第21話 【番外編】何度でもあなたに恋をする(後)
「乙女ゲームごっこの前、から?」
私の上辺だけを愛しているのではない。彼女はそう言っているのだろう。それは判る。しかし、もはや問題はそこじゃない。
常に時間を逆巻いていたから、私意外の人間の記憶はなくなっている筈なのだ。そもそも、ゲームになる前の魔王討伐は、『カナエが死んだ』世界は、なかったことになっている。まさか、彼女にはゲームになる前の世界の記憶があるとでも言うのか。しかしそうとでも考えなければつじつまが合わない。なぜなら『乙女ゲームごっこ』という名前は、はじめの魔王討伐の旅で彼女が使った言葉だからだ。
私の雰囲気が変わったのを察したのだろう、カナエは笑いをおさめて私の表情をうかがうように、真剣な顔をして、二歩、三歩と近づいてきた。
「……ちゃんと確認してなかったんだけどさ、ミカが私と出会ったのは、1周目のゲームが初めて? それとも、その前の記憶はある?」
「その前?」
思わずオウム返しに聞き返してしまった。
「この世界って、魔法で乙女ゲームになってたんでしょう? でも今はその魔法も解けてて。私は『ゲーム』としては10周してその記憶もちゃんとあるけど、周りの皆はゲームだって認識もないし1周分の記憶しかないよね。でも、ミカは? ミカだけはゲームって判ってて、10周分の記憶あるんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、その前は?」
「……乙女ゲームのヒロインとして、カナエ以外のヒロインが来ていたことも覚えているが……」
「そうじゃなくて。この世界が、ゲームになる前の記憶」
その質問で、確信する。やはり彼女は、最初の魔王討伐を覚えているのだ。
「……覚えている」
私は、あえて、どうしてこの世界をゲームに作り変えてしまったのかを、カナエには告げていなかった。
私がどうして魔力の暴走を起こしたのかについて話せば、必然的に一番最初に魔王討伐の際にカナエがどうなったのかを告げなくてはならない。
「そっかあ……」
カナエは俯いて、「じゃあ」と呟く。
「私が一度死んだのも、覚えてるんだね」
「それは」
忘れる筈がない。そして一度などではない。何度も、何度も、時を逆巻いては、私はカナエを死なせてしまった。胸の中には感情が渦巻くのに、それをうまく言葉にはできない。
黙ってしまった私に、カナエは嘆息する。
「別に、こんなこと話さなくてもいいんだとは思う。秘密があっても、隣には居られるし。でも、変な誤解するくらいならちゃんと話したい」
いいでしょう?とカナエは目で訴えてくる。
「私ね、小さい頃から、ミカの夢を何度も見てたの。それは本当は夢なんじゃなくて、私の前世だった。聖女として召喚されて、一緒に旅をして。ミカに恋をして。乙女ゲームの話をミカにしたら、それでミカは遊んでくるようになっちゃったりしてさ……」
そこで少しカナエは笑う。
「そんなことされなくても好きだったのに、ミカ、乙女ゲームごっこばっかりするから困ったなあ。でも、ミカは私にプロポーズしてくれて……それから魔王に」
「やめてくれ!」
気づけば、立ち上がって叫んでいた。
「……君は生きている。死んでなど、いない」
私が魔法で世界を作り変えたのは、消しようのない事実だ。けれど、カナエが死んだことなど、時を逆巻いて消えた過去だと思ってしまいたい。目の前で冷たくなるカナエなど、思い出したくもない。
そうだ、私はカナエがここに戻ってきてくれてなお、受け入れられていないのだ。彼女を一番初めの旅で死なせてしまったという事実を。
今更ながら、自分のそんな弱さに気付いて愕然とする。目の前に彼女は生きているのに、世界を壊してまで彼女を生かしたのに。
「……そうだね、今回は生き残れた。びっくりしたよ。前世だけど、同じ運命を辿ると思ってたから、死なずに魔王を倒せて良かった」
「私が、カナエを死なせたんだ。魔王の触手がカナエに迫る前に倒せていれば」
「それはもう、終わったんだよ」
カナエは私に走り寄り、抱きついてきた。細い腕が、無遠慮に強く抱きしめてくる。
「今、私は生きているのは、ミカが守ってくれたからだよ」
カナエの声は、どこまでも優しい。抱きしめ返して、大丈夫だろうか。彼女が傍にいることに舞い上がり、些細なことでへそを曲げ、今もなおトラウマに縛られた私が、この期に及んで彼女を腕に閉じ込めていいのだろうか。
「それに前に言ったでしょう?」
私の胸に顔を埋めていたカナエは、私を見上げて笑った。
「死が二人を分けてしまっても、愛を誓うって。この世界がゲームでも、ゲームじゃなくても、死んでしまっても、また私はミカのとこに帰ってきて、何度でもミカに恋をするよ」
「そう、か……」
10周目のエンディングで彼女が告げていたのは、最初からこのことだったのだ。最初の旅で死に別れたが、彼女は戻ってきてくれたのだと、教えてくれていた。
「そうか……」
目を伏せると、暖かい滴が零れ落ちた。それはとめどなく、溢れてくる。私はそれを見られないように、カナエを抱きしめて肩に顔を埋める。もうばれてしまっているかもしれないが、彼女のぬくもりを感じていたい。
「うん。えっと、それでね……あの、王子様モードじゃない時も、ちゃんと好きって言うね。上辺じゃないんだからね! 好きなのは!」
ギュっと背中を更に強く抱きしめられて面を食らう。
「ああ。よく、判った」
つい笑ってしまったが、カナエは怒らなかった。カナエといると、感情が忙しい。
やはり、私はカナエのことになると馬鹿になってしまうらしい。それでも彼女は私の隣に居てくれるようで、ありがたい。これではどちらが守られているのか判らないが、それもいいだろう。
カナエが、隣に居てくれるのなら。
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