第22話 【番外編】ifアレン急展開恋愛ルート

 乙女ゲーム『聖女物語』では、ハッピーエンドに向かうために、いくつか回収しておくべきイベントフラグがある。カイルなら、ホルスト通過時に、カイルを虐げる兄王子に反論するイベント。アレンなら宿屋でローブを剥がしてアレンの素顔を見ておくイベントなどだ。


 また、『急展開恋愛ルート』とは、ハッピーエンドに至るためのイベントフラグを回収していないにも関わらず、好感度が高い状態の攻略対象と、特定のイベントを迎えると進むことの出来るルートである。


 今回のヒロインは、アレンの急展開恋愛ルートに進んでいるようだ。





 アレンはローブを被っている限り、赤毛にソバカスの目立つ冴えない男で、容姿端麗なミヒャエルとカイルに並ぶと、目立たない男である。アレンが今まで見て来た女ならば、ミヒャエルやカイルに媚びを売るばかりで、アレンには目もくれないであろう。


 しかし、共に旅をした聖女は違った。共に旅をするメンバーに対して、分け隔てなく接したし、一応の敬語は使うものの、身分すら気にしない態度で接していた。


 聖女がアレンやカイル、ミヒャエルに向ける眼差しは仲間に向けるものであり、色は乗っていない。顔の良いカイルやミヒャエルが近づくことによる緊張はあるようだが、「美形に緊張する」というそれ以上の感情はなさそうに見えた。


 容姿に関係なく、普通の人間と同じように接してくれる。それが、アレンにはとても新鮮だった。


「アレン、大丈夫?」


 街道に現れたモンスターを攻撃魔法で仕留めた後に、聖女が駆け寄ってきた。こんな時、普通の女なら、カイルに真っ先に駆け寄っていくだろうが、聖女はモンスターに一番近い人間に駆け寄ってくる。


「まだモンスターが生きてるかもしれないんだから、倒してすぐは不用意に近づかないでっていつも言ってるじゃん」


 ため息をついてアレンが言えば、背後でカイルが笑った。


「アレンは心配性だな」


「この能天気聖女がボケてるから、僕が気を使ってあげてるの」


 そうぼやくとカイルはまた笑って、剣を振りさばいて鞘に納める。


「殿下が宿で待ってるんだから、早く帰ろ」


 アレンが手を振ると、その手を聖女がいきなり掴む。


「な、なに」


「怪我してるよ!」


「ああ……こんなのすぐ治るでしょ」


 いつの間についたものか、手の平に血が滲んでいる。


「だめ、すぐ治さなきゃ」


 言って、聖女はすぐに祈り始めた。


 聖女の祈りだって、魔力を使う。かすり傷にまで使っていたら際限なく魔力が必要になってしまうから、アレンはいつも彼女の治癒を断っていた。けれど、聖女はお構いなしに祈りを捧げる。


「魔力勿体ないじゃん」


 そう言って渋面を作る割りには、アレンはまんざらでもない。正直なところ、聖女がアレンの心配をしてくれること自体は、悪い気がしなかった。


「はい、治ったよ。次はすぐ教えてね」


 聖女が微笑んでアレンの手を離そうとした時、聖女に大きな影ができた。不意に聖女の頭上にワイバーンが現れたのだ。


 奇声をあげてワイバーンが、その爪を聖女に向ける。


「危ない!」


 アレンは考える間もなく、聖女の手を引き寄せて腕の中に納め、ワイバーンの凶刃をその背中に受ける。


「アレン!」


「……アイス、ランス……っ!」


 かろうじて向けた杖から、放たれた氷の槍はワイバーンの身体を貫き、葬った。サラサラと消えていくワイバーンの身体を見届けてから、アレンはうつ伏せに倒れこんだ。


「……っ」


「やだ、アレン! アレン、しっかりして!」


「……こんな、傷、どうってことない」


 どくどくと流れ続ける血と、激しい痛みでもはやアレンは音もほとんど聞こえない。


「お願い、治って……!」


 アレンの背中にすがりついた聖女の背中に、白い翼が現れた。同時に聖女の身体から光が迸り、アレンの身体を包み込む。


 光が収束すると共に、アレンの背中の傷は、癒えていた。聖女の覚醒である。血のりは消えていないものの、背中には傷あとすらない。


「……あんたが、治してくれたの?」


 血が足りないせいで眩暈はするが、怪我の痛みは一切なくなっている。アレンは頭を抑えながら身体を起こした。


「ッアレン!? 大丈夫!?」


 アレンの背中にすがりついていた聖女が顔を上げて叫び、そして固まった。


「あんたこそ、大丈夫? 今の祈り、かなり魔力消耗したんじゃないの? 祈りの大盤振る舞いさせて悪かったよ。ああ、顔に血がついてる。……何で黙ってんの?」


 アレンが聖女の頬の血を指で拭うが、聖女は無反応である。普段ならこういうスキンシップをするとき、聖女は相手が誰であれ赤面して取り乱す。恋愛感情を持っておらずとも、スキンシップが恥ずかしいいのはうぶだからだろうとはアレンは思っている。しかし、無反応というのもおかしな話だ。


「あ、あの……」


 やや震えた指で、聖女はアレンの顔を指指す。


「うん?」


「あ、あなた誰……アレン、なの?」


 微妙にアレンから身を引きながら、聖女が言う。その言葉で、ようやくアレンは気づいた。

 めくらましのローブが、ワイバーンによって引き裂かれ、その効果が消えてしまっていることに。


「あっ」


 慌ててアレンは顔を手で覆って隠したが、それだけでは隠しようのない眩しい銀髪が露わになっている。今まで目くらましで見えていた赤髪は消えてしまっているのだから、誤魔化しようがない。


「アレン、大丈夫?」


「大丈夫じゃない」


 カイルが走り寄ってきたが、アレンは忌々し気に答えた。


「えっカイル、これどういうこと?」


「あ~……聖女様は知らなかったんだっけ……?」


 カイルとアレンを見比べて戸惑う聖女に、カイルは目を泳がせる。


「え、っと、アレンの素顔を、隠してたってこと?」


 おずおずと尋ねる聖女に、アレンはため息を吐いた。


「そういうこと。あー……もうこれ直せないな」


 立ち上がり、ローブを確認してアレンはまた嘆息する。呪いの掛かった紋が裂けていて、修復は無理だろう。これではもう目隠しのローブは使えない。


「大事なものだったんだよね、ご、ごめん、アレンごめん」


 目に涙を溜めて謝る聖女に、アレンはふん、と鼻息を吐く。


「あんたが怪我するよりマシでしょ」


「……助けてくれて、ありがと」


 アレンの悪態とも取れる言葉に、聖女は頬を赤らめた。整った顔が不機嫌そうな顔をすると、それだけで迫力が凄いが、それよりもアレンが聖女の身を案じてくれたことの方が、彼女には嬉しかった。


「それよりいつまでそこ座ってんの。いい加減立ったら?」


 アレンが聖女に手を差し伸べるために屈んだ腰から、さらりと銀の髪が流れ落ちる。口は悪いのに、見た目は極上だ。


「いやっいいよ、ごめん、ありがと!」


 腕をブンブン振りながら、聖女は自分で立ち上がり、アレンに背を向けた。後ろから覗いた聖女の耳が、赤い。


「……なにあんた、照れてんの?」


 ぐい、と腕を引っ張ってアレンが聖女を振り向かせると、思いのほか顔が近づいてしまった。


「ヒェッ」


 聖女はとっさに逃げようとしたが、アレンが腕を掴んでいて逃げられない。それどころか、聖女の顎に空いた手を添えてアレンの方を向くように顔を固定する。


「照れてるというか……いつものアレンじゃなくて、戸惑うというか……」


 聖女は顔を真っ赤にしたまま目を泳がせる。


「ふうん? でもこっちが僕の素顔なんだよね、残念だけど」


「えっ!? 残念ではないよ!」


「じゃあ好きなんだ?」


「ヘァッ!?」


 目を白黒させて奇声をあげるのを観察して、アレンは不敵に笑う。アレンが触れる聖女の顎は指先でも判るほどに熱い。


「殿下やカイル様の顔は平気なんでしょ? 僕の顔はダメ?」


「そうじゃなくて、アレンだからかっこよすぎて困るというか元の顔の方がいいというかああああ私何言ってるの」


 聖女は目をさまよわせて、カイルに目線で助けを求めたが、カイルは笑ってことの成り行きを楽しんでるようだった。


「今の顔が、『元の顔』だよ」


 アレンにとって、そこらの女が自分の顔に赤面するのは毛ほどの興味も沸かない。しかし、聖女がアレンに対して『男』を意識した顔をするのは、愉快だった。その感情の意味に、アレンはうすうす気付いているが、今はまだ、言いはしない。


「ほら、良く見て。この先ずっと見る顔だから慣れてもらわないとね」


「ち、近い、顔が近い!」


 聖女は暴れるが、いつの間にか腰に回されたアレンの腕が、逃げることを許さない。ぎゃあぎゃあ騒ぐ聖女に対して、アレンのからかいは、カイルが「あんまり虐めてあげないの、はい聖女様に不敬不敬」と茶化しながら仲裁に入るまで続いたのだった。

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乙女ゲームのヒーローやってます かべうち右近 @kabeuchiukon

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