訳ありの氷の令嬢と、つかみどころのない用務員のおじちゃんとの恋は、アリですよね?

甘い秋空

一話完結 大事なところを切り落としましょうか



「本日、この魔法学園の教師として赴任してきました。ギンチヨと申します。若輩者ですが、よろしくお願いします」


 学園の廊下で、学園長と思われる男性に、深々と頭を下げます。


 私は、挨拶で頭を下げたことは、国王陛下以外にありませんが、相手の黒髪の男性には、オーラがあり、自然と頭が下がりました。


「ギンチヨ先生、私は用務員でして、学園長はそちらのお方ですじゃ」


 男性が示してくれた栗毛の男性は、見かけは立派ですが、オーラがない中年男性でした。



「失礼しました、ギンチヨです」


 こっちの中年男性には頭を下げる必要はないと、私の魂が言っています。


 あ~、学園長が怒ってますね。そんなの関係ありません。私は、産休に入った教師の代理で、出世など考えていない臨時教師ですから。


 私、銀髪のギンチヨは、自称美人な教師と偽っていますが、その正体は、国王陛下直属の侍女です。


 これは秘密ですが、国王陛下から重要な任務を命じられて、この学園に潜入したのです。



 昔、大聖女が、いたずら好きな魔法のカードを封印しました。


 封印した重要な場所に、安くて広い土地がここしか無いとの理由で、この魔法学園が建設されました。いつの世にも、血筋を優遇するあまり、後先を考えない残念な役人というものが存在します。


 しかし、大聖女の封印が弱ってきたようです。これは、新しい大聖女が誕生する前触れだと考えられます。


 封印が弱っていることを、いち早く察知したのは、王弟陛下の下で働いている魔法騎士でした。


 国王陛下も、事の重大さを認識し、魔法のカードの封印を修復するよう、私に命じたのでした。



    ◇



「産休された先生の代理として、このクラスの担任となったギンチヨです。早速、教科者を開きなさい」


 今日から勉強を教えます。必要最小限の挨拶をして、授業に入ります。


「先生、自己紹介とかは行わないのですか?」

 生徒が不思議そうに訊いてきます。


「クラスのデータは、すでに私の頭に入っています。このクラスは授業が遅れていますので、遅れを取り戻すことが最優先です」


 状況把握と、早急に対応することを教えます。クラスの空気が凍り付くのは、私にとっていつもの事なので、無視します。


「氷の令嬢……」

 つぶやいた令息をにらみつけます。


 そういえば、教員たちも、凍り付いていましたが、無視して教室にきました。



    ◇



 お昼休みは、中庭で、一人でお弁当を食べながら、学園の魔力の乱れ具合を調べます。


 あれ? 私が座るベンチに、用務員のおじちゃんが座ってきました。


「用務員さんは、貴族である私の横に座ることが許された身分なのですか?」


「用務員は、この魔法学園のどこにでも入ることが許されていますじゃ」


 いや、そんな事を訊いているのではありません。

 彼のオーラが素晴らしいことは認めますが、身分のことを訊いているのです。


「ワシは、女性の更衣室にも入れるんじゃ」


「大事なところを切り落としましょうか」

 薄目で彼をにらみます。


「そんな“カミソリお銀”みたいなことは勘弁して欲しいのじゃ」


 おじちゃんは、おどけ顔で、私のあだ名を口にしました。


 昔、後輩の令嬢を襲おうとした令息の、大事なところを切り落とした過去を持っています。私は、罰として、家名を取り上げられました。


 この事件を知っている人は、当事者と王族だけです。でも、秘密なんて、どこかで漏れるものです。



    ◇



 午後の授業が始まる10秒前、廊下まで、教室の中の喧騒が、聞こえてきます。


「貴女との婚約を破棄する! 俺はこれらの令嬢と恋を育むことにした」


 令息が、お花畑のような宣言をし、彼の周りを数人の令嬢が囲み、泣き崩れている令嬢を笑っています。


「静まりなさい! そしてお前、ちょっと来い」

 一喝して、令息を廊下に連れ出します。


 この令息の魔力が、異常に乱れており、周りの令嬢は魅了されているようです。



    ◇



「婚約破棄は、まぁ政略結婚ではよくあることです。しかし、お前のやっていることは、浮気だ。責任は全てお前が背負うことになる、わかっているのか」


 婚約者があるのに浮気をすれば、莫大な慰謝料の問題まで発展し、貧乏な貴族は取り潰しになる事案です。


「気に食わないオバサンだな」


 令息の後ろに、美人の幽霊みたいな何かが見えます。令息の目が光ります。まずい、魅了の魔法です!


 後ろを向いて、空いている部屋に逃げ込みます。



    ◇



「何だ、あれは?」


 彼の後ろに見える幽霊、あれが封印が解けた魔法のカードなのですか?


 私はカーテンの陰に隠れました。令息の目を見たら、私も、あの令嬢たちと同じように魅了されます。


「出て来いよ、オバサン。靴が見えているって」


 令息が、カーテンを無理やり開けました。


 目が光ります。



 その瞬間、令息が硬直しました。



 私の手には、部屋に放置されていた鏡が握られています。


 自分の姿に魅了の魔法をかけた令息が、自分の姿にウットリしています。


 令息のホホを、平手打ちし、目を覚まさせます。


 あ、手加減を間違えました。令息が吹っ飛んで、気を失いました。



 令息の足元に、あの幽霊が崩れ落ち、魅了の魔法のカードに変わりました。急いで拾って、封印の札で包みます。


 私が持っていた鏡からも、魔法のカードが落ちました。これは、反射結界の魔法のカードです。


「私は、偶然に、助けられたの?」


 こちらも拾って、封印の札で包みます。



「ギンチヨ先生、大丈夫ですか!」


 用務員のおじちゃんが駆けつけてくれました。この部屋は令嬢の化粧室ですが、今は、そこは問いません。


「大丈夫です、ありがとうございました」


 彼に素直にお礼を言える自分に、驚きます。


 彼は、床に倒れている令息と、私の顔を交互に見て、複雑な顔をしています。



    ◇



「教室を騒がし、みんなに心配をかけてしまい、ごめんなさい」


 翌朝、体調が戻った令息の希望で、教壇の横に立ち、クラスメートへの謝罪がありました。



 さらに、婚約破棄した令嬢へ、復縁を申し入れましたが、断られてしまいました。


 魔法のカードによるイタズラだと教えようと思いましたが、彼が以前から浮気癖があったことから、令嬢は婚約破棄を考えていたようです。


 昨日見せた涙は、ウソ泣きだったのですね。最近の令嬢の涙は、信用できません。



    ◇



 授業が終わり、あの令嬢が私を追いかけてきました。


「先生のことは嫌いですが、今回のことは感謝しています。それだけです」


 去っていく令嬢の後姿を見ながら、彼女はどこまで知っているのか疑問でしたが、少し大人になったようで、うれしいです。



    ◇



 お昼休みに、中庭で、用務員のおじちゃんと並んで、お弁当を食べます。


「あの令嬢は、どこまで知って、現実を受け入れたのでしょう……」


「あ、ワシが全て話しました。ワシって、令嬢たちに、けっこう人気があるのですじゃ」


「ギンチヨ先生が、あの令息からキスを迫られたので、殴ったと、そう話したんじゃ」


 こ、このオヤジ!



「雨降って地固まるって言うじゃろ。あの令嬢は、たぶん、離婚を破棄するキッカケが欲しかったんじゃ」


「その格言の使い方は間違っています。むしろ逆の意味ですから!」


 私に言われて笑うおじちゃん。釣られて私も笑いそうになりました。


 だめ、私は笑わない“氷の令嬢”です。これまでも、これからも……



 でも、この用務員のおじちゃん、つかみどころがありませんが、そばにいると、心の氷が解けていく、そんな感じに包まれます。


 まさか、これが恋?


 訳ありの氷の令嬢と、つかみどころのない用務員のおじちゃんとの恋……かろうじて、アリですよね?



━━ fin ━━



あとがき

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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