第18話 キシュウ


 既に手遅れかもしれないが、一応目立たぬよう抜き足差し足で裏路地を進んでいく。路地に住まう者たちは皆ぎょっとした顔で集団を眺めていた。幸い大きな騒ぎになることもなく、なんとか城門の前まで到着する。


 ここまで来るとこそこそする必要もなくなり、先頭の冴木の号令の下、城門の前の橋の上に道弥を含めた団員たちは整列した。


 ぞろぞろと姿を現す黒い集団の光景に、城の警備の者たちは早くもパニック状態に陥っているのか、城門の向こうで数人が血相を変えて駆け回っているのが見える。


「ふぅ……」


 束の間の静寂。


 聞こえるのは冴木の深い呼吸。


 まるで時が止まったような錯覚を、次の瞬間、武士(もののふ)のごとき漢の怒声が突き破った。


「行くぞお前らぁぁぁぁああ‼」


「「「「「「応ッ‼」」」」」」


 戦いの火蓋が切られた。






 急襲の目的は二つ。


 城のどこかに幽閉されているだろう、天音と梅雨里を含めた誘拐事件の被害者たちの救出。


 そして事件の首謀者である万城の捕縛。


 以上を以て物語を終わらせることが、道弥たちの勝利条件だった。


「梅雨里……‼」


 道弥は四方を睨む。


 城門を抜けてしばらく、道弥たちは手分けして城内を駆け回っていた。


 まだ事件の被害者たちは見つかっていない。


 その事実が道弥を焦らせていた。


「そう慌てるな」


 反対に夏蓮は冷静に周囲を見回す。


「これだけ城内は広いんだ。簡単に見つかるわけもないさ」


「わかってる、が……」


「平静を欠くと大事なものを見落とす。まずは呼吸を整えろ」


 言われて初めて道弥は呼吸が乱れていることに気づいた。


一度落ち着いてから、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。視界が開けたような感覚があった。


「君は意外と小心者だな」


「お前が大物すぎるんだ……」


 夏蓮は「ははっ」と愉快そうに高笑いして、


「心配せずとも事は順調に運んでいる。安心しろ」


 頼もしすぎる。


 姉というものの偉大さを道弥は少しばかり実感する。夏蓮の言う通り、作戦は順調だった。城門近くの兵たちは呆気なく取り押さえられ、今頃動けない状態にされているだろう。騒ぎを聞きつけた追っ手も数は多いが統率が取れておらず、団員たちの凄まじい勢いに押され、いとも簡単に制圧されている。


 意表を突いて先制を取ったことが効いている。『役割』という皮を脱いでしまえばお互い素人同士だ。先に勢いづいたほうが有利なのは明白だった。


「いいぞお前らぁ‼ 団長に手ぇ出した罪を身体に教えてやれやあ‼」


 冴木が扇動すると団員たちは一斉に気炎を上げる。


 勢いは止まらない。どんどん兵たちが制圧されていく。


 その光景を見ながら道弥は思わず「……革命、か」と呟く。


「ん、なんだ? まだ何か心配なのか?」


「お前、この前言ってただろ。俺たちには自分の『役割』に甘んじる性質があるって」


「ん、あー……」


「あれが本当なら、俺たちが今こうして城に攻め入っている状況も、自分の『役割』に毒されてるってことになるんじゃないのか」


 これが革命というものの範疇に入るのならば、俺たちは。


 考えれば考える程、嫌な胸騒ぎが膨れ上がっていた。——しかし。


「あれは出まかせだ」


 道弥は立ち止まった。


「は……? で、出まかせ……?」


「ああ。実験は実際にあったが、最近になって色んなヤラセが明らかになってな。今では信憑性はかなり低いと言われている」


「なっ……! だったらなんであんな!」


「悪い悪い。君がいつまでも『主人公』に頼ってばかりだから、ついむかっ腹が立ってしまってな」


「んな……」


 そんな「つい」に今まで自分は悩まされていたのか……。


「——見つけたぞお‼」


 肩を落としそうになったとき、角から誰かが飛び出してくる。


 店長だった。


「こっちだ‼ 全員閉じ込められてやがる!」


 道弥は思わず夏蓮と顔を見合わせた。


ど ちらからともなく頷き合うと、店長の指差す方向へ急いで向かう。


 やがて辿り着いたのは講堂のような見た目の建物だった。入口では見張りの者たちが団員たちの手によって取り押さえられている。すでに屋内の制圧も済んでいるのか、多くの女性たちがぞろぞろと入口から外へ出てきていた。


「梅雨里!」


「待て。何か妙だ」


 唐突に立ち止まった夏蓮が眉をひそめる。


「妙、って……」


 道弥も逸る気持ちを抑えながら夏蓮の視線を辿る。


 革命団に先導されて出てくる女性たち。彼女たちは皆一様に、きょろきょろと視線を彷徨わせていた。窮地を脱した安堵は少しも見受けられない。むしろ不安が増したように団員たちへ警戒を乗せた眼差しを送る者すら存在した。


「怪しんでる? 俺たちを?」


「だな。私たちの格好はどう見ても不審者だからな」


 夏蓮は腕を組みながら「……それよりも」と続ける。


「これだけの人数を足枷一つもつけずにまとめて閉じ込めていたのか? こんな頼りない人数の門番のみで? ありえない……」


 確かに。


 見やれば救助された女性たちは皆身軽で、身動きを封じるようなものは一つも着けられていなかった。いくら女性とは言え、これだけの人数を一カ所に閉じ込めておくのに何も策を弄しないのはおかしい。


 まるで最初から女性たちが抵抗しないことを知っていたかのような……。


「なんだと……?」


 団員から報告を聞いていた店長が眉をひそめる。


「な、何かあったんですか? 店長」


「……今被害者の一人から話を聞いたらしいんだが、妙なことを言っていてな」


「怪しい、ですか?」


「ああ。なんでも連れ攫われた奴らは、ここで全員普通に暮らしていたらしい。今も呑気に朝飯を食ってたんだとか。……乱暴なんか誰もされてねーし、どころか手厚いおもてなしを受けていたんだと」


「お、おもてなし……?」


「ああ、それも超好待遇で、何不自由なく暮らしてたってな。王様の野郎も一度しかこの場所を訪れてねーみたいで……なにがなんだかな」


 店長は無造作に頭を掻く。


「ふむ……」


 夏蓮は顎に手を当てて瞠目する。


(……一体どういうことだ)


 予想外の事態に軽い混乱に陥る。


「万城さんは、どうして……」


 呟いた道弥の声を掻き消すように、


「んだと⁉ 団長が⁉」


 今度は野太い叫びが響いた。


 その声は、団員から報告を受けている冴木のものだった。


「その話、本当なんだな⁉」


「はい。捕縛した兵の一人から聞き出しました。団長は今、王のところで身動きを取れなくされていると」


(佐藤が、万城さんのところに?)


「チッ……‼」


 冴木は顔を歪ませ大仰に舌を打つ。「手が空いてる奴ぁ俺についてこい‼ 団長を助け出すぞ‼」と濁声を轟かせると幾人かの団員を連れて走り去っていった。


「若草、君も行け」


 夏蓮の言葉に、道弥は面食らった。


「お、俺も……?」


「人員は多いほうがいい。手を貸してやれ」


「けど……」


「心配しなくとも妹は私が連れて帰るさ。私は姉だからな。……それに」


 顔を上げた夏蓮は真剣な眼差しをしていた。


「私たちは証明しなくてはならない。そうだろう?」


「でも、俺は……」


「私よりもきっと君が適任なんだ。おそらくな」


「お、俺が?」


「ああ。不本意極まりないがな。ずっと近くにいた君なら、その資格があるだろう」


 サファイアのごとく青い双眸に、道弥は気圧される。

 言葉が出なくなる道弥の胸に、小さな拳が打ち付けられた。


「私の分も頼んだ。——意味はわかるよな?」


 道弥はまだ逡巡を見せつつも「……わ、わかった」と小さく頷いた。






 **






 城の廊下に道弥の足音だけが響く。


 冴木たちの向かったほうへ走ったはいいが、未だ追い付く気配はなかった。自分の走力を計算に入れるのを忘れていたと気づいたのは、威勢よく飛び出してしばらく、あれ程までの喧騒が遠ざかり、周囲の静寂が耳元に追いついて来たときだった。


 裏路地で奴らといたちごっこをしたときは梅雨里を背負っていた分のハンデがあったため、まだなんとかなったが、そもそも今まで道弥は運動とは無縁の人生を送ってきた。基本的に鈍足なのだ。


 知恵を貸してやれと言われて息巻いていたのにこれでは格好がつかない。今頃冴木が事件を全て解決しているかもしれないし、そうなったらいよいよ『脇役』以下だ。様々な感情を綯い交ぜに、道弥は走るスピードを上げる。


 やがて廊下から屋外に出た。冷たいくらいの風が頬を撫でる。


 気が付くと庭園がそこに広がっていた。


 城内に作られた憩いの場は自然が美しく、こんな状況でなければ思わず見惚れてしまっていただろう。林立する見事な植木はサラサラと風に揺れ、整備されたアスファルトに鮮やかな花びらが舞っている。遠くで聞こえるのは噴水の音だろうか。


 庭園に沿って渡り廊下を進む。


 ——静かだ。


 まるで時間が止まったかのような。不気味な程の静寂。


 冴木たちはどこへ向かったのか。もう気配すら感じない。


 ふと空を見上げる。


 『アバベル』の青空。遥か遠く、あざとい程の快晴を演出しながら、下界に麗らかな陽光を降り注がせている。その眩しさに顔をしかめ、道弥は不意に、一体俺は何をやっているのだろう、と我に返った。


 答えは出ない。正解は誰も言ってはくれない。


「離して‼」


 立ち止まった。


 今の声は、まさか。


 道弥は急いで庭園のなかに足を踏み入れる。


 木々を抜け、花壇の道を抜け、アスファルトの道へ躍り出る。


 中央に、噴水場。


 その前に立つ万城と、二人の兵に拘束されている天音の姿があった。


「おや……?」


 こちらに気づいた万城が振り向く。



 

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