モノローグ 琴音

 最初にあの子を見かけたのは最寄り駅の百貨店でした。婦人服フロアのショップで気になったコートをあてがってみた鏡の中に、妹の柚葉の姿が見えたんです。

 明るい色味のコートでした。冬の季節、どうしても籠りがちになってしまう気分もきっと楽しくなりそうな、そんな色合いで、ほとんどもう購入を決めていたところでした。

 妹と百貨店で遭遇するのは初めてのことです。百貨店でと言うよりも、あまり行動範囲の被らない自覚はあったので、正直、意外でした。柚葉はあまり百貨店に来店するタイプではないからです。

 銀座のブランドショップが好きだと言ってるのを聞いたことがあります。今も同じかは分かりません。何しろずいぶんと顔を合わせていなかったので。ええ、残念ながら私たちはあまり、仲の良い姉妹ではありません。


 柚葉は華のある素敵な子でした。

 ほぼ同じ顔立ちの姉妹のはずなのにもかかわらず、人々の目が集まるのは柚葉のほう。生まれ持った華やいだ雰囲気、どこかコケティッシュを感じさせる甘えた表情。紡ぎ出すワガママも魅力のひとつで、彼女の気まぐれに巻き込まれるのは甘美ですらありました。

 あの子の周りはいつも、柚葉を誉めそやす取り巻きたちが囲っていて、それはもう女神の如き惜しみない賞賛を浴びせているのです。

 対して私はそのおこぼれを貰うだけ。柚葉のしっかり者のお姉さん、と言うのが私の立ち位置。つまりは柚葉の引き立て役の付属品だったわけです。

 途中まではそれでも良かったんです。だって、実際に柚葉は可愛らしくて魅力的で、本当に非の打ちどころのない女の子でしたから。ただ、自分がおのずと比べられてしまうことだけが嫌だった。それだけです。


 私は学校の勉強に力を入れ始めました。

 成績を上げるのは難しい事ではありませんでした。何しろ、それまであまり勉強らしい勉強をせずに来ていたので、ほとんど空っぽだった頭に知識を詰め込めば良いだけだったから。得た知識に呼応するように回答が導かれ、その結果はテストの点数にきちんと反映されてくる。解答欄を埋めるのが楽しい。たくさんの丸がついた答案用紙が戻って来るのが嬉しい。両親も褒めてくれる。

 中でも嬉しかったのは新しい友達ができた事でした。


「琴音さんて、塾はどこに行ってるの?」

「……あの、特には」

「本当に? すごいね!」


 めきめきと成績を伸ばしていたら、クラスの中でも勉強が出来るグループの子たちが私に声をかけてくれるようになりました。柚葉と、柚葉の取り巻き以外の友達が初めてできた。嬉しかった。それと同時に気が付きました。


 私は柚葉と同じ世界を辿らなくても良い。


 私は私の好きな服を着ても良いし、したい事をして良いんだ。姉妹だからと言ってセット組になる必要はどこにもない。その気付きは自由の香りがして、世界を明るく彩りました。


「お姉ちゃん、この頃つまんない」


 当然、妹は納得していないようでした。それもそのはず、彼女にとって自分は「姉妹の可愛いほうの子」なのです。「自分にそっくりな顔をした姉がいる」という事は、それ自体が自分の可愛らしさにバイアスをかけるための武器になっていましたから。


「ねぇ、今度このコーデで遊びに行こうよ」


 雑誌を広げて見せた柚葉に、しかし私は首を横に振りました。


「ごめん柚葉。私、試験の勉強がしたいの」

「つまんない! お姉ちゃんも一緒に着てよ! お揃いコーデで行きたいの!」

「柚葉ひとりでも可愛く着こなせるよ。私は、……私はそういうの、もう、いいかなって」


 双子コーデと銘打って紙面を飾っていたコーディネートは確かに柚葉にとてもよく似合いそうでした。同じ顔をしている私でも着てみたらそれなりに似合う事でしょう。でも、もう耐えられなかったのです。妹の引き立て役になることは、もうしない。

 それから妹はますます華やかさに磨きがかかりました。柚葉の輝きが増すほどに私に巣食う影は色濃く感じられるようになり、そこから目を逸らすため、ますます参考書に向き合う時間が増えて行きました。幸いにも両親は娘が勉強に興味を示している状態を喜んでくれましたから、そこそこ高額な講習代も、専門的な参考書も、惜しみなく買い与えてくれました。

 それと同時に妹には煌びやかな服や小物が増えていき、私と妹は合わせ鏡のように、真反対の方向へと乖離していったのでした。

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