『亡者、デートに誘う』

小田舵木

『亡者、デートに誘う』

 向き合うと言葉が出ない。

 俺はいつだってそうだ。好きな子の前では照れ隠しをしてしまう。これは童貞力がなせる業である。

「…君は」眼の前の彼女は言葉を振り絞る。

「この世に居てはいけない存在なんだよ」次の句はこれ。いやあ。俺は好きな子にえげつのない言葉を吐きかけられている。

 彼女は同級生のきりさん。長い黒髪がトレードマーク。白い肌によく映える。

「君は…もう。この世には居ないはずの存在。お盆はもう過ぎたよ?」

「言ってくれる」俺は言葉をなんとか絞り出す。死んだ覚えなんてないっつうの。

「事実。君の死は報道されている」彼女は俺が死んでいる、という証拠を世界に求める。

「…そんなニュース知らない」実際。俺が死んだなんて報道、あったら家は大騒ぎだ。

「君が周囲の認識を歪めている」彼女は黒髪を払いながら言う。その様は絵になる。

「認識を歪めている…ね。まるで超能力者だ」

「死者はそういう能力を持ちうる」

「死んだほうが何かと便利だな?」俺は彼女に問う。

「ある意味ではね。人のことわりから外れた行動が出来るようになる―」彼女はそう言いながら、突進してくる。腰には得物えもの。日本刀だ。あぶねえモンぶら下げてやがる。銃刀法違反で通報したろか?

 

 日本刀の一閃が俺の鼻の近くを通り過ぎていく。俺はギリのところでバックステップ。

 一歩下がった俺は、彼女に向かってパンチ―といきたいところだが。惚れた弱みがある。仕方がないのでフルダッシュ。全力で彼女から距離をとって。

「ちょこざいな」彼女は追いすがる。その際に日本刀で突いてくる。

 俺はそれを華麗に避ける。身体が嫌に軽い。彼女が言う『死んだ』の言を信じてしまいそうになるほどの身のこなし。

「追いかけられる恋ってのも良いもんだ」俺は軽口を叩きながら、走る。後方へと。


 後方は―公園の出口だ。俺は夜の公園で思索しているところを桐さんに捕まってしまったのだ。

 まったく。これだから人生は。うまくいかない。

 後方を見れば桐さんが俺を追いかけてきてる。これが平和な風景ならいいが。彼女の腰には日本刀。平和とは程遠い風景で。

 

                   ◆



 俺は息を整える。

 今は公園から離れて家の近くだ。ここまで来たら桐さんも襲ってくることもあるまい。なにせ人目がある。


 俺はそのまま家に帰宅。玄関に入って、リビングに顔を出しておく。

「母ちゃん、父ちゃん。ただいまっと」

「おう」 

「おかえり。風呂沸いてるよ」二人共普通のリアクション。死者に対するものじゃない。

 

 俺は母ちゃんの言葉に従い風呂へと向かい。脱衣所で服を脱ぐ。その際に鏡を見てみる。ちゃんと俺の姿は映ってる。鏡は俺を認識している。俺は死んだはずがない。


 風呂から上がると俺は自分の部屋に行く―前に。仏間に寄っていく。これは俺の習慣だ。生前、俺を可愛がってくれた爺ちゃん婆ちゃんに挨拶をするのだ。

 仏間に入れば。そこには我が家の仏壇があり。

 仏壇には死者の写真が飾られているのだが―あれ?おかしい。


 

 

 あれえ?これ俺死んでない?

 仏壇には爺ちゃん、婆ちゃん、そして間抜けな顔をした俺の写真…うん。どうみても俺の写真だ。いつも鏡で見ている俺の顔が写真に写っている。

 んじゃあ?さっきの父ちゃん母ちゃんのリアクションはなんだったのか?普通に俺を迎えてたぞ?

 ここで桐さんの言葉が思い返される、『君が周囲の認識を歪めている』。そうか、これが…とはたと手を打ちそうである。

 俺は周囲の認識を歪めてはいる…だが、周囲の物に干渉するまではできない。だからこういう細かいところに齟齬そごが出来る…


 ああ。なんてこった。

 俺は…俺は死んでいたのか。マジかよ、という思いしか出てこない。だってまだ16歳だぜ?死ぬには70年くらい早い。

 俺の死は確か桐さんいわく報道されている…という事は病死ではない。恐らくは事故死で。

 何故?頭に出てくるのはそんな言葉ばかり。

 

 俺は頭が痛くなってきて。とりあえずそのまま仏壇に手を合わせて―自分の仏壇に手を合わせるのは皮肉な気分だ―部屋に戻った。


 そして部屋でベットに寝転んで。スマホをいじってこの地域の事故について検索。

 するとあっさりヒットした。俺は報道にも干渉出来ないらしい。

「工事現場で資材の落下事故、16歳の少年巻き込まれて死亡」

「亡くなったのは毛利雀(もうり・すずめ)くん16歳」

 おいおい。こりゃあ。現実的には俺は死んでる。だが、周囲の認識を歪める事で俺は生きている事になっている…って事だろう。

  

                   ◆


 朝飯。奇妙な気分だ。死んでるはずの俺が食卓を囲んでいるとは。

「雀?そこのお醤油取ってよ」母ちゃんは平然と俺に話しかけてきて。

「へいへい…っと」俺は彼女に醤油を渡す。その際に手が触れて。母ちゃんの手の感触が俺の手に残る。これは変な話だ。俺は死んでいるんだから触れられないはずなのに。

 目の前の親父は平然と新聞を読みながら飯を食っており。

 これじゃ。俺が死んだという現実だけが抜け落ちているみたいだ。


 俺は飯をかっこむ。ソーセージと共に。そして味噌汁を飲み干して。

「ごっそさん…」そのまま俺は身支度をしに洗面所に移る。


 洗面所の鏡は。今日も嘘をついている。俺の姿は以前として映っており。

 俺はそれを睨みつけながら歯磨き。

 しっかし。俺が亡者もうじゃか。これからどうすれば良いんだか。

 …どうすれば良いか?そんなモノは分かってる。桐さんに成敗せいばいしてもらう事だ。今のところ簡単な解決策はそれしか無い。

 だが。好きな女の子に成敗される…か。考えただけでも憂鬱である。

 

                   ◆


 俺は身支度を整えると制服に着替えて。

「行ってくるわ」と母に挨拶をし、家を出る。見慣れたはずの通学路が妙に新鮮に映る。


「お〜い。もうりん?元気してっか〜?」頭の後ろから声が。これは俺の友人の藤吉郎とうきちろうだな。

「う〜い元気よん?」俺は生返事を返しておく。朝から元気なヤツ。俺には重大な懸案事項があるってのに。

「なんだよ、テンション低いなあ。何?男の子の日?」朝から下品なジョークでお出迎え。我が友人もまた童貞力の高い男である。

「それは先週済んだわよっと…違う。ちょっと気がかりな事があってな」

「何だあ?桐ちゃんの事かな?朝からお盛んねえ」ヘラヘラ笑う藤吉郎。

「…当たらずとも遠からず。ま、色々あるのよ」

「うん?昨日桐ちゃんに会えたとか?」桐さんは違うクラスに属してる。だからエンカウント率は低い。

「会えたね。ま、ちょいと顔を見たくらいだけど」本当は存在を否定され、成敗されかけたけど。

「そりゃ良かった。もうりん、桐ちゃんにベタ惚れだからなあ」

「…」そう俺は。彼女にベタ惚れ…というか骨抜きにされる位れている。そんな彼女に追い回されるのは実は少し楽しい。

「早いことアプローチしとくこった。美人はあっという間に誰かのモノになっちまう」藤吉郎は俺に絡みながらそう言う。

「俺じゃ…彼女には似合わんよ」なんて言ってしまう。実際俺は死んでるしな。

「そういう諦めはよくないぜ?もうりん」

「…はあ」ため息が漏れちまう。


 俺は藤吉郎と連れ立って学校に到着。昇降口の下駄箱に俺の名前は…ある。ここぐらいには干渉出来ているようだ。

 下駄箱で上靴に履き替えると、俺は教室に行く。俺の席は一番後ろの窓際。

 席に着くと窓の外の空を眺める。今日も残暑残る空。スカイブルーのそれはすがすがしい。

 

                  ◆


 夕方。

 学校は終わった。俺は荷物を纏め、さっさと教室を出る。

 廊下に出ると、そこには桐さんが居て。

「昨日はよく逃げたわね?」彼女は言う。

「…あの状況で逃げないヤツはいねえよ」俺は返す。ポン刀持った女に襲われたら普通の人間は逃げる。

「まあ、貴方あなたにも整理する時間は必要よね?」

「…まあな。事実を確認するのに手間取った」

「ねえ。少し場所を移さない?」ここは学校の廊下。パブリックな空間過ぎる。

 

 俺と桐さんは連れ立ってファストフード店に入る。

 そこで二人共コーヒーを頼んで。向かい合う。これはデートみたいだが。本当は俺の死の相談なのである。

「ねえ。毛利くん。事実を確認してどう思った?」コーヒーをすする彼女は言う。

「…おったまげた」

「でしょうね。みんなそうなの」

「みんな?」

「貴方みたいな事例は案外街に溢れているものなのよ」彼女は事もなげに言う。

「この街はそういう街なのか?」疑ってしまう。霊場れいじょうとかそんなたぐいの不思議空間なのではないか?と。

「そうでもない。人の死なんてありふれてる。それと同じくらい黄泉よみがえりもありふれた現象なのよ」

「黄泉がえり?」

「君が今おちいっている現象の通称…私達の業界の」

「私達の業界…ね。桐さん。君は何者なんだ?」

「私?巫女の家系に属する者」

「神社関係者はみんな桐さんみたいなヤツな訳?」

「そうでもない。その中でも限られた人間のみが死者を感知できる」

「エリートな訳ね」

「そうなるかな。ま、私ははらい屋稼業をしているの」

「祓い屋…ねえ。現世に黄泉がえった俺を祓う訳か」

「そそ。それが私の責務。この街の安寧は私の双肩にかかってる」

「大げさな物言いだ」

「そうでもない。私はこの辺の死者を感知し、送り帰す事で、平穏を保ってる…ねえ。毛利くん。黄泉がえった者は貴方みたいに能天気じゃない事もある訳」

「能天気ねえ…」実際俺はこの世に帰ってきてまで為したい事はない。

「君は。無理やり帰す必要がない。昨日は襲ったけど…今日は話し合いに来たの」

「さっさと元の場所に帰れと?」

「そう。貴方。今、結構無理な状態にあるのよ?」

「無理な状態?」

「周囲の認識を曲げてるでしょ?あれ。結構力を浪費するんだよ」

「力を浪費しすぎると、どうなる?」

「最悪。貴方はどこにも存在しない物になる。生命の輪から外れる」

「生命の輪?」

「私達は神道しんとう関係者だけど。輪廻転生りんねてんせいを信じている…」

「そら節操のない」

「ともかく。君は次の生のサイクルに入り損ねるって訳。このままじゃ」

「…」俺は思い悩む。さて。何故、俺はこの世に黄泉がえりをしたのだろうか?と。

  

                    ◆


「ねえ。毛利くん?貴方、黄泉がえった理由…思い当たりはある?」

「…」俺は今それを考えているのだが。どうにも出てこない。

「この世に強い未練とか残してない?」

「…」俺は彼女の目を見る。澄んだ目。大きなそれは美しい。思わず見とれてしまう。

「…ねえ毛利くん?聞いてる?」

「ああ。今、全力で思い当たりを探しているんだが…ないんだ」

「ない?」 

「16で亡くなっちまった事は確かに未練になりかねない。だが、現世に帰ってきてまでやりたい事ってなかったと思うんだ」

「それは…困ったわね」

「どう困る?」

「話し合いで祓う場合。貴方の心残りをどうにか処理しなくてはならない」

「…俺の心残りねえ。下世話な話だが―童貞のままってのはあれかな」ぶっちゃけトーク。思春期の男なんてこういう事しか考えてないのだ。眼の前の桐さんは顔を赤くしている。

「流石に。身体は差し出せないかな」彼女は巫女だ。巫女というのは綺麗な身を要求される…聞きかじりだが。

「そんな事は俺も頼む勇気はない」

「なら良いけど…もしかして。恋愛絡み?」

「…」そうかも。俺は桐さんと仲良くなりたかったのだ。

「で?好きな子は誰?」どストレートに聞いてくる桐さん。遠慮がない。仕事だからだろうか?

「言える訳…ねえだろうが」俺は顔が赤くなっているのを感じる。

「そうしないと。君はこのまま現世に残り続け―そのうち力が尽きて完全に消滅する」

「それはぞっとしない…だが。好きな子を言えって!」俺は思わずヒートアップ。

「いいから。どうせ貴方は死んでるのよ?恥じらいもクソもない」そんなあ。こんなのムードが足りてない。

「…」俺は黙秘権を行使する。人には言わなくて良いこともあるのだ。

「黙ってないで。お姉さんに言ってみなさい。手くらいは貸すから」

「余計なお世話だってば」俺はお前が好きなんだっての。察してくれねえかなあ。

「もう…らちが空かない」彼女は急に距離を詰めてきて。俺の顔の近くに来る。

「ちょ…」童貞は。こういう修羅場に弱い。

「言いなさい」彼女は俺の学生服の襟首えりくびを掴みながら問う。周りの視線を集めだしている。

「…」俺は至近距離にある桐さんの顔を眺める。陶器みたいな肌理きめの肌。その肌は触れたらツルツルしてるだろうな…

「…もしかしてだけど」彼女は目をつむりながら言う。


「私?私が好きだったりする?」ああ。大胆な。俺の好意は暴かれてしまった。


「…しょうれす」呂律ろれつが回らない。だって好きな桐さんに襟首つかまれて、自分が好きかどうか聞かれたんだもの。

「ゴメン。まったく気づけてなかった」

「君の姿を見るのがやっとだったからな」

「そっかあ…うわあ。どうしよう?」彼女は悩みだす。

「ああ…これは駄目みたいですね」俺は意気消沈とする。。ああ。このまま消えるかも分からん。

「ゴメン。凹ませて。ホント、私、君の事知らなかったから」

「いいんすよ…どうせ俺なんて…」俺の身体はみるみる内に萎れていく。身体の力が入らない…

「あああああ。ここで意気消沈して消えるのは止めて!人が多すぎるから!ああ…どうしよう?」彼女はあたふたし始める。

「あーあ。初恋は実らないって本当だったんだなあ…童貞は童貞のまま惨めに死ぬしか無いんだなあ…悪霊にでもなりてえ」俺は捨て台詞を吐く。もういっそ悪霊としてこの世に顕現けんげんし、ありとあらゆるカップルを呪い殺したい。

「悪霊は止めて!仕事的に面倒くさい!」

「んならあ…最後にせめてデートでもしてくれよおおお」俺は怨嗟えんさの叫びをあげる。今でも悪霊みたいだ。

「分かった!!分かったから!止めてその叫び!!」彼女は言う。

「マジで?」

「ええ。約束する」いやあ。言ってみるもんだな。

「んじゃあ。今週の土曜に街に行こう!」俺はノリノリである。

「…わかった。。オーケー?」

「オッケーでございますとも!」俺は生涯で一番晴れやかな気分になっていた。

 

                   ◆


 土曜日の事である。

 俺はいそいそと目一杯のお洒落をする。っても、いつものパーカーだけど。

「行ってきますわあ!」俺は家を出る。そういやこれで家は最後だ。

 名残惜しいか?まあまあ。どうせ俺は死んでいるのだ。


 街へと向かって俺は歩いていく、目に入るのは見慣れた道。ここも最後だ。今日、俺は桐さんに祓われる。

 ああ。16で死ぬ…か。ふと思う。短い生涯だったな。大人になってみたかったものだ。


 待ち合わせの駅に着いた。30分前である。興奮しすぎて家に居れなかったのだ。

 すると。彼女は居た。俺よりも早く集合してやがる。

「桐さ〜ん?」俺は彼女に呼びかける。彼女の私服を始めて見た。清楚な白のワンピース。彼女の長髪の黒髪によく映える。

「あら。毛利くん。早かったわね」彼女は涼し気な声でそう言う。

「デートするかと思ったら居てもたっても居られなくて」

「…とことん私に惚れてたのね」彼女はつぶやく。

「そりゃもう!」俺は言う。話かけるのを躊躇ためらうくらいには好きだった。

「ゴメンね。気持ちのこたえ方がこんな打算ずくで」

「ま。死者の役得だと思っとくよ」俺は言う。こうでもしないと彼女に好意を伝える事はなかっただろう。

「さ。どこ行く?」彼女は聞く。

「とりあえず。繁華街でウィンドウショッピングでも」

「なるほど。行こっか」


 俺と桐さんは街へと繰り出す。この地方都市は駅の前が栄えてる。大きな駅ビルがあるのだ。


 俺と桐さんは大きな駅ビルへと入り。そこのテナントを全部冷やかしていく。

 桐さんは俺の隣に付き従っていて。服屋とかアクセサリーショップを眺めている。

 俺は桐さんに服を見立てる。今は清楚なワンピースだが。アクティブな格好も似合うのではないかと。

 それに桐さんは照れながら応えてくれ。俺が見立てた服を試着してくれる。

 すると。なんだか落ち着いた雰囲気の桐さんが、急に俺と同年代位に思えてくる。


 俺達は駅ビルのテナントを冷やかし終わると喫茶店で休憩。


「…毛利くん。今日で貴方はこの世を離れます」紅茶を啜る彼女は言う。

「そうだねえ」ここぞとばかりにパフェを食う俺は応えるが。あまり実感はなかったりする。今が幸せ過ぎるのだ。

「私とデートする以外で心残りない訳?」

「…それは今日になるまで考えてみたけど。考えれば考えるほど分からなくなったんだ」

「分からなくなった?」

「おう。家族の事とか友達の事…惜しくない訳じゃないぜ?でもそれを言い出すとキリがなくなって来る訳さ。なんせ早死だからさ」

「そうね。非業の死とも形容できる。君はもっと恨みを募らせてると思ってた」

「…俺さ。もともと身体強くないのよ」言ってなかった事を言う。

「身体が強くない?」

「そう。小さい頃に臓器の機能不全が見つかってさ。それも不治の」

「…じゃあ?元々人生が短い可能性があったってこと?」

「大いにあり得たね。今は…ていうか生前は薬で臓器の機能を補ってた。なんとか入院生活にならずに済んでた」

「…大変な人生」

「うん。他人からはそう見えるかもね。でもさ。俺は俺として生まれちゃってさ。これは受け入れざるを得ない。だから死を意識することは日常茶飯事だった」

「だから、貴方は死に対して淡白なのね。納得がいった」

「だけどまあ。桐さんとこうしてデートが出来るだなんて思ってもなかった。死んどくもんだね」

「…流石にそれは軽すぎる」彼女は言う。

「そ?俺はどうせ短い生涯しか与えられなかったんだ。楽しまな損損」

「みんながみんな貴方みたいに死に向き合えない…だから私みたいな稼業は成り立つ」

「桐さんも大変だね、そんな家系に生まれてさ。苦労し通しだろ?」

「君ほどじゃないよ。私は力があって…それを活かして自らの役目を果たしているだけ。毛利くんみたいに死に脅かされていた訳じゃない」

「それでも危ない目には遭うだろ?」

「そんなの。私の日本刀があればどうにかなる。実体のあるものは斬り伏せられる」

「戦闘民族だなあ」

「祓い屋は。元々悪霊相手だからね。腕っぷしも鍛えておかなきゃならない」

「なんだか。ヒーローみたいだな。そう思うと申し訳なくなってくる」

「どうして?」

「ヒーローの貴重な一日を俺なんかが奪ってる」

「大丈夫。これもヒーローの仕事だから」

 

                   ◆


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 喫茶店を出た俺達はゲーセンに行き。クレーンゲームやプリクラを楽しんだ。


 そして夕方である。

 俺達は連れ添って川原を歩いてる。俺を祓うには広い空間が必要らしい。

「あーあ。あっという間にデート終わっちまったなあ」俺は呟く。

「…そうね。今日さ。私楽しかったよ」桐さんは言う。

「楽しんでもらえたなら何より。死者とのデートなんてゾッとしないものだろ?」

「まあ、不思議な気分ではあるわね」彼女は川原の土手を降りていく。俺はそれに付き従う。

 

 川原。その脇に広がる原っぱが俺の最後の地である。

 ああ。この世に未練は無いわけではないが。最後に桐さんとデート出来た。だから俺はこの世から消える…今日この時をもって。


 桐さんは地面に円形を描き始める。

「何してんのさ?」

「門をここに呼ぶ。冥界めいかいの門」仰々しいモノに俺はち込まれるらしい。

「…優しくしてね?」俺はこういう時にふざけてしまう癖があるらしい。

「…保証は出来ない。毛利くんがあっさり門に収まってくれれば話は済むけど」


 桐さんは描いた円の中に鳥居を描く。それは冥界の門を示すらしい。鳥居ってそんな意味あったっけ?

「神の領域と人の領域の境界線。その分かりやすい象徴が鳥居なわけ」

「はあ。勉強になるなあ」今さら学んだトコロで活かす機会はないが。


 桐さんは描いた円の中に俺を誘い。

 俺は円の中に入る。そして桐さんは描いた円の外で手を打ち鳴らす―


 すると。淡い光の中に門が…冥界の門が現れた。

 冥界の門は朱色の鳥居。これじゃあなんだか初詣みたいな気分になる。

「毛利くん。これで私の責は果たされる。くぐって。そして安らかに眠れ。次の生では善き生を」

「…」俺は目の前の鳥居を眺める。ここに来て急に何かが惜しくなってくる。

「毛利くん?」彼女は円形の外で不思議そうな顔をしていて。

「いや。今、心残りを思い出しまして」俺は言う。そういや、やってない事があるのだ。

「何?これ以上もんを開き続けるのはキツいから―さっさとして」彼女は言う。

「まったく…風情がないねえ。これも俺の人生かな。まあ、今すぐ果たせる心残りだから――言っとくよ。きり常葉ときわさん。僕、毛利もうりすずめは君の事が好きでした!!」

「ありがとう。だけど、ゴメン。気持ちには応えられない…でも嬉しかった。次の生でもなにかの縁があればいいね…」彼女はかすかな微笑ほほえみと共に言う。

「その言葉が聞けて、デート出来ただけで。俺は幸せだった…」俺はそう言いつつ朱色の鳥居をくぐり。現世から冥界へと移っていく…

 

                   ◆


 時は過ぎゆく。

 輪廻は今日も周り続けている。

 今日も―ある者とある者が輪廻をくぐり抜けた。

 それは二羽の鳥であった。


 その鳥たちはつがいで。

 仲良く空に旅立っていった。

 


 

                   ◆

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『亡者、デートに誘う』 小田舵木 @odakajiki

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