師走―3

 ひとまず、瀧嶋さんのお宅の玄関ドアには進入禁止の札を施して、私たちはマンションの管理人室に行くことにしました。防犯カメラの映像を確認してみようという話になったからです。女性の人影はエレベーターの中から少し見えただけですし、もし映像に残っているのだとしたら、もっと情報を掴めるかもしれません。

 こういう場合、胡桃沢さんから関係各所に連絡をして許可を取ってもらう手はずになります。少し手間ですが、組織の性質上仕方のないことなのです。

 許可を待つ間、私たちは管理人室がある一階の、ロビーで待つことになりました。

 外国の映画に出てくるような立派なクリスマスツリーは、巻き付けられた電飾が静かに明滅を繰り返しています。


「綺麗ですねぇ……」


 ふかふかのソファに座って眺めていると、いま自分が対処しようとしているのが生霊絡みの案件だなんて忘れそうになります。

 人の心は不思議です。綺麗なものを生み出すことも出来れば、悲しい事件を引き起こすこともある。そのどちらも、同じ人物から生じることも珍しくありません。

 今まで出会った加座間邸の家政婦の柳井さんも、あのお人形の少女も、蔓巻さんも、初めから全てが悪意で構成されていたわけではないのです。きっと私の実家に呪をかけた人物も、何かの事情があって生じた悪意の欠片が育ってしまった不幸な結果なのでしょう。


「もし、私が浄化対象になるような事があったら」

「……は?」


 不意に思い付いた言葉を口にします。


「いえ、もしも。もしもの話ですけど。そんな事があったらその時は、颯くんが祓ってくれませんか?」


 はぁぁ、と大きなため息を吐いて、颯くんがソファから面倒くさそうに立ち上がりました。背中を向けて黙ったままの姿がツリーのイルミネーションに照らされています。赤、青、銀色。数秒置きに目まぐるしく変わる色合いを眺めます。

 ……と、颯くんの肩が小刻みに揺れました。


「アンタさ、」

「はい……」

「他に宛て、ないだろ」

「……あ」


 確かにそうでした。

 顔を見合わせて笑っていると、勧修寺先生が戻ってきました。どうやら監視カメラの映像を見せて貰えそうです。

 私たちは管理人室にお邪魔して、さっきエレベーターの中から見た辺りの映像を二週間ほど遡って見直していきます。最初に現れたのは十日ほど前の玄関ホール、その後はマンションの中に入り三日ほど後に四階、さらに二日後に八階とその人影は上階へと移動しながら姿を現していました。光の加減で服装が分かりにくい印象でしたが、角度を変えてみている内に丈の長い白っぽいワンピースを着ている事も分かりました。


「ドレス、でしょうか」

「ウエディングドレスかい?」

「うーん、そこまででは無いような気がします」


 光を反射しているようにも見えるドレス。高価な品には違いなさそうですが、ウエディングドレスだとしたら少しシンプルすぎます。

 白いワンピースを着た女性の出現頻度は増えていきます。数日おきだったのが最終的にはほぼ毎日、上の階のカメラに姿が映り込みました。

 最後に、今日の25階のエレベーターホールの映像を見せて貰いました。女性の姿は確かに映って見えました。先生は首をかしげていましたが、それこそが証拠に他なりません。依頼主の琴音さんによく似た女性がエレベーター扉の正面に立っている姿が、その映像の中には確認できたのです。


「瀧嶋琴音さんのおっしゃっていた妹さん、と考えるのが妥当ですね」

「聞いたところによれば姉妹仲があまり良いとは言えないらしいね。古今東西、姉妹による諍いの話題と言うのは絶えないものだよ」


 胡桃沢さんに連絡をして妹の柚葉さんの居場所を調べて貰い、さらに細かく映像の分析などしていたところ、引き続き熱心にモニタを見ていた颯くんが「いる」と呟きました。隣から覗き込むと、たしかに女性の姿が映っています。


「これ、リアルタイム映像ですよね」

「あぁ」


 大変なことになりました。いえ、考え方を変えたら、もしかしたら好都合なのかも知れません。とにかく急いで向かわなくては。

 立ち上がると颯くんが「待て」と手のひらを向けます。


「アンタはここを頼む。先生じゃ見えない」

「……そうでした」

「いやぁ、悪いねぇ」


 あまり悪いとは思ってなさそうな顔です。こればかりは見ようと思って見えるものでもないですし。それに恐らく、先生としては現場に行けることが嬉しいのでしょう。颯くんとスマホを通話状態にして駆け出していく背中を見送り、私はモニタの前にあらためて座りなおしました。

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