男子の間で、『ハバむーちぉ』は一種〝大人になるための儀式〟と崇高な位置にまで発展。


 そして意味は深くわからずとも、『激辛童貞』は〝卒業〟とニコイチの、どうでもいい自尊心とマウント感を得る言葉として蔓延していった。学校によっては校則で使用禁止するほどに。




 タツオは生まれてこのかた、口の中が痛くなる食べ物が苦手だった。唐辛子はもとより、お寿司はサビ抜き、コーラの炭酸さえもガマンが出来ないお子ちゃま舌。


 TikaTokaの変顔は確かにおもしろい。自分もいつも観すぎて母ちゃんに怒られるほど。

 しかしその裏では「参加できない自分」を寂しく思い、気持ち複雑な日々を過ごしていた。


 そんなある日。

 タツオの幼稚園時からの腐れ縁ショウジが、彼の『激辛童貞』をクラスでばらしてしまう。


 そこからの、連日に渡るいじり﹅﹅﹅の日々。

 タツオは耐え切れず、ついに己の卒業を決意したのだった───

 



 ──────๛Σ゜𐑟 ര𐑟ᝐ──────




「ありあとあした───っ」


 コンビニの自動ドアを背に、タツオは少し首をかしげていた。


「これで……間違いないよな」


 両手で触れるなり、ぱりぱりと音を立てる菓子袋。

 パッケージにはドラゴンが力強く炎を吐く絵が描かれ、上部に『ばは﹅﹅むーちぉ』なる商品名が踊っていた。


「はば……ばは……あれ、どっちだっけ。でも期間限定、辛さ50倍って書いてあるしなあ」


 大人気の中の、最後の一つ。

 これしか売ってないし、ドラゴンの絵も限定パッケージだろう。どうせよくある大人の事情だ。そんなことより早く激辛童貞を〝卒業〟しないと。


 タツオは菓子袋を小脇に抱え───近所の廃工場へと向かった。



『立入禁止』の錆びた看板が揺れるチェーンをくぐり、勝手に工場内へと身体を滑り込ませる。

 薄暗さの下、息を整えつつ、再び菓子袋とにらめっこをするタツオ。


「これでぼくは……大人になるんだ。やってやる……やってやるぞっ!」


 タツオは袋の口を両手でつまみ、ぐっと引っ張った。


「───ああっ!」


 思いのほか力を入れ過ぎてしまった「あるある」発生。

 袋が破けすぎ、中のチップスが派手に飛び散ってしまった。


 地面に散らばったそれは、暗い中でもわかるほどに毒々しい朱色をまとっている。


 タツオはただただ情けなく悲しくなり、独りむせび泣き始めた。


「うぅ……ぐすっ……」


「何を泣いているのだ、小さき者よ」


「───ふぇっ!?」


 突如として耳にする、低くもよく通る声。

 タツオはびっくりしてキョロキョロと辺りを見回した。


「どこを見ておる。上だ、上」


「───っ! うわわあぁ───っ!?」


 声に従って頭を上げてみた、その目線の先にあったのは……

 空中にふよふよと浮かぶ、大人ほどもあろう大きなトカゲであった。


「とっとっ……トカゲが、浮いてるっ」


 黒く輝く鱗に、体調よりも長い立派な尾。金色に輝く鋭い瞳。

 背中に広がる、かぎ爪を備えた大きな黒羽───


 よくよく見れば、トカゲと言うにはほど遠い。

 羽もそうだが、トータル的に威厳というかゴージャス感に満ちている。


 腰を抜かし、両手を地面につけて震えるタツオに〝トカゲ〟は両腕を組み、悠然としたさまで応えた。


「うむ。下等動物の、無知無学ゆえの所見は赦そう。まず我はトカゲではない。バハムート。竜種のいただきに在るものだ」


「ばっ……はばっ……ばはっ……」


バハムート﹅﹅﹅﹅﹅だ。二度言わせるでない小さき者よ。だがぬし﹅﹅んだ以上、我は些事さじでも応じねばならぬ」


「よ、呼んだって」


 バハムートは、まったく現状を把握しないタツオに微かないらだちを覚えたが───恐ろし気な爪を持つ指先を顎に当て、まるで人間のような、しばし考える仕草をした。


「ふむ……〝時空のいたずら〟か。まあよい。小さき者よ。望むべき力を申してみよ。我が超越より、ぬし﹅﹅らの器に余る片鱗を分け与えてやろう」


 おごそかに難しいことをのたまうバハムート。

 ただ、タツオの今日までの学習程度でも、大筋だけは汲み取れた。


「願いを……かなえてくれるの?」


「うむ。そう捉えるのは間違いではない。相応の力は与えよう。であるが叶えるのはあくまでぬし﹅﹅の意志。我の力は手段と心得よ」


 タツオは、震える右手で地面に落ちた激辛チップスを一枚つまみあげ、バハムートへと掲げた


「こっ……これを食べられるようになりたいんだっ」


 落ち葉のような一枚を見つめ、バハムートのトカゲ顔がいぶかし気にゆがむ。


「……それはくいものか。ただ口に入れるだけのことに、何ゆえ我が片鱗を望む」


 タツオはここまでの経緯を、夢中で説明した。

 つたない話であったが、バハムートは聞くにつけ、興味深げにうなづいた。


「ふむ。くいものに興を求むるなど、ぬし﹅﹅らの世は末に在るも同然であるな。しかし願いに貴賤きせんなど無い」


 バハムートは鋭い指先で胸辺りの鱗を一枚抜き取ると、その黒々とした一片を、タツオの頭上へはらはらと舞い落した。


 頭の上に何かが乗った感触を覚えたタツオだったが、手をやったときには既に消えていた。


「え……え?」


「既に片鱗はぬし﹅﹅に宿された。さあ、後は望むがままに成すがよい」


「ほ、本当にぼく……激辛が食べられるようになったの?」


「うむ。その〝朱きひとひら〟を舌にゆだね、心ゆくまで味わうがよい。事は済んだゆえ、我はもう行くとしよう」


 バハムートは節目とばかりに尾を一振り、黒羽を大きく広げると、天井に向かってゆっくりと上がっていく。


 しかしその途中、はたと停まり……

 今ひとたびタツオの周りへ目をくれると、片手を掲げ、激辛チップスの一枚をふわりと浮かせ、引き寄せた。


「幾億の時を越えてきたが───何かを口にするなど久しく無かったな。どれ、我もひとつ、末世の興に乗ってみることとするか」


 鋭く輝く歯が立ち並ぶ大口をぱっかりと開くと、長い舌の上に朱色のそれを乗せた。


「……ふむ。思いのほか、味わい深───」



 くわっと、金色に輝く目が見開かれ、みるみると血を吹くような色に変わる。



「ぬぐぉぁあああああ──────っ!!! 辛ぁ゛ぁ゛っ!!!

 とっ、とでづもなく辛いでわないぐばぁ゛─────────っ!!!」


 長い舌を激しく躍らせ尾を振り回し、叫びを噛みまくるバハムート。

 

 タツオが驚き直す間も無く───

 バハムートは目にもとまらぬ速さで工場の天井を突き破り、空へと舞った。


 夕暮れで赤らむ空に黒一点。

 ぐんぐんと、町に闇を落とすほどに巨大化───元の大きさへと身体を戻すバハムート。

 相変わらず大口を開けて舌を躍らせ……ひいひい言いながら、徐々にその身体を紅く発光させ始めた。


「うむぬぬぬヒー……斯様かようにくだらぬヒー、ものを作りおってえええヒィー……赦さん、赦さんぞっ。世界ごとぎ払ってくれるわぁ───っ!」


 胸が何倍も膨らむほどに大きく息を吸い込むと───

 

 ばがあっとばかりに大きく開き、ギラギラと輝く、焦熱の炎を発した。




 世界は一瞬にして炎に包まれた。


 赤く照らされる廃工場内。

 タツオはちんと座ったまま、燃え盛る炎をぼんやりと見つめていた。


 ふと、地面に落ちていたチップスを拾い上げ、舌の上へと落とす。


「わあ……ぜんぜん辛くないや」


                             <おわり>










 ※本作のバハムートは、いわゆる『FFバージョン』を元にしています。

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