師走―4

 管理人室のモニターは複数あって、それぞれが別の角度からマンション内を映し出しています。確認した限りでは女性の生霊が現れるのは主にエレベータホールだった為、その辺りを映した監視カメラの映像を中心に見ていました。


「……それにしても」

「なんでしょう?」

「なんか違和感がないか?」

「違和感……ですか」


 通話越しに颯くんが言っているのが何を示すのか、分かる時点で私もその「違和感」を感じているという事になります。それが何なのか、今ひとつハッキリと明言できないのが、なんと言うか、モヤモヤします。さめざめと涙を流す琴音さん。モニターの中を、少しずつ登り詰めるよく似た女性の影。……何かが、引っかかる気がします。

 先ほど颯くんが女性の影を発見したのは29階で、私は考え事をしながら引き続きその映像を注視していたわけですが、ふと、映像が揺らぎました。音もなく弱い砂嵐が入ったかと思った次の瞬間、見ていた画面から女性の姿が忽然と消えてしまったのです。


「あっ!」

「どうした?」


 思わず声を上げれば繋いだままのスマホから即座に反応がありました。エレベーター内でしょうか。少し音が反響して聞こえます。


「消えました!」

「……何階に行ったか見つけられるか」

「えーと」


 監視カメラのチャンネルを調整します。その間にスマホから聞こえる音質に変化があったので、恐らく29階に到着して扉が開いたのでしょう。30階、31階とチェックして行くうちに、32階のエレベーターホールに女性の姿がありました。誰もいないエレベーター前に白いワンピースの女性がいます。


「いました、32階です」

「わかったすぐ行く」


 再び扉の閉じる音がして音質に反響音が加わります。たったの三階分の距離なのに、ずいぶんと時間がかかるように感じました。それにしても数日置きに上階に移動していたはずの女性が、どうして今日に限って数分で移動しているのでしょうか。到着するまでこの女性が消えないでいてくれるといいのですが。

 そう思ったのをあざ笑うかのように再び映像に弱い砂嵐が差し込まれ、またしても女性が姿を消します。


「うわぁ……」


 思わず声が出てしまったのと、颯くんと先生がエレベーターを降りるタイミングが重なりました。


「……いない」

「はい、消えてます」


 チッ、と舌打ちの音に続いて、情けない声が聞こえました


「しまった扉が……!」

「仕方ねぇ、非常階段で行くぞ」


 住民の多いタワーマンションのこと、いくら複数台あるとは言え、エレベーターを独占しておくわけにもいきません。

 バタバタと階段を駆け上るらしき音を聞きながら、監視カメラのチャンネルを切り替えて女性の姿を探します。どこにいるのでしょうか。早く見つけなければ。


「いました、35階です!」

「くっそ! 待ってろッ!」


 再び階段を駆け上がる音と息切れの音がします。私が引き留めておくことが出来たら良かったのですが、いまは念じるだけです。が、その願いも空しく、モニターは三度の砂嵐に見舞われました。


「あのう、颯くん、大変申し上げにくいのですが」


 向かっている階にはもう姿がないのです、と告げようとしたその時、電話の向こうで勧修寺先生のスマホの着信音が鳴りました。


「あ、待って颯くんっ、着信っ! 着信だよ瀧嶋さんからっ」


 ぜえ、ぜえ、と息を切らしながら電話に出た先生の声が聞こえてきます。はい、はい、と電話に返事をしていたのが「ぇえ!?」と裏返りました。


「大変だ。生霊が出た! 部屋の中に!」

「は!?」

「干渉禁止のおふだ、貼ってきましたよね?」

「貼った……はず。いや、言ってる場合じゃねぇ。とにかく向かうぞ」


 どういう事なのでしょうか。今日までは数階おきに現れていたと言うのにいきなり部屋の中、しかもお札を無視して来るとは。もしや私たちが祓いに来ていることに気が付いて速度をあげたとか? 生霊ってそもそもそういうモノでしたでしょうか。あるいは、妹さんにはお札を突破して侵入するほど強い想いがあるという事なのかも知れません。どうか、何も起こっていないと良いのですが。

 何も分からないまま、でもとにかく私も管理人室を飛び出して、やって来たエレベーターに飛び乗りました。


 瀧嶋家の扉の前までたどり着くと、ちょうど颯くんが非常階段の鉄扉を開け放って駆け出してくるところでした。続いてフラフラになった勧修寺先生が鉄扉の隙間から現れます。膝に両手をついて肩を上下させている姿は今にも倒れそうです。


「あるな、気配」

「はい、中に居ますね」


 いざ、突入。……というところで私のスマホから呼び出し音が鳴りました。見ればディスプレイには胡桃沢さんの名前が表示されています。とにかく一刻を争うかもしれないので颯くんには先に部屋へ入って貰うことにして、続いて入室する先生を横目に、私はディスプレイの通話アイコンをタッチしました。


「はい、梅小路です」

「すまん、双樹が出ないもんで」

「大丈夫です。それで、何か分かりましたか?」

「それなんだが……」


 言い難そうに少し渋ったあと、胡桃沢さんの発した内容に私は絶句しました。

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