第37話 DランクvsSランク

屋根の上へと逃れた時と同じようにして、リーゼロッテが一足跳びでダイン達の前へと跳び降りてきた。


「ちょっとあんた! よくも自分だけ逃げたわね! ギルド最強のSランクが聞いて呆れるわよ!」


「リーナ、ストップ!」


「ん……、なに? って……、えっ!?」


ダインの制止とほぼ同時に、リーゼロッテの全身からいつぞやのような殺気と威圧が放たれ始めた。


「あっ……」


瞬間。リーナは息を飲み、そのまま一歩も動けなくなってしまっていた。

リーナは、完全にリーゼロッテの殺気に当てられてしまっていた。


「なん……の、つもり?」


なんとか絞り出したリーナの言葉に対し、リーゼロッテが不敵な笑みを浮かべる。


「久しぶりに面白そうなやつを見つけたからさ……、色々とうずいてきちゃったってわけよ」


「それ、僕のことですか?」


「ふはっ! 相変わらず気が抜けるような喋り方しやがるなっ!?」


「……それ、俺のこと?」


「ああ、そうだよ! しっかり責任とってくれよなぁっ!」


そう言って振り抜かれたリーゼロッテの剣で、ダインのゴブリン召喚体が三体斬り裂かれた。


「俺の……どこにそんな要素があるんですか?」


「んん? 自覚ない? こんだけ好きに斬りまくってもいい相手とか、なかなかいないじゃん」


「……」


「ところで召喚体って、斬られると術士にもダメージがいくんじゃなかったっけ?」


「僕は、大丈夫です。そうなる前に……、斬られる瞬間に意識を切り離しますので」


「ふぅん。それって凄いの?」


「さぁ……、わかりません。僕は自分以外の召喚術士をそんなに多くは知りませんので」


「そう、かいっ!」


ダインが空中に生み出した召喚陣を、リーゼロッテが剣で貫いた。

貫かれた召喚陣が粉々に砕け散る。


「フィードバックダメージのことを知った上で、さっきはぼくの……じゃなくて俺のゴブリンを斬り殺したんですか?」


「うん? なんかまずかった?」


「相手が俺じゃなかったら、あれの跳ね返りで死んでたかもしれないですよ」


「まぁ、そん時ゃそん時だろ。ギルドには『新人君はゴブリンにやられましたー』って報告しておくさ。実際そんなのよくあることだろ?」


「……冒険者って、そんな人ばっかですね」


「自分の命は自分で守る。ただ、それだけさ」


「なるほど……」


リーゼロッテのおしゃべりに付き合いながらも、ダインは次々と召喚陣を増やしていった。

そうしていつの間にか、戦場には二十を超える数の召喚陣が展開されていた。


「へぇ、やっぱりそれがお前の戦術ってわけか」


次々と生み出される召喚陣からは、次々とゴブリンが這いずり出していく。

そしてこの戦場には、あっという間に百体を越えるゴブリンが召喚されていた。


「ガルバ兄弟をやった時も、そんな感じだったって聞いてるぜ」


リーゼロッテの剣が走り、周囲のゴブリン達が野菜か果物かのように次々と切り裂かれた。

その全てが、急所を真っ二つにされての即死ダメージだ。


正確、かつ、速い。

とてつもない剣だ。


以前戦った剣士のような、剛と柔が入り混じった均整の取れた剣ではない。

ただひたすらに軽く、そして速い。


「っ!?」


ダインのゴブリンが、地面から拾い上げた鉄材でリーゼロッテの剣を防いだ。


「へぇ、私の剣が『軽い』のを、この一瞬の戦いで見抜いたわけね。……いい勘してるじゃん。でもさ……」


カンッと乾いた音を立てて弾かれたリーゼロッテの剣は、次の瞬間には違う角度からの斬撃となってゴブリンを斬り捨てていた。


見えない。

リーゼロッテの剣筋が、ダインには全く見えなかった。


次々とゴブリン召喚体の身体を斬られているのに、その剣の軌跡が全く見えない。


リーゼロッテの動きは見えている。

だが、剣筋が追いきれない。

見えているはずなのに、反応できないままに次々と斬り捨てられていく。


遠目の高台に配置した『目』の役目を負ったゴブリンを、リーゼロッテはあえて壊さずに残しているようだった。

その気になれば一瞬で距離を詰めて斬り捨てられるのだろうが、あえてそれをせずにダインの実力を測っているのだ。


それは、手のひらの上で転がされているような感覚だった。


リーゼロッテがその気になれば、一瞬でダインの本体に迫り、それを斬り捨てることができるはずだった。

リーゼロッテがあえてそれをしなかったのは、彼女の目的がこの戦いを楽しむことにあることの証明に他ならない。

だが、やろうと思えばいつでもやれる。


それは、常に喉元に剣に突きつけられているような感覚だった。


リーゼロッテの気分次第で、ダインは瞬く間にその命を奪われる。


それは、心臓を掌握されているような圧倒的な無力感だった。


「くそっ!」


本気で殺しに来ていはいない。

それはわかる。


だが気分屋のリーゼロッテのことだから、ダインの出方次第で数秒後にどう考えを変えているかわからない。


ここを切り抜ける最も確実な方法は……

リーゼロッテを倒して止めること。


でも、それができない。

そこに圧倒的な戦力差があることを、ダインは肌で感じとっていた。


今のダインには、リーゼロッテがどうやってダインのゴブリン召喚体を斬っているのかすらもわからないのだ。


だが……

それでも、全力を尽くすしかない。

考えて考えて……

考え抜いて勝利を目指すしかない。


それこそがシルフィアの教えだ。


ダインは複数のゴブリンで連携し、次々とリーゼロッテへと掴み掛かった。

だがダインのゴブリン召喚体は、リーゼロッテに爪先一つ掠らせることができなかった。


「あはは、面白いな! なかなかやるじゃん! このゴブリンモドキ、十体も集まりゃあ並の剣士より全然強いな!」


どう見ても剣が届くはずのない距離にいるゴブリンが、二体同時に斬り裂かれた。

ゴブリン側の視界でも、なぜ今の瞬間に斬られたのか全く理解できなかった。


「剣の……、動きじゃない?」


リーゼロッテが再び跳び上がり、ダイン達から距離を取った。


「剣じゃ、ない?」


どう考えても届くはずがない距離に、斬撃を飛ばす。

普通に考えれば、そんな方法は一つしかない。


「魔術。そうか……、魔法剣か」


「あはっ! 正解だ!」


ダインの呟きを聞き、リーゼロッテはさも楽しそうに笑い出したのだった。

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