サンタクロース

「いやぁ、僕も誰かに愛されてみたいものだよ」


 柚葉さんの警察署への出頭に付き添ったあと、事務所に帰還した先生の感想に私たちは頭を抱えました。あの時間を経て何故その感想が出てくるのでしょうか。

 あっけに取られる私たちの視線を受けてか、先生は更に言葉を重ねます。


「だって見てみたくない? お互いの事がうんと憎くて羨ましくて、でも根底では愛があったからああやって生霊騒動が起きたんだし。ワンチャン誰かに熱烈に愛されたら僕のところにも生霊が来てくれるんじゃないかなぁ。まぁ今回は生霊じゃなくて幽霊だった訳だけどさ」

「先生、生霊はサンタクロースじゃないんですよ?」

「いや、梅小路もね……なんか少し発言がアレだな」


 胡桃沢さんが眉間にシワを寄せました。何が駄目だったかちょっと心当たりが見つかりません。もしかしたら、私もこの部屋に染まってきたという事でしょうか。嬉しいような、そうでもないような。

 勧修寺先生は「愛されてみたい」と呟きながら顛末書を書いています。そういった内容の書類ではないはずなのになぁと思いながら眺めていたら、呆れ顔の颯くんが向かいの席に腰をおろしました。その手にはエナジードリンク。あまり感心はしませんが、今日は特に階段をたくさん上りましたから、きっと補給が必要なのでしょう。


「先生はそんなんばっかりか……」

「まぁ、先生ですからねぇ」

「……アンタは、ないのかよ」

「私ですか?」


 生霊に会いたい願望、ではなくて。話の流れ的には愛されたい願望の方だなと検討をつけます。


「うーん……そもそもずっと政略結婚前提だったので、この身が自由になったことが新鮮で楽しくって。今のところ、そういうことに強い関心はありませんねぇ」

「……ふぅん、そーかよ」

「まぁ、素敵な恋ができたらなぁとは思いますけど」


 思いますけど。それは望んで出来るような事柄でもない気がします。そんな言葉を続けようとしていた所、横で聞いていた胡桃沢さんが颯くんの肩をバシバシと叩きました。


「…………うるせぇよ」

「何も言っとらんだろ?」

「……顔がうるせぇ」

「詳しく聞こうか颯少年」

「少年じゃねぇよ成人してっから」


 至るところで小競り合いが多く見られる胡桃沢さんと颯くんですが、実はとても仲が良いのです。

 ひとまず、先生が書き終えた顛末書を提出すれば本日の業務は終了です。私たちは三々五々、帰りの準備を済ませ、帰路につきました。


 それにしても今日はたくさんのクリスマスツリーを見ることになりました。ついでなのでキラキラした街を眺めながら銀座駅から帰ろうかと、いつもとは違う方向の信号を渡って日比谷公園に足を踏み入れます。公園の中も所々にイルミネーションが輝いていて、何だか特別な気持ちです。

 ふと、すぐ後ろで足音がしました。何気なく振り返れば見慣れた姿があります。


「颯くんも寄り道ですか?」


 先程まで同じ部屋にいて、外でまた顔を合わせるのは不思議な感じがします。

 颯くんは、少し俯いたままで素早く周囲に目線を走らせてから足早に近寄ると、ポケットから小さな平たい箱を取り出して私に差し出します。


「……やる」

「えっ!?」

「じゃあな」


 えっと……あの。何でしょう。この大きさ、平たい箱……。少し考えた私はとりあえず中身を確認しようと箱を開けてみることにしました。業務関連の、例えばおふだとかだったらきちんとしなければいけませんから。

 箱は雑な扱いをしたのか、それとも長く鞄に入っていたのか、角が擦れてリボンには折り目がついています。それを引っ張ってほどき、箱の蓋を外すと中から現れたのは革素材の手袋でした。しなやかな赤い色。手に持ってみると柔らかくて、いかにもしっくりと馴染みそうです。これは……ちょっと高価な物なのでは。そして、もしかしなくても。


「……クリスマス、プレゼント?」


 気が付いたら走り出していました。追いついて、どんな顔をして、何を言うのか。そんなことを何も考えられないままで、ただただ颯くんの姿を探します。

 噴水の前にその姿を見つけた時、颯くんはこちらを向いて静かに立っていました。ポケットに手を入れたまま、少し斜めに体重をかけるいつもの姿勢。まだ声をかける前なのにと思ったけれど、きっと私が来ることを予測するくらい何でもない事なのでしょう。

 逃げられたら困る。無性にそう思って、息を整える暇もなく、ただ思いついたことを口にしました。


「えっと、何で、でしょう」

「……ん?」

「いえ、あの。……何で颯くんが、私にプレゼントをくれるんですか?」


 違う。お礼を言わなくてはいけないのに。私は何を確かめようとしているのでしょうか。自分でも自分の思考回路がよく分かりません。

 短い沈黙のあと、少し目を細めた颯くんが呟きました。


「……知らね」

「えっ、あの! ……ありがとう、ございます」


 なんとか言えたお礼に小さく頷くと、そのまま背中を向けて今度こそ歩いて行ってしまいます。私は手袋を持ったままで呆然と立ち尽くし、それから、ひとつだけ思い当たることがありました。


(ニットの手袋はあるにはあるんですが、指がほどけた時に絡まりそうな気がして、ちょっと遠慮してしまうんですよね)


 頭の中に先日の自分の発言が蘇りました。

 颯くんはあれを覚えててくれたんですね。そうか。あっけに取られつつ、視界の端でチラチラと光る電飾の群を捕らえます。

 胸に暖かなものが広がるのを感じながら、でもそれをどう受け止めるべきか考えあぐねて、私はゆっくりと歩き始めました。

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