師走―2

 依頼主の息子さんが住む瀧嶋たきしま邸は、いわゆるタワーマンションと呼ばれる建物の中にありました。都会的なデザインのエントランスを通り過ぎ、大きなクリスマスツリーの飾られた華やかで広いロビーを抜けるとエレベーターホールがあります。私たちは複数並んだエレベーターの内から、高層階用と書かれた号機に乗り込みました。


「47階だってさ」

「ゾッとするな」


 ズラリと並んだ中から該当階のボタンを押した勧修寺先生の言葉に、颯くんが首をすくめました。慣れたら何ともなくなるのかも知れませんが、地上からだいぶ高い所で生活をするというのはなかなか馴染みのない話で、高所恐怖症ではない私でも考えただけで躊躇するところです。

 ゆっくりと上昇し始めたエレベーターは、あっという間に加速して、低層・中層部分をノンストップで走行して行きます。

 時折りエレベーターの窓から各階ごとのエレベーターホールが見えました。数階ごとに広く取られたスペースがあってクリスマスツリーが飾られています。親子が笑顔で囲んでいる姿がちらりと見えるか見えないかくらいの速度で通り過ぎました。


「タワーマンションで窓があるエレベーターというのも珍しいねぇ」

「住民の方同士の繋がりを大切にするとか、逆に防犯性を高めるとか、意味合いは色々とあるそうです」


 先日テレビで聞きかじった知識を披露しているとエレベーターが速度を緩めたのが分かりました。デジタルの階数表示が目的の階への到着を告げて、私たちはぞろぞろとその箱から出ます。クリスマスツリーはそこにもあって、なんとも美しい金色の装飾でその場を彩っていました。


「やぁ、ホテルで言ったらスイートルームだねぇ」


 歌うように茶目っ気たっぷりに呟いた先生はとてもワクワクした顔をしています。咳ばらいをひとつ挟んでインターフォンを押したあとは、接客用の真面目な表情にすり替わりました。


「出た、外ヅラ」


 颯くんの呆れた声音が、ふかふかの毛足の長い絨毯フロアに零れ落ちました。



 依頼人の瀧嶋誠太郎さんはとても感じの良い方でした。政治家二世、なんて言うとちょっと鼻持ちならない印象を抱くことも多いのかも知れませんが、とても素朴で、何よりも奥様の琴音さんのことを心配していることが分かりました。

 対して、琴音さんの方はかなり憔悴しているようで、顔色も悪く、怯えたように時折り辺りを見回す仕草が印象的です。通された応接間のソファには先生が腰かけ、私と颯くんはそのすぐ後ろに並んで立ちます。

 琴音さんは、か細い声で「助けてください」と言ったあと、すがるような瞳で勧修寺先生を見つめました。


「……ここに来るまでに……何か、ご覧になりましたか?」


 ここに来るまで、と言うとお家の周りでしょうか。思い返そうとしたその時、颯くんが静かに口を開きました。


「いた。アンタにそっくりな背格好の女が、エレベーターホールに」


 その途端、琴音さんが弾かれたように顔を上げ、口元に両手を合わせました。叫ぶのを我慢したのだ、とわかりました。隣に座っている滝嶋さんがそっと琴音さんの背中を撫でます。琴音さんは、何度かゆっくりと呼吸を整えました。


「……それは、何階でしたか?」

「たしか……」


 右斜め上を見た颯くんの視線がそのまま私の方に落ちてきます。琴音さんに似た背格好の女の人、言われてみれば私も見た記憶があります。

 クリスマスツリーのある階はだいたいの住民の方がそれを囲んでいるか、嬉しそうな表情で眺めていたのですが。ある階でちらりと見えたとある女性は、クリスマスツリーがあるのにそれを全く見ていなくて、どちらかと言えばエレベーターの中を覗き込むくらい近くに立っていた。あれは、何階だったでしょうか。


「確かクリスマスツリーがある階で……」

「……白っぽいツリーじゃなかったか」

「となると、エレベーターホールにクリスマスツリーが設置されていたのが五階ごと。そして低層フロアが青色、中層フロアが銀色、高層は金色をモチーフとしたものが飾られていたと思うよ。と言うことは、颯くんの言う白は銀色のことだね」


 なるほど、言われてみれば階層ごとに色分けがしてあったんですね。そうすると、中層フロアの五階ごとで考えると。あれは確か……。


「25階辺り、か」


 颯くんが答えて、それを合図に琴音さんがわっと泣き崩れました。泣きながら、それでも必死に訴えてくる言葉を耳が拾います。


「あの子が……近づいてきてる」

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