第38話 風の魔法剣
「へぇ、もしかして知ってた? ミリシアから聞いてた感じ?」
リーゼロッテは今も剣を振い、その切先の届かぬ先の
「いや……、さっきまでの反応からしてそれはないか。なら、初見で戦いながらこのネタを見抜いたってことか……。だとしたら、なかなかに大したもんだ」
「魔法剣……」
それは、剣に魔力を乗せて戦う非常に高度な戦闘技術だ。
そんな魔法剣には剣術としての側面と魔術としての側面がある。
剣術と魔術。
本来は相いれず、その片方を習得するだけでも相当に奥が深いそれらの二つの技術を、共にハイレベルに習得することで初めて魔法剣は実戦レベルで扱うことが出来る。
先程から、リーゼロッテは剣の斬撃に風魔術を乗せて放っていた。
速すぎて見えないと思えた斬撃は、剣撃と連動して放たれた風魔術のかまいたちによるものだったというわけだ。
凄まじい剣速に目を奪われて、ダインは通常の剣撃ではありえないような斬られた方をしても、それが剣術によるものだと錯覚させられていたのだった。
「見抜いたのはさすがだけど……、わかったところでどうしようもないでしょ?」
「……ですね」
ここまでのことは、むしろ圧倒的な戦闘技能を持ったリーゼロッテのお遊びだ。
巧妙に魔術の部分を隠すことで、『見えない斬撃』という不可思議な術でダインを翻弄して楽しんでいたのだった。
だが、ダインはそれを見抜いてしまった。
だからもう、リーゼロッテはその術を隠す必要がなくなった。
故にリーゼロッテの攻撃パターンは、ここからさらに何通りも増えていくことだろう。
「はぁっ!!」
リーゼロッテの周囲に風が渦巻き、同時に十体近い数のゴブリンが切り裂かれた。
目視不可能なほどの速度で放たれたかまいたちが、次々とリーゼロッテの周囲のゴブリン達を切り裂いていく。
「へえ、何体か逃れたか。あの一瞬でよくもまぁ対応できたもんだ」
岩の後ろなどに隠れてやり過ごした他、鉄材や鉄板などでかまいたちを防いだ
リーゼロッテの術が魔法剣だと見抜いた時点で、ダインはここまでのことを予想して対策を立てていた。
「それで……。結局のところあなたの目的はなんなんだ?」
ダインは召喚と攻撃の手を止めないままに、リーゼロッテにそう問いかけた。
「んー? ただの暇つぶし、かな」
「そう……。じゃあ望み通りに暇は潰せてる?」
「まぁ、そこそこってところかな」
次々と斬り捨てられる
キラキラとした魔力の粒が上昇し、やがてダイン達の視界を覆っていった。
「へぇ、なんか仕掛けるつもりかな?」
リーゼロッテがピクリと反応し、そう呟いた。
と同時に、後方で待機していたゴブリン達が一斉に
それを素早くかわしたリーゼロッテに向け、さらにいくつかの鉄材が投げつけられた。
「ほうほう、なるほどね」
だが、それすらもリーゼロッテは余裕の表情でかわしていく。
さらに、鉄材を振りかぶった五体のゴブリンがリーゼロッテに肉薄する。
対してリーゼロッテは、それらを瞬く間に切り裂くと、再び跳躍して戦闘の中心から距離を取った。
そんな着地寸前のリーゼロッテに対して、三体のゴブリンが同時に踊りかかった。
「おしい」
だが、ゴブリン達はリーゼロッテに近づくより先にかまいたちによってバラバラに切り裂かれてしまう。
「惜しくはないですよ」
「っ!」
再び、ゴブリンからの投擲。
リーゼロッテはそれを再び跳躍してかわした。
そこへ、さらなるゴブリンが襲いかかる。
「はははっ! こりゃ凄い! あんた、未来が見えてるのかい? 私が跳ぶ先が見えてるのか?」
「待ち構えてるだけですよ。……可能性のあるすべての地点で」
「あはは! 凄いじゃん! ここまでの連携を受けたのは久しぶりだ!」
投擲と追撃。
間髪入れずに繰り出される凄まじいまでの波状攻撃の嵐。
リーゼロッテは、それら全てを高笑いしながらいなしていった。
「もう五百体くらいは斬ったかな?」
「まだ二百体くらいですよ」
「ふぅん。そろそろ疲れてこない?」
「もうしばらくは持ちそうですかね」
「そ……、じゃあもうあたしの負けだわ。こっちはもうそろそろ魔力切れよ」
そう言って、突然リーゼロッテが剣を納めた。
勢い余ったダインのゴブリンがリーゼロッテに襲いかかり、その身体を地面に引き倒す。
そんなゴブリン達の身体が、リーゼロッテのかまいたちでバラバラに切り裂かれた。
「魔力、全然切れてないじゃないですか……」
「あはは、調子に乗って追撃された時に逃げる分くらいは残しておくさ」
「……それが、『自分の身は自分で守る』っていう冒険者流ですか?」
「まぁね。騎士団連中は『後に続く仲間達のため、全部出し切ってでも戦い抜け』ってノリだけど……今どきそんなのは
「……」
「で、お前はどっち? まだ……。やる方?」
上体を起こしたリーゼロッテの目がギラリと光った。
挑発的なその目が、無言のうちに『来るなら来いよ』と言っていた。
「じゃ、やめときます」
「へぇ、騎士のノリは嫌い? 気が合うじゃん」
「これ以上、リーゼロッテさんを喜ばせたくはないので」
「あはははははっ!」
高笑いをしながら、リーゼロッテがふわりと起き上がった。
「んじゃ、遊びは終わりだ。さっさと帰ろうぜ。……ユニークポイントの回収はもう済んでるんだろ?」
「……ええ」
こうして、唐突に始まった激戦は、終わる時にも唐突に終わったのだった。
「リーナ、行くよ。……大丈夫?」
「あ、うん」
歩き出したダインとリーゼロッテの後を、リーナがゆっくりと追いかけた。
→→→→→
リーナはその戦いに魅入っていた。
流れるような動きで繰り出される剣撃と、その切先から放たれる魔力の奔流。
それら全てが例えようもなく美しかった。
まるで一つの完成された
初めから終わり方が決まっているかのように。
繰り出され続けるリーゼロッテの剣撃は規則正しく世界を奏でていた。
そして、対するダインは濁流だ。
荒々しい轟音と共に全てを飲み込み、押し流そうとしている。
そんな二つがぶつかり合って、リーナの目の前で激戦を繰り広げていた。
ぶつかり合って弾け、周囲を原初の魔力で包み込んでいく。
そんな光景から、リーナは目が離せなかった。
思わず伸ばしたリーナの手が、輝く魔力の残穢を掻き分けた。
物語の残り香。
ふわりとリーナの手のひらに乗ったその魔力は、そのまま大気に溶けていった。
リーゼロッテの剣が
その切先から魔力が流れ出し、うねりながらダインのゴブリンを捕らえて切り裂いた。
驚いたことに、リーゼロッテは術式を組んではいなかった。
術式付加を行わないままに、魔力が流れるままに剣先から放出している。
そしてそのごくわずかな魔力の流れを、切先の動きで見事に操っている。
粗暴な言動や見た目とは裏腹な、とんでもないほどに繊細な剣。そして魔力制御だ。
術式に頼らない魔力制御。
単純な性質や方向性だけを付与されたマナに近い状態の魔力を生み出す技術。
一見して荒々しく見えるリーゼロッテの魔法剣は、その実『芸術』と呼べるほどに繊細に練られ、作りあげられていたのだった。、
「魔術。そうか……、魔法剣か」
「あはっ! 正解だ!」
……えっ?
それって見てればわかるもんなんじゃないの?
「へぇ、もしかして知ってた? ミリシアから聞いてた感じ?」
もしかして、普通はわからないもんなの?
じゃあ、私に見えているこれって……
みんなにも見えてるわけじゃないってことかしら?
今もリーゼロッテの剣先から迸る魔力の奔流。
リーナの目には、その流れが最初から最後まではっきりと見えていた。
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