7.約束したのは一週間、その最後の日に。

「お部屋はピカピカ、お夕飯の準備もバッチリ。最終日ですので気合いを入れて……夕方に帰ってこられるご両親をお迎えする準備、完了いたしました!」


「わたしですか? 当然、それまでにはお暇しますよ。1週間ぶりの家族団らん、邪魔をするつもりはありませんから」


「思えばあっという間でしたが……恩返しはできたでしょうか? あなたさまのお役に、このわたしは立てていたでしょうか?」


「……はいっ! そう言って頂けたなら、それ以上のことはありませんっ! とてもとても嬉しいです、わふっ!」


「え? また会えるのか、って?」


「……うーん、それはなんとも……」


「あなたさまのおかげで、わたしは無事に保護施設に入ることができました。みなさんとてもいい人ばかりで、飼い主さまにも引き合わせていただけました。明日……いえ、今夜からは、そちらのおうちで暮らすことになっています」


「ですから、また会えるのかはその飼い主さましだい、ですかね?」


「ふふふ、もしかして、さみしがっていただけているのですか?」


「……そう、ですね」


「わたしだって、さみしいんですよ?」


「こうして……こんなふうに……」


「あなたさまに腕をからめて、体温を、胸のどきどきを感じられる……」


「そんな、夢のような時間は、終わっちゃうんだな、って」


「わがままは言わず、元気にお別れするつもりだったんですが……」


「もう少しだけ、こうして……」


「そばにいて……」


「抱っこしてもらっていても、いいですか……?」


「あっ……なでなでまで……わふ……わふ……」


「大きな手……とっても心地よくて……安心できて……」


「ふわぁ……すみません、あくびなんて……なんだか……気が抜けちゃったの、かな……」


「だめ……です……このままだと……眠ってしまいそうで……」


「せっかくの、さいごのじかん……なのに……」


「すぅ……すぅ……」




 ☆ ☆ ☆




「あぅ……あうう……もう……あさぁ……?」


「あ……ちがった……私はいま……いぬ……いぬのはずで……」


「隣にキミがいて……うれしくて……そのまま眠っちゃって……」




 きゃんっ! わん、わわんっ!




「ふえっ!? この声、本物の犬の、ポメラニアンの……!?」




 くぅん! はっはっ、わふっ!




「……っ!? あなた、どうしてこの家にっ!? わわわっ、飛びつくのはやめて! 顔をぺろぺろ舐めないで! うれしいけど、うれしいんだけど、心の準備がっ! ああんっ!」


「笑ってないで、キミも助けて! というかこれ、いったいどういう状況なの!? この子が私の家に来るのは、今日の夕方だったはず! それよりもなんで、どうしてここに、キミの家に!?」


「……久々に会いたかったから、うちの家族に無理を言って、この家に連れてきてもらった……?」


「この子のその後が気になって、保護団体を訪ねていたの!? 元気に暮らせるようになったことも、私の家に引き取られることも、私の家族にぜんぶ聞いてる!?」


「じゃ、じゃあ……」


「キミは最初から、私が飼うのはキミが助けた子犬だって、知ってたってこと……!?」


「はう、あう、あうう……じゃあ、私が、自分のことをポメラニアンだって言い張っていたのも」


「最初はびっくりしたけれど、そういうことだろうって察して……」


「あう、あうう……あうううう~~~~~!!!」



 きゃんきゃん、くぅん?



「あ……大きな声を出してごめんね? よしよし、いい子いい子」


「この子ね、初めて会いに行ったときからね、本当によくなついてくれるの。この子を助けてくれてありがとう、大事な家族に出会わせてくれてありがとうって」


「キミにお礼を、言いたかったんだ」


「でも……なんだか少し、キミとは距離が空いていたじゃない」


「だから、素直になれなくて。話をしたい気持ちと、どうして話をしてくれないのって気持ちが、ぐちゃぐちゃになっちゃって、連絡もできなくて」


「そんなときにね、おじさんとおばさんに、あなたのことを頼まれたの」


「だけど……会いに行くのは、なんだか恥ずかしかったから」


「だから……そういうこと! この子になりきっていれば、素直にお話しできるかなって、それで!」


「わーらーわーなーいー!」


「そりゃあ、すこしは……」


「ほんっっっっの少しは、その、強引だったかもしれないわよ?」


「でも、ほんの少しだけ! キミだって、すっかり私をポメラニアンの子犬だと思っていたでしょう!?」


「……思ってなかったわよね。わかってる、無理があるの、わかってるから」


「……でもね」


「私じゃなくて、わたしになったから」


「キミじゃなくて、あなたさまのおそばにいられたから」


「わたしはとっても、とっても……たのしくて……うれしくて……」


「わたしのわがままにずっと付き合ってくれる、昔のままの優しいあなた。そんな素敵なあなたさまが、わたしは大好きだって、わかって」


「……そう。そう、です」


「わたしは、あなたさまのことが」


「……ごめんなさい、これでもまだ、不安で……だから……手をにぎって……」


「……やっぱり、あなたさまは、とってもお優しいですね」


「最後に足りない勇気を、この子から借りちゃいますね。だから、ポメラニアンとしてのわたしが、犬君いぬきまほめの気持ちを伝えます」


「わたしは……あなたさまのことが」


「ずっとずっと前から」


「大好き、です」


「もしも、この気持ちを」


「わたしの想いを、受け入れてくださるのなら……」


「そのまま、動かないで……」


「顔をこちらに……くちびるを、向けて……」




 わふわふ、きゃん、きゃうっ!




「きゃっ!? ……ふふ、なんだかこの子、仲間はずれは嫌だぞって、そう言っているみたいですね」


「そうですね。この続きは、この子とたくさん遊んだあとに」


「この子のいないところで……ゆっくりと、お願いします、ね」


「ですからいまは、しるしだけ……あなたさまの、ほっぺに……」




 ちゅっ




「まほめのマーキング、消しちゃダメ、ですよ? ふふっ」

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