婚約のため王都に着いたけど、祖国に攻め入るための生け贄だったので、私の呪われたスキルを使いました
甘い秋空
一話完結 彼らは全員、禁断の魔王の血を飲んでいます。
「遠いところ、よく来たな、婚約者ギンチヨ。早速だが、地下牢に入ってもらう」
王宮の玄関前に立つ男性、これが私の婚約者となる王子なのですか?
栗毛のイケメンですが、狂気を感じます。
彼だけでなく、この王都の人たち全てに、狂気を感じます。
私は、隣国の侯爵令嬢のギンチヨ、ストレートの銀髪を結い上げ、この王都まで来ました。
今日は、ホテルに宿泊する予定でしたが、なぜか、馬車は、広い道路を進み、王宮へと着きました。
旅の装いのパンツルックのままで、アクセサリーは胸のカメオのロケットだけです。
「何を言っているのですか、王子様! 私の従者はどこですか?」
一緒に来た従者たちが、全て入れ替わっています。
「この王都は、外の世界とは縁を切ったのだ。お前の従者は、王都に入る際に、全て帰国させた」
王都が鎖国した?
この王都は、大きな湖に浮かぶ直径6.5キロの島で、周囲はすべて城壁で囲まれ、鉄壁の防御を誇っています。
陸と結ぶ橋の門をくぐる際、馬車を乗り換えましたが、まさか、従者全員を入れ替えただなんて。
「訳がわかりません! 私たちの婚約は政略的な意味合いですが、こんな酷い仕打ちを受けるものではありません」
私は、祖国で恋人だった第二王子と別れ、心を氷と化して、この王都に来たのです。
「この王都は、今から、お前の祖国に攻め入るんだ。すべてを血に染めてやる」
この王子は、狂ってる。
「わが祖国は軍事国家です。だから、この王都では、友好の印として、私を婚約者に選んだのでしょう。血に染まるのは、この王都です」
私は、王子をにらみつけます。
「教えてやろう。魔王の血を増やすことに成功したのだよ。この王都の者は全員、魔王の血を飲んでいる」
魔王の血とは、古代の魔道具で、飲んだ者は魔王の力を得られるが、人の心を失うため、使用が固く禁止され、封印されたと聞いています。
「見ろ、この力を! そして絶望しろ」
王子は、腰の剣を握り、そして握りつぶしました……
笑い声が、王宮に響き渡ります。
◇
私を地下牢に案内するメイドは、たったの一人です。
「随分と地下深いところに行くのですね」
メイドからの返事はありません。
私は鉄格子の中に入れられ、カギをかけられました。
「メイドさんも、魔王の血を飲んだのですか?」
「……病気を予防する薬だと……子供まで、全ての者が飲ませられました」
メイドが語ります。彼女には、少し、自我が残っているようです。
「この私の血の色は、もうすっかり黒くなっているのですよ。貴女も飲みますか?」
メイドが、いびつに笑います。こうやって、悪魔の血の犠牲者を増やしたのですね。
「貴女は、明日の朝、出陣の前に、生贄となります。でも、私の血を飲めば、きっと助けてもらえますよ」
「…助けて? ……そう、私たちを、助けて……」
メイドが泣きます。最後の自我が、叫んでいます。
「あぁ、ガッ!」
メイドが溶け、黒い液体となって床に広がり、消えました。
「これが、魔王の血に逆らった者の最後……従うしかないなんて……」
彼女が落とした魔法のランタンが、力なく消えて、地下牢は真っ暗な世界に落ちていきました。
◇
この牢の場所は、地下50メートルくらいでしょうか。
光も音も届きません。地上の草木の香りが、わずかに届くだけです。
聞こえるのは、私の心臓の音だけです。
握った鉄格子は、冷たいです。
「この王国に来るときに、覚悟を決めたでしょ」
私は、自分に話しかけます。
胸のカメオのブローチを握りしめます。
このブローチは、呪われたスキル“ソーラレイ”を発動する“禁断の品”です。
このブローチに、十数年、私は魔力を注ぎ蓄えてきました。
呪われたスキルで、何が起こるのかは、私も教えてもらえませんでした。たぶん、誰も知らないのだと思います。
でも、命の危険が迫った時だけ、ブローチを使って、発動することが認められています。
今が、その時なのだと思います。
「スキル“ソーラレイ”を発動します」
消えるような声で宣言をすると、ブローチが手の中から消え、私の周りに魔法陣が描かれ、部屋中に広がりました。
(出力は直径6.5キロでよろしいですか?)頭の中で女性の声が聞こえました。
何のことかわかりませんが、了承します。
(わかりました。3600秒後に発射します、防御体勢をとってください)
カウントダウンが始まったようです。
ふいに、第二王子のクロガネ様の顔が浮かびます。
政略結婚の話がなければ、今頃は……
魔法陣の光の中に座り込む私の、胸の鼓動が高まりました。
「ギンチヨ、いるのか? 助けに来た」
この声は、クロガネ様です。
「クロガネ様、ここです」
彼が、魔法陣の光の中に入ってきましたが、私たちの間には、鉄格子があります。
「ありがとうございます。でも、スキルが発動しています。お逃げください」
そう言いながらも、彼の手を握りしめます。
「落ち着け、何が起きているのだ。ギンチヨを置いて俺が逃げるわけがないだろ」
彼は、そういう人です。
鉄格子から彼の顔が近づいてきます。
私も、顔を近づけます。
「 …… 」
(発射!)
地下牢が揺れ、熱風が吹き込んできました。魔法陣の中は、結界で守られていますが、それでも暑いです。
しばらくして落ち着き、魔法陣が消え、暗闇に戻ったので、クロガネ様が魔法のランタンを出します。
「鉄格子が壊れている。出れるか?」
彼の手を借りて、牢から出ました。
「何が起きた?」
「私にもわかりません」
地上への階段は、ところどころ壊れていて、上から雨水が流れ落ちてきましたが、二人で力を合わせ、登ります。
出口の鉄の扉は、溶けて壊れていました。
「暑いな」
ここは部屋の中のはずですが、全てガレキと化し、上には黒い雲が見えています。燃えるものは、全て燃え尽きたのか、何もありません。
「雨?」
雨が降ったのかすべて濡れていて、湯気で遠くが見えません。
しばらくすると、冷めたのか、湯気が消えました。
目の前に広がるのは、ガレキの世界です。何も聞こえない、静粛の世界です。
王宮の玄関前だった場所に出てみます。
青空が見え始めました。
見渡す限り、燃え尽きたガレキです。レンガすらも、少し溶けています。
「この王都は壊滅したようだ。これがギンチヨのスキルの力なのか?」
「わかりませんが、きっと、そうだと思います」
私が、この王都をガレキに変え、そして……
「私は、王都の皆さんを……」
「いや、この王都の者たちは、魔王の血を飲まされた時、すでに……」
クロガネ様が強く抱きしめてくれました。
彼の温もりで、私の心の氷が解けていきます。
「ギンチヨお嬢様~」
これは、私の従者の声です。
王宮の前の広い道路、ガレキをよけて進んでくる馬車の隊列と、体を乗り出して手を振る多くの従者が見えます。
「私には、帰る場所があるのでしょうか」
婚約者として全てを捨てて、この王都に来た私。その王都は、壊滅しています。
「もちろんだ。俺の妻として、祖国へ帰るぞ、ギンチヨ」
━━ fin ━━
あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございました。
婚約のため王都に着いたけど、祖国に攻め入るための生け贄だったので、私の呪われたスキルを使いました 甘い秋空 @Amai-Akisora
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