モノローグ 柚葉

 姉さんは真面目が服を着たような人だった。


 幼い頃、私と姉さんが並んで立つ姿を周りの人達は一斉に誉めそやしたものだ。

「可愛いね」

「そっくりだね」

「姉妹は華やかで素敵ね」

 蝶よ花よと育てられる、という言葉があるように、私と姉さんは周囲の寵愛をその身体にたっぷりと受けながら育った。褒めて貰えることが嬉しくて、私は自分がより可愛らしく、より魅力的に見えるように自分自身を着飾った。

 ところが、姉は途中から少し方向性が変化した。

 勉強をして、クラス委員になって、生徒会長になって。顔立ちこそ私と瓜二つのままだったけれど、服装や髪型はまるで真面目が服を着ているように傾倒していった。私とは違う、そっくりな顔の姉。それに伴い周囲の評価も変化して行き、優秀なお姉さんと華やかな妹と呼ばれるようになった。

 姉は中堅どころの大学の法学部を出ると弁護士事務所に勤め、パラリーガルとして働き始めた。一方の私はお嬢様大学を出てそこそこの大企業に潜り込み、社長秘書として日々を過ごしている。家を出て職場にほど近い都心のマンションで一人暮らしを始めた姉に対し、私はその時々の恋人の家に住まわるようになった。


 盆も正月も実家に帰らずにいた私が姉と再会したのは、思いもかけない席でのことだった。

 社長のお供で出席した政治家のパーティーで姉の姿を見つけたのだ。煌びやかな一団から少し離れた塊の中、懐かしい、忘れもしない顔だった。私が気付いたのと同時に姉もこちらに気付き、一瞬だけ見せた驚いた表情のあとは少し気まずそうに目を背ける。


「あら、琴音ことね姉さんじゃない!」

「……柚葉ゆずはちゃん、久しぶりね」


 周囲は私たちの顔を見比べ、たちまちの内にわぁと歓声が上がる。小野さん、姉妹がいたの? お姉さん美人だね。妹さんとっても綺麗ね。困惑を押し隠しながら愛想笑いを浮かべて周囲をなだめる姉に、歩み寄る人がいた。事前に資料で見た顔。これは確か、このパーティを主催している政治家の次男、だったはず。


「小野さん、こちらは?」

「あの、……妹の、柚葉です。……柚葉ちゃん、今夜はお仕事かしら?」

「そうよ。姉さんは」


 姉さんは仕事じゃないの? そう聞こうとした瞬間に場内の照明が一斉に消えて、場内アナウンスと共にスポットライトが会場の暗がりを駆け抜ける。鳴り響くドラムロール。


「レディース・アンド・ジェントルメン!」

「本日は滝嶋家に新たに加わることになった、素敵な方をご紹介しましょう」


 何が起きているのか、把握する前に姉が私の袖をひく。


「柚葉ちゃん、私……」


 まさか。そう思った瞬間にスポットライトが姉を照らし出した。くっきりとした光の輪の中心に姉が収まる。


「小野琴音さん」


 よく見れば、姉は豪奢な装飾のドレスに身を包んでいた。肌の露出こそ少ないものの、キラキラ光るクリスタルビーズやアンティークと思われるレースに覆われたそれは、一見して分かるほど高価な物だ。ようやくそれに気づいた時、姉はそっと視線を外してこう言った。


「私、結婚するの」



 それからどんな顔をしてその場を過ごしたのか、覚えていない。社長からは今後の取引が有利になりそうだと喜ばれた。聞くところによれば、なんでも姉の勤める弁護士事務所の所長がその政治家の顧問弁護士をしていたとかで、そこから生じた縁で姉の婚約が決まったそうだった。

 糸が切れた風船のように、ふらりふらりと過ごしている。姉さん。どうして何も言ってくれなかったの。姉さん、いつの間に。「おめでとう」を言えていないまま私は会社を休職した。本当は退職するところだったのを社長に慰留されているのだ。以前の私ならば喜んでいたはずの事柄でも、今更そんなとしか思えない。

 あの晩、光の中に佇む姉さんは自信に満ち溢れて美しかった。

 薄暗い部屋の中で派手な装飾のついたドレッサーの鏡を覗き込む。姉と同じ顔をした気の毒な女が、こちらの機嫌を伺うようにひっそりと顔を出している。それは記憶の中の姉と重なるもので、私はドレッサーに向かって昔の恋人から贈られたバカラのグラスを投げつけた。

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