痛いところを突くように僕が遣わしたキツツキと井口
呪わしい皺の色
第1話
登場人物
①少女(十歳)
②男
少女 ねえ、どうして空は青いの。ねえねえ、おじさん!
男 もしかして、私に言ってる?
少女 おじさん以外誰がいるの。あ、ひょっとして、目が不自由だった?
男 そういうわけじゃないよ
少女 だったら答えて。どうして空は青いの。
男 ……さあ。どうしてだろう
少女 知らないの?
男 うん
少女 知らないでその年まで生きてきたの?
男 この年まで生きてきてしまったんだ
少女 じゃあ何を知ってるの
男 うーん。文学について半分ほど。つまり文学の「文」って字は「女」って字に似てるってことだね
少女 他には?
男 水溜まりに広がる波紋の美しさと、電線に垂れ下がる雨水が夕日を受けてきらきら光る雨上がりの夕景色。それをきれいだと思うこと、思えること……
少女 写真はないの?
男 ないよ
少女 じゃあ何も伝わらないね
男 ……
少女 え、怖。何か言ってよ
男 そうだね。伝わらないね
少女 伝わらないよね。それはおじさんの心の中から出られない一つのビジョン。幻と変わらないよ
男 へえ、ビジョンなんて単語知ってるんだ
少女 私、英会話スクールに通ってるからね
男 楽しい?
少女 普通だよ
男 普通か。そっか……普通か
少女 まあでも、終わった後にお母さんがアイス買ってくれるから楽しみではあるよ
男 お母さんはどんな人?
少女 えっと……
男 石鹸のボトルが定位置から数センチずれただけでキレたりしない?
少女 しないよ。そんな人いるの?
男 じゃあ、手首に鉛筆を刺してくる同級生は?
少女 いないよ
男 氷鬼で固まっている最中にボールをぶつけてくる意地悪な上級生は?
少女 いないよ
男 一人も?
少女 もちろん!
それにしてもさっきから物騒な例ばかりだね。おじさん、小学校通ったことあるの?
男 あるけど、自分から思い出すことないからね
少女 じゃあ、いつも考えてるのは未来のこと?
男 未来でも過去でもないよ
少女 だったらどうやって成長するの? まさか今の自分が最高の状態だと思ってるわけじゃないよね
男 まさか
少女 だったら時間が許す限り挑戦しないと駄目じゃない。こんなところでぼうっとしてないでさ
男 ああ、やっとお前の正体がわかったよ
少女 ……なんのこと?
男 シャトルランは知ってるよね
少女 まあ毎年やってるし
男 あれ、最初の二十メートルすら走らずに終えることもできるけど、とりあえずみんな走ってしまう。他の人が離脱したら自分も抜けようとか考えてね。でも、そのうち走るのに慣れてきて、限界に挑戦するのも悪くないって気が起こる。もう少しだけ頑張ってもいいんじゃないかってね
少女 一部の人だけでしょ
男 八音の間隔が短くなって、考える余裕が失われ、一つの思考に囚われる。まだやめるべきじゃない、あと二往復ぐらいやれるだろう。そうやって本物の限界にぶち当たる。
少女 それの何がいけないの
男 無理が祟って心身が使い物にならなくなる前にやめるべきだと思わない?
少女 そうかも……いや、そうなのかな。きっと運が悪かったんだよその人。他の人はふらふらになるまで走っても大丈夫! だから、おじさん……
がんばれ♥がんばれ♥
がんばれ♥がんばれ♥
がんばれ♥がんばれ♥
男 襤褸を出したね。もう少し無知を装うのが上手ければね
少女 な、なんのことやらさっぱり……
男 失せろ子供! 失せろ大人! 失せろ陽炎!
はあ、駄目だな、あれじゃ。
でも、どうすればよかったんだ……なあ、お前
痛いところを突くように僕が遣わしたキツツキと井口 呪わしい皺の色 @blackriverver
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます