第39話 依頼品の精算

「ダインさん、おかえりなさい……。初めてのゴブリン退治からは、無事に戻れたようですね」


「ええ、おかげさまで」


「気を落とさないでくださいね。たとえ依頼を達成できなくても、まずは生きて帰ることが大切なことですから。それに、その依頼は複数日程に渡ってこなす事もできる長期の依頼です。とにかく……、気を落とさないでくださいね」


「?」


ダイン達がギルドに戻ると、すでに夕刻に近い時間帯だという事もあり、併設されているギルドの酒場が大いに盛り上がっていた。


「おう! がきんちょども! それで、いったい何体のゴブリン倒してきたんだ?」


「へへへ、俺は五体に銀貨二枚賭けてんだ」


「俺はゼロ体に銀貨五枚だぜ」


「私は十体に銀貨八枚もかけてたのよ!? マジでどうしてくれんのよ!?」


「え? ええと……」


魔物討伐の依頼達成のためには、その魔物のユニークポイントをギルドに提示する必要がある。

そんな中、現在のダインは手ぶらだった。


「さっさと出せよ。みんな答え合わせしたくて待ってんだぜ!?」


「ゴブリンの耳なんざ、後生大事に懐に仕舞い込んどくようなもんじゃねーぜ」


「まぁそう言ってやんなよ。Dランクのこいつらにとっちゃあ、ゴブリンの耳も勲章みたいなもんなんだろうぜ」


「ちがいねぇ」


「それとも、マジでゼロか?」


ギルドの酒場に馬鹿にしたような笑いが溢れた。


受付嬢のミリシアは、カウンターの向こう側優しげな笑みを浮かべている。

本当に依頼を達成できずに戻ってきた傷心の冒険者だったなら、この笑顔にどれだけ癒されることだろうか。


だが、ダインは違った。


「ギルドの床がゴブリンの血で汚れるとよくないかと思って……。ユニークポイントはまだ外にあるんですが、もうここに持ってきちゃっていいですか?」


「あ……、はい」


爆笑する冒険者達の横で、ギルドの扉がギギギと開いた。


そこにいたのはゴブリンだった。


「ゴブリン?」


「僕の召喚体です。帰りは荷物持ちをしてました」


ギルドの中に足を踏み入れたゴブリン。

そんなゴブリンは、その背に大きな布袋を担いでいる。

ゴブリンが二体くらいは丸々入りそうなサイズの布の袋は、その下部からポタポタと血の雫を垂らしている。


「今、受付まで持っていきますね」


スタスタと歩くゴブリンの後ろには、ポタポタと滴る血の雫が垂れて跡になって残っていく。


「刃物を一本しか持っていかなかったので……、無理やりちぎったやつは無駄な部分も多くてなかなか血が止まらなくて……。今度から気を付けます」


その異様な光景に、ギルドの冒険者達の喧騒が徐々に収まっていった。


「ダインさん。それ……、何体分ですか?」


恐る恐る、ミリシアがそう尋ねた。


「さぁ、まだちゃんと数えてないのでわかりません」


「ざっと二百は超えてるんじゃねーか? たぶん、軽くそのくらいはいたと思うぜ」


代わりに答えたのはリーゼロッテだ。


「リーゼロッテさんがやったんですか?」


「いや、全部こいつらだ。どちらかと言うとあたしはその邪魔をした方だな」


「……」


いつの間にか、ギルドの喧騒は完全に静まっていた。

荒々しい冒険者達のたむろすギルドにおいて、これは相当に珍しいことだった。


「新人が……、ゴブリンを二百体……?」


「超規模級の巣穴の数じゃねぇか……」


ゴブリンの巣穴は、その規模感によって『小規模級』『中規模級』『大規模級』などと分類されている。


このうち、五から二十体程度までの巣穴を『小規模級』としており、二十から五十体程度の規模を『中規模級』としていた。

Dランク向けの依頼として出されるのは、予想される巣穴の規模が小規模級までのものだ。

予想される規模が中規模級になると、その依頼ランクはCランクへと格上げされる。


そして、五十から百体までの『大規模級』はBランク相当。

百体を超える規模の場合は『超規模級』としてAランクの依頼となる。


超規模級ともなると熟練の冒険者でも足元をすくわれる危険性があるため、基本的には複数人のパーティーでことに当たるべきとされていた。


今回のダイン達への本来の依頼は……

小規模級の巣穴を襲ったり、はぐれゴブリン達を狩ったりすることが想定されていた。

そうしてそれらを足し合わせ、何とか二十体の討伐を成し遂げるというものだった。


だが……、

一度に二百体超。


そもそも、この王都周辺の地域にそんな数のゴブリンがいるはずがない。


「はっ、どうせ新人が錯乱して数を見違えて……」


「ミリシアちゃん、南方砦周辺がきな臭い。さすがにちょっとありえない数のゴブリンがいたし、オーガまでいやがった。……さっさとギルド長にまで報告をあげといた方がいいと思うぜ」


何かを言いかけていた冒険者は、Sランク冒険者であるリーゼロッテに割り込まれて言葉を詰まらせた。


「オーガまでですか!? 王都周辺ではここ数年目撃情報はないはずなのですが……」


「まぁ、残念ながら証拠はないんだよね。そこの二人がバラバラの肉片にして吹き飛ばしちまったから……」


「……」


「とにかく、報告よろしく!」


「は、はい!」


「っと、その前にそいつらのユニークポイント受け取ってやんな。放っておくと床が血みどろになっちまうぜ」


「あ……、はい」



本日ダイン達がユニークポイントを回収したゴブリンの数は……

全部で214体だった。


「このうち十体くらいは私だからね!」


「リーナが風の魔術で殴りつけたやつは粉々になっちゃったから……、ユニークポイントは回収できてないよ」


「ええ〜っ!? じゃあ燃やした方はっ!?」


「そっちは焦げてボロボロになってたよ……」


「ええ〜っ!? じゃあオーガはっ!?」


「それもバラバラにしちゃったでしょ……。ゴブリンと混じってもうどれがどれやら……」


「ええ〜っ!?」


214体でもあり得ないのに、実際の討伐数はさらに多い。

そして、オーガまでも……


リーゼロッテも認めるその事実に、ギルド酒場にたむろしている冒険者達は驚きを隠せなかった。


「これで、次のランクもぐっと近づいたかしらね。オーガの討伐って確か、Aランク以上の依頼よね」


「だね。ただ、騎士団所属の騎士は、冒険者にすると少なくともAランク以上の実力だとされているから……、無理はせずに、少しずつ実力を付けて行こう」


ただ、ダインの目指しているところは実はまだまだ遠いのだった。



→→→→→



ダインとリーナが依頼達成と報酬受け取りの手続きを進める横で、ギルド酒場は徐々にいつもの喧騒を取り戻していった。


「一応、私が正解の数に一番近かったわよね? 今回の賭けは私の一人勝ちってことで良いかしら?」


『討数二十体』に銀貨八枚を賭けていた女冒険者が、他の冒険者に向けて手を出していた。


「いや、普通に全員外れだろこれ」


「とんでもねぇやつが出てきたもんだな……」


「お前ちょっと喧嘩吹っ掛けて来いよ」


「はぁ、無理だろ? あいつらガルバ兄弟をのしてるんだぞ」


「馬鹿っ、それを早く言えよ!? 知ってりゃさすがにゼロには賭けなかったぞ」


「うしっ、じゃあもう一発行くか? 今度の賭けは『あいつらが生きてBランクまで上がれるかどうか』ってのはどうだ? 俺は『上がれない』に銀貨三枚だ。あの手の奴らは、実力があっても調子に乗ってさっさと死んじまうのがオチさ」


「だな。俺も『上がれない』に銀貨三枚」


「ふぅん。じゃあ、私は『上がれる』に金貨二枚!」


「がはは。こいつ、味をしめやがったな」


「幸運の女神様は、そうそう何度も微笑まねぇぜ」


そんな冒険者達の後ろに、巨大なゴブレットで酒をカッ食らう女冒険者リーゼロッテが歩み寄っていった。


「それじゃあ、あたしは『上がれる』に金貨十枚を賭けてやるかな」


「マジか? 正気かよリーゼロッテ?」


「ああ、あたしは大マジだよ」


「おいリーゼ。てめぇあいつらがゴブリンとやりあうところを直接見てたんだろ? ……その上で、あいつらが生き残るって見込んだっつうことか」


「まぁね。リーナの方は危なっかしいけど、ダインの方は相当慎重で頭も回る。……たぶん大丈夫だろ」


「……」


「……」


「俺も『上がれる』に……」


「今更変更はなしよ!」


最初に金貨二枚をかけていた女冒険者がぴしゃりとそう言って、男たちが悲鳴を上げた。



→→→→→



リーゼロッテはすぐに他の冒険者達とのやり取りには興味を失い、離れた席に移動して酒をかっ食らい始めた。

ダインとリーナは、報酬を受け取り次第足早にギルドを後にしていた。


「ミリシアちゃーん。おかわり~!」


「リーゼロッテさん。私はギルド酒場の給仕じゃないんですけど?」


そう言って、受付カウンターからミリシアがリーゼロッテを睨みつけた。


「この前、『一晩付き合う』って約束しただろ? あの約束がまだ果たされてないぜ」


「はぁ……、わかりましたよ。この報告書をまとめたら今日の業務は終了です。だからちょっと待っていてください」


「よっしゃ。今夜は寝かさないぜ」


「はぁぁ~。というか、私が頼まなくてもどうせ助けてたんですよね?」


「あん?」


「あの子たちでしょ? 出発前にシルフィアちゃんが言ってたのって」


「ありゃ、バレた?」


「リーゼロッテさんがここまで気に掛けるなんて、シルフィアちゃんがらみじゃないとあり得ないですからね」


「その辺のことは、こっち来て飲みながら話そうぜぇ」


「リーゼロッテさんとシルフィアちゃんの出会いの話? もう百回くらい聞いてますけど……」


「んなこと言うなよ。この前、一晩付き合うって……」


「はいはいわかりました!」


書類まとめ終えたミリシアが、一番上まで止められていた胸元のボタンをバチバチと外した。


「はい。お仕事はここまでです。リーゼ……、もちろん覚悟はできてるわよね?」


「ははは、相変わらずすげぇ迫力。ぞくぞくしちゃうね」


「ふんっ」


ドンっ! と置かれた二つのゴブレットと共に、夜戦開始の鐘がなった。





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落ちこぼれ召喚士は、数の暴力で無双する 3人目のどっぺる @doppel_no3

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