第7話 転生脇役令嬢は原作にあらがわない

 結局、わたくしが原作にあらがうためにしたことのほとんどは意味がなかった。けれど、クレイヴと一緒に過ごした日々は無駄じゃなかったのよ。


 身分違いの求婚をしようとして身を滅ぼしたクレイヴは、現実では身分違いを埋めるために尽力してわたくしと婚約した。原作でアーチボルト侯爵はクレイヴをただ切り捨てただけだったけど、わたくしのお父様は求婚を断るだけじゃなくて、クレイヴに求婚するチャンスを与えたから、クレイヴは誘拐なんて手段に出なかったのね。ここはお父様に感謝だわ。


 告白ができずに他の男性に想い人をかっさらわれて逆上したロッティの従兄は、現実では告白をして正式な求婚をするために努力中。しかも、ロッテも従兄を想って両想い。……原作のロッティ・アーチボルトが元から従兄のことを憎からず思っていたのに、最終的に王太子と婚約したのはきっと、彼女に最初に告白したのが王太子だったからね。現実では彼女に最初に告白したのが従兄だから、こじれずに両想いになったのね。


 初恋の少女を失ってこれ以上愛しい人を失いたくないとロッティと心中した王太子は、現実ではリタ・ヒギンズ嬢を失うことなく、彼女と婚約した。愛しい人を失ったというトラウマがない以上、王太子殿下が誰かと心中の道を選ぶことはないでしょうね。


 まさか、従兄と王太子殿下が原作どおりにならなかったのが、クレイヴのおかげだったなんて思いもよらなかった。しかも、それがわたくしが原作とは関係なく手を出していたお花の品種改良がきっかけだなんて。


 転生脇役令嬢は原作にあらがえない。だけど、転生してないメインキャラは原作を捻じ曲げることができるのね。だから今のこの状況は、クレイヴが掴みとった現実なのよ。


「ポーラ」


 わたくしの名前を呼んだのは、礼服に身を包んだクレイヴ。彼が立っているのは、あの時わたくしに別れを告げた、薄紅の花の木の下だった。木漏れ日の落ちる地面には、ひらひらと花びらが舞う。


 今の季節は秋。全くの季節外れなのに、クレイヴが魔力で咲かせたその花は相変わらず綺麗だった。……でも、季節外れに咲かせるのは、これを最後にしてもらわなきゃ。だって、あんまり何度も魔力で無理やり咲かされたら、花も可哀想だもの。


 そうは思いつつも、薄紅色の花に囲まれていると、クレイヴの青い瞳が綺麗に映えて、わたくしは笑みがこぼれてしまう。薄織りのヴェールを隔ててなお、クレイヴは眩しく、綺麗だわ。


「またこの木に無理をさせたのね?」


「ポーラが好きな花ですから」


「もう……」


 そう言いながら、わたくしは彼の手を取る。そのわたくしの指には、銀色に光る指輪がきらめいた。


「皆さんが、花嫁を待っていますよ」


「あなたのこともね」


 ふふ、と笑って、わたくしはクレイヴと一緒に園庭へと歩き出す。そのわたくしたちの姿を見止めた家族たちが拍手で迎えてくれた。


「おめでとう、ポーラ」


「お幸せに!」


「やってくれたな、クレイヴ!」


 口々にかけられる声に、クレイヴと一緒に微笑みあう。


 人の輪の中心に至ったところで、わたくしたちは止まる。神前での誓いはもう済ませたから、今は集まった人たちの前でのお披露目の口づけをする段なのよ。初めての口づけは緊張をしてしまうけれど、原作では出てこなかったわたくしの婚約に、クレイヴの結婚式。わたくしの手を取ってクレイヴはこれからも隣を歩いてくれる。そのことが、何よりも嬉しい。それはきっと、クレイヴも一緒なのだわ。わたくしの目を見て微笑んだ彼は、わたくしのヴェールを上げてくれた。


「幸せになりましょうね」


「ううん」


 クレイヴの言葉に首を振ったわたくしに、クレイヴは一瞬驚いたような顔をする。


「もう、幸せよ」


「……そうですね」


 やがて穏やかな笑顔になったクレイヴの顔が近づいて、わたくしたちの唇が重なる。そうして、わたくしたちは結ばれた。


 わたくしたちはもう、原作にあらがう必要なんてないのだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生脇役令嬢は原作にあらがえない かべうち右近 @kabeuchiukon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ