奥座敷―6
七人ミサキの怪異は七つのビー玉となって小瓶の中に納まりました。いちばん古いものはすっかり飴色になっています。長い時間を経て来たということなのでしょう。
次いであの男の子を祓って欲しくて、私はキョロキョロと辺りを見回しました。でもなぜか、仏間でお葬式をしていた人影たちも、あの男の子も見当たりません。
「大広間の百鬼夜行は放っておいてもそのうち出て行くだろ」
廊下に出ながら颯くんが言って、確かに、あの手の怪異は一つ所に定まらないものだと聞いています。このお屋敷が取り壊されるタイミングにでも、きっと次の場所を求めて出発することでしょう。でも、あの子は。
「颯くん、男の子を見ませんでしたか?」
「あぁ、さっきの付喪神か」
やはり、颯くんから見てもあの子は付喪神だったようです。
「付喪神って、祓えるものですか?」
「調伏するとかは聞いた覚えがあるが……」
「あの子、元はこの家に住んでいた子供なんです。幼い頃に亡くなって……」
うーん、と颯くんは考え込んでいます。
「襖を開けたのってアイツだよな?」
「はい、手が使えなかったのでお願いして開けて貰いました」
「なぁ、それって……調伏してねぇ?」
「……はい?」
調伏については以前に勧修寺先生から伺ったことがあります。一般的には、いわゆる悪さをする存在を説法や真言などによって改心させ、更には使役することもある……らしいのですが。
確かに、お話してから、襖を開けて欲しいというお願いを聞いて貰いました。そのお話を「説法」と言い換えて、それによって男の子が「改心」し、さらにお願いを聞いて貰ったのを「使役」と言い換えたら。いえ、そんな。まさか。
「試しに呼んでみろよ」
「えっ、あの、でも、名前とか知りませんし」
その時、またあのトトト、という板の間を走る音が聞こえました。ハッとして辺りを見回すと、柱の影からあの子供が覗いています。
颯くんがちょっとだけ笑って私を見ました。私は小さく頷いてから、廊下にしゃがみ込んで子供と目線を合わせます。今更ですが、先ほどのお礼を言い忘れた事に気がつきました。
「さっきは襖を開けてくださってありがとうございました。おかげで颯くんを救出することができました」
「うん」
「お葬式はお終いにしたんですね」
「……てんごくに、いくから」
男の子はふわりと柔らかくはにかみました。そうか、決めたんですね。
そう思った瞬間に笑顔がキラキラと光りはじめて、光は小波になってどんどん広がり、遂には体全体が光を帯びていきます。これは颯くんのご実家で見学した際の「浄化」にとても良く似ています。
男の子の体は、端から金色の細かな粒へと変わったあと、心地の良い螺旋を描きました。そしてそのままくるくると上昇して、私たちが見上げる中で静かに天井をすり抜けて、最後には何も見えなくなりました。
私たちはお互いに顔を見合わせます。
「浄化完了しちまったな」
「そのようですね」
「……でもよ、屋敷から付喪神が居なくなったってことは」
颯くんが言い終わらないうちにお屋敷全体がぐらぐらと揺れはじめました。
「やっぱりか。付喪神が失われたから、建物の寿命が尽きるんだ」
パラパラと天井から煤が落ちてきて、そこら中から大きな家鳴りの音が、つまりはお屋敷の歪む音がしてきます。壁の漆喰にひび割れが走り、そこかしこで剥がれ落ちています。窓の外からは屋根瓦の落ちる音がガシャンガシャンと鳴り響いています。お屋敷が、命を終えようとしているのです。
「ぼさっとすんな! 行くぞ!」
「……あ、はいっ!」
あまりの事に立ち尽くしてしまい、颯くんの声で我に帰りました。お屋敷から脱出しなければいけません。
広縁を駆けて、角を曲がり、廊下を走り抜けて行きます。
「しまいじゃ」
「あなや」
「これはたまらん」
大広間から騒がしい一団が躍り出て私たちを追い越し、歪んで出来た柱と壁の間からあわあわと一直線に抜け出していきます。大変。天井の梁が、落ちてきそうです。
玄関の向こうで勧修寺先生と胡桃沢さんが大きく手を振っているのが見えました。もう、ゴールは目の前です。
ほどいた紐を括り付けた今の状態ならば、侵入禁止の札もクリア出来るはずです。私は紐で繋がれたままの颯くんを引っ張りました。
「なぁ、そんなに引っ張ったらほどけねぇか?」
珍しく焦った声が追いかけてきて、振り返って答えます。
「大丈夫ですよ! これ、叶結びにしてありますから!」
「叶結び?」
そう、これは颯くんのお姉さんに教わった結び方をしてあるのです。引っ張ってもほどけない、強くて、おまけに大変縁起の良い結び方。
「ほどけない結び目なんです!」
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