タワーマンションの降りてはいけない階

米太郎

タワーマンションの降りてはいけない階

 私は、都内のタワーマンションに住んでいる。

 一等地に建ってて、高層階に住むって憧れがあるかもしれない。

 けれども、実際のところはそんなにいいものじゃない。


 都内にもタワーマンションは乱立していて、窓から見える景色は隣のタワーマンションが視界に入ってくる。

 全然景色を独り占めできてはいない。


 それが分かったのも住んでからのこと。

 高層階になればなるほど、南側は暑いしなんでこの家にしたんだろうって、思う。

 エレベーターを昇るだけでも、何分もかかる。


 いつだって、エレベーターは全然来ない。



 私は、学校から帰ってきて、エレベーターを待つ。

 低層階用のエレベーターと、高層階用のエレベーターは分かれていて、なんとなくどちらに乗る人なのかは知っている。

 別に差別をしている訳じゃないけれど、ただ単に分かれているっていうだけ。



 高層階用のエレベーターを待っていると、見かけない人が私の後ろに並んだのが分かった。

 夏なのに、黒いロングコートを着ていて、黒い帽子を深々と被っていて顔が隠れている。

 一体誰なんだろう。


 このマンションには、そもそも部外者が入ってこれないし……。

 恰好からして怪しくて、なんだか怖いな……。


 高層階までエレベーターが着くのは意外と長い。

 この人と一緒に乗りたくないな……。



 ――チン。



 エレベーターが1階エントランスに到着した。



 エレベーターを一回見送ろう。

 そう思って、携帯をいじるふりして乗らないでいた。


 そうすると、怪しい黒ずくめの男は一人で乗っていった。

 男が一人で乗ったエレベーターは閉まり、上へと向かっていった。



 ……ふう。

 良く知らない人と一緒エレベーターに乗るのって何だか嫌。

 長いエレベーターの中で、何されるか分かったものじゃないし。

 私の住んでる階がバレるのも嫌だし。


 再度、高層階用のエレベーター上ボタンを押して、次のエレベーターを待つ。


 そうだった。

 Web漫画の更新分でも読んでおこう。

 ワクワクドキドキの展開だったんだ。

 電波が少し弱く、中々ページが開かなかった。

 こういう時に限ってタイミングって悪いよね。


 あ、やっと開いた。

 そうそう、この続きだった。



 ――チン。



 エレベーターが来たようだった。

 そのまま携帯でWeb漫画を見ながら、私はエレベータに乗り込んだ。


 私の階は32階。携帯電話を見ながら、そのボタンを押した。


 エレベーターに入ったからなのか、読みかけていたWeb漫画は読み込み中の画面になってしまった。

 しょうがないので携帯から目を話して正面を見ると、光っていたボタンは31階であった。


 あれ? 私間違えて押しちゃったかな?

 つい癖で押しちゃったのかも。

 いつもは31階って押しても反応しないから、適当に31階32階辺りをちょんちょんって押しちゃう。


 今日は押せるんだ。



 携帯電話に目を戻すが、まだ読み込み中の画面であった。

 エレベータは一人で乗ってる時は、意外と電波が入るのに。


 電波悪いなって思ってたら、後ろから音がした。


 あれ? 私以外に誰も一緒に乗らなかったはずだけど。



 そう思って、後ろを振り返ると人がいた。


 さっきの人。

 黒ずくめの男。



 もしかして、ずっとエレベーターに乗っていたの?

 それで、私が乗るのを待っていたみたいな……。


 その男の異様さが怖くなった。

 何なんだろう、この人……。


 この人は、どの階のボタンも押して無いみたい。

 私の後についてくる気満々なんじゃない?


 そうだとすると、私が住んでいる32階のボタンを押すわけにはいかない……。



 31階。


 せめて、その階までに誰か乗り込んできて欲しい。



 私の願いは叶わず、誰も乗ってこなかった。


 これは、まずいな……。

 いつも開かない31階についてしまった。



「おい。降りないのか」



 怪しい男がせかしてくる。

 振り返ると、かろうじて見える目は、血走っているのが分かった。


 ここで、間違えて押したとも言えない。

 私の住んでいる階が特定されるようなもの。

 ここで降りるしかないか……。



 私が降りようとすると、女の子がエレベーターに走って乗ってきた。


 その子と入れ替わりで私が降りて、すぐにエレベータの扉は閉まった。

 その子のおかげかどうか、男の人は降りてこなかった。


 危ない危ない。

 とりあえず男は撒けたね。


 この階にも階段があるだろうし、そこから行こうかな。

 男がいなくなったことで、少し安心感が出てきた。



 そうすると、なんだか31階のことが気になってきた。

 いつも降りれないようになっている階だし、ちょっと見てみようかな。

 どんな人が住んでるんだろう。


 階段までの道のりで、なんとなく表札を見て回った。

 そもそも表札自体をつけてない人もいるけれど、つけている人もいた。



『腹部』


 なんて読むんだろう。

 はっとりさん?

 じゃないか、『ふくべ』さんかな。


 そんなことが書かれた部屋があった。

 変わった苗字の人もいるのだと思いながら、歩いていく。



『胸部』


 これは、『むなべ』さんかな?

 私は初めて見る名前だな。



『頭部』


 次は、『とうぶ』さん。

 なんだか、変わった名前ばかり。

 なんでか、体の部位のような名前ばかり。


 そんなことを思って、表札を眺めながら歩いていた。



 ――チン。



 エレベーターが止まる音がした。

 この階で降りる人って、いるんだ。


 やっぱり、なんとなく気になってしまう。

 知らない人とエレベーター一緒だと緊張しちゃうから、顔だけでも見ておこうかな。



 そう思って、少し壁に隠れながらエレベータの方を眺める。

 すると、さっきの黒ずくめのような恰好をした人が下りてきた。

 手には何か持っている。


 なんだろう、マネキンなのかな。

 マネキンの頭部、髪の毛を掴んで引きずっている。

 ずいぶん乱暴なんだな。


 男は部屋の前まで着くと、マネキンを踏みつけて、その場で分解し始めた。

 すごい音がしている。

 まるで、骨が折れているような……。


 勢いよく踏んだことで、マネキンの頭のパーツが私の方へと飛んできた。

 そして、ころころと転がって、私の前で止まった。


 女の子の顔。


 首のあたりから、赤い液体がたらたらと垂れて。

 マネキンと目があった。

 妙にリアル……。


 まさかよね。

 これ、本物なわけないよね……。


 マネキンに見とれてしまっていて、パッと顔を上げると、男の血走る目が私を睨みつけているのがわかった。



「おい。見たな」



 私に向かって言ってる……。

 まずい、見られた。


 そう思った瞬間、黒ずくめの男が追いかけてきた。


 まずいよ、逃げないと。

 あれ、絶対本物だよ。

 本物の生首だったよ。

 早く階段へ。


 私は階段へと走り、階段のドアを開けた。



 上へ逃げるか、下へ逃げるか。

 このまま上へ行っても、私の遅い足じゃすぐに追いつかれちゃう。

 私の住んでるところもバレちゃうし。


 階段へ行くフリをして、隠れてやり過ごそう。

 階段のドアを開けたが、そこへは入らずに31階の奥の方へと進んで隠れた。


 そのまま自然と階段のドアが締まる。


 私はこのままゆっくり足音を立てずに移動して。

 エレベーターに乗って、早く家に帰ろう。

 そこでゆっくり警察に電話して。


 そう考えていると、男が来て階段の扉へと入って行ったのだろう、また扉が開く音がして、閉まる音が聞こえた。


 あいつは、死体を目撃した私のことを絶対に追いかけるはず。

 どこかの階に行ったかしらみつぶしに探すはず。


 普通に考えると、下の階だと思う。

 こういう時に上の階に行くのって追い詰められるだけだし……。


 そう思っていると、階段を徐々に下りていく音が聞こえた。



 ……ふう。

 この間に、エレベーターで上の階に行こう。


 恐る恐る警戒しながらエレベーターのボタンへ近づき、上のボタンを押して少し遠くで待った。


 誰か来ないか、緊張が走る。



 いつも以上にエレベーターが来るのが遅く感じた。


 ……早く来てよ。




 ――チン。




 エレベーターがつくと、誰かが乗っているように見えた。

 乗っている人が降りるかどうかを見極めていたが、降りる雰囲気が無かったため急いでエレベーターへ向かって走った。


 そこで、私はエレベーターがギリギリ閉まる前に乗り込んだ。

 すると、私が乗ったのと入れ替わりで、一人の女の子がこの階に降りたようだった。



 女の子……。


 何でだろう。

 こんな階に降りない方が良いと言おうと振り向いたが、その子は走っていってしまった。


 閉まる扉。



 とりあえず、私の階の32階を押そうとすると既に押されているようだった。

 あれ? と思いながらも、他の階を押すわけにもいかない。



 ……なんだか、この状況。

 ……見たことある光景と不安がよぎった。



 背中に何かを感じる。


 乗るときに確認しなかったけれど。



 誰も乗っていないよね……。

 後ろに、誰も……。



 確かめるのが怖い。

 けど、32階に行く前にどうにか……。

 あいつが乗っていたらマズい……。



 怖いけれど、振り向いて見ないと……。




 私は息を飲んだ。

 エレベーターの端、そこに男は立っていた。


 血走った目が、こちらを睨んでいる。

 さっき見たのと違うところは、黒いコートが血に染まっているところ。



「また会ったな」

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