烏丸颯―3

 胡桃沢さんと一緒に裏口から建物の外へ出て、そこから二手に分かれる。まずは南西。歩道との境目のフェンスぎりぎりに結界札を配置して印を切る。


「固定」


 ひとまず良し。ここから札に込められた術式を作動させなければならない。パンッ。音を立てて合わせた手のひらを横にスライド。ゆっくりずらして。


「展開」


 例えば折り畳んだ紙をゆっくりゆっくり展開していくイメージで、札に封じ込められたエネルギーを横に広げる。それが速度を増して空間を駆けて行く。カラカラカラ……。聴こえないはずの乾いた音が耳に届く。それを聴きながらどんどん拡げていく。無限に折り込まれた透明の用紙を。順序よく丁寧に。切れ目なく広げて対象を囲う。


「包囲」


 ある程度まで囲えたら早々に取って返す。

 南東のポイントはフェンスも何もない位置だから札を地面に配置。印を切って。


「固定」


 続いて術式を作動。急がないと。他に飛び火する前に何とか。


「展開、包囲」


 目を閉じて、こちらの札からもさっき固定した場所まで繋がるように、透明な紙をゆっくり静かに展開させていく。慎重に。丁寧に。確実にやり切る。

 全てが繋がったら今度は垂直方向に術を拡張して建物を覆う。パタパタパタパタ……。音は建物の外側を昇って行く。

 気を付けたいのは高さが出過ぎると二重に張られた皇居周りの結界と衝突しかねない点。万が一、干渉が起きたらそれこそ始末書くらいじゃ済まされない目に遭うから、慎重に。


「展開、包囲、包囲……」




 結界だとか思念だとか、あるいは幽霊とか怨霊の類が、はっきりと存在する世界に生きている。

 それが生まれついた環境のせいなのか、素質を持った奴らが集っただけなのか、家族はほとんど全員見えたり祓えたりする性質だ。おかげで親父からは彼らとの付き合い方を教わり、祖父から祓う為のすべを学び、姉からは結界や干渉不可などの細かな術式を仕込まれた。

 先生はこれを羨ましいと言う。


「やぁ、君が颯くん?」


 最初は祖父に用事だと言ってちょくちょく訪れる人の一人だった。祖父を待つ間に姉に渡されたお茶を出し、勝手にあれこれ喋り散らかす奴を無視できず、仕方なくその話を耳に入れたのが始まりで。以来、そいつが家に来る度、自分からお茶を出すようになった。


「学校は楽しいかい?」

「普通」

「颯くんの学校には七不思議はあるかな。僕の通っていた学校には七不思議どころか十三不思議くらいあってね、そのひとつが」


 目を爛々と輝かせて奇妙に現実離れした話題を振って来る、変人。それでも話を聞いているうちに、いつの間にか、流れは謎解きへと移り変わっている。


「結局のところ、排水時に共振動を起こしてただけの話だったんだよ」

「……へぇ」

「でね、これには後日談があってさ」


 どれもこれも一緒くたにして「とにかく祓う」で済ませてきた自分の、今まで見落としてきたものの多さを知った。手がかりを得るための取っ掛かりや、分析するための膨大な知識、解決のための推論。そのどれもが自分には欠けていて、だから先生の話は俺に取っては「興味深い」ものなのだった。

 数年後の自分がそんな変人と組んで仕事をすることになるなんて、誰が予想しただろうか。いや、でも祖父なんかは解ってたのかも知れないけれど。



 丹念に拡げていった結界が、他の三人のいる方向へとそれぞれ伸びて接続された状態になると、そこから多かれ少なかれ干渉してくるものもあって。ふと意識の揺らぎを感じて眉根を寄せる。


「……先生っ!」


 ったくあの人は思考回路が飛びまくりなんだよ。落ち着け少し。頼むから。遠足前の子供か何かじゃねぇぞ。

 あと胡桃沢さんがめずらしく焦ってる。あの人ホントにポーカーフェイスだけど偶にものすごく慌ててるから、あんまり苦労をかけたくないな、なんて思う。何とかなれって思ってるっぽいけどそれ、何とかする。今回は居合わせたから使ってしまったが、申し訳ない。

 それから梅小路翠子。


「力、込め過ぎ」


 たぶん札が熱を出してると思ってるだろうがそれ、アンタが自分でやっちゃってるヤツだから。

 素質はある。たぶん、充分過ぎるくらい。それが逆に作用して、結果また入り込み過ぎている。危なっかしくて毎度目が離せなくて、先生とは違うパターンで困る。全部の案件に全力で引っかかり続けてなんかいたら、これから先、色々とまずいだろう。まず単純に体力が保たない。早めにその思考方法を変えたほうがいいはずなのに、一概にそうとも言い切れなさそうなのが困るんだ。

 右手で頭をわしゃわしゃと掻いて、仕方ないなと気合を入れ直す。結界の完成間近だって言うのに北側の札を介して市松人形の思念が流れ込んでくる訳で、思わず舌打ちが出る。ああ、もう。こうなったら仕方ねぇ。


「祓っちまうか」


 ポケットから水琴鈴を取り出して構える。

 本当に、あのままあの家で嫁に行く人生を過ごした方が静かで平穏な暮らしは望めたんじゃないかと思うんだけど。本人がアレだからなぁ、と強い意志の宿る瞳を思い返す。

 だから当面は何とかしてやらなくちゃと思ってしまう辺り、俺も大概かも知れない。まぁ、それが嫌って話でもないんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る